ブルーノート、コンコードでのリリースを経て、2020年の『フライ・ムーン・ダイ・スーン』を発表とともに、黒田はイギリスのFirst Word Recordsと契約した。クラブミュージックにも強い同レーベルとの繋がりも示すように、黒田はヨーロッパでも着実に支持を広げてきた。2024年にはFirst Wordから『ライジング・サン』をレコードで再発。それにあたり、ジャズ楽曲として異例のストリーミング再生回数を誇る「Everybody Loves The Sunshine」を、UKジャズの代表格であるジョー・アーモン・ジョーンズが新たにリミックスを手がけた。ヒップホップやネオソウルだけでなく、アフロビートも得意とする黒田はイギリスでの人気も高い。
そんな黒田が2025年、最新アルバム『EVERYDAY』を発表した。『ライジング・サン』以降、黒田が一貫して追求してきたのは生演奏とプロダクションのコンビネーション。当初はデモ音源をDAWで制作する程度だったが、2016年の『ジグザガー』から本格的に取り組み始め、『フライ・ムーン・ダイ・スーン』ではプロダクションを軸に作品を制作するまでに至った。今の黒田はシオ・クローカーやマカヤ・マクレイヴンらとともに評価されるべきプロデューサー型のジャズミュージシャンであり、First Wordとの契約や、ヨーロッパでの高評価もそこに理由がある。
黒田のサウンドは一気に進化したり、ガラッと変貌することはない。じっくりと地道に自身の音楽に取り組み、着実にレベルアップしている。ここまで地に足のついたミュージシャンはなかなかいない。

Photo by Genya
新ドラマーと「パーフェクトな引き算」
―僕は2022年の前作『ミッドナイト・クリスプ』も好きで、あれはジャズミュージシャンとしての良さもがっつり出ていて最高だったんですよ。
黒田:あれはパンデミックが明けて、散り散りになった仲間が久しぶりにニューヨークで集まって「もう1回やろうぜ」みたいなアルバムでした。その前の『フライ・ムーン・ダイ・スーン』はプロダクションの面でかなり凝ってましたけど、『ミッドナイト・クリスプ』はパンデミック中に書いてた曲をブルックリンのスタジオでほぼヨーイドンで録ってます。そんな感じで前回はバンドっぽかったんですけど、新作の『EVERYDAY』では自分のトラックメーカーの部分とスタジオワーク、生バンドのコンビネーションをもう一回突き詰めようみたいな感じでした。
―なるほど。
黒田:今回はなるべくレイヤーを増やさないように頑張ったんですよ。家にいてパソコンに向かってやってたら、やりたい放題じゃないですか。変な話、調味料が2000個あって、とりあえず入れることができる。いくらでも録れちゃいますしね。
―『フライ・ムーン・ダイ・スーン』の頃はレイヤーがかなり多かった記憶があります。
黒田:あれは大盛りなアルバムでした。レイヤーが多すぎて、自分でも何をやっていたか忘れてることがあったなって思うわけですよ。もちろん、どの音も何かしらの効果にはなってると思うんですけど、もっと引き算をしてスリムにして、1個1個の音が際立つように、今回は「パーフェクトな引き算」を目指しました。そもそも僕の周りにいるミュージシャンは演奏する能力だけじゃなくて、「音色」も強みだと思うんです。だから、ミュージシャンの音色が反映されるようにすごい気をつけてやってましたね。
―『フライ・ムーン・ダイ・スーン』ではいろんな加工をして、変わった音を作ってましたよね。
黒田:元の声がいいのにもったいないなと思うようになったんです。『ライジング・サン』も含めていろいろ聴き直していたら「やっぱり生音がいいよな」って。自分の周りにいるミュージシャンの生音以上の音ってないよなってところに立ち返ったんですよ。
あとは新加入のドラマー、デヴィッド・フレイザーが大きな要素だったんです。パソコンを使って、グリッドがあってクォンタイズできたりする中で作っていたんですけど、実際に生演奏をする部分と組み合わせると、気づかないうちに「誤差」が生まれてたんです。
―誤差ですか。
黒田:僕が持っていったファイルにデヴィッドがすごい困惑してたんですよ。特に「CAR 16 15 A」では全然納得してない顔をしていて。でも、自分にはその誤差が聞こえてなかったので「かっこいいやん」とか言ってたんです。そうしたら、彼が「お前が入れてきたパーカッションとホーンのメロディとベースが微妙に違ってる。少し後ろに傾いてるやつと前に突っ込んでるやつがいる。お前はどっちでやりたいんだ?」と言って、実際にデモンストレーションをしてくれたんですよ。
ミリ単位の誤差なので僕も最初わからなかったんすけど、何度もやってくれたらだんだん聞こえてきた。それでようやく自分の欲しいものがわかって「これはちょっと前めでお願いします」みたいなリクエストもできるようになった。そういう境地を教えてもらって、そこからの曲作りに対してはそこの部分にすごく気をつけましたね。
―そもそもデヴィッド・フレイザーは何者ですか?
黒田:ブルックリン生まれのやんちゃなドラマーです。
デヴィッド・フレイザー、クレイグ・ヒルが参加したライブ映像
―デヴィッドのビートが際立っているのは、1曲目のイントロの時点ですぐにわかります。クレイグ・ヒルを最初に起用したときも言ってた気がしますが、上手い奏者はたくさんいても、ちょうどいい塩梅のプレイヤーってなかなかいないですよね。
黒田:そう、ハイブリッドはニューヨークでもなかなか見ないんですよ。今、ジャズ系でグルーヴもできるドラマーで名前が出てきてる20代はもちろんいます。(ホセ・ジェイムズのバンドの)ジャリス・ヨークリーは両方できる。ただ、みんな手は動くんですけど、フェラ・クティのビートを叩いてって言ったら、譜面にしたら正しいのに、やっぱ全然違ったりするんです。
ライブを見据えたプロダクションの進化
―今回プロダクションの面で、イメージしていたビートメーカーはいたりしますか?
黒田:音像としては特に考えてなかったですけど、エレメンツとしては「EVERYDAY」の前半は鼓笛隊のスネアみたい感じで。最近のヒップホップのマーチングバンドの感じが頭に入ってたし、「CAR 16 15 A」は僕の曲では珍しくて、リズムがちょっとオンなんですよ。後ろにもたれてない。これはリトル・ドラゴンの曲のビートの位置を意識しました。
―しかし、地道にやっててこれができたのはすごい。最初に新作を聴いたとき、誰かプロデューサーを入れたのかと思いましたよ。
黒田:毎作やってるからちょっとずつ腕が上がってるかもしれないですね。
―それずっと言ってますよね。
黒田:最初はインターフェースの電源も入らなかったですから(笑)。でも、これはもうNYのスタンダードで、今回のメンバーもみんなそうですけど、ほぼみんな家に宅録する機材があります。だから、このマイクがいいとか、このソフトウェアでサンプルできるとか、すぐそういう話になる。もうバスケの話かその話が5割ずつくらい。
―さっきも引き算って話をしてましたけど、音作りが明らかにすっきりしましたね。
黒田:それを目指してましたから。あんまりレイヤーを足さないようにして、メロディが一番クリアになるように気をつけてたんです。メロディが耳に残るところが自分の強みやなと思って、曲に立ち返りました。レイヤーを足すとメインの音が濁っちゃうなって思ったんです。レイヤーを入れるにしてもちょっとずつ細かく入れるように工夫しました。
―音でもわかりますし、DAWの画面上で見てもはっきりとスペースがありますけど、どのくらい減ったと思います?
黒田:前作と比べたら半分ぐらい。引き算ができたのが第一歩だったと思います。何か足したらごまかせる部分もあるじゃないですか。今回のアルバムは前半がプロダクション強めで、6曲目の「オフ・トゥ・スペース」からバンドセットって感じでその感じも面白いなと思います。自分なりに前作『ミッドナイト・クリスプ』を経たからってのもありますね。2年間アルバムを出してなかったのにヨーロッパですごく引きがあったし、アメリカでもいろんなフェスに出させてもらって、NYでもソールドアウトが続いた。そのなかで前作よりもライブをやることを念頭に作ることを意識するようになりました。前作はレイヤーが多すぎて、ライブでできなかったかもしれないですからね。

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黒田が明かす「アフロビートの極意」
―今回は後半にがっつりソロがある曲が揃っています。そこもライブ対応というか。特にクレイグ・ヒルのソロがすごいですね。
黒田:ここ2年は、ライブもほとんどクレイグ・ヒル。彼がメロディを吹く場面も多かったので、アルバムにも入れました。クレイグががっつりソロを吹いてる曲がめちゃくちゃかっこいいっすよね。特にアフロビートではテナーサックスが来るとしっくりくる。
―黒田さんはアフロビートをずっとやってますよね。今、アフロビートをやってる人はたくさんいますけど、僕は黒田卓也のアフロビートが一番面白いと思っているんですよ。
黒田:そこは自分でも自信あります。アメリカの連中もみんな「なんちゃって」ですからね。今のモダンなジャズミュージシャンがアフロビートをやると、特にドラムは叩きすぎちゃうんですよ。パキパキになっちゃうと、それでもう完全にいなたさがなくなって、フュージョンになってしまう。アフロビートって結局コード的に難しいことがひとつもないだけに、ジャズミュージシャンは無茶しちゃうんですよ。そうなると、異なる形にしないと成り立たない。自分はアコヤ・アフロビート・アンサンブルで演奏してきたおかげです。あんなにフェラ・クティの曲をやらされることはないですからね。
アコヤ・アフロビート・アンサンブルで演奏する黒田(2013年)
―黒田さんのアフロビートは基本はしっかりしてるけど、いろんなアイデアも入っている。自分しかやってないアフロビートのアレンジのアプローチってありますか?
黒田:自分ではオーセンティックなものを作ってると思うんです。でも、それを自分のメンバーにやらせるとこうなるのがからくりですね。僕のデモはもっとオーセンティックになってるはずなんですけど(笑)。デヴィッドはわかってるというか、前任のアダムよりかなりフェラ・クティが好きみたいなので、それもあって今回のアフロビートの曲はその理解が演奏に出ていると思います。べースはほとんど僕のシンセベースです。ベーシストはどうしても動いちゃうんすよね…
―リズムに関して、自分なりのアフロビートの作り方ってありますか?
黒田:ポイントは「クラーヴェをどっちに置くか」と「3-2と2-3をどっちに置くか」と「その2-3と3-2のところのフレーズに、スネアとキックとベースをどのパターンでずらすか」っていうのを最初に決めます。そこが曲を決めると思っているので。
かっこいいのに(リズムの)位置がよくわからない曲ってあるじゃないですか。例えば、『ライジング・サン』の「アフロ・ブルース」。あれは誰も1をずっと叩かないパターンになってるんですよね。「アフロ・ブルース」よりもっと1を叩かないようにするとか、たまに1を入れるとか、5人いるバンドの誰かはそういうパルスを弾くとか、誰かが裏じゃないことを弾いてるとか。そんな感じで「気持ちいいけどリズム的にトリッキー、だけどかっこいい」みたいな、ギリギリをいくようなビートのパターンを常に探してます。
―いつもリズムの仕掛けをしっかり作ってるんですね。
黒田:そうです。新作では「オフ・トゥ・スペース」もそこから始めてますね。
―そこはみんな知りたかったところな気がしますね。なぜ黒田卓也のアフロビートはかっこよくて、ジャズ的にも面白いのか。
黒田:あとはコードを書かないのが大きいと思います。全部パートなんですよ。ソロの部分はさすがに書きますけど、全員がパートを弾いてるので、自分の曲では適当に弾いてる人が誰もいないんですよ。
―それはジャズミュージシャンがやらないことですよね。
黒田:やりたがらないですね。ジャズ寄りのピアニストが来たときは大変ですよ。もうツアー最終日も間違えてましたからね(笑)
―そこまで書かないとアフロビートは成立しないってのは面白いですよね。
黒田:逆にアコヤ・アフロビート・アンサンブルに僕のオリジナルを持っていったら、僕が思いつかへんかっこいことが出てくると思うんです。でも、アフロビートをあんまり知らないジャズのバンドに持っていったら、もう絶対やったらあかんみたいなことをすぐにやると思うんですよね。(アフロビートには)そこそこルールがありますから。いつも気をつけてますね。
地道なレベルアップでオンリーワンの存在に
―今、ジャンルが混ざっていることは当たり前で、ジャズ系のミュージシャンでもみんなハイブリッドなことをやっていると思うんですよ。そうなると逆に差別化が難しくて、個性が立たなくて、埋もれてしまったり、ってこともある気がします。一方で、黒田さんの曲はパッと聞いたらすぐに黒田卓也だってわかるんですよ。ソロのフレーズとか、曲のメロディとか、ホーンのアレンジとか、要因はいろいろあると思いますが、自分のトレードマークみたいなものって敢えて入れたりしてますか?
黒田:いやー、一応自分ではすごく精神統一して、まっさらなキャンバスになってるつもりなんですよ。でも、同じ人間やから自分っぽいやつしか出てこないのかなぁ。
僕の音楽はキーのある曲がほとんどなので、奇抜すぎるメロディは出てこないと思うんですよね。そうなるとメロディの確率論で言うと、パターンなんていうのは限られてたりもするとは思うんです。でも、アフロビートってフレーズの始まる場所がいわゆる西洋音楽とは全然違ったりするから、それだけでフレーズも新鮮に聞こえるんですよ。僕はアフロビートを通ってきているので、ファンク、ジャズ、ソウル、ヒップホップ、そういう2と4が基点になっている音楽よりはちょっとスパイスが効くのかなっていうのはありますね。
―それはあるのかもしれないですね。黒田さんのコテコテの大阪弁じゃないけど、ちゃんと「臭い」良さがあるんですよ。
黒田:そうそう、ちゃんと臭い。とっぽくないですよね。汗臭いメロディにはなるなと思います。

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―飲食店でBGMが黒田卓也っぽいなと思って、Shazamしたら当たりってことが何度かあったんですよ。黒田さんのフレーズってロバート・グラスパーや上原ひろみ並みにパッと聞いたらわかる個性があるなって。
黒田:不器用なのはダメだけど、それしかできなくて、でも結果的にこうなって良かったっていうか(笑)。メニューが1個しかないレストランみたいな感じですかね。それはNYだったから出来たと思いますね。NYはそれを褒めてくれる場所だったから。日本やったら無理だったかもしれないです。やっぱり日本は何でもできる人を求めるマーケットだと思いますから。
―いやいや、毎作どれを聴いても強烈に黒田卓也なのはすごいことですよ。もう何年も活動していて、同じ味を出してるけど少しずつ変化して、進化して、それで確実に評価も上がってるし、世界中に広がってもいる。これはとんでもなくすごいことですよ。
黒田:昔のアーティストって、同じバンドで少なくとも5年以上は(ツアーを)回ってましたよね。マイルスだってスタイルは変わるけど、バンドは続いていたし。ある程度は「石の上にも何年」をしないとなって思ってます。

黒田卓也
『EVERYDAY』
発売中
再生・購入:https://takuya-kuroda.lnk.to/EVERYDAY

TAKUYA KURODA ”Everyday” JAPAN TOUR 2025
2025年3月5日(水):大阪・yogibo META VALLEY
詳細:https://smash-jpn.com/live/?id=4368
2025年3月7日(金)東京・LIQUIDROOM
詳細:https://www.diskgarage.com/ticket/detail/no097757
2025年3月8日(土)高崎芸術劇場(スタジオシアター)
詳細:https://www.takasaki-foundation.or.jp/theatre/concert_detail.php?key=1740
2025年3月9日(日)ブルーノート東京(※1日2ステージ)
詳細:https://www.bluenote.co.jp/jp/lp/takuya-kuroda-2025/
2023年のブルーノート東京公演
クレイグ・ヒル(sax)、コーリー・キング(tb,vo)、泉川貴広(p,key)、ルーベン・ケイナー(b)は今回の日本ツアーにも参加。ドラムスはジェイレン・ペティノーが務める