よくやった、『ブルータリスト』! 『ANORAアノーラ』万歳! 『Nickel Boys』が作品賞にノミネート! カーラ・ソフィア・ガスコンが歴史に新たな1ページを刻んだぞ! それと同時に、いくつかの主要部門では「まさかこれが選ばれるとは」という驚きの声や、ノミネーション発表でボーウェン・ヤンとレイチェル・セノットから名前が呼ばれなかった悔しさから憤慨する声も聞かれた。以下、今年のアカデミー賞ノミネーションの意外な当選・落選組を見てみよう。
落選組:主演女優賞部門 マリアンヌ・ジャン=バプティスト(『Hard Truths』)

Simon Mein/Thin Man Films Ltd/Bleecker Street
痛恨。英国人女優は――1996年のマイク・リー監督作品『Secrets & Lies』で、助演女優賞部門にノミネートされたのをご記憶の方もいるだろう――再びリー監督とタッグを組み、周りの人間の人生を台無しにする迷惑おばさんを演じて、この1年のみならず過去10年で一番の秀逸な演技を披露した。各種批評協会賞を総なめにし、クリティクス・チョイス・アワードやBAFTAにもノミネートされ、次はオスカーだと期待が高まっていた。まさに映画のタイトル通り、受け入れがたい事実(hard truth)だ。
当選組:監督賞部門 コラリー・ファルジャ(『サブスタンス』)

Mubi
監督賞候補はおおかた下馬評通りだった。ブラディ・コーベット、ジャック・オーディアール、ショーン・ベイカーがノミネートされ、穴馬はジェームズ・マンゴールドかドゥニ・ヴィルヌーヴか――最終的に、マンゴールド監督に軍配が上がった。5人目は作品賞にもノミネートされたスペクタクル映画『教皇選挙』のエドワード・バーガー監督と思われていた。ところがどっこい、最後の1枠を手にしたのはフランス人映画監督のコラリー・ファルジャ。当然といえば当然だし、嬉しいサプライズだ。作品自体も作品賞にノミネートされている。
落選組:作品賞部門 『リアル・ペイン~心の旅~』

Searchlight Pictures
いとこと旅に出る陽キャの麻薬常習者役の演技が広く大絶賛されていたことから、キーラン・カルキンが主演男優賞候補に挙がることは当然の流れだった。脚本・監督・共演をこなしたジェシー・アイゼンバーグも、見事脚本賞にノミネートされている。笑いあり、感動あり、考えさせられる場面ありのロードムービーは、作品賞部門10候補作にも挙がるだろうと思われていたが――実際のノミネーションにケチをつけるつもりはないが――この作品が選ばれなかったのは痛恨のミスだろう。作品のタイトルが映画ファンの心情をずばり言い表している。
当選組:作品賞部門 『Im Still Here』

Sony Pictures
『The Last Showgirl』のパメラ・アンダーソンをはじめとする有力候補に(あるいはサイアクの場合、『Hard Truths』で熱演したマリアンヌ・ジャン=バプティストにも)「ごめんね、次は必ず」と言うことになっても、フェルナンダ・トーレスが主演女優賞にノミネートされるのを願う映画ファンは多かった。軍事政権下での数十年間を生き抜いた女性を演じた彼女の演技力は絶品。だが正直、ウォルター・サレス監督の政治ドラマがアカデミー賞最高峰の部門にノミネートされたのは少々意外だった。主役の演技以外にも貴重な意見がささやかれていたのは事実だし、映画祭シーズンには口コミの評判も上々だった。とはいえ、ブラジル映画初の作品賞ノミネートという快挙を成し遂げるとは。これを機に、さらに多くの観客がこの作品を目にすることだろう。
落選組:主演女優賞部門 ニコール・キッドマン(『ベイビーガール』)

Niko Tavernise/A24
えっ、牛乳を飲み干すたびに性的に解放される中年女性が嫌いとな? 行く先々で会話に上ったハリナ・ライン監督の恋愛メロドラマで、キッドマンは若い男性との情事にふける女性CEO役を全力かつ体当たりで演じきった。
当選組:主演男優賞部門 セバスチャン・スタン(『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』)

Pief Weyman
弊誌も含め、多くの映画評論家、批評家、解説者はタカをくくっていた。近年もっとも賛否両論分かれる政治家の若かりし頃を描いた伝記映画――劇中では、主人公が妻をレイプする場面も出てくる――は、11月の大統領選以前から箸にも棒にもひっかかるまいと思われていた。昨今の情勢を考えると、ドナルド・トランプ役のセバスチャン・スタンがノミネートされたのは無言の抵抗の現れなのかもしれないが、そんなの知ったことか! たしかにスタンはハマリ役だ。トランプ氏が愛してやまない悪の権化ロイ・コーエンを演じたジェレミー・ストロングもお見事で、助演男優賞にノミネートされている。SNSのコメントにもあったが、現職大統領を真っ向から批判するでも称賛するでもなく、当たり障りなく演じたことで役者が金のオスカー像を手にすることになれば、それこそ大騒ぎだ。こんなことアメリカでしかありえない!
落選組:作曲賞部門『チャレンジャーズ』

Niko Tavernise / Metro Goldwyn M
『エミリア・ペレス』はノミネートされたじゃないかって? まぁ確かに。トレント・レズナーとアッティカス・ロスには申し訳ない。混戦の年に『チャレンジャー』が選考委員のハートをつかむのは難しいとはわかっていたが、それでも2人の傑作が単にノミネートされるだけでなく、最有力候補だろうとタカをくくっていた。言葉もない。40-0。
当選組:助演男優賞部門 ユーリー・ボリソフ(『ANORAアノーラ』)

Augusta Quirk
これに関しては、今回のノミネーション発表でそこまで意外というわけではなく、むしろ当然の選択だった。ショーン・ベイカー監督の売春婦コメディで、ロシア人俳優はある意味、影のMVPだ。とくに第2幕と第3幕で見せた存在感といったら――タイトルにもなっている主人公アノーラの護衛兼右腕を人間らしく演じた演技は、この映画が成功した要因のひとつだ。ボリソフの名前は早い段階から助演男優賞候補として囁かれていたものの、淡い期待に終わると思われていた。
教訓:淡い期待が実現することもある。彼のノミネーションは手放しでうれしい。
落選組:助演男優賞部門 デンゼル・ワシントン(『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』)

Cuba Scott/Paramount Pictures
これに関しては、筆者の個人的な失望といったほうがいいかもしれない。助演男優賞部門は混戦もようになるのが常だったし、2000年にリドリー・スコット監督がオスカーを受賞した『グラディエーター』の続編についても賛否両論だった。でも待って! 助演賞とは本来、型破りな演技を称える賞ではないか? ユーモアで(『ワンダとダイヤと優しい奴ら』のケヴィン・クライン、『いとこのビニー』のマリサ・トメイ)、不気味で(『ユージュアル・サスペクツ』のケヴィン・スペイシー)、主役を食うほどの迫力(『グッドフェローズ』のジョー・ペシ、『ブロードウェイと弾丸』のダイアン・ウィースト)。いずれの形容詞も、泣く子も黙るデンゼル・ワシントンの演技力にぴったりだ。ローマ帝国の権力者が「もっとワインを!」と陽気に叫んだあと、飲みの相手をおだてて情報を引き出し、斬った首をもてあそぶシーンで、さりげないセリフににじむ狡猾さや悪漢ぶりは、超大作のシーンの大半が忘れ去られた後もなお、記憶に残るだろう。ノミネーションの可能性が薄いことは分かっていたが、それでもやはり、彼が選ばれないのは罪のように思われる。
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