アニメーション映画『BLUE GIANT』で馬場智章を知ったリスナーは驚くことだろう。というか、馬場のことをそれなりに知っている僕(柳樂光隆)でさえ驚いた。
ここにはふたつの驚きがある。ひとつはNYのアコースティック・ジャズのイメージがあった馬場がエレクトリックなサウンドを作ったこと。もうひとつはそのクオリティが尋常でなく高いことだ。収録曲の大半は、プロデュースを務めたBIGYUKIと、アーロン・パークス率いるリトルビッグにも抜擢され、NYのシーンで頭角を現している韓国最強ドラマーのJK Kimとの3人で制作されている。
以前からこのプロジェクトの構想を馬場から(立ち話くらいの感じで)聞いていたが、当初から「国外でも聴かれるようなものを作る」ことが大前提のプロジェクトだと口にしていた。
実際に出来上がったものを聴けば、その言葉がハッタリでもなんでもなく明確に狙いに行ったものだとわかるだろう。「普段の自分を出せばいける」といった希望的観測ではなく、勝ちに行くために何をやるべきかを突き詰めた跡がはっきりと見える。過去作と聴き比べると、同じサックス奏者とは思えない演奏をしている曲もあるくらいで、スタイルや奏法さえも大幅に拡張しており、今作で馬場智章のイメージは大きく更新されるはずだ。本人に話を訊いた。
大きなステージを想定した「踊らせる」音楽
―今作『ELECTRIC RIDER』はどういう経緯で制作していったんですか。
馬場:構想し始めたのは2020年あたりです。
―そんなことやってたんですね、知らなかった。
馬場:もういよいよ実家にいてもすることないから東京に行こうと思って。でもまだNYに家があったので、引き払いに帰りました。NYもコロナ禍で何もやることがなかったのですが、中村恭士くんが僕のフェアウェルパーティーやろうよって連絡をくれて、恭士くんとケイタくん(小川慶太)、ユキくん(BIGYUKI)とバーベキューをしました。その時、酒が足りなくなってユキくんと買い出しに行ったとき、「インスタのやつええやん」って言ってくれて。「実はこんなんやりたいんですよね」って言ったら、「めっちゃええやん、やろうよ」って。「じゃあ、やることになったらお願いしますね」っていうやりとりがあったんです。
左からJK Kim、馬場智章、BIGYUKI
―きっかけは口約束と。
馬場:帰国してから縁あって作った前作『Gathering』(2022年)はバキバキのジャズでしたが、そこから2、3年の動きが大きくて。
そんなことを卓也くん主催のイベント「The BUNDLE」とか「Love Supreme Jazz Festival Japan」などで少しずつ試しながら、いよいよ(アルバムを)作ろうってなったときに、プロデュースをユキくんにお願いすることにしたんです。ジャズとは違ったプロダクティブな制作過程なので、どうしてもユキくんをプロデューサーに迎える必要があった。僕が今まで聴いてきた音楽はジャズ以外も多いので、その中で音作りがいいなと思ったものをユキくんと共有しながら制作を進めていきました。だから、元々ずっとこういう作風や制作に興味はあったんです。
―ラブシュプでは松下マサナオさんなどと一緒にエレクトリックなバンドをやってたと思いますが、その前からこのアルバムの構想があったと。
馬場:そうですね。このアルバムを想定した曲を実際にライブでやりながら、どんなふうになるのか試して来た感じです、ラブシュプでやった曲も形を変えて収録しています。あとはやはり、このプロジェクトは求めるプレイヤーも普通のジャズとはどうしても変わってくる。ドラマーもそうだし、他の音作りについても、自分はキーボードに関しては全く分からない。
『ELECTRIC RIDER』収録の「Circus II (feat. Yusuke Sase & Weedie Braimah)」と、「Love Supreme Jazz Festival Japan 2023」出演時の「Circus」
―地道に試行錯誤を積み重ねていったわけですね。
馬場:だから、今回の曲作りは僕にとって難しかった。というのも、ジャズの曲を作りたくなかったんです。今は世界的に見ても、リーダー作では歌手やラッパーのフィーチャリングを入れることが多いじゃないですか。でも、僕はインストで何千人もの観客をしっかり踊らせる音楽にしたかった。
スタンディングのヴェニューやフェスならお客さんの反響も見れるので、例えばラブシュプで『STORYTELLER』(2020年の前々作)の曲はどういう反応が来るのか、これから作る曲を演奏したらどういう反応なのかを確かめたり、ノウワーのときもルイス・コールを聴きに来た人に僕の音楽はどう映るのかを考えたりしていました(※今年3月のノウワー来日公演で、馬場はTenors In Chaosの一員として東京公演、自身のバンドで大阪公演のオープニングアクトを務めた)。
―馬場さんはここ数年で仕事のスケールもデカくなったし、演奏する場所も変わってきましたよね。特に『BLUE GIANT』以降は顕著で、フェスへの出演も増えた。徐々に演奏するモチベーションや意識、やりたいことが変わってきたってことですね。
馬場:そうですね。この間サンセバスチャン(スペイン・サンセバスチャン国際ジャズフェスティバル)でユキくんのバンドに加わって演奏しましたけど、ジャズクラブでお客さんが盛り上がるポイントと、スタンディングのクラブでの聴かせどころって変わってきますよね。
―だと思います。
馬場:これまで作ってきたものは、自分の世界観に観客を連れてきて同じ情景を見て感動してほしいというようなものでした。でも、スタンディングのときは観客の様子を見ながら、大人数に向き合う音楽の聴かせ方を意識するようになったし、音作りにしてもただ自分がやりやすい環境だけじゃなくて、ソロの枠で何をすれば楽曲として盛り上がるのか、みたいな聴かせどころについてのビジョンを持つことは圧倒的に増えましたね。
それに伴って、ジャムをするバンドじゃないところで演奏する機会が増えたというか。卓也くんやユキくんのバンドでライブするときもしっかり(曲を)覚えるし。アンリメ(Answer to Remember)はコロコロ変わるので特殊ですけどね。でも、そういうトータルパッケージも含めて、自分がどう見えるかよりもバンドがどう見えて、観客がどこに共鳴するのかが大事かなって思います。なので、今回のプロジェクトは今までと違う方向性に振り切っています。
サックスと音作りに対する意識の変化
―今まで馬場さんがやってきたコンテンポラリージャズの場合、ソロは時間をかけて物語をどう着地させるかが重要でした。だけど、スタンディングの観客向けのソロは求められるものが全く違う。技術的に必要なものも変わってきます。今回のアルバムにおける、サックス奏者としての意識の変化についても聞かせてもらえますか?
馬場:ジャズの世界でやってきた僕みたいな人が考えるサックスのソロと、BIGYUKIバンドで僕に求められるソロは絶対違うと思うので、ここ何年かそういう人たちの演奏を聴くようになりました。
その話でいうと、aTak(黒田卓也率いるアフロビート・バンド)に参加したのも大きかったですね。フェラ・クティとかのアフロビートを聴き始めて、サックス奏者としてどうこうではなく、バンド全体を見た時のプレイの面白さを最近ようやく感じられるようになってきました。
―それは大きな変化ですね。
馬場:だから今回のアルバムでは、あえて今までと同じアプローチも入れておくと差異が感じられて面白いかなと思ったり、逆に今まで絶対やってこなかったような「ぶわああー!」みたいな演奏をしてみたりしました。そっちは『BLUE GIANT』で振り切った部分なんですよね。『BLUE GIANT』でやったような音楽をひとつの表現として自分の武器にするのはいいんじゃないかと思って。
例えばシャバカや卓也くんもそうですけど、パーカッシブな演奏だったり、自分が常に主旋律にいるソロじゃなくて、バンドとして盛り上げるためのソロを取ろうとか、そういう選択肢が増えたと思います。「ここで求められてるのは普通のソロじゃないな」とか、そういうことを意識するようになりました。
シャバカ・ハッチングスが参加したコメット・イズ・カミングのパフォーマンス映像
―BIGYUKIさんはライブや制作中、「こういうサックスがほしい」みたいなことは言うんですか?
馬場:いや、意外と言わないです。ただ、「WHAT IS ??」を録ってるとき僕が一回普通にソロを吹いたんですよ。そしたら赤面するくらいジャズのジャムっぽくなっちゃって(笑)。「これはアカンぞ」と思って一旦やめにして、ユキくんとも相談したら「8小節ぐらいにギュッと収めよう」って言ってくれたり、そういうディレクションはありました。
今回のレコーディングは色々試しつつ、アカンって思ったらバッサリ切っていくし、みんな思ったことを言っていく感じも風通しが良かったですね。ユキくんに加えて、吉川昭仁さん(STUDIO Dedeのエンジニア)の存在も大きかったです。演奏に対して、バンドと同じ目線かつ客観的な意見を出してくれました。
やっぱりユキくんはバンドリーダーとしていろんなステージをくぐってきたから、経験値は僕よりはるかに上なので、リスナーとの駆け引きの部分はさすがだと思いました。「ここは1周多いな」とか共鳴するところもあったけど、ドラムパッドを入れるとか、声を入れようとか、そういう音の足し引きの発想って打ち込みやヒップホップやってる人ならではの感覚だなと。
レコーディング中のBIGYUKI(Photo by Makoto Miura)
馬場とJK Kim(Photo by Makoto Miura)
―今回は演奏自体は割とコンパクトで、しかもキャッチーじゃなきゃいけない。そこでどんなことをやったんでしょうか。
馬場:とにかくメロディを考えるのが大変でした。キャッチーだけどサックスで踊らせなきゃいけない。でも、シンセだから成立するメロディをサックスでやるとスムース感が出ちゃったり。その塩梅が難しかったです。ペンタトニックスケールの簡単でキャッチーなメロディなんだけど、それをどうクサくなく使えるか、そういうバランス感覚が必要でしたね。
あとはあまりややこしいコード・プログレッションにしたくなかった。そのカオスさは今回いらないんじゃないかと。同じことを反復することで出てくるトリップ感のようなものを全体に持たせたかった。それから、シンセが入ってきた時に落ち着くところとか。インストも歌モノも色々と参考にして聴いてました。
―参照したのはどんなものですか?
馬場:本当に色々なんですけど、ポムラド、ネイティヴ・ダンサーも聴いたし、あとはシオ・クローカーとかジャズの人たちも、ノア・ファーブリンガー(Noah Fürbringer)とかも聴いてました。もちろんフライング・ロータス、サンダーキャット、ルイス・コールも。バランス感覚で言うとマカヤ・マクレイヴンとかアマ―ロ・フレイタスとかもそうですね。
キャッチーさを大事にしつつ安っぽくはしたくない。それに今回求めてるサウンドはアンリメとかとはやっぱり違う。アンリメのカオスな感じを今回は追求しない。そこを追求するには人数も足りないですし。そう考えるようになったのはユキくんのライブを観に行ってたのが大きくて、ライブではシンプルなフレージングだし、3人の手で足りることをやってる印象もあったので。
Photo by Keiichi Sakakura
―ここまでフレーズがシンプルで、そのうえで自分のキャラクターも出すとなると、音色が大事になるわけで、それはそれでサックス奏者としては試される局面で払いますよね。それこそシャバカやヌバイアは音色やリズム感に賭けて研ぎ澄ませてきた、みたいなところもあるわけで。
馬場:音色にはかなりこだわりました。最初はエレクトリックのアルバムを作るならエフェクターをガンガン使うことも想定していたけれど、今回はすごくドライなんです。でも逆にそうすることで、どういうサウンドで自力で挑むか考えられたので、そこは成功したところなのかなと。これまで培ってきたサックスのテクニックをギュッと凝縮したところは、今までの僕のライブや音源を聴いてもらった人からしたら新鮮かなと思いますし。
今後このアルバムは海外でも推していきたいんです。「海外の人から見たパッケージ」というのを意識した時に、僕のサックス奏者としての強みが、どうしたらこの編成で活きるのかを考えました。足し算的にエフェクトをかけると安心感はあるんですけど、俯瞰してバンド全体を見た時にフレーズの怖さがなくなってしまう。それこそ1曲目の「PRIME」はフェイザーみたいな音をかけてから、一気にそれを抜いて超ドライでいく流れなんですよ。
サックス奏者としての音作り以外にも、トータルでエフェクトを付けるのか抜くのかっていうレベルの音作りは今回が初めてだったので新鮮でしたね。なんでもかんでもエフェクトをかけて解決するのではなく、シンセを活かすために僕は引き算でいこうとか、そういうバランス感覚を緻密に話し合いながら目指してました。
BIGYUKI、黒田卓也から受け継いだ「攻めの姿勢」
―引き算という話がありましたが、「BaBaBattleRoyale」とか結構吹いてるじゃないですか。それなのに浮いていない。あくまで全体のパッケージに合うような演奏をしていますよね。
馬場:「ここの馬場のソロすごいよね!」ってなることは今回は重要じゃないんです。「ちゃうぞ、この場はいらんぞ」ってジャズミュージシャンとしてグッとこらえる気持ちはありました。クリス・ポッターみたいにテクニックで圧倒するとかではなく、「思い出せ、ここで求めてるのはフェラ・クティみたいな感じや」って言い聞かせて自制するっていうか。『BLUE GIANT』以降、いろんなステージを経験していく中で、プレイヤーの自分を三人称で考えるメタな視点が備わったんですよね。そういう進化した部分が今回は出たんじゃないかなと思います。
4曲目の「Fade into you」は柔らかい音を出そうとしてますが、硬質な音を出すときに例えばシャバカの衝撃とか、ヌバイアが色んな人に受け入れられてるところとか、マーク・シムがかっこいいと思った理由とか、その辺を考えました。今回は「このサックスいいね」ってなる音とは違うかもしれないけど、そこはシャバカとか見ながら変わった概念。今回の編成がシャバカのザ・コメット・イズ・カミングと一緒になったのはたまたまですけど。
―BIGYUKIもエレクトロ寄りになったりUKっぽいセンスがある人なので、その意味でも今の馬場さんと相性が良かったのかもしれませんね。
馬場:たしかに。ユキくんには言ってないですけど、今回気をつけてたのは、ユキくんのアルバムはめちゃくちゃ好きですが、あれを求め過ぎないようにしようと。ユキくんのシンセの音は好きだけど、新しいユキくんを引き出したい気持ちもあった。実際に今回のユキくんのプレイは新しかったなと思います。ユキくんがベースレスでインストのバンドに参加してるのって意外と少ないし、こんなミニマルな編成も、ホーンとやることもそんなにないと思うので。
―このアルバムはBIGYUKIっぽさもありますし、黒田卓也感もありますよね。
馬場:そうですね。それこそ卓也くんのバンドはボーカルが入ることもあるけど、基本はインストって認識じゃないですか。メロディもそんなに難しいことやってないし、2個ぐらいのセクションで面白くやっていて、パーツもそんなに多くない。だからメロディ作りに関してはすごく参考にしました。ただ、「これはマジで黒田卓也すぎる」と思ってボツにした曲もあります(笑)。自分のカラーを残しつつインストでやるのは難しいんですよね。
―BIGYUKIや黒田卓也の世代が海外でも活躍して、日本のイメージが出来かけてもいる。そこに連なる次の世代として、馬場さんがそのクオリティに負けないものを出したのがすごくいいと思います。
馬場:あの2人は強く意識しています。やっぱりすごいじゃないですか。音楽もセルフプロデュースの力もすごい。それもあって、ジャケットや曲のタイトルもすごく考えました。これだけ音作りをがんばったのに、曲のタイトルがめっちゃジャズみたいになったらもったいないので(笑)。
Photo by Makoto Miura
―国内でのキャリアアップを考えれば、『BLUE GIANT』のあと「いかにもジャズ」な方向に進んでいく道もあったと思うんですよね。でも、世界に出ていくために、志の高い実験に挑戦する道を選んだ。
馬場:今回はターゲットもすごく考えました。自分と同世代や自分よりも若い世代、海外でもその世代に届いてほしい気持ちがあった。もちろん僕が普通にジャズやったら『BLUE GIANT』を観た人もある程度は満足してくれると思いますが、やりたいのはそこじゃなかった。そういう意味でだいぶ攻めたと思います。
これを聴いて離れていく人もいるのかもしれないけど、新しいところに届くんじゃないかな。このプロジェクトのライブを海外でもやるときに、ステージから見える景色が今までとは違うなって思えたら成功ですね。
馬場智章
『ELECTRIC RIDER』
再生・購入:https://tomoaki-baba.lnk.to/ELECTRICRIDER
TOMOAKI BABA ”ELECTRIC RIDER” with special guest BIGYUKI
メンバー:馬場智章(ts) JK Kim(ds)
Special Guest:BIGYUKI(key, synth b)
2024年10月8日(火) 大阪・BLUE YARD
open 6:00pm / start 7:00pm *1ステージのみ70分程の公演
詳細:https://blue-yard.jp/news/electric-rider-241008/
2024年10月9日(水) ブルーノート東京
2024年10月10日(木) ブルーノート東京
[1st.] open 5:00pm / start 6:00pm
[2nd.] open 7:45pm / start 8:30pm
詳細:https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/tomoaki-baba/
高崎音楽祭
2024年10月12日(土) 群馬・高崎芸術劇場 スタジオシアター
詳細:http://www.takasakiongakusai.jp/concert/baba/
モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン 2024
2024年12月8日(日) ぴあアリーナMM
出演:ハービー・ハンコック / Bialystocks / TOMOAKI BABA ELECTRIC RIDERS Special Guest: BIGYUKI and more
詳細:https://montreuxjazzfestival.jp/
メジャー・デビュー・アルバム『ELECTRIC RIDER』は彼のイメージを変える作品だ。
ここにはふたつの驚きがある。ひとつはNYのアコースティック・ジャズのイメージがあった馬場がエレクトリックなサウンドを作ったこと。もうひとつはそのクオリティが尋常でなく高いことだ。収録曲の大半は、プロデュースを務めたBIGYUKIと、アーロン・パークス率いるリトルビッグにも抜擢され、NYのシーンで頭角を現している韓国最強ドラマーのJK Kimとの3人で制作されている。
以前からこのプロジェクトの構想を馬場から(立ち話くらいの感じで)聞いていたが、当初から「国外でも聴かれるようなものを作る」ことが大前提のプロジェクトだと口にしていた。
実際に出来上がったものを聴けば、その言葉がハッタリでもなんでもなく明確に狙いに行ったものだとわかるだろう。「普段の自分を出せばいける」といった希望的観測ではなく、勝ちに行くために何をやるべきかを突き詰めた跡がはっきりと見える。過去作と聴き比べると、同じサックス奏者とは思えない演奏をしている曲もあるくらいで、スタイルや奏法さえも大幅に拡張しており、今作で馬場智章のイメージは大きく更新されるはずだ。本人に話を訊いた。
大きなステージを想定した「踊らせる」音楽
―今作『ELECTRIC RIDER』はどういう経緯で制作していったんですか。
馬場:構想し始めたのは2020年あたりです。
もともと大学時代からテレフォン・テル・アヴィヴやブライアン・イーノのようなエレクトロニカやアンビエントテクノにも興味がありました。それで、コロナ禍に突入した2020年の帰国時に、それまで興味がありつつやってこなかったAbletonに手を出して、札幌の実家で多重録音やビート制作をやって、Instagramに週1程度のペースで上げていたんです。全部打ち込みで、鍵盤を弾いてビートを作っていたんですよ。
―そんなことやってたんですね、知らなかった。
馬場:もういよいよ実家にいてもすることないから東京に行こうと思って。でもまだNYに家があったので、引き払いに帰りました。NYもコロナ禍で何もやることがなかったのですが、中村恭士くんが僕のフェアウェルパーティーやろうよって連絡をくれて、恭士くんとケイタくん(小川慶太)、ユキくん(BIGYUKI)とバーベキューをしました。その時、酒が足りなくなってユキくんと買い出しに行ったとき、「インスタのやつええやん」って言ってくれて。「実はこんなんやりたいんですよね」って言ったら、「めっちゃええやん、やろうよ」って。「じゃあ、やることになったらお願いしますね」っていうやりとりがあったんです。
左からJK Kim、馬場智章、BIGYUKI
―きっかけは口約束と。
馬場:帰国してから縁あって作った前作『Gathering』(2022年)はバキバキのジャズでしたが、そこから2、3年の動きが大きくて。
エレクトロニカとかをやりたい気持ちがあるタイミングで、黒田卓也くんやルイス・コールのビッグバンドに参加したり、スタンディングのヴェニューで演奏する機会が多かった。ずっと(着席で聴く)ジャズの現場にいたので、スタンディング向けにしっかりやるのも面白いなと気付いて。ジャズクラブよりはフェスの大きなステージを想定して、自分が思ってる音が自分の作曲でどうなっていくのか。
そんなことを卓也くん主催のイベント「The BUNDLE」とか「Love Supreme Jazz Festival Japan」などで少しずつ試しながら、いよいよ(アルバムを)作ろうってなったときに、プロデュースをユキくんにお願いすることにしたんです。ジャズとは違ったプロダクティブな制作過程なので、どうしてもユキくんをプロデューサーに迎える必要があった。僕が今まで聴いてきた音楽はジャズ以外も多いので、その中で音作りがいいなと思ったものをユキくんと共有しながら制作を進めていきました。だから、元々ずっとこういう作風や制作に興味はあったんです。
―ラブシュプでは松下マサナオさんなどと一緒にエレクトリックなバンドをやってたと思いますが、その前からこのアルバムの構想があったと。
馬場:そうですね。このアルバムを想定した曲を実際にライブでやりながら、どんなふうになるのか試して来た感じです、ラブシュプでやった曲も形を変えて収録しています。あとはやはり、このプロジェクトは求めるプレイヤーも普通のジャズとはどうしても変わってくる。ドラマーもそうだし、他の音作りについても、自分はキーボードに関しては全く分からない。
そこで例えば(鍵盤奏者の)渡辺翔太とエレクトリックなことやろうってなったときに、「これがProphetなんだ」と認識したり、ユキくんの使ってる機材を見ながら実際に音出してみたり、少しずつ試していきました。
『ELECTRIC RIDER』収録の「Circus II (feat. Yusuke Sase & Weedie Braimah)」と、「Love Supreme Jazz Festival Japan 2023」出演時の「Circus」
―地道に試行錯誤を積み重ねていったわけですね。
馬場:だから、今回の曲作りは僕にとって難しかった。というのも、ジャズの曲を作りたくなかったんです。今は世界的に見ても、リーダー作では歌手やラッパーのフィーチャリングを入れることが多いじゃないですか。でも、僕はインストで何千人もの観客をしっかり踊らせる音楽にしたかった。
スタンディングのヴェニューやフェスならお客さんの反響も見れるので、例えばラブシュプで『STORYTELLER』(2020年の前々作)の曲はどういう反応が来るのか、これから作る曲を演奏したらどういう反応なのかを確かめたり、ノウワーのときもルイス・コールを聴きに来た人に僕の音楽はどう映るのかを考えたりしていました(※今年3月のノウワー来日公演で、馬場はTenors In Chaosの一員として東京公演、自身のバンドで大阪公演のオープニングアクトを務めた)。
―馬場さんはここ数年で仕事のスケールもデカくなったし、演奏する場所も変わってきましたよね。特に『BLUE GIANT』以降は顕著で、フェスへの出演も増えた。徐々に演奏するモチベーションや意識、やりたいことが変わってきたってことですね。
馬場:そうですね。この間サンセバスチャン(スペイン・サンセバスチャン国際ジャズフェスティバル)でユキくんのバンドに加わって演奏しましたけど、ジャズクラブでお客さんが盛り上がるポイントと、スタンディングのクラブでの聴かせどころって変わってきますよね。
―だと思います。
馬場:これまで作ってきたものは、自分の世界観に観客を連れてきて同じ情景を見て感動してほしいというようなものでした。でも、スタンディングのときは観客の様子を見ながら、大人数に向き合う音楽の聴かせ方を意識するようになったし、音作りにしてもただ自分がやりやすい環境だけじゃなくて、ソロの枠で何をすれば楽曲として盛り上がるのか、みたいな聴かせどころについてのビジョンを持つことは圧倒的に増えましたね。
それに伴って、ジャムをするバンドじゃないところで演奏する機会が増えたというか。卓也くんやユキくんのバンドでライブするときもしっかり(曲を)覚えるし。アンリメ(Answer to Remember)はコロコロ変わるので特殊ですけどね。でも、そういうトータルパッケージも含めて、自分がどう見えるかよりもバンドがどう見えて、観客がどこに共鳴するのかが大事かなって思います。なので、今回のプロジェクトは今までと違う方向性に振り切っています。
サックスと音作りに対する意識の変化
―今まで馬場さんがやってきたコンテンポラリージャズの場合、ソロは時間をかけて物語をどう着地させるかが重要でした。だけど、スタンディングの観客向けのソロは求められるものが全く違う。技術的に必要なものも変わってきます。今回のアルバムにおける、サックス奏者としての意識の変化についても聞かせてもらえますか?
馬場:ジャズの世界でやってきた僕みたいな人が考えるサックスのソロと、BIGYUKIバンドで僕に求められるソロは絶対違うと思うので、ここ何年かそういう人たちの演奏を聴くようになりました。
今まではマーク・ターナーやベン・ウェンデルを聴いてきたのですが、僕にとって衝撃的だったのがシャバカ・ハッチングス。シャバカからサックス表現の幅が広がったじゃないですか。エフェクトを使いつつ、同じ音やパターンを続けるかっこよさ。他には「ジャズなんだけどまた違うアプローチ」が必要だなと思って、マーク・シムやヌバイア・ガルシアを聴いてみたりもしました。
その話でいうと、aTak(黒田卓也率いるアフロビート・バンド)に参加したのも大きかったですね。フェラ・クティとかのアフロビートを聴き始めて、サックス奏者としてどうこうではなく、バンド全体を見た時のプレイの面白さを最近ようやく感じられるようになってきました。
―それは大きな変化ですね。
馬場:だから今回のアルバムでは、あえて今までと同じアプローチも入れておくと差異が感じられて面白いかなと思ったり、逆に今まで絶対やってこなかったような「ぶわああー!」みたいな演奏をしてみたりしました。そっちは『BLUE GIANT』で振り切った部分なんですよね。『BLUE GIANT』でやったような音楽をひとつの表現として自分の武器にするのはいいんじゃないかと思って。
例えばシャバカや卓也くんもそうですけど、パーカッシブな演奏だったり、自分が常に主旋律にいるソロじゃなくて、バンドとして盛り上げるためのソロを取ろうとか、そういう選択肢が増えたと思います。「ここで求められてるのは普通のソロじゃないな」とか、そういうことを意識するようになりました。
一方で、そうなったときに綺麗なジャズっぽいラインが別のところで活きてきたり、トータルパッケージとして面白くなればいいかなと。
シャバカ・ハッチングスが参加したコメット・イズ・カミングのパフォーマンス映像
―BIGYUKIさんはライブや制作中、「こういうサックスがほしい」みたいなことは言うんですか?
馬場:いや、意外と言わないです。ただ、「WHAT IS ??」を録ってるとき僕が一回普通にソロを吹いたんですよ。そしたら赤面するくらいジャズのジャムっぽくなっちゃって(笑)。「これはアカンぞ」と思って一旦やめにして、ユキくんとも相談したら「8小節ぐらいにギュッと収めよう」って言ってくれたり、そういうディレクションはありました。
今回のレコーディングは色々試しつつ、アカンって思ったらバッサリ切っていくし、みんな思ったことを言っていく感じも風通しが良かったですね。ユキくんに加えて、吉川昭仁さん(STUDIO Dedeのエンジニア)の存在も大きかったです。演奏に対して、バンドと同じ目線かつ客観的な意見を出してくれました。
やっぱりユキくんはバンドリーダーとしていろんなステージをくぐってきたから、経験値は僕よりはるかに上なので、リスナーとの駆け引きの部分はさすがだと思いました。「ここは1周多いな」とか共鳴するところもあったけど、ドラムパッドを入れるとか、声を入れようとか、そういう音の足し引きの発想って打ち込みやヒップホップやってる人ならではの感覚だなと。
レコーディング中のBIGYUKI(Photo by Makoto Miura)
馬場とJK Kim(Photo by Makoto Miura)
―今回は演奏自体は割とコンパクトで、しかもキャッチーじゃなきゃいけない。そこでどんなことをやったんでしょうか。
馬場:とにかくメロディを考えるのが大変でした。キャッチーだけどサックスで踊らせなきゃいけない。でも、シンセだから成立するメロディをサックスでやるとスムース感が出ちゃったり。その塩梅が難しかったです。ペンタトニックスケールの簡単でキャッチーなメロディなんだけど、それをどうクサくなく使えるか、そういうバランス感覚が必要でしたね。
あとはあまりややこしいコード・プログレッションにしたくなかった。そのカオスさは今回いらないんじゃないかと。同じことを反復することで出てくるトリップ感のようなものを全体に持たせたかった。それから、シンセが入ってきた時に落ち着くところとか。インストも歌モノも色々と参考にして聴いてました。
―参照したのはどんなものですか?
馬場:本当に色々なんですけど、ポムラド、ネイティヴ・ダンサーも聴いたし、あとはシオ・クローカーとかジャズの人たちも、ノア・ファーブリンガー(Noah Fürbringer)とかも聴いてました。もちろんフライング・ロータス、サンダーキャット、ルイス・コールも。バランス感覚で言うとマカヤ・マクレイヴンとかアマ―ロ・フレイタスとかもそうですね。
キャッチーさを大事にしつつ安っぽくはしたくない。それに今回求めてるサウンドはアンリメとかとはやっぱり違う。アンリメのカオスな感じを今回は追求しない。そこを追求するには人数も足りないですし。そう考えるようになったのはユキくんのライブを観に行ってたのが大きくて、ライブではシンプルなフレージングだし、3人の手で足りることをやってる印象もあったので。
Photo by Keiichi Sakakura
―ここまでフレーズがシンプルで、そのうえで自分のキャラクターも出すとなると、音色が大事になるわけで、それはそれでサックス奏者としては試される局面で払いますよね。それこそシャバカやヌバイアは音色やリズム感に賭けて研ぎ澄ませてきた、みたいなところもあるわけで。
馬場:音色にはかなりこだわりました。最初はエレクトリックのアルバムを作るならエフェクターをガンガン使うことも想定していたけれど、今回はすごくドライなんです。でも逆にそうすることで、どういうサウンドで自力で挑むか考えられたので、そこは成功したところなのかなと。これまで培ってきたサックスのテクニックをギュッと凝縮したところは、今までの僕のライブや音源を聴いてもらった人からしたら新鮮かなと思いますし。
今後このアルバムは海外でも推していきたいんです。「海外の人から見たパッケージ」というのを意識した時に、僕のサックス奏者としての強みが、どうしたらこの編成で活きるのかを考えました。足し算的にエフェクトをかけると安心感はあるんですけど、俯瞰してバンド全体を見た時にフレーズの怖さがなくなってしまう。それこそ1曲目の「PRIME」はフェイザーみたいな音をかけてから、一気にそれを抜いて超ドライでいく流れなんですよ。
サックス奏者としての音作り以外にも、トータルでエフェクトを付けるのか抜くのかっていうレベルの音作りは今回が初めてだったので新鮮でしたね。なんでもかんでもエフェクトをかけて解決するのではなく、シンセを活かすために僕は引き算でいこうとか、そういうバランス感覚を緻密に話し合いながら目指してました。
BIGYUKI、黒田卓也から受け継いだ「攻めの姿勢」
―引き算という話がありましたが、「BaBaBattleRoyale」とか結構吹いてるじゃないですか。それなのに浮いていない。あくまで全体のパッケージに合うような演奏をしていますよね。
馬場:「ここの馬場のソロすごいよね!」ってなることは今回は重要じゃないんです。「ちゃうぞ、この場はいらんぞ」ってジャズミュージシャンとしてグッとこらえる気持ちはありました。クリス・ポッターみたいにテクニックで圧倒するとかではなく、「思い出せ、ここで求めてるのはフェラ・クティみたいな感じや」って言い聞かせて自制するっていうか。『BLUE GIANT』以降、いろんなステージを経験していく中で、プレイヤーの自分を三人称で考えるメタな視点が備わったんですよね。そういう進化した部分が今回は出たんじゃないかなと思います。
4曲目の「Fade into you」は柔らかい音を出そうとしてますが、硬質な音を出すときに例えばシャバカの衝撃とか、ヌバイアが色んな人に受け入れられてるところとか、マーク・シムがかっこいいと思った理由とか、その辺を考えました。今回は「このサックスいいね」ってなる音とは違うかもしれないけど、そこはシャバカとか見ながら変わった概念。今回の編成がシャバカのザ・コメット・イズ・カミングと一緒になったのはたまたまですけど。
―BIGYUKIもエレクトロ寄りになったりUKっぽいセンスがある人なので、その意味でも今の馬場さんと相性が良かったのかもしれませんね。
馬場:たしかに。ユキくんには言ってないですけど、今回気をつけてたのは、ユキくんのアルバムはめちゃくちゃ好きですが、あれを求め過ぎないようにしようと。ユキくんのシンセの音は好きだけど、新しいユキくんを引き出したい気持ちもあった。実際に今回のユキくんのプレイは新しかったなと思います。ユキくんがベースレスでインストのバンドに参加してるのって意外と少ないし、こんなミニマルな編成も、ホーンとやることもそんなにないと思うので。
―このアルバムはBIGYUKIっぽさもありますし、黒田卓也感もありますよね。
馬場:そうですね。それこそ卓也くんのバンドはボーカルが入ることもあるけど、基本はインストって認識じゃないですか。メロディもそんなに難しいことやってないし、2個ぐらいのセクションで面白くやっていて、パーツもそんなに多くない。だからメロディ作りに関してはすごく参考にしました。ただ、「これはマジで黒田卓也すぎる」と思ってボツにした曲もあります(笑)。自分のカラーを残しつつインストでやるのは難しいんですよね。
―BIGYUKIや黒田卓也の世代が海外でも活躍して、日本のイメージが出来かけてもいる。そこに連なる次の世代として、馬場さんがそのクオリティに負けないものを出したのがすごくいいと思います。
馬場:あの2人は強く意識しています。やっぱりすごいじゃないですか。音楽もセルフプロデュースの力もすごい。それもあって、ジャケットや曲のタイトルもすごく考えました。これだけ音作りをがんばったのに、曲のタイトルがめっちゃジャズみたいになったらもったいないので(笑)。
Photo by Makoto Miura
―国内でのキャリアアップを考えれば、『BLUE GIANT』のあと「いかにもジャズ」な方向に進んでいく道もあったと思うんですよね。でも、世界に出ていくために、志の高い実験に挑戦する道を選んだ。
馬場:今回はターゲットもすごく考えました。自分と同世代や自分よりも若い世代、海外でもその世代に届いてほしい気持ちがあった。もちろん僕が普通にジャズやったら『BLUE GIANT』を観た人もある程度は満足してくれると思いますが、やりたいのはそこじゃなかった。そういう意味でだいぶ攻めたと思います。
これを聴いて離れていく人もいるのかもしれないけど、新しいところに届くんじゃないかな。このプロジェクトのライブを海外でもやるときに、ステージから見える景色が今までとは違うなって思えたら成功ですね。
馬場智章
『ELECTRIC RIDER』
再生・購入:https://tomoaki-baba.lnk.to/ELECTRICRIDER
TOMOAKI BABA ”ELECTRIC RIDER” with special guest BIGYUKI
メンバー:馬場智章(ts) JK Kim(ds)
Special Guest:BIGYUKI(key, synth b)
2024年10月8日(火) 大阪・BLUE YARD
open 6:00pm / start 7:00pm *1ステージのみ70分程の公演
詳細:https://blue-yard.jp/news/electric-rider-241008/
2024年10月9日(水) ブルーノート東京
2024年10月10日(木) ブルーノート東京
[1st.] open 5:00pm / start 6:00pm
[2nd.] open 7:45pm / start 8:30pm
詳細:https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/tomoaki-baba/
高崎音楽祭
2024年10月12日(土) 群馬・高崎芸術劇場 スタジオシアター
詳細:http://www.takasakiongakusai.jp/concert/baba/
モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン 2024
2024年12月8日(日) ぴあアリーナMM
出演:ハービー・ハンコック / Bialystocks / TOMOAKI BABA ELECTRIC RIDERS Special Guest: BIGYUKI and more
詳細:https://montreuxjazzfestival.jp/
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