Spotifyがこの一年を賑わせた音楽やポッドキャストを振り返る「Spotifyまとめ2023」を11月末に公開、大きな注目を集めている。Spotifyは2016年秋に日本でのサービスを開始。
「Spotifyまとめ」年間ランキングでもYOASOBI、藤井 風、XG、imaseらの大躍進が話題になったように、2023年は日本人アーティストによる国外での活躍が大きく報じられ、「海外進出」というトピックがこれまでにない形で取り沙汰される一年だった。ストリーミングによって音楽市場のボーダーレス化が加速し、K-POP、ラテンポップ、アフロビーツなど非英語圏のアーティストが世界的支持を集めるなか、ようやくJ-POPも海外への足掛かりを掴もうとしているーー多くの人たちがそういった手応えを感じたに違いない。
その一方で、K-POPが新しいメディア環境に早くから適応してきたのに対し、ストリーミングサービスへの対応に出遅れてしまった日本の音楽業界には、依然として多くの課題も残っている。昨年の今頃、音楽ジャーナリスト・柴那典氏が2022年のSpotify年間ランキングを総括しながら「メディアと音楽業界に対して特に思うのが、日本のカルチャーをどうやって海外に届けるのか、海外からどんなふうに見られているのかはすごく気にしているのに、海外のポップカルチャーの現状についてはあまり情報が行き渡っていない」と語っていたことも、改めて重要な問題提起として受け止めるべきだろう。
そこで今回は、「Spotifyまとめ2023」の公開にあわせて来日した二人のSpotifyグローバル役員、国際市場におけるビジネス/サブスクリプション事業を統括するグスタフ・ギレンハマー氏(Gustav Gyllenhammer)と、音楽部門のグローバルヘッドを務めるジェレミー・エルリッヒ氏(Jeremy Erlich)へのインタビューを実施。ストリーミングが塗り替えた世界の音楽シーン、流通構造の変化がアーティストにもたらす可能性、そして日本の音楽カルチャーを海外に発信するために何が必要なのか、そのためにSpotifyは何を提供できるのか、それぞれの視点から語ってもらった。
さらに記事の後半では、スポティファイジャパン株式会社 代表取締役のトニー・エリソン氏を2年ぶりに取材(前回の記事はこちら)。日本におけるSpotifyの現状と将来のヴィジョンについて伺った。(インタビュー・文:西澤裕郎、リードテキスト・質問作成:小熊俊哉)
グスタフ・ギレンハマー氏(Photo by Mitsuru Nishimura)
ジェレミー・エルリッヒ氏(Photo by Mitsuru Nishimura)
INTERVIEW Part .1
Gustav Gyllenhammer, Jeremy Erlich
ストリーミングが塗り替えた世界の音楽シーン
―まずはグローバルの話からお伺いしたいのですが、ストリーミングとそのオーディエンスの拡大は、世界の音楽市場にどのような変化や影響をもたらしたとお考えでしょう?
グスタフ:ストリーミングの登場は音楽業界における大きな転換点だったと思います。Spotifyは15年前の2008年、スウェーデンでサービスを開始しました。音楽業界の関係者はよくご存知かと思いますが、海賊版などにより、フィジカルフォーマットが世界規模で急速に減少していき、業界に混乱を巻き起こした時期と言えるでしょう。
ジェレミー:私からもストリーミングがもたらした素晴らしい事柄をいくつか紹介させてください。まず言えることは、「発見」と「消費」が同じプラットフォームで起こっているという点です。私たちは、プレイリストなどを通じて新たな音楽との出会いを提供しており、オーディエンスはプラットフォーム上で見つけた音楽をその瞬間に楽しむことができます。これは、ラジオやその他のメディアで音楽を見つけ、レコードストアに足を運んでいた時代との大きな変化だと思います。この瞬時性が、音楽の消費量と流通速度を大きく変化させることになりました。次に、消費の可視性です。以前はその音楽が実際にどれほど再生されたか知ることはできませんでした。
―先日発表された今年のSpotify年間ランキングについて、感想や手応えを聞かせてください。
グスタフ:活気のある今の音楽業界を映し出した多様性に富むランキングになったと思います。今年のトップ20、トップ50、トップ100にランクインしているアーティストのラインナップを、ポップミュージック全盛だった頃と比較すると、聴かれている音楽ジャンルの多様化は明らかです。地域別に見ても、メキシコの音楽マーケットは年々拡大していることが感じられますし、K-POPも上位にランクインしています。「Spotifyまとめ」の発表は、音楽コミュニティ全体における祭典の瞬間だと思っています。この話題について社員たちと話すことは、毎年私の楽しみの1つです。私たちは、今年は例年以上に多くのアーティストたちが活発に活動をしている様子を見ることができました。年末のこの時期はアーティストたちがサポートし続けてくれたファンに感謝を伝える、まさに幸せに包まれた時期でもあります。
ジェレミー:今年「世界で最も再生されたアーティスト」となったテイラー・スウィフトは、ストリーミングとツアーの両軸において、今まで誰も成し得なかった偉業を果たしたと思います。まさに一世を風靡したと言えるでしょう。
グスタフ:ジェレミーは、ボブ・ディランを熱心に聴き始めていたんだよね。
ジェレミー:ああ、そうだよ(笑)。
グスタフ:私の今年のトップリストは、まさに私がお話ししたことを集約しているのではないでしょうか。プエルトリコのアーティスト、ナイジェリアのアーティスト、韓国のアーティスト、そしてテイラー・スウィフトが最も聴いた上位にランクインしています。さらに、最近人気を高めている南米のアーティストも入っています。来年はまだ難しいかもしれませんが、3年以内には日本のアーティストが入ってくることを期待しています。
ジェレミー:ちなみに私は、2年前に2つ目のSpotifyアカウントを作りました。1つ目のアカウントは子供たちに乗っ取られてしまったんです。
グスタフ:きっと今は『アナと雪の女王』がトップだろう?
ジェレミー:ああ。両方のアカウントともそうだよ(笑)。
〈世界で最も再生されたアーティスト〉のプレイリスト。上位10組中4組がラテン系のアーティスト:2位・バッド・バニー(プエルトリコ)、5位・Peso Pluma(メキシコ)、6位・Feid、9位・カロルG(共にコロンビア)
〈世界で最も再生された楽曲〉のプレイリスト。4位のJung Kook(BTS)「Seven (feat. Latto)」 はSpotify史上最速で10億回再生を突破
―今年の年間ランキングから、アフロビーツやレゲトン、メキシコの音楽、K-POPなど各地域の音楽カルチャーが世界的に成功を収めていることが伝わってきました。このことについて、ストリーミングやSpotifyはどのような役割を担ったと考えていますか?
ジェレミー:まさしく、誰もが音楽にアクセスできるということだと思います。Spotifyは、ログインするだけで世界中の音楽と出会うことができ、さらに他国の音楽チャートを見ることもできます。もし、メキシコの音楽に興味があるなら、メキシコの今のトレンドを簡単にチェックできるのです。このアクセスの民主化は、Spotifyが成し遂げた功績と言えるでしょう。
〈世界で最も再生された楽曲〉の5位、Eslabon Armado & Peso Pluma「Ella Baila Sola」はメキシコの大躍進を象徴するヒット曲
同7位、Rema「Calm Down (with Selena Gomez)」はナイジェリア発のアフロビーツの名曲
―音楽へのアクセスの民主化が実現したと。
ジェレミー:そして今、私たちが熱心に取り組んでいることは、世界中から素晴らしい音楽を見つけ出し、世界中の人々へ紹介することです。
グスタフ:Spotifyの成長は今まで以上に加速しており、ビジネス上でも非常にバランスのとれたマーケットポートフォリオが構成されています。ヨーロッパ、北アメリカ、ラテンアメリカといった主要地域を筆頭に180以上のマーケットでサービスを展開しており、全世界で5億7400万人以上、各々の地域でも1億1500万人以上のユーザーを獲得しています。アジアについても、日本、シンガポール、香港に加え、急成長を遂げるインドやインドネシアといった国々を含めると、その市場規模が大変大きいことは明らかでしょう。そして、それぞれの国において音楽市場が健全な状態であることが、音楽ビジネスのグローバル化をさらに後押ししていると思います。
―ストリーミングの収益分配に関しては日本でまだまだ誤解が多いように思います。Spotifyの収益はアーティスト側へどのように還元されているか、改めてお聞かせください。
グスタフ:アーティストの契約に応じて異なりますが、私たちは権利保有者に対し、正しく収益を分配しています。
日本の音楽マーケットにおける「可能性と課題」
―ここからは日本についての質問です。日本ではストリーミングの成長が早くも鈍化しているという見解もありますが、どのようにお考えでしょう?
グスタフ:私は日本のマーケットのエキスパートではありませんが、チームからの確かな情報をお話させてください。私にとって今回が今年で3度目の来日となりますが、このことが、既に日本の音楽産業が世界的に重要なマーケットであることを物語っています。今後、日本のマーケットが成長を遂げ、さらに多くの消費者がストリーミングを楽しめるようにいっそう注力していきたいと考えています。日本でSpotifyがサービスを開始してから今年で7年が経ち、現在も大変健全な成長を続けていますが、開始から既に15年が経っているヨーロッパや北米地域と比べると、正直、まだまだ遅れているのが現状です。私たちは特に20~35歳の熱心な音楽リスナー層、様々な音楽フェスに熱心に参加し、複数のストリーミングサービスを利用している音楽好きな皆様より支持を得ることに成功しています。次に目指すべきは、依然主にラジオやテレビといったメディアで音楽を聴かれている層へのリーチです。この層を獲得することで、日本のストリーミングマーケットは大きく飛躍を遂げることになると考えています。ご存知の通り、日本の人口動態は他のマーケットとは大く異なっています。例えば、アフリカやインド、インドネシアなどでは一番のターゲット層は20歳以下であるのに対し、日本では45歳以上の方々にもストリーミングの魅力を知っていただくために力を入れています。日本では、他国とは異なる独自のマーケティングとコンテンツ制作に特に注力しています。具体的には、例えばノスタルジーを呼び起こすプレイリストやこの世代の心に響くようなキャンペーンを展開しています。例えば、ボブ・ディランをプレイリストに入れてみるなど。
ジェレミー:ボブ・ディランは世代を超えたミュージシャンですから(笑)。
グスタフ:その通り(笑)! お伝えしたかったことは、そういった45歳以上のオーディエンスに響くようなコンテンツや体験を作っているということです。もちろんその一方で、私たちはユースカルチャーも重視しており、若い世代に対してストリーミングサービスが果たすべき役割も忘れてはいません。新たな音楽との発見を提供するだけではなく、音楽がより多く聴かれ、アーティストがファンと強い関係を築けるプラットフォームであることが私たちの役目でもあるのです。日本は重要なマーケットであり、世界第2位の音楽マーケットとして今後も安定した成長が続いていくと見込んでいます。日本はファンダムへの支出規模が非常に大きいことで知られており、私たちは、この分野への注力も計画しています。
ジェレミー:もう1点付け加えさせてください。他国において、ストリーミングは既に主流のフォーマットになっており、日本でも同様になると予想しています。「ストリーミングが主流になると他のフォーマットがなくなってしまう」という意見を今でも耳にしますが、これは誤解です。事実、アメリカのフィジカルフォーマットの売上は成長しており、このことは音楽ファンはそれぞれのフォーマットを異なる目的で利用していることを証明しています。日本のようなコレクターが多いマーケットでは、フィジカルとストリーミングが共存する可能性は大いにあるでしょう。私たちはSpotifyが提供する音楽体験に誇りを持っています。より多くの人にSpotifyのサービスを楽しんでいただき、有料会員になってもらえることを願っています。
〈スローバックTHURSDAY〉は1976年から2019年まで、その年の音楽シーンを象徴する名曲を収録したプレイリストシリーズ。今年6月にローンチされた
※〈スローバックTHURSDAY〉一覧はこちら
―この数年、ソーシャルメディアやストリーミングによって日本のアーティストの楽曲が海外でバイラルヒットとなる事例も増えています。この点についてはどのような手応えを感じていますか?
ジェレミー:今日も先ほどアーティストとのミーティングがあったところですが、グローバルチャートにランクインしたことをとても喜んでいました。まさに、ストリーミングサービスの恩恵と言えるでしょう。音楽との出会い方は人それぞれです。Spotifyのようなストリーミングプラットフォームやソーシャルメディア、もしくは、例えば映画を通して発見する人もいるでしょう。音楽との出会いの場は大きく開かれているのです。今日お会いしたアーティストは、これらのツールやタッチポイントを利用しながらリスナーを広げています。アーティストは、Spotifyを利用することで自分たちのファンが多くいる場所を把握することができます。こうしたデータからブレイクする可能性がある国を特定することができる。私は、アメリカにいる若者が日本の音楽をストリーミングで聴いたり、日本のアーティストがリスナーの多い国を特定して海外ツアーを組める時代が訪れたことを素晴らしく思っています。
〈海外で最も再生された国内のアーティストの楽曲〉ランキングをまとめたプレイリスト。藤井 風「死ぬのがいいわ」が2年連続1位
―日本の業界が海外へ音楽カルチャーを発信していくために、また日本のアーティストやクリエイターがさらにビジネスチャンスを最大化するために、Spotifyのようなプラットフォームをどのように活用すれば良いでしょう?
ジェレミー:音楽の美学の1つは、成功への決まった解がないことだと思っています。もし正解があったなら、この世界はつまらないものになってしまいますから。私たちがアーティストやファンのためにできることは、お互いをつなぐ場所を提供することであり、これを実現するための様々なツールをできるだけ多く提供することです。例えば、アルバムリリースまでのカウントダウンページや、ビデオのフォーマットのクリップ、アーティストが自身の曲をたくさん聴いてくれたトップリスナーたちに特別な機会を提供できる「Fans First」(※)が挙げられます。アーティストがファンとつながり、その結びつきを深められる機会を提供することこそ、私たちが目指すゴールなのです。
※「Fans First」:お気に入りアーティストの音楽をSpotifyで熱心に聴いているリスナーに対して、そのアーティストに関連する付加価値の高い体験(チケット先行購入など)を優先的に案内するプログラム
―それらを活用するために、どのようなことが重要になってくるのでしょう?
ジェレミー:日本のマーケットがSpotifyと一緒にさらに成長していくために重要だと思うことをお伝えします。まず1つ目は、あらゆる楽曲をSpotifyで配信することです。アーティストの意向を尊重すべきですが、私たちは、Spotifyに楽曲をアップすることはベストな選択だと信じています。2つ目は、我々の日本の音楽担当チームと連携し、Spotify上で利用できるツールなどを最大限に活用することです。Spotifyは日本でも時間をかけて、音楽の文化背景や歴史、トレンド、アーティストの事情に精通した地場のチームを作り上げてきました。日本のローカルチームはグローバルチームとも密に連携しています。国内でリスナーを広げるだけでなく、世界へ音楽を発信するためのベストパートナーになるでしょう。
グスタフ:各マーケットの事情に精通したローカルチームとグローバル規模での事業展開、この相反する2つの要素がSpotifyをより特別な存在にしていると考えています。私たちは長年にわたってSpotifyのプラットフォームを観察してきました。私が入社した11年前のSpotifyを少し紹介すると、当時はユーザーが能動的に聴きたい音楽を検索することが主流でした。つまり、ユーザーには検索したいアーティストの名前が頭に浮かんでいる必要があったのです。当時はアーティストに向けたツールも限られており、ユーザーの聴取履歴などは把握できたものの、それをアーティストに対して開示できていませんでした。この10年間で、Spotifyは計り知れない進化を遂げました。私たちは、音楽に精通したエディターによる公式プレイリストや、最新の機械学習によって一人ひとりのユーザーにパーソナライズされたプレイリストなど、豊富な音楽コンテンツを用意しています。熱心な音楽ファンにも、ライトなオーディエンスにとっても十分に楽しんでいただけるはずです。
―ユーザー数や利益の拡大といった市場ポテンシャル以外に、Spotifyが日本市場に注目や期待していることがあれば、教えていただけますか?
グスタフ:日本は世界2位の規模を誇る音楽市場であり、日本の消費者はファンダムや音楽収益に大いに貢献しています。その一方で、日本の音楽は海外市場においてまだまだ存在感を示せていないと思っています。ファッション、アニメ、食文化などは圧倒的な認知度を誇り、世界から愛されている日本は、音楽でも同様であるべきです。私たちは、日本の音楽を世界に広めるために全力を尽くしたいと思っており、私の日本のチームに対し、これに貢献することを期待しています。
最新アニメシーンの話題曲をまとめたプレイリスト〈Anime Now〉は海外リスナーからも人気
―2023年は〈Gacha Pop〉が海外のオーディエンス向けに作られたプレイリストでありながら日本国内でも話題になりました。海外にルーツを持つお二人には、どのように映っていますか?
ジェレミー:日本カルチャーのファンにとって、日本の音楽との出会いのきっかけとなるプレイリストだと思います。〈Gacha Pop〉を通して、今まで知らなかった音楽を発見し、アーティストとの素敵な出会いを提供できたなら、私たちは役目を果たすことができたと思います。
グスタフ:〈Gacha Pop〉と似たような展開は、他の地域でも見られます。例えば、〈K-Pop ON!〉はSpotifyにおいてK-POPのフラッグシップ・プレイリストであり、韓国の国内だけでなく、国外でも非常に人気です。ナイジェリアと南アフリカのチームによって編集された〈African Heat〉や、ラテンミュージックのプレイリスト〈Viva Latino〉も私たちの主要なプレイリストの1つであり、世界中に多くのリスナーがいます。このようなプレイリストは、新たなコミュニティを生み出すとともに、アーティストにブレイクの機会を与えてくれています。日本のフラッグシップ・プレイリストにもこうした役割を大いに期待しており、世界中のオーディエンスに日本の音楽との素晴らしい出会いを提供することを期待しています。
INTERVIEW Part .2
Tony Elison
日本におけるSpotifyの現状と将来のヴィジョン
ーSpotifyが日本でサービスを開始してから7年が経ちました。トニーさんは日本におけるSpotifyの現状をどう捉えてらっしゃいますか?
トニー:僕が着任したのは2021年2月で、そろそろ3年経とうとしてるところなんですけど、おそらく最初の5年間が1番大変だったのではないかと思っています。主要な音楽カタログが十分に揃っておらず、国内の音楽業界からも決して100パーセントの信頼や支持を得られていたわけではなかったとききます。そんな中、試行錯誤と日々の努力を繰り返し、業界関係者やアーティスト、そしてユーザーにSpotifyに対する理解が徐々に広がっていった。グスタフとジェレミーの話にもありましたが、手応えというか、ちょっと流れが変わりつつあるなと感じたのが、ちょうど僕が参画した頃。ストリーミング自体がビジネスの転換期にきたなと感じたんですね。ユーザー層も、アーリーアダプターからメインストリームに大きく広がりつつあり、ストリーミングがニッチからメインストリームになりつつある感覚があった。さきほど、日本での成長が鈍化してるんじゃないかという質問がありましたが、この先、まだまだ伸びていくんじゃないかと確信しています。
スポティファイジャパン株式会社 代表取締役 トニー・エリソン氏(Photo by Mitsuru Nishimura)
ートニーさんは別のインタビューで、コロナ禍を抜けてフィジカルと結びついたとき、また次のフェーズに行くんじゃないかということもおっしゃっていました。音楽ライブやフェスなども活発化してきている今、どのようなことを感じてらっしゃいますか?
トニー:コロナ禍で、映像も含め多くのデジタルサービスが成長したわけですが、外に出られない、ライブがない状況の中で、ある意味、そういったサービスが広がるのは当然だったと思うんです。コロナがようやく落ち着き、ライブも復活してフェスが戻ってきた今、ライブやフェスの後も音楽を聴いてその余韻を楽しみたいということで、ストリーミングへのニーズはさらに高まっていると思うんです。さらに、さっきの話にもあった通り、ストリーミングが普及するほどにアナログ盤やCDなどのフィジカルも復活している現象も見られる。音楽ってすごく多様じゃないですか? 音楽そのものも多様だし、聴く手段もそう。音楽を体験する手段も非常に多様。コロナ後は、ライブだったり、映画だったり、いわゆるオフラインな体験を通じた音楽発見も復活しているので、これらで出会った音楽を思い立った時に気軽に楽しめる手段としてストリーミングへのニーズはさらに拡大するんじゃないかと思いますね。
ー日本でもストリーミングの利用は大きく広がっていますが、とはいえまだ利用してない人も多いと思います。世界第2位の音楽市場である一方、日本ならではの市場特性もある中、国内でユーザーをさらに広げていくために、Spotifyとして、どういうことに注力していこうとお考えでしょう。
トニー:今、ストリーミングを使ってない人は、音楽が嫌いなわけでも、嫌いになったわけでもなく、仕事や子育てなど日々の生活のいろんなことに追われ、音楽との距離がちょっと遠くなり、ライブに行く時間もないという状況じゃないかと思うんです。こうした生活の中で、かつて感じていた音楽への強い興味や情熱を少し忘れてしまっているんじゃないかと。Spotifyの仕事は、こうした人たちに音楽の楽しさや大切さを思い出してもらうこと。皆それぞれに音楽好きなはずで、この音楽を聴くとちょっと気分が高まったり、やる気になったり、勇気が出たりとかいうことがあると思う。そういったところをちょっとつっつくことだと思っています。毎日の中のときめく瞬間にSpotifyがそこにいるというのが大事だと思うんです。まだストリーミングを継続的に利用してない人たちも、音楽に興味がないわけではないはずなので、音楽はここにいるよってことをいかに知ってもらえるかということが大事だと思っています。
2023年、最もSNSでシェアされた楽曲をまとめたプレイリスト。JO1の躍進が目立つ
ー今後、Spotifyは日本において、どのようなブランドやコミュニティになっていきたいと考えてらっしゃいますか?
トニー:形容詞でいえば、やっぱり「楽しい」ですよね。日本でサービスを開始した当時は、かっこいいブランドになりたいというのが一次回答だったのではないかと思います。熱心な音楽リスナーやカルチャーファンの皆さんからも、かっこいいブランドとして認識や支持をいただけたように感じています。今後はより広い層の方達から楽しいと感じてもらえるブランドにしたい。そもそも音楽って、楽しくて、奥深くて、気分が盛り上がりますよね。音楽=Spotifyと言い換えられるぐらいの存在になりたいですね。
スポティファイジャパンは次世代アーティストをバックアップする「RADAR: Early Noise」、音楽におけるジェンダーの公平性を促進し、女性の持つパワーや可能性を引き出していく〈EQUAL Japan〉といったプログラムにも注力している
ー以前、5年後、10年後の未来を尋ねられたとき、テクノロジーの進化が早いので先のことはその時にならないとわからないとおっしゃっていました。現在、未来についてはどのように考えていますか?
トニー:前回のインタビュー以降、大きく動いたものの一つがAIですよね。1年前だったら、ほとんど誰も生成AIって表現を知らなかった。1年間でこれほどの革命的な技術の進化が起きる世の中では、それこそ5年後、10年後に何があるのかは全くわからない。なので、「先のことはその時にならないとわからない」という回答自体は前回と変わらないです。どんな新しいテクノロジーが登場しても、最初から支持する人もいれば、懸念を示す人もいると思うんです。Spotifyだって最初は、業界からストリーミングが広がることで収益が落ちるんじゃないかと懸念された。けれども今やストリーミングによって市場は着実に成長していて、業界関係者もストリーミングを活用することで機会を最大化できるということを理解し、安心できるようになってきた。業界が安心して支持するようになってくれると、利用するユーザーもどんどん前向きになってくる。この先、例えば10年後にどのようなデバイスやアプリで音楽を聴いているかは分かりませんが、音楽は人間にとって欠かせないものというのは変わらない。これからもどんどん多様な音楽にアクセスしやすい世界になっていくと思いますし、アクセスしやすくなると新たな出会いや発見も増える。聴かれる楽曲の多彩さがさらに音楽の多様性を推し進めていく。そう考えると、すごく明るい未来なんじゃないのかなって気はしていますね。まだまだ未来に期待しています。
いまや国内の音楽産業においても必要不可欠なプラットフォームとなっている。
「Spotifyまとめ」年間ランキングでもYOASOBI、藤井 風、XG、imaseらの大躍進が話題になったように、2023年は日本人アーティストによる国外での活躍が大きく報じられ、「海外進出」というトピックがこれまでにない形で取り沙汰される一年だった。ストリーミングによって音楽市場のボーダーレス化が加速し、K-POP、ラテンポップ、アフロビーツなど非英語圏のアーティストが世界的支持を集めるなか、ようやくJ-POPも海外への足掛かりを掴もうとしているーー多くの人たちがそういった手応えを感じたに違いない。
その一方で、K-POPが新しいメディア環境に早くから適応してきたのに対し、ストリーミングサービスへの対応に出遅れてしまった日本の音楽業界には、依然として多くの課題も残っている。昨年の今頃、音楽ジャーナリスト・柴那典氏が2022年のSpotify年間ランキングを総括しながら「メディアと音楽業界に対して特に思うのが、日本のカルチャーをどうやって海外に届けるのか、海外からどんなふうに見られているのかはすごく気にしているのに、海外のポップカルチャーの現状についてはあまり情報が行き渡っていない」と語っていたことも、改めて重要な問題提起として受け止めるべきだろう。
そこで今回は、「Spotifyまとめ2023」の公開にあわせて来日した二人のSpotifyグローバル役員、国際市場におけるビジネス/サブスクリプション事業を統括するグスタフ・ギレンハマー氏(Gustav Gyllenhammer)と、音楽部門のグローバルヘッドを務めるジェレミー・エルリッヒ氏(Jeremy Erlich)へのインタビューを実施。ストリーミングが塗り替えた世界の音楽シーン、流通構造の変化がアーティストにもたらす可能性、そして日本の音楽カルチャーを海外に発信するために何が必要なのか、そのためにSpotifyは何を提供できるのか、それぞれの視点から語ってもらった。
さらに記事の後半では、スポティファイジャパン株式会社 代表取締役のトニー・エリソン氏を2年ぶりに取材(前回の記事はこちら)。日本におけるSpotifyの現状と将来のヴィジョンについて伺った。(インタビュー・文:西澤裕郎、リードテキスト・質問作成:小熊俊哉)
グスタフ・ギレンハマー氏(Photo by Mitsuru Nishimura)
ジェレミー・エルリッヒ氏(Photo by Mitsuru Nishimura)
INTERVIEW Part .1
Gustav Gyllenhammer, Jeremy Erlich
ストリーミングが塗り替えた世界の音楽シーン
―まずはグローバルの話からお伺いしたいのですが、ストリーミングとそのオーディエンスの拡大は、世界の音楽市場にどのような変化や影響をもたらしたとお考えでしょう?
グスタフ:ストリーミングの登場は音楽業界における大きな転換点だったと思います。Spotifyは15年前の2008年、スウェーデンでサービスを開始しました。音楽業界の関係者はよくご存知かと思いますが、海賊版などにより、フィジカルフォーマットが世界規模で急速に減少していき、業界に混乱を巻き起こした時期と言えるでしょう。
しかし今日、音楽業界は活気に溢れ、根本的な変化を続けています。ストリーミング時代以前に収益のピークを迎えたのは1999年でしたが、これと比較しても2021年の収益は当時を上回っています。この変化は収益面だけではなく、ストリーミングがコンテンツの流通速度を格段にアップさせ、音楽産業をマルチグローバルなマーケットへと変貌させています。ストリーミングのおかげでコンテンツは世界中に拡散し、世界中から消費者を見つけることができるのです。ストリーミングプラットフォームは、ファンとアーティストを結びつけることに成功したと言えると考えています。
ジェレミー:私からもストリーミングがもたらした素晴らしい事柄をいくつか紹介させてください。まず言えることは、「発見」と「消費」が同じプラットフォームで起こっているという点です。私たちは、プレイリストなどを通じて新たな音楽との出会いを提供しており、オーディエンスはプラットフォーム上で見つけた音楽をその瞬間に楽しむことができます。これは、ラジオやその他のメディアで音楽を見つけ、レコードストアに足を運んでいた時代との大きな変化だと思います。この瞬時性が、音楽の消費量と流通速度を大きく変化させることになりました。次に、消費の可視性です。以前はその音楽が実際にどれほど再生されたか知ることはできませんでした。
しかし現在、私たちは人気の音楽、再び注目を集めている音楽、日常的に聴かれている音楽の情報を正確に把握することができます。これによって、新人アーティストのみならず、著名なアーティストも多くのメリットを得られていると思います。
―先日発表された今年のSpotify年間ランキングについて、感想や手応えを聞かせてください。
グスタフ:活気のある今の音楽業界を映し出した多様性に富むランキングになったと思います。今年のトップ20、トップ50、トップ100にランクインしているアーティストのラインナップを、ポップミュージック全盛だった頃と比較すると、聴かれている音楽ジャンルの多様化は明らかです。地域別に見ても、メキシコの音楽マーケットは年々拡大していることが感じられますし、K-POPも上位にランクインしています。「Spotifyまとめ」の発表は、音楽コミュニティ全体における祭典の瞬間だと思っています。この話題について社員たちと話すことは、毎年私の楽しみの1つです。私たちは、今年は例年以上に多くのアーティストたちが活発に活動をしている様子を見ることができました。年末のこの時期はアーティストたちがサポートし続けてくれたファンに感謝を伝える、まさに幸せに包まれた時期でもあります。
ジェレミー:今年「世界で最も再生されたアーティスト」となったテイラー・スウィフトは、ストリーミングとツアーの両軸において、今まで誰も成し得なかった偉業を果たしたと思います。まさに一世を風靡したと言えるでしょう。
個人的には昨年まで首位だったバッド・バニーが王座を取り戻すために奮闘してくれることを期待しています。アーティストから見ても、自身の音楽を聴いてくれたオーディエンスの数やその所在地、聴かれている時間の長さを知ることができる「Spotifyまとめ」は、ファンダムの存在を認識することができる非常に価値あるデータといえます。私は年に一度のこの時期を楽しみにしています。10月頃から私自身の「Spotifyまとめ」リストがどうなるか気にし始め、お気に入りのアーティストを自身のトップリストにランクインさせようと熱心に聴き始めるリスナーを見るのはなんだか微笑ましいです(笑)。
グスタフ:ジェレミーは、ボブ・ディランを熱心に聴き始めていたんだよね。
ジェレミー:ああ、そうだよ(笑)。
グスタフ:私の今年のトップリストは、まさに私がお話ししたことを集約しているのではないでしょうか。プエルトリコのアーティスト、ナイジェリアのアーティスト、韓国のアーティスト、そしてテイラー・スウィフトが最も聴いた上位にランクインしています。さらに、最近人気を高めている南米のアーティストも入っています。来年はまだ難しいかもしれませんが、3年以内には日本のアーティストが入ってくることを期待しています。
ジェレミー:ちなみに私は、2年前に2つ目のSpotifyアカウントを作りました。1つ目のアカウントは子供たちに乗っ取られてしまったんです。
こちらでは『ペッパピッグ(Peppa Pig)』がトップアーティストでした(笑)。
グスタフ:きっと今は『アナと雪の女王』がトップだろう?
ジェレミー:ああ。両方のアカウントともそうだよ(笑)。
〈世界で最も再生されたアーティスト〉のプレイリスト。上位10組中4組がラテン系のアーティスト:2位・バッド・バニー(プエルトリコ)、5位・Peso Pluma(メキシコ)、6位・Feid、9位・カロルG(共にコロンビア)
〈世界で最も再生された楽曲〉のプレイリスト。4位のJung Kook(BTS)「Seven (feat. Latto)」 はSpotify史上最速で10億回再生を突破
―今年の年間ランキングから、アフロビーツやレゲトン、メキシコの音楽、K-POPなど各地域の音楽カルチャーが世界的に成功を収めていることが伝わってきました。このことについて、ストリーミングやSpotifyはどのような役割を担ったと考えていますか?
ジェレミー:まさしく、誰もが音楽にアクセスできるということだと思います。Spotifyは、ログインするだけで世界中の音楽と出会うことができ、さらに他国の音楽チャートを見ることもできます。もし、メキシコの音楽に興味があるなら、メキシコの今のトレンドを簡単にチェックできるのです。このアクセスの民主化は、Spotifyが成し遂げた功績と言えるでしょう。
〈世界で最も再生された楽曲〉の5位、Eslabon Armado & Peso Pluma「Ella Baila Sola」はメキシコの大躍進を象徴するヒット曲
同7位、Rema「Calm Down (with Selena Gomez)」はナイジェリア発のアフロビーツの名曲
―音楽へのアクセスの民主化が実現したと。
ジェレミー:そして今、私たちが熱心に取り組んでいることは、世界中から素晴らしい音楽を見つけ出し、世界中の人々へ紹介することです。
私が所属するチーム、Global Curation Groups(GCG)では、世界各国の音楽エディターが毎週のミーティングでお気に入りの音楽をシェアしあっています。これにより、自然発生的な動きよりも、はるかに速いスピードで世界各地の音楽のトレンドをキャッチし、働きかけることができます。特に、今の若者たちは他国のカルチャーに強い関心を示しています。純粋な音楽ファンでもある私たちは、アクセスの民主化を実現するというSpotifyの役割をとても光栄に思っています。音楽のグローバル化における言語の壁ですが、これはいまや大きな問題ではないと信じていますし、ローカルからグローバルスケールへと発展させることは、とてもやりがいのあることです。
グスタフ:Spotifyの成長は今まで以上に加速しており、ビジネス上でも非常にバランスのとれたマーケットポートフォリオが構成されています。ヨーロッパ、北アメリカ、ラテンアメリカといった主要地域を筆頭に180以上のマーケットでサービスを展開しており、全世界で5億7400万人以上、各々の地域でも1億1500万人以上のユーザーを獲得しています。アジアについても、日本、シンガポール、香港に加え、急成長を遂げるインドやインドネシアといった国々を含めると、その市場規模が大変大きいことは明らかでしょう。そして、それぞれの国において音楽市場が健全な状態であることが、音楽ビジネスのグローバル化をさらに後押ししていると思います。
―ストリーミングの収益分配に関しては日本でまだまだ誤解が多いように思います。Spotifyの収益はアーティスト側へどのように還元されているか、改めてお聞かせください。
グスタフ:アーティストの契約に応じて異なりますが、私たちは権利保有者に対し、正しく収益を分配しています。
簡潔に説明すると、Spotifyに入るお金のうち、70%は権利保有者へと還元されているのです。過去15年間の累計を見ると、私たちは、400億ドル以上もの金額を音楽業界に還元してきました。最新の報告では、2021年だけで70億ドルが音楽業界に還元されています。今までお話ししたように、音楽業界は確実に成長を続けています。2023年には新たな記録を達成し、業界はさらに活性化されるだろうと期待しています。
日本の音楽マーケットにおける「可能性と課題」
―ここからは日本についての質問です。日本ではストリーミングの成長が早くも鈍化しているという見解もありますが、どのようにお考えでしょう?
グスタフ:私は日本のマーケットのエキスパートではありませんが、チームからの確かな情報をお話させてください。私にとって今回が今年で3度目の来日となりますが、このことが、既に日本の音楽産業が世界的に重要なマーケットであることを物語っています。今後、日本のマーケットが成長を遂げ、さらに多くの消費者がストリーミングを楽しめるようにいっそう注力していきたいと考えています。日本でSpotifyがサービスを開始してから今年で7年が経ち、現在も大変健全な成長を続けていますが、開始から既に15年が経っているヨーロッパや北米地域と比べると、正直、まだまだ遅れているのが現状です。私たちは特に20~35歳の熱心な音楽リスナー層、様々な音楽フェスに熱心に参加し、複数のストリーミングサービスを利用している音楽好きな皆様より支持を得ることに成功しています。次に目指すべきは、依然主にラジオやテレビといったメディアで音楽を聴かれている層へのリーチです。この層を獲得することで、日本のストリーミングマーケットは大きく飛躍を遂げることになると考えています。ご存知の通り、日本の人口動態は他のマーケットとは大く異なっています。例えば、アフリカやインド、インドネシアなどでは一番のターゲット層は20歳以下であるのに対し、日本では45歳以上の方々にもストリーミングの魅力を知っていただくために力を入れています。日本では、他国とは異なる独自のマーケティングとコンテンツ制作に特に注力しています。具体的には、例えばノスタルジーを呼び起こすプレイリストやこの世代の心に響くようなキャンペーンを展開しています。例えば、ボブ・ディランをプレイリストに入れてみるなど。
ジェレミー:ボブ・ディランは世代を超えたミュージシャンですから(笑)。
グスタフ:その通り(笑)! お伝えしたかったことは、そういった45歳以上のオーディエンスに響くようなコンテンツや体験を作っているということです。もちろんその一方で、私たちはユースカルチャーも重視しており、若い世代に対してストリーミングサービスが果たすべき役割も忘れてはいません。新たな音楽との発見を提供するだけではなく、音楽がより多く聴かれ、アーティストがファンと強い関係を築けるプラットフォームであることが私たちの役目でもあるのです。日本は重要なマーケットであり、世界第2位の音楽マーケットとして今後も安定した成長が続いていくと見込んでいます。日本はファンダムへの支出規模が非常に大きいことで知られており、私たちは、この分野への注力も計画しています。
ジェレミー:もう1点付け加えさせてください。他国において、ストリーミングは既に主流のフォーマットになっており、日本でも同様になると予想しています。「ストリーミングが主流になると他のフォーマットがなくなってしまう」という意見を今でも耳にしますが、これは誤解です。事実、アメリカのフィジカルフォーマットの売上は成長しており、このことは音楽ファンはそれぞれのフォーマットを異なる目的で利用していることを証明しています。日本のようなコレクターが多いマーケットでは、フィジカルとストリーミングが共存する可能性は大いにあるでしょう。私たちはSpotifyが提供する音楽体験に誇りを持っています。より多くの人にSpotifyのサービスを楽しんでいただき、有料会員になってもらえることを願っています。
〈スローバックTHURSDAY〉は1976年から2019年まで、その年の音楽シーンを象徴する名曲を収録したプレイリストシリーズ。今年6月にローンチされた
※〈スローバックTHURSDAY〉一覧はこちら
―この数年、ソーシャルメディアやストリーミングによって日本のアーティストの楽曲が海外でバイラルヒットとなる事例も増えています。この点についてはどのような手応えを感じていますか?
ジェレミー:今日も先ほどアーティストとのミーティングがあったところですが、グローバルチャートにランクインしたことをとても喜んでいました。まさに、ストリーミングサービスの恩恵と言えるでしょう。音楽との出会い方は人それぞれです。Spotifyのようなストリーミングプラットフォームやソーシャルメディア、もしくは、例えば映画を通して発見する人もいるでしょう。音楽との出会いの場は大きく開かれているのです。今日お会いしたアーティストは、これらのツールやタッチポイントを利用しながらリスナーを広げています。アーティストは、Spotifyを利用することで自分たちのファンが多くいる場所を把握することができます。こうしたデータからブレイクする可能性がある国を特定することができる。私は、アメリカにいる若者が日本の音楽をストリーミングで聴いたり、日本のアーティストがリスナーの多い国を特定して海外ツアーを組める時代が訪れたことを素晴らしく思っています。
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―日本の業界が海外へ音楽カルチャーを発信していくために、また日本のアーティストやクリエイターがさらにビジネスチャンスを最大化するために、Spotifyのようなプラットフォームをどのように活用すれば良いでしょう?
ジェレミー:音楽の美学の1つは、成功への決まった解がないことだと思っています。もし正解があったなら、この世界はつまらないものになってしまいますから。私たちがアーティストやファンのためにできることは、お互いをつなぐ場所を提供することであり、これを実現するための様々なツールをできるだけ多く提供することです。例えば、アルバムリリースまでのカウントダウンページや、ビデオのフォーマットのクリップ、アーティストが自身の曲をたくさん聴いてくれたトップリスナーたちに特別な機会を提供できる「Fans First」(※)が挙げられます。アーティストがファンとつながり、その結びつきを深められる機会を提供することこそ、私たちが目指すゴールなのです。
※「Fans First」:お気に入りアーティストの音楽をSpotifyで熱心に聴いているリスナーに対して、そのアーティストに関連する付加価値の高い体験(チケット先行購入など)を優先的に案内するプログラム
―それらを活用するために、どのようなことが重要になってくるのでしょう?
ジェレミー:日本のマーケットがSpotifyと一緒にさらに成長していくために重要だと思うことをお伝えします。まず1つ目は、あらゆる楽曲をSpotifyで配信することです。アーティストの意向を尊重すべきですが、私たちは、Spotifyに楽曲をアップすることはベストな選択だと信じています。2つ目は、我々の日本の音楽担当チームと連携し、Spotify上で利用できるツールなどを最大限に活用することです。Spotifyは日本でも時間をかけて、音楽の文化背景や歴史、トレンド、アーティストの事情に精通した地場のチームを作り上げてきました。日本のローカルチームはグローバルチームとも密に連携しています。国内でリスナーを広げるだけでなく、世界へ音楽を発信するためのベストパートナーになるでしょう。
グスタフ:各マーケットの事情に精通したローカルチームとグローバル規模での事業展開、この相反する2つの要素がSpotifyをより特別な存在にしていると考えています。私たちは長年にわたってSpotifyのプラットフォームを観察してきました。私が入社した11年前のSpotifyを少し紹介すると、当時はユーザーが能動的に聴きたい音楽を検索することが主流でした。つまり、ユーザーには検索したいアーティストの名前が頭に浮かんでいる必要があったのです。当時はアーティストに向けたツールも限られており、ユーザーの聴取履歴などは把握できたものの、それをアーティストに対して開示できていませんでした。この10年間で、Spotifyは計り知れない進化を遂げました。私たちは、音楽に精通したエディターによる公式プレイリストや、最新の機械学習によって一人ひとりのユーザーにパーソナライズされたプレイリストなど、豊富な音楽コンテンツを用意しています。熱心な音楽ファンにも、ライトなオーディエンスにとっても十分に楽しんでいただけるはずです。
―ユーザー数や利益の拡大といった市場ポテンシャル以外に、Spotifyが日本市場に注目や期待していることがあれば、教えていただけますか?
グスタフ:日本は世界2位の規模を誇る音楽市場であり、日本の消費者はファンダムや音楽収益に大いに貢献しています。その一方で、日本の音楽は海外市場においてまだまだ存在感を示せていないと思っています。ファッション、アニメ、食文化などは圧倒的な認知度を誇り、世界から愛されている日本は、音楽でも同様であるべきです。私たちは、日本の音楽を世界に広めるために全力を尽くしたいと思っており、私の日本のチームに対し、これに貢献することを期待しています。
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―2023年は〈Gacha Pop〉が海外のオーディエンス向けに作られたプレイリストでありながら日本国内でも話題になりました。海外にルーツを持つお二人には、どのように映っていますか?
ジェレミー:日本カルチャーのファンにとって、日本の音楽との出会いのきっかけとなるプレイリストだと思います。〈Gacha Pop〉を通して、今まで知らなかった音楽を発見し、アーティストとの素敵な出会いを提供できたなら、私たちは役目を果たすことができたと思います。
グスタフ:〈Gacha Pop〉と似たような展開は、他の地域でも見られます。例えば、〈K-Pop ON!〉はSpotifyにおいてK-POPのフラッグシップ・プレイリストであり、韓国の国内だけでなく、国外でも非常に人気です。ナイジェリアと南アフリカのチームによって編集された〈African Heat〉や、ラテンミュージックのプレイリスト〈Viva Latino〉も私たちの主要なプレイリストの1つであり、世界中に多くのリスナーがいます。このようなプレイリストは、新たなコミュニティを生み出すとともに、アーティストにブレイクの機会を与えてくれています。日本のフラッグシップ・プレイリストにもこうした役割を大いに期待しており、世界中のオーディエンスに日本の音楽との素晴らしい出会いを提供することを期待しています。
INTERVIEW Part .2
Tony Elison
日本におけるSpotifyの現状と将来のヴィジョン
ーSpotifyが日本でサービスを開始してから7年が経ちました。トニーさんは日本におけるSpotifyの現状をどう捉えてらっしゃいますか?
トニー:僕が着任したのは2021年2月で、そろそろ3年経とうとしてるところなんですけど、おそらく最初の5年間が1番大変だったのではないかと思っています。主要な音楽カタログが十分に揃っておらず、国内の音楽業界からも決して100パーセントの信頼や支持を得られていたわけではなかったとききます。そんな中、試行錯誤と日々の努力を繰り返し、業界関係者やアーティスト、そしてユーザーにSpotifyに対する理解が徐々に広がっていった。グスタフとジェレミーの話にもありましたが、手応えというか、ちょっと流れが変わりつつあるなと感じたのが、ちょうど僕が参画した頃。ストリーミング自体がビジネスの転換期にきたなと感じたんですね。ユーザー層も、アーリーアダプターからメインストリームに大きく広がりつつあり、ストリーミングがニッチからメインストリームになりつつある感覚があった。さきほど、日本での成長が鈍化してるんじゃないかという質問がありましたが、この先、まだまだ伸びていくんじゃないかと確信しています。
スポティファイジャパン株式会社 代表取締役 トニー・エリソン氏(Photo by Mitsuru Nishimura)
ートニーさんは別のインタビューで、コロナ禍を抜けてフィジカルと結びついたとき、また次のフェーズに行くんじゃないかということもおっしゃっていました。音楽ライブやフェスなども活発化してきている今、どのようなことを感じてらっしゃいますか?
トニー:コロナ禍で、映像も含め多くのデジタルサービスが成長したわけですが、外に出られない、ライブがない状況の中で、ある意味、そういったサービスが広がるのは当然だったと思うんです。コロナがようやく落ち着き、ライブも復活してフェスが戻ってきた今、ライブやフェスの後も音楽を聴いてその余韻を楽しみたいということで、ストリーミングへのニーズはさらに高まっていると思うんです。さらに、さっきの話にもあった通り、ストリーミングが普及するほどにアナログ盤やCDなどのフィジカルも復活している現象も見られる。音楽ってすごく多様じゃないですか? 音楽そのものも多様だし、聴く手段もそう。音楽を体験する手段も非常に多様。コロナ後は、ライブだったり、映画だったり、いわゆるオフラインな体験を通じた音楽発見も復活しているので、これらで出会った音楽を思い立った時に気軽に楽しめる手段としてストリーミングへのニーズはさらに拡大するんじゃないかと思いますね。
ー日本でもストリーミングの利用は大きく広がっていますが、とはいえまだ利用してない人も多いと思います。世界第2位の音楽市場である一方、日本ならではの市場特性もある中、国内でユーザーをさらに広げていくために、Spotifyとして、どういうことに注力していこうとお考えでしょう。
トニー:今、ストリーミングを使ってない人は、音楽が嫌いなわけでも、嫌いになったわけでもなく、仕事や子育てなど日々の生活のいろんなことに追われ、音楽との距離がちょっと遠くなり、ライブに行く時間もないという状況じゃないかと思うんです。こうした生活の中で、かつて感じていた音楽への強い興味や情熱を少し忘れてしまっているんじゃないかと。Spotifyの仕事は、こうした人たちに音楽の楽しさや大切さを思い出してもらうこと。皆それぞれに音楽好きなはずで、この音楽を聴くとちょっと気分が高まったり、やる気になったり、勇気が出たりとかいうことがあると思う。そういったところをちょっとつっつくことだと思っています。毎日の中のときめく瞬間にSpotifyがそこにいるというのが大事だと思うんです。まだストリーミングを継続的に利用してない人たちも、音楽に興味がないわけではないはずなので、音楽はここにいるよってことをいかに知ってもらえるかということが大事だと思っています。
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ー今後、Spotifyは日本において、どのようなブランドやコミュニティになっていきたいと考えてらっしゃいますか?
トニー:形容詞でいえば、やっぱり「楽しい」ですよね。日本でサービスを開始した当時は、かっこいいブランドになりたいというのが一次回答だったのではないかと思います。熱心な音楽リスナーやカルチャーファンの皆さんからも、かっこいいブランドとして認識や支持をいただけたように感じています。今後はより広い層の方達から楽しいと感じてもらえるブランドにしたい。そもそも音楽って、楽しくて、奥深くて、気分が盛り上がりますよね。音楽=Spotifyと言い換えられるぐらいの存在になりたいですね。
スポティファイジャパンは次世代アーティストをバックアップする「RADAR: Early Noise」、音楽におけるジェンダーの公平性を促進し、女性の持つパワーや可能性を引き出していく〈EQUAL Japan〉といったプログラムにも注力している
ー以前、5年後、10年後の未来を尋ねられたとき、テクノロジーの進化が早いので先のことはその時にならないとわからないとおっしゃっていました。現在、未来についてはどのように考えていますか?
トニー:前回のインタビュー以降、大きく動いたものの一つがAIですよね。1年前だったら、ほとんど誰も生成AIって表現を知らなかった。1年間でこれほどの革命的な技術の進化が起きる世の中では、それこそ5年後、10年後に何があるのかは全くわからない。なので、「先のことはその時にならないとわからない」という回答自体は前回と変わらないです。どんな新しいテクノロジーが登場しても、最初から支持する人もいれば、懸念を示す人もいると思うんです。Spotifyだって最初は、業界からストリーミングが広がることで収益が落ちるんじゃないかと懸念された。けれども今やストリーミングによって市場は着実に成長していて、業界関係者もストリーミングを活用することで機会を最大化できるということを理解し、安心できるようになってきた。業界が安心して支持するようになってくれると、利用するユーザーもどんどん前向きになってくる。この先、例えば10年後にどのようなデバイスやアプリで音楽を聴いているかは分かりませんが、音楽は人間にとって欠かせないものというのは変わらない。これからもどんどん多様な音楽にアクセスしやすい世界になっていくと思いますし、アクセスしやすくなると新たな出会いや発見も増える。聴かれる楽曲の多彩さがさらに音楽の多様性を推し進めていく。そう考えると、すごく明るい未来なんじゃないのかなって気はしていますね。まだまだ未来に期待しています。
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