※この記事は2024年12月25日発売「Rolling Stone Japan vol.29」に掲載されたものです。
田中 年末の恒例企画です。本国ローリングストーン誌(以下、RS誌)の2024年度年間アルバム・チャートに選出された100枚のレコードとその順位を見ながら、今年2024年のポップ・シーンと社会で起こったこと、その関係について語っていきましょう。
照沼 次の見開き左ページにRS誌の2024年度年間ベスト・アルバム、右ページに年間ベスト・ソングのチャートを掲載してあるので、読者の皆さんはまずはそれを見ていただいて。
◆年間ベスト・アルバム
https://rollingstonejapan.com/articles/detail/42021
◆年間ベスト・ソング
https://www.rollingstone.com/music/music-lists/best-songs-of-2024-1235163675/
伏見 今年のランキングは、20位までは納得感ありますね。まさに2024年って感じ。
田中 ただそれ以降、100位まで全体のチャートを眺めると、かなりカオティック。
天野 そもそもRS誌ベストって100枚だっけ?
照沼 2022年以前は50枚でしたね。
田中 それも時代の反映だよね。50枚程度ではその一年を表象できないという。
天野 だからこそなのか、全体的なモードや、はっきりとした評価軸は見えてこない。すべてのジャンルやクラスタが乱立して蛸壺化してて、隣人と共有するものが何もないハイパー・ポストモダンのなれの果てというか。
2024年の北米は「Brat Summer」として
後世まで歴史に刻まれることになる?
天野 そんな状況で、第1位は『BRAT』でした。
田中 今年2024年というのは、「チャペル・ローンとチャーリーxcx、サブリナ・カーペンター、この3人の年だ」とも言えるわけだけど、作品としては、RS誌だけでなく多くのメディアが『BRAT』をNo. 1に選んでいる。
天野 とにかく「Brat Summer」は現象でしたからね。
照沼 ただ、英国の作品がRS誌の1位になるんだという驚きはありますね。アメリカ以外のアーティストが1位を取ったのは、2014年のU2以来10年ぶりだとか。
伏見 『BRAT』って、基本的にハイパーポップの終わりを告げた作品だと思うな。ジャンル総決算的で、ネット・カルチャーが中心だったハイパーポップを無理矢理クラブに連れ出して観客たちを躍らせた作品というか。ただ、そうしたシーンやジャンルのレクイエム的という意味では、80年代後半のアシッド・ハウスのレクイエムでもあった91年のプライマル・スクリーム『Screamadelica』を思わせるというか。
天野 この傑作を監修したA.G.クックがソロ・アーティストとJ-POPのプロデューサーに落ち着き、セレブにもなり、PCミュージックが事実上休止したことを踏まえると、確かにそんな感じはしなくもない。実際、メインストリームに大々的に取り入れられたハイパーポップは下火になりつつあるのを感じます。
田中 俺の視点だと、チャーリーやPCミュージックのここ10数年の活動や、オンライン、オフライン問わず、ここ10年のアンダーグラウンドなダンス・カルチャーを再定義した作品という位置付けなんだよね。例えば、『Brat and its the same but theres three more songs so its not』にはトランスまんまの曲があったり。一度はEDMに席巻されてしまったアンダーグラウンドのダンス音楽の屍をすべて拾い集めて、再生させたような作品。だからこそ、大喝采を送りたいんだけど。
伏見 あと、今作はソフィーへのレクイエムでもある。基本的に『BRAT』にはテクノやダンス音楽が本来持っていた無意味な強度の素晴らしさがあるけど、「So I」のA.G.クックによるリミックスでソフィーとの出会いを語っていて、そこは泣けてしまうんですよね。声色を低めに抑えて、クールに語っているのにも感動する。
田中 だから、夏は必ず終わるということを前提にした上での、灼熱の夏のアルバムなんだよね。なので、全編にそこかはとなく切なさや、やるせなさが漂ってる。ただ、10年以上のキャリアを持つチャーリーがここに来て、もっとも成功した理由って何だと思う?
照沼 本格的なパンデミック明けが無意識でシンクロした部分はあるんじゃないかな。
伏見 政治的なトピックとして爆発したからかな。大きな花火だったなと。
田中 そこは大きいよね。例の「kamala IS brat」というXへのポストが引き起こした壮大なリアクションは歴史に刻まれる大事件。ただ、このポストの後、彼女自身は明確な政治的なスタンスを表明することがなかった。
照沼 そもそもが大統領選の選挙権を持たないイギリス人ですからね、彼女は。
田中 鵺みたいなものだと思うの、「BRAT」って。実体のない言葉、シニフィエの存在しないシニフィアンっていうか。そもそもは悪ガキという意味ではあるけども、「BRAT」という何とでも好きなように定義することが出来る曖昧な言葉とデザインを爆発的に流通させた。
伏見 実は、チャーリーの曲は今年のSpotifyやApple Musicのランキングには入っていないんですよ。つまり、オーディエンスは作品のことをよくわかっていなかったけど、何となく盛り上がっただけっていうか。
田中 「Brat Summer」って、記号そのものではなく、記号のイメージだけが一人歩きして流通していく今という時代を象徴する出来事だと思う。ただ、『BRAT』という記号自体は燦然と輝く大傑作。つまり、『BRAT』と「BRAT現象」という2つのレイヤーがあるってことだよね。
MAGAムードが席巻するアメリカでは
カントリー/フォーク音楽の圧勝?
天野 2位はビヨンセ『COWBOY CARTER』。3位がMJレンダーマン。彼はウェンズデイのギタリストなわけですけど、3位という高順位にはびっくり。
田中 昨年は「全世界的に評価の高かったボーイジーニアスよりウェンズデイに注目すべきなんじゃないか?」という話題も出たけど、RS誌の判断だと今年は彼らが完全にシーンの顔役になった、ということになる。
天野 RS誌を含め各媒体は歌詞を評価していますね。ウェンズデイのシンガーであるカーリー・ハーツマン然り、このジャンルにおけるリリックやストーリーテリングの重要性が浮き彫りになっています。
田中 興味深いのは、ビヨンセとMJレンダーマン/ウェンズデイ――スタイルや、それぞれの出自は大きく違えど、奇しくもカントリーのサウンドや文化を参照した2作品が居並ぶ結果になっているということ。
照沼 RS誌のチャートを見渡しても、カントリーとフォーク、あるいはオルタナティブ・カントリー、それらをざっくりと括ってアメリカーナ系が席巻した年なのは間違いないですしね。
天野 因みにアメリカーナ系を数えてみると、ワクサハッチー、ザック・ブライアン、ジョニー・ブルー・スカイズを始めとして18作もランクインしてます。
伏見 チャート100枚の中のインディ作品も、ほぼアメリカーナ系に集約されている感じもしますね。
照沼 それって、音楽抜きで考えると「SNSから距離を置いて、野菜育てたい」みたいな感じなのかな?
伏見 「農業に帰るぜ!」ってこと?
天野 ステレオタイプすぎる……(笑)。
田中 今、全世界的に国家単位、民族単位での結束が良くも悪くも強まっていて、すべてが内向きになっているわけじゃない? 敢えてデカい風呂敷を広げるなら、何も解決していない近代の問題を据え置きにしたまま、時代はどこか中世に回帰しているという時代認識が俺にはあるのね(笑)。
天野 コミュニティへの回帰と、それと関連した保守傾向ってことですね。実際、カントリーがグローバルなサウンドになりえているかというと微妙ですからね。
照沼 「アメリカ国内だけの話じゃないか?」というね。
田中 もう一方の『COWBOY CARTER』については?
天野 RS誌の55位に選出されたシャブージーが『COWBOY CARTER』には参加してるじゃないですか? つまり、アフリカン・アメリカンがカントリーを白人文化の占有から取り戻すという流れが確立されつつある。同じく今作に参加していたリアノン・ギデンズという英才もいるわけで、そのあたりが来年以降どうなっていくのかは気になります。
伏見 ただ、特にコーラスに顕著なんだけど、かなりの高級感が漂っていて、むしろカントリーのゆるさやだらしなさが排除されている。そこがMJとの大きな違い。
天野 MJは音質もローファイだし。『COWBOY CARTER』は最高級にウェルメイドでエピック。「大学の論文のよう」と評されたりもしてる。
田中 ただ、誰かが絶対に作らなければいけなかった作品だし、ビヨンセにしか作れなかった作品なのは間違いないよね。
伏見 すごく興味深いのは、リリース時は『COWBOY CARTER』をBest New Musicに選んでいたピッチフォークが年間チャートから外したこと。21世紀初頭からあれだけレディオヘッドを称揚していたピッチフォークはザ・スマイルの2枚もチャートから外してる。
田中 それって政治的な判断なのかな?
天野 ビヨンセが民主党に全ベットしたから?
田中 ザ・スマイル/レディオヘッドの場合、一部からは「親イスラエルなんじゃないか?」という見当違いな批判を受けていたりもする。まさに単純化と二項対立の時代だな、と滅入っちゃうけど。
照沼 ピッチフォークのランキングの序文には、今年のテーマの一つは「不信・疑念(disbelief)」だと書かれていました。
伏見 『COWBOY CARTER』は信念や信仰のアルバムだから、そう考えるとピッチフォークが「疑念」をテーマにしたランキングから外したのは納得できる。
田中 じゃあ 、良くも悪くもRS誌のチャートは政治性が希薄だったと考えることは出来ると思う? だとすれば、RS誌とピッチフォーク、どちらを支持しますか? メディアってそもそもステートメントやアティチュードを表明する以前に、世の中に起こったことを伝えるという役割がある、という考え方もあるわけだけど。
伏見 RS誌の方が僕と照沼くんが運営してるYouTubeチャンネル「てけしゅん音楽情報」的というか、「今年、こんなことがありました」という地図を描くようなスタイルだよね。
天野 MAGA(メイク・アメリカ・グレート・アゲイン)的なムードを感じなくもないけれど……。去年も感じましたが、カウボーイ・ハットを被った写真のジャケットが多いんですよ。
田中 キャップやカウボーイ・ハットというのはすごく重要だよね。今年のアメリカ大統領選の勝敗を決したのは、キャップを被り続けたトランプと、決してキャップを被らなかったハリスの違いだと言われたりもしてる。
伏見 カニエも被ってたMAGAキャップ?
田中 キャップというのは労働者や低所得者の象徴だという話。以前からキャップを被り続けていたマイケル・ムーアは、キャップを被らない民主党陣営が勝つわけがないと警鐘を鳴らしていた。で、ご覧の通りの結果。
伏見 ケンドリックもチーフ・キーフもキャップを被っている。ケンドリックがドレイクに勝った勝因はキャップだったかも(笑)。
田中 そう言えば、チャペル・ローンが「サタデー・ナイト・ライブ」で披露した、いまだリリースされていない新曲「The Giver」が全編フィドル(ヴァイオリン)がフィーチャーされたカントリー・ダンスなのよ。とにかくこれが最高に素晴らしい。そもそも彼女は、誰もがn個のアイデンティティを持ってるんだということを表現してきたと思うんだけど――。
伏見 アルバム・タイトルの『The Rise and Fall of a Midwest Prinsess』自体がデヴィッド・ボウイの引用ですからね。自らをn個のアイデンティティを持つLGBTQ+のボウイだと宣言してる。しかも、彼女自身、タイトル通りの中西部の田舎娘ではあるんだけど、ヴィジュアルにしても明らかにエキセントリック。
天野 なるほど。彼女は間違いなく今年の顔の一つだったけど、大ブレイクした1stアルバムは昨年の作品だから、今回の企画ではあまり語れませんね。残念。
チャペル・ローンとチャーリーxcx、
サブリナ・カーペンターの年、2024年?
田中 じゃあ、今年のサブリナ現象は何だったと思う?
照沼 「Espresso」と「Please Please Please」という2曲の年間ベスト・ソング候補曲を作ったことのほか、最悪な状況を楽しくさせる作品であることが評価されてますね。RS誌的には「2024年は最悪」ってこと?
天野 音楽性はアメリカでヒットしやすいディスコ・ポップなので、戦略的なヒットという感じがしました。
田中 相対的に浮上した最大公約数って感じなのかな。デュア・リパの失速と入れ替わるようにして浮上した、新たな雛壇芸人、なんて言ったら酷すぎる?(笑)。
伏見 いや、彼女は21世紀初頭のマリリン・モンローなんじゃないかな。50年代の郊外の主婦のイメージというか、当時の女性の理想像。
田中 MCUの『ワンダ・ヴィジョン』の世界だ?
天野 ビリー・アイリッシュが2ndアルバム『Happier Than Ever』でアイロニカルに演じていた女性像をそのままやってる? つまり、真っ当な保守性?
伏見 実際、コーチェラのステージでは、まさにアメリカ南部的な邸宅のセットが組まれていたわけだし。
田中 じゃあ、チャーリー、チャペル、サブリナという3組の存在感の影に隠れた気がしないでもないビリー・アイリッシュの『HIT ME HARD AND SOFT』は?
照沼 リリース当時よりどんどん評価が上がっている。
伏見 ビリーはこれが1stアルバムでしょ! 過去2作はまとまりがなかったから。一曲一曲の良さが、通しで聴くとブーストされるのは今作が初めてだと思う。
田中 2017年のEP『dont smile at me』と並ぶ、彼女の代表作がようやく生まれたという感じじゃないかな。
天野 「女性に惹かれる」と性的指向を明らかにしつつ、若干フルイドな感じが魅力的ではありますね。
田中 先行シングル扱いでもあった「LUNCH」と、女性の恋人に日本でお土産のパンティを買ってあげるチャーリーxcxとの曲「Guess」には顕著だったカミングアウト・アルバムという側面が大々的に取り上げられることなく、むしろアルバム・トータルなストーリーテリングや個々の楽曲にきちんと光が当たったのはホント良かったよね。結局、「BIRDS OF A FEATHER」が一番ヒットした曲になったのは、その証明だと思う。これまでの彼女ってZ世代云々とか、いろんな文脈にがんじがらめの状態で受容されていたのが、ようやくそこから少し解放されたというか。世代の声やNo. 1スーパースターの座から早々に解放してあげたい気持ちでいっぱいだな。
何世紀かの欧米覇権の失墜が囁かれた年に
グローバル・サウスの作家たちの動向は?
天野 第6位は南アフリカのタイラのデビュー作です。
田中 あんなに楽しみにしてたのに、リリースされると少しばかり複雑な気持ちに(苦笑)。
天野 良くも悪くもアメリカ市場にアジャストしたサウンドになってました。
照沼 RS誌に「アマピアノの効果的なアンバサダー」って書かれていて、ちょっと笑っちゃった(笑)。
伏見 新曲「Tears」があまり良くないんですよ。ゴスペル・フォークみたいな曲で、彼女の良さが消えていて。アマピアノの文脈は消さずに活動していってほしい。
田中 じゃあ、RS誌のチャートに入っている非英語圏ローカル発のレコードについても見ていきましょう。
天野 11位のレマを推したい。ナイジェリアだけじゃなくてアフリカ各地の様々な尖ったダンス・ミュージックをごった煮にした、歪でゴツゴツした傑作だから。
田中 レマは自分の音楽をアフロ・レイヴと名付けた時から、すごく意識的に自らの音楽を利用されない、植民地化されないというスタンスだったよね。
天野 第19位のエムドゥ・モクターはもはや中堅ですが、砂漠のブルースを発展させてロックとして爆発させている独自の存在。政治的なストレートなメッセージを含めて必聴作だと思う。一方、今回もレゲトンやメキシコのコリードは少しだけで、大きなうねりになってきているブラジルのバイレ・ファンキはスルーというのがRS誌らしい気も。やっぱり「レペゼン・アメリカ」な価値観が強いチャートだという気がしました。
照沼 ザ・ウィークエンドとも共演したバイレ・ファンキのアニッタは入ってもおかしくなさそうですけどね。
天野 『Funk Generation』は大傑作だったのに!!
田中 ただ、BRICsの一角でもあるブラジルという国は、言語的/文化的/政治的にも南米では独自の地域だから。ボサやトロピカリアの時代からそう。反体制的な側面も強いポップ音楽がそうした文脈が少しばかり漂白された状態で、英語圏や日本語圏でも受容されてきた。
伏見 NewJeansもヒョゴもボサノヴァから影響を受けていると考えると、韓国・アメリカ・ブラジルのトライアングルについて考えざるをえない。
天野 ブラジルは今年、政治的にも大変なことになっていましたね。政府が右翼に銃撃されたり。
田中 だから、ブラジル音楽の歴史と今はすごく語りがいがあるよね。ここは来年以降の課題にしましょう。
ドレイク vs. K-Dotのビーフがもたらした
グローバル・ポップとしてのラップの終焉?
田中 ラップ/ヒップホップに行きましょう。2024年はビルボード・チャートを見る限りでは2010年代半ば以降、栄華を極めたラップ音楽が以前ほど聴かれなくなった年という視点もあるわけだけど、まずラップ/ヒップホップが何作入っているのか、数えてみる?
天野 ドーチ、タイラー・ザ・クリエイター、ケンドリック・ラマー、アニシアを筆頭に15作。意外と多い。
伏見 第7位は、ケンドリックvs.ドレイクのビーフの発火点になった「Like That」を含むフューチャー&メトロ・ブーミンの『WE DONT TRUST YOU』。
田中 「Like That」ばかりに光が当たって語られたりすることになったら不憫だなー、とは思ってたんだけど、RS誌の評価はどうなの?
照沼 レビューでは、アトランタのクラシック・サウンドの風を2024年に吹かせ、今年のヒップホップを盛り上げた功績を評価してるみたいですね。
天野 件のビーフがむしろラップ・シーン全体を北米中心の内向きなカルチャーにしてしまったという向きはなきにしもあらず。件のビーフで、ケンドリックが、アトランタやLAのローカルな地域性やヒップホップ的な価値観に「植民者」としてドレイクを対置したことが何かしらの排他性を帯びたことがシーン全体にとっては良い効果を齎したのかどうか。
伏見 2013年にケンドリック・ラマーがぶちかました「Control」とは違うんだよね。
照沼 で、件のビーフの後、鳴りを潜めていたかに見えたケンドリック・ラマーがいきなりサプライズ・リリースした『GNX』が第21位。新しいGファンクって感じの音はおもしろく感じました。もっと上位でもいい気も。
天野 元々YGと組んでいて、エラ・メイをフックアップしたマスタードが、ここに来て西海岸の象徴としてケンドリックに起用されたのが興味深い。デトロイトとかで独自のGファンクが盛り上がっている流れもあるし。
田中 第9位のドーチは?
天野 最高。オーセンティックな、ブーンバップのビートを中心にしたコンシャスな内容で。トップ・ドッグだし、ケンドリックの後継者的な側面がなくもない。
伏見 個人的には、コモン&ピート・ロックとか、亡くなってしまったけどKaのアルバムとか、よりオーセンティックなヒップホップの方が新鮮だった。
天野 総じて、シーン全体の魅力に惹かれるというよりは、タイラーだったり、ケンドリックだったり、シーンというよりも固有名詞の方に興味が移っているところはあるかも。Kaやロック・マルシアーノといったNYのアンダーグラウンドはずっと面白いけど。
伏見 まあ、アトランタのサウンドが「クラシック」と呼ばれてることが象徴的だよね。新しいサウンド・フォルムがしばらく出てきていないのかな。
天野 いやいや、キャッシュ・コベインが象徴的なセクシー・ドリルとか、トラップのサブ・ジャンルであるプラグの最新型とか、面白い動きは多いよ!
インディ・ロック/バンド音楽の復権は
ライブ現場という生態系を目指す?
伏見 インディ・ロックについては、トップ20内にMJレンダーマン、ワクサハッチー、クレイロ、Mk.gee、シンディ・リー、ジェシカ・プラット、ジャック・ホワイト。全体としても少なくはない感じ。
田中 他ジャンルの沈没に伴って、相対的に浮上したという気がしないでもない。決定的な1枚には欠ける。
伏見 インディ・キッズとしては、10年間みんなよく耐えたなと(笑)。
照沼 インディまでもソロ・アーティストの時代になってる感じはしますね。
伏見 2015年のジェシカ・プラットの2nd『On Your Own Love Again』が傑作で、個人的に聴きまくったんだけど、当時はさして話題にならなかったな。
天野 まあ、ジェシカの表現は時代からかけ離れた、完全に個人の世界だし。そして、22位に我らがマネキン・プッシーが。パンクの復権を感じさせなくもありません。26位にはキム・ゴードンもいます。キムはレイジやトラップとか、ヒップホップを我が物にしているのがかっこよかった。リリックの内容も明け透けだし。
田中 どの作品もホントすごくいいんだよね。ただ、アメリカーナ文脈ほど房になってはいない。
天野 ただ、ピッチフォークが1位にしたシンディ・リーの『Diamond Jubilee』は、そうした中でも綺羅星のような存在。元々しょぼいジオシティーズのサイトでの投げ銭とYouTubeだけでリリースされた作品が口コミで広がっていって、今年の象徴的作品にまでなった。彼の音楽って、ここまで話してきたあらゆる文脈や状況、時代性から離れていて、何とも関係していない点に孤高の凄みがありますね。
照沼 ただ、最近、ロックが復活したとよく言われているけど、バンド作品のランクインは少なくない?
天野 バンドの復権も、結局「ライブがいいよね」という現場での体験に集約されている気がする。「Espresso」みたいに多くの人にシェアされる作品は出て来ていない。
田中 これは国内のバンドの話になるんだけど、最近、そうしたライブの良さをまざまざと実感したのがHedigansとHALLEYだったんだよね。
伏見 クラブ好きで、ライブ嫌いの人の言葉とは思えない!(笑)。
田中 どちらもライブを観る度にレコードとはまったく違うアレンジで演奏しててさ。「こりゃあ、毎回足を運びたいな」っていう気持ちにさせられた。まあ、2010年代半ばの英国サウス・ロンドンのシーンもまさにそういうライブの現場中心のシーンだったわけだけど。
天野 ヴァンパイア・ウィークエンドにしても、アルバムのリリース前後、かなりライブにフォーカスしていて、ライブ市場で受け入れられようと頑張っていた印象でした。
田中 ジャム・バンドのシーンと接近したりしてて、かつてグレイトフル・デッドが打ち立てていた生態系/エコシステムをどこか標榜してるようにも映る。
照沼 ボブ・ディランとかローリン・ヒルがやってきたことが再評価される時代が到来しつつあるってことかな? 「これだけ供給過多な時代にもはや新曲っていらなくない?」という。曲はAIに書かせて、人間はライブで演奏する時代が来るかも。
伏見 RS誌のランキングは、アイデンティティを探求した作品が多いですよね。100位のポム・ポム・スクワッドが象徴的だけど――不思議の国のアリスが自己探求のモチーフになっている作品だから。『BRAT』のレビューも、チャーリーの自己探求性を評価していたし。MJレンダーマンもシンディ・リーもバンドに所属している人のソロ作品で、AI時代に「じゃあ個人ってなんだろう?」と結果的に問うたランキングになっている。
天野 でもさー、それって音楽云々っていうよりも、単なる物語の消費じゃない?
伏見 まあ、そうだよね。そう考えると、物語性と無意味性の二面性を意識していた『BRAT』がやっぱり際立つってことになるのかも。
天野 あ、それにしても、RS誌のチャートにはあまりK-POPが入ってないって話も出来ませんでしたね。
照沼 曲のほうにNewJeans「How Sweet」とENHYPEN「XO(Only if You Say Yes)」が入ってはいるけど。
天野 RS誌第88位のRMだけじゃなく、最高のアルバムをリリースしたヒョゴ&サンセット・ローラーコースターの話も出来なかった。
伏見 J-POPの海外進出が目立つ、みたいな話も出来なかったね。
田中 俺はRS誌第48位のザ・キュアーの話がしたかった。
伏見 そう、俺も俺も!
田中 まあ、いろんな未来予測はあるけど、来年もこの変化と混乱の時代に我々も向き合いつつ、ポップ音楽が時代に対するどんなリアクションを見せるか、見つめていくことにしますか。
照沼 というか、やはり語るべきは、岡田斗司夫言うところのホワイト社会では?
天野 暗澹たる気持ちになるから嫌だ(笑)。
Editor by Soichiro Tanaka & Ryutaro Amano