マニック・ストリート・プリーチャーズ――ショーン・ムーア(Dr)、ニッキー・ワイアー(Ba)、ジェームス・ディーン・ブラッドフィールド(Vo,Gt)――をかくもユニークな存在にしている所以は何なのか? 答えは一言二言ではとても語り尽くせない。
例えば、1986年にバンドを結成する以前から家族同然の関係(実際ショーンとジェームスは従兄弟同士なのだが)を築いていた、メンバー間の絆。現在も全員が暮らしている故郷ウェールズへの思い入れと、ワーキング・クラス出身者としての誇り。揺るがない社会主義・反権威主義的イデオロギー。パンクからメタル、ヒップホップ、ポストパンク、クラウトロック、シンセポップ、ディスコ、モータウン・ソウル、プログレを包含する雑食性。あらゆるアート表現への好奇心。インテリジェンス。アルバムらしいアルバムを、シングルらしいシングルを途切れることなく生み出す創作欲。そして、自分たちだけの美意識とロジックと信条に根差した”アス・アゲインスト・ザ・ワールド”のスタンス……。


その孤高の歩みを駆け足で振り返ってみると、「世界中で一位にして解散する」と豪語し、資本主義の害悪を暴き出した2枚組ファースト『Generation Terrorists』(1992年)に始まり、『Gold Against The Soul』(1993年)を経て『The Holy Bible』(1994年)に至る、4ピースとして制作した挑発的な3枚でそんな独自路線を早速確立した彼らは、1995年のリッチー・エドワーズ(Gt)の失踪を受けてトリオとして再出発。『Everything Must Go』(1996年)と初のUKナンバーワン・アルバムとなった『This Is My Truth Tell Me Yours』でアンセミック&メロディックなロック志向を打ち出し、満を持して商業的成功を収める。
『Generation Terrorists』収録「享楽都市の孤独 | Motorcycle Emptiness」(日本語字幕ver)
『Everything Must Go』収録「A Design For Life」(日本語字幕ver)
『This Is My Truth Tell Me Yours』収録「輝ける世代のために | If You Tolerate This Your Children Will Be Next」(日本語字幕ver)
かと思えば、カオスを極めた『Know Your Enemy』(2001年)とシンセポップ路線の『Lifeblood』(2004年)でその成功の方程式を躊躇なく切り崩し、続く5年間はそれぞれにアングルを変えながらギター・ロックにアプローチする3枚のアルバム――初期のパンク/ハードロック路線をアップデートした『Send Away The Tigers』(2007年)、スティーヴ・アルビニと組んでリッチーが残した歌詞に曲を与えた『Journal For Plague Lover』(2009年)、アンセミックなロック志向に回帰する『Postcards From A Young Man』(2010年)――を送り出す。
『Know Your Enemy』収録「Ocean Spray」
『Postcards From A Young Man』収録「(It's Not War) Just the End of Love」
が、ここにきて40代に突入した3人はこのあとまたもや踵を返し、自身のルーツと歴史を顧みるアコースティック志向の『Rewind The Filⅿ』(2013年)と、クラウトロックに再解釈を加えて外の世界と未来に目を向けた『Futurology』(2014年)の双子のアルバムで自分たちの現在地を確認すると、『Resistance Is Futile』(2018年)で老いを受け入れながらも抵抗と前進の道筋を模索し、『The Ultra Vivid Lament』(2021年)では同作の枯れたメランコリーをピアノが主役のポップな表現に昇華。『Send Away The Tigers』以降ずっとUKチャートのトップ3圏内を推移した末に、四半世紀ぶりにナンバーワンの座に帰ってきた。
『The Ultra Vivid Lament』収録「Orwellian」
『Critical Thinking』の新規軸、モリッシーへのメッセージ
こうして休むことなくその時々の自分たちのリアリティをアルバムに刻んできたマニックスは、前作から4年の空白(とはいえこの間に『Know Your Enemy』と『Lifeblood』のリイシュー盤に加えてニッキーのセカンド・ソロ・アルバムも登場している)を経て『Critical Thinking』を完成。プロデュースは、前作にも参加した長年のコラボレーターであるデイヴ・エリンガと、同様に過去20年間エンジニアリングやミックスなど様々な形で彼らの作品に関わってきたロズ・ウィリアムズが担当している。
2年という制作期間はマニックスとしては長い部類に入るのだろうか? それだけの時間を要した一因は、前もって方向性を設定しなかったことにあるようだ。というのも彼らのアルバムは全てコンセプト・アルバムだったと言っても過言ではなく、インタビューをする機会があれば、毎回サウンドと歌詞とビジュアルにまつわる狙いを饒舌に説明してくれた。そしてアルバムを聴けばそれがありありと伝わってきたわけだが、本作についてはいつも自ずと見えてくる方向性が定まらず、逆に、自然に曲が生まれるままに任せてベストな曲をアルバムに入れようじゃないかと発想を転換。バンドにとって新しい試みを取り入れた。とはいえ、同じ風景を見て、同じ体験を共有してきた35年の蓄積を踏まえて誕生した本作には、今回もやはり現時点のマニックス像が投影されている。深い内省と鋭い社会批評に裏打ちされ、ノスタルジアとメランコリーでうっすらセピア色を帯びていながらも、輝かしいメロディとライブ感溢れるバンド・アンサンブルのエネルギーに照らし出されたマニックス像が。
そう、ニューウェイヴ・テイストの先行シングル「Decline&Fall」こそ前作のスタイルを引き継いでいるが、メンバーが挙げている幅広い音楽的レファレンス――スキッズ(Skids)にR.E.M.、ザ・ウォーターボーイズ、オンリー・ワンズ、ダイナソーJr.、カーディガンズ、スティーヴ・ハーリー&コックニー・レベルなどなど――がギターバンドに集中していることが物語る通り、本作では再びギターが主導権を握り、スクイーズやザット・ぺトロール・エモーションの曲をサンプリングしていることも特筆しておきたい。これも恐らく初めて導入した手法だ。
またオープンなアプローチをとったゆえに、通常はニッキーが作詞、ジェームス&ショーンが作曲という役割分担にもこだわっていない。2枚目のソロ・アルバム『Contact Sheets』(2023年)も好評だったニッキーが作詞作曲を手掛けて自ら歌う曲が3曲、ジェームスが歌詞を綴った曲が3曲含まれ、ふたりがリリシストとして見せる表情の違いも好対照。互いに押し引きし合う、絶妙な均衡をもたらしている。例えばジェームスが作詞した「Brushstrokes of Reunion」は、亡くなった母が描いた絵と向き合うことで自分の怒りが和らいでいくのを実感したという体験にに、「Being Baptised」は敬愛するアラン・トゥーサンと過ごした1日の思い出にインスパイアされたといい、専ら喜びやポジティビティを強調する。
他方のニッキーの言葉は、ニッキーらしいとしか言いようがない。シングル曲としては初めて彼がリード・ボーカルを担当した「Hiding In Plain Sight」然り、「Decline&Fall」然り、ラストを飾る「OneManMilitia」然り、厭世感を満々と湛え、50代半ばになった現在地から眩しそうな視線を過去に投げかけ、老いを嘆き、今の世界への違和感を露わにしている。スポークンワード仕立てのタイトルトラックでは、マインドフルネスを提唱し最新テクノロジーを売り込む、ネット上に溢れる空虚なスローガンの数々を列挙。情報に踊らされるのではなく自分の頭で論理的に判断しろと、まさに批判的思考(=critical thinking)を促す。「People Ruin Painting」も面白い。大自然の中に敢えて分け入ってセルフィーを撮るなどして、ありのままの美しさを台無しにする人間たちを蔑んでいる。
そんな中でいたって素直な言葉で綴られているのが、「Dear Stephen」である。ここでいうスティーヴンとはほかでもなく、元ザ・スミスの(スティーヴン・パトリック・)モリッシー。

マニック・ストリート・プリーチャーズ
『Critical Thinking』
発売中(2024年2月14日 全世界同時リリース)
完全生産限定盤CD:価格:5,280円(税込)
トール・サイズ・ハードカバー紙ジャケ仕様、オリジナル盤+デモ音源など収録したボーナスディスクを含むCD2枚組
通常盤 : 価格:2,640円(税込)
※両形態ともボーナス・トラック2曲収録
再生・購入:https://ManicsJP.lnk.to/CriticalThinking
国内盤CD購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/ManicStreetPreachers_CT
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