今年5月9日、Spotifyに〈Gacha Pop〉という名前のプレイリストが登場した。YOASOBI「アイドル」、imase「NIGHT DANCER」、米津玄師「KICK BACK」、Ado「いばら」など日本国内のみならず、海外でも人気の高い楽曲がずらりと並ぶ。
この新たなプレイリストは瞬く間に拡散され、ローンチからわずか1カ月にして、数年間かけて人気プレイリストとなった「Tokyo Super Hits!」「令和ポップス」に続くSpotify J-TrackプレイリストランキングのTOP3に食い込んだ。

〈Gacha Pop〉がJ-POPを再定義する? 日本の音楽を海外に発信するための新たな動き


誕生までの背景「カリフォルニアロール現象」

Spotify Japanの芦澤紀子氏は、世界的なシティポップブームをけん引した「真夜中のドア」のヒット辺りから始まった、ここ数年の日本の楽曲がグローバルでバイラルヒットしている状況を踏まえ、「日本のポップカルチャーを括る新しいワードを生み出すことができれば、K-POPのような一体感のある盛り上がりが世界規模で生まれる可能性があると思った」と〈Gacha Pop〉が誕生した背景を語る。

「2020年末に松原みきの『真夜中のドア』が、Spotifyのグローバルバイラルチャートにおいて18日連続1位を獲得するという事態が起こりました。そして、Spotifyの〈海外で再生された日本の楽曲ランキング〉を見ると、海外で人気が高い日本のアニメ関連の楽曲が軒並みランクインする中で、YOASOBI『夜に駆ける』が2021年から2年連続で〈海外で最も聴かれた国内アーティストの楽曲ランキング〉TOP3にランクインしています。YOASOBIの楽曲の中でも、『怪物』と『祝福』はアニメ関連の楽曲ですが、そうではない『夜に駆ける』が長い間支持されている。ただ、YOASOBIはミュージックビデオがアニメーションで構成されていたり、アーティスト写真としてイラストのアイコンが使われています。『真夜中のドア』もアニメーション映像と一緒に拡散されていたり、2022年に〈海外で最も再生された国内アーティストの楽曲〉1位になった藤井 風『死ぬのがいいわ』も、タイのリスナーがアニメ『呪術廻戦』の動画に楽曲を使用したことがバズのきっかけと言われています。

また、人気ゲーム『オーバーウォッチ2』に使用されたことで火が点き、世界45の国と地域でバイラルチャートインしたMFS『BOW』や、リリース直後からスパイクし、アジア圏で次々にバイラルチャート1位を獲得した、なとり『Overdose』の例もあります。ここ数年、ストリーミングサービスの浸透と発展により、日本の楽曲が同時多発的に様々な国でバイラルし、世界中で聴かれるようになるという現象が起きています。そしてその拡散の過程で、楽曲と直接関係がなくても、アニメと隣接する表現と共に広がりを見せることが多い、という共通点があるようにも感じました」

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その状況を踏まえ、Spotifyはある仮説を立てたという。

「日本人からすると、例えばシティポップ、アニメ、ローファイヒップホップはバラバラに思えるが、海外のリスナーからすると、すべてが日本のクールなポップカルチャーの代表であり、新たな価値観として一括りにされ、広がっているのではないか──」

その仮説を証明するひとつのサンプルが、日本の楽曲をカバーする歌唱動画で人気のインドネシア出身のYouTuber・レイニッチのYouTubeチャンネルだ。

「レイニッチがカバーしている楽曲を挙げると、今ならYOASOBI『アイドル』、HoneyWorks『可愛くてごめん(feat. かぴ)』、TK from凛として時雨『unravel』、米津玄師『KICK BACK』、千石撫子(花澤香菜)『恋愛サーキュレーション』、松原みき『真夜中のドア』という風に、一見バラバラに見えますが、レイニッチとしてはすべての曲を日本のクールなポップカルチャーとして捉えているのだと思いました」

その現象を、芦澤氏は”カリフォルニアロール現象”と呼んでいるという。


「日本の伝統的な食文化である寿司は、日本人からすると『寿司はこうあるべきだ』という固定概念があると思うんです。しかし、海外では日本のしきたりや伝統を一旦抜きにして、単純にサーモンやアボカドが寿司ネタとしておいしいという感覚で、日本とは違う形で受け入れられ、新しいカルチャーを形成しました。でも、そもそもは日本の寿司という文化から生まれたものです。ポップカルチャーにおいても、それに近いことが起きているのではないかと感じました」

ネーミングの意図「何が出てくるか分からない面白さ」

「日本のポップカルチャーを括る新しいワード」を生み出す必要性について、芦澤氏はK-POPを例に出す。

「韓国は自国の音楽を海外に輸出するため、国を挙げて戦略的に取り組みを推進していった結果、K-POPという優れたジャンルが形成され、世界的に成功を収めました。それに対して今注目されている日本の音楽は、そのような戦略性をもって発展してきたわけでなく、アニメ、ゲームなどといった日本のポップカルチャーと関連しながら非常に色彩豊かで多様化した音楽が生まれ、それが結果的に海外から新鮮に映り、世界中で愛されるに至った。つまり、ある種のガラパゴス化の中で独自の発展を遂げた背景があります。ガラパゴスだったからこそ、海外目線からしたら宝探しのように新たなコンテンツを発見している感覚があるのかもしれません」

そもそもJ-POPは、「洋楽と並列に聴ける邦楽」を指す言葉として80年代末に誕生した。ここでいう「洋楽」とはアメリカとイギリスの音楽、もしくは英語詞で歌っている音楽とほぼイコールであり、それ以外は「ワールド・ミュージック」であるという時代が長らく続いたわけだが、今年4月に開催された米コーチェラ・フェスティバルでK-POPのBLACKPINK、ラテンのバッド・バニーがヘッドライナーを務めたことからも明らかなように、現在のグローバルな音楽シーンは多様化が進み、もはや必ずしも欧米中心というわけではない。

そうした時代の移ろいもあってJ-POPの定義が揺らぐなか、〈Gacha Pop〉は海外からの視点も盛り込みつつ日本の音楽カルチャーを再編成し、その独自の価値をプレゼンテーションするような役割も果たすことになるかもしれない。

「『J-POPは世界で勝負できない』という声を耳にすることも多いですが、決してそんなことはないと思っています。海外から求められている日本のカルチャーを括るワードが生まれることによって、今は点になっている現象が面で捉えられ、K-POPのような一体となった盛り上がりが生まれるのではないか。
そして、J-POPという言葉は”日本の音楽”ということしか伝えておらず、今海外のリスナーを魅了している日本のポップカルチャーの多様性を伝えきれていないので、先入観のない新たな言葉を生み出した方が、新たなスタンダードとして発信できるのではないかと考えました」

〈Gacha Pop〉がJ-POPを再定義する? 日本の音楽を海外に発信するための新たな動き


そして、Spotify内で何年もかけて研究や議論を重ねて生まれたのが〈Gacha Pop〉というワードだ。

「カプセルトイのガチャガチャは日本発のおもちゃで、カラフルなカプセルの中にいろいろなものが入っていて、カプセルを開けるまで何が出てくるかわからないワクワク感があります。そして、おもちゃ箱のようなポップ感がある。”ガチャ”という短い言葉の中に、いろいろな意味が内包されているところが良いと思いました。また、海外でもガチャガチャは流行しているので、海外からしても日本っぽい語感がある言葉です。”ガチャ”のイメージがここ数年間思い描いていたイメージと合致し、〈Gacha Pop〉という言葉が生まれました」

YOASOBI「アイドル」、imase「NIGHT DANCER」、米津玄師「KICK BACK」、ずっと真夜中でいいのに。「花一匁」、Ado「いばら」、なとり「Overdose」、藤井風「まつり」、新しい学校のリーダーズ「オトナブルー」、MAN WITH A MISSION × milet「絆ノ奇跡」……。まさにジャンルもアーティストも”ガチャガチャ”で、何が出てくるかわからないワクワク感のある〈Gacha Pop〉のプレイリスト。どんな基準で選曲されているのだろうか。

「アニメ関連曲、ボカロ、ネットカルチャー発の曲、ハイパーポップ、VTuber……それらに収まらない曲も含めて、ボーダーレスに選曲しています。ジャンルを特定せず、間口を広く捉えていて、その時々で日本のポップカルチャーを象徴するような楽曲を柔軟性を持って選ぶようにしています。具体的には、担当のエディターが海外のバイラルチャートを中心にデータをかなり細かくチェックし、海外のリスナー比率が高い楽曲や、海外でヴィヴィッドな反応がある楽曲をすぐに取り入れていて、データに裏打ちされた選曲にもなっています。


このプレイリストの妙は、何が出てくるか分からない面白さ。エディターがデータを見ながらフレキシブルに『この曲はどうだろう』と思って入れてみて、反応が良かったら、ポジションを上げていくという試みも行っています」

選曲の基準「日本が誇るべき独特の感性を海外に紹介したい」

〈Gacha Pop〉のプレイリストの中でも6月中旬現在、とりわけパフォーマンスが良い楽曲はimase「NIGHT DANCER」だという。2022年から2023年にかけ、Stray KidsやTREASUREといった人気K-POPアーティストのダンスチャレンジ動画に多く使用され、世界中に雪だるま式に広がっていった楽曲だ。つい先日、JUNG KOOK(BTS)の歌唱動画が話題になったことも記憶に新しい。

「『NIGHT DANCER』のヒットにより、imaseのマンスリーリスナーは540万を超え、国内アーティストで比較すると藤井 風、YOASOBI、米津玄師、RADWIMPSに続く5位にという位置付けになるかと思います」

「NIGHT DANCER」は日本から韓国に飛び火し、爆発的にバズった。〈Gacha Pop〉のプレイリストに入っているあいみょん「愛を伝えたいだとか」は2017年にリリースされた楽曲だが、ここ最近韓国を中心に人気が再燃しており、「NIGHT DANCER」同様、韓国のリスナーがヒットを後押しした形だ。

「『死ぬのがいいわ』をはじめ、少し前はタイをはじめとする東南アジア発のヒットが多かった。しかし最近は『NIGHT DANCER』『愛を伝えたいだとか』など、韓国から動画投稿などを絡めて広がっていくケースがとても増えています。韓国から見た日本のポップカルチャーへの憧れ、親和性が強まっているのではないでしょうか」

海外からの逆輸入パターンというと、新しい学校のリーダーズのケースも挙げられる。2021年にアジアのカルチャーを世界に発信するレーベル・88risingから全世界デビュー。海外での地盤が固まっていく中で、2020年にリリースした「オトナブルー」が2023年に入ってからTikTokを基点にバズり、現在もストリーミングの再生回数は上昇し続けている。

「最近の傾向として『オトナブルー』のように、日本語の曲にもかかわらず、海外でも支持されるケースが増えています。
リーダーズは衣装がセーラー服で、楽曲は昭和歌謡テイストが強い。日本のポップカルチャーの新しいアイコンとして受け止められているのだと思います。88risingがレーベル所属のリーダーズだけでなく、YOASOBI、XGといった日本のアーティストを積極的に主催フェスに出している動きもストリーミングの動きとリンクしているように思います」

放送中の人気アニメ『推しの子』のオープニング主題歌であるYOASOBIの「アイドル」は6月10日付の米ビルボード・グローバル・チャート「Global Excl. U.S.」で日本語楽曲史上初の1位を獲得。日本の楽曲として、これまでにない規模感のヒットを記録している。2022年12月には88rising主催のフェス『Head In The Clouds』のインドネシア・ジャカルタ公演とフィリピン・マニラ公演に出演し、この8月にもアメリカ・ロサンゼルスで開催される同フェスに出演する。新型コロナウイルスの規制が解かれ、国内外のリアルライブが再び盛り上がりを見せている中で、海外でのライブがさらに「アイドル」の革命的状況を後追ししそうだ。

「日本の楽曲はコード進行や構成の妙、演奏力など、素晴らしい独自性がある」と芦澤氏。

「例えばYOASOBIの『アイドル』は、K-POPとはまた違う意味で目まぐるしく場面が変わっていくような構成があります。ボカロ的な変則メロディ進行は海外のどのコンテンツにも似ていない。そういった日本が誇るべき独特の感性を海外に紹介したいという思いもあります」

今後、ヒットが期待できそうなのが、米津玄師が『FINAL FANTASY XVI』テーマソングとして書き下ろした新曲「月を見ていた」だ。

「『月を見ていた』は、日本のクールなカルチャーとしてゲームコンテンツと一緒に盛り上がっていく曲になると思います。海外で非常に人気の高い『FINAL FANTASY』のプレイリストはもちろんのこと、〈Gacha Pop〉との相乗も視野に入れ、曲が発見されるチャンスを拡大したいと思っています」

さらに〈Gacha Pop〉のプレイリストを掘り下げると、BABYMETAL、CHAI、おとぼけビ~バ~、春ねむりなど海外ツアーで実力が認められてきたアーティストに加え、シンガーソングライターのカネコアヤノ、ジャズをルーツにもつ松木美定、DTMユニットのパソコン音楽クラブ、ダンス&ボーカルグループの&TEAMやTravis Japanなど幅広く収録されている。


「〈Gacha Pop〉にとって大事なのは、『こうでなければならない』という枠組みを作らないということ。そこに正解も不正解もなく、逆に言えば聴く人全員が等しく満足するものにはならない。時代も国境もジャンルも超えるというコンセプトが根底にあり、ガチャガチャのように間口は広くフレキシブルでありたいので、日本のポップカルチャーを世界に発信するという定義にハマっていれば、ある意味何でもありだと思っています」

〈Gacha Pop〉が国内でも急速に支持されている状況を、芦澤氏はこう分析する。

「〈Gacha Pop〉は海外に向けたプレイリストなので、国内で聴かれるようになるには少し時間がかかると思っていました。先に海外で実績を作って、それを逆輸入的に日本に持ってこようと考えていたのですが、国内で聴かれるようになるのがあまりにも速くて驚いています。K-POPが世界規模で成功しているからこそ、日本の音楽がまだそこまで届いていないことへの歯がゆさを感じていた方も多かったのかもしれません。

でも、こうして世界から求められる日本の楽曲を集めたプレイリストが生まれたことで、新しい視点が開いた。『死ぬのがいいわ』『NIGHT DANCER』といった日本の楽曲がストリーミング発のバイラルヒットにより世界中で聴かれている現象に対して、多くの人が興味を持っていたということを示しているのかもしれません。

『鬼滅の刃』をはじめ、人気アニメ作品の主題歌になれば海外でも聴かれるという状況が定着し、アニメタイアップを積極的に取りに行くという戦略は引き続き有効だと思います。しかし、それ以外のヒット事例が増えたことで、固定観念に縛られない海外視点の価値観、先程の例えで言うと”カリフォルニアロール現象”が日本人からすると逆に新鮮に見えて、『海外でヒットしている日本の楽曲をもっと知りたい』という欲求が生まれているということも考えられると思います」

〈Gacha Pop〉のプレイリストに入るとどんなメリットがあるのか。最後に改めて聞いた。

「このプレイリストをきっかけに、アニメやゲームだけでない、様々な日本のカルチャーに興味を持ってもらえるチャンスを創出することができたら、アーティストにとっても世界から発見されることに繋がっていきます。
『BOW』がバイラルヒットしたMFSが、コールドプレイやゴリラズなどが所属するWarner Music UKの老舗レーベル・Parlophoneと契約したというニュースも先日入ってきました。そうやって世界に広がっていくきっかけ作りになればと考えています」

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