とてつもない逆境の中でリリースされた新作だ。ドレイクがパーティー・ネクスト・ドア(以下PND)との連名で発表した『$ome $exy $ongs 4 U』。ケンドリック・ラマーとの一連のビーフを経て、ケンドリックによる過日のスーパーボウル・ハーフタイムショーでは元ガールフレンド(SZAとセリーナ・ウィリアムズ)までもが敵方につき、「Not Like Us」で煽られて完膚なきまでに叩きのめされた後の新作発表である。
そうした中でドレイクが「奴がいなければ今の俺はいない」と以前から全幅の信頼を寄せているのが、今回のジョイント・アルバムで相棒となるPNDだ。PNDがOVOから初めて出したセルフタイトルのミックステープでドレイクと共演してから10年超。アルバムとしては初めてのコラボとなる。昨年夏に「夏が終わったら、やるべきことをやる」として当初は昨秋の発表を目指して進められていたもので、度重なる延期を経てのリリースとなった。ジョイント・アルバムということで、レーベルもOVOを配給するソニー系のサンタ・アナとドレイクが所属するUMG系のリパブリックの名が刻まれている。
セクシーなR&Bと屈折した感情
2025年2月14日、ヴァレンタインデーにリリースされた『$ome $exy $ongs 4 U』は、タイトルが示すように女性ファンに向けたと思われる甘くセクシーなR&Bナンバーが並んでいる。セックス、ドラック、愛、金……受け止め方によってはトキシック・マスキュリニティと批判されそうなリリックの曲もあるが、苦悩や葛藤を吐露しながら親密な関係を築こうとするふたりの男の屈折した感情などが歌われている。リリース前には、ドレイクの父親であるデニス・グラハムによる同名の未発表小説をベースにしているという噂も流れたが、真偽は定かでない。その父の兄、つまりドレイクの伯父はラリー・グラハム。
とはいえ、ケンドリックとのビーフ期間に熟成されていたアルバムだ。ラッパーとしてケンドリックたちに物申す曲もあるのではないか?と勘繰りたくなるのが大衆心理というもの。そこで大勢の目を引いたが、ドレイクがソロでラップする「GIMME A HUG」だ。人気YouTuberでシンガー/ソングライターのテレル・グライスによるR&B系バラエティ・トークショウ「The TERRELL Show」(シーズン6)から飛び出したゴスペル・インスパイアードな「Sing」を速回ししたこれは、端的に言えば表題のとおりハグを求める曲。一連のビーフに疲れ切っているのだろうと想像させる内容で、実際にそうなのだが、敵を挑発しながら仲間への感謝も交えて自身を鼓舞する歌でもある。3部構成になっており、カット・クロースの「Surrender」(1995年)のサンプリングでビートスウィッチを行ってからは、味方の21サヴェージらに感謝する一方でトロント出身のモデルであるメリッサ・フォードの名を挙げて彼女と関わりのあるジョー・バドゥンをディスってみせる。が、ここでドレイクが最も気持ちを込めたのは、「Fuck a rap beef, I'm tryna get the party lit / Tryna get the party lit for the bitches」というラインだろう。「ラップ・ビーフなんかクソ喰らえ、俺は女の子たちのパーティを盛り上げたいだけだ」と。
テーマは違うが、キーシャ・コール feat.モニカの「Trust」(2007年)を引用した「BRIAN STEEL」にも、今のドレイクの気分が反映されているように思える。タイトルの”ブライアン・スティール”とは人名で、組織犯罪などで服役していた(ドレイクとも共演していた)ヤング・サグの無罪を主張して彼を刑務所から出所させたアトランタの弁護士のこと。その手柄を称えた曲とも受け取れる曲だ。「(ラッパーのくせに)訴訟好き」と揶揄されたドレイクだけに、これでまた思わぬ批判に晒されないことを祈りたい。
スロウ・ジャムに込められた文脈を徹底解説
アルバムは全21曲。うち、ドレイクのソロが前述の3曲を含めた6曲、PNDのソロがアレックス・ラスティグの制作となるディープなスロウ・ジャム「Deeper」の1曲で、他はPNDとドレイクの共演曲およびゲストの参加曲となる。プロデュースには、長年ドレイクのエンジニアを務めてきたノエル・カダストリをはじめ、ドレイクの2022年作『Honestly,Nevermind』への貢献も記憶に新しいゴードやキッド・マスターピース、ムスタファなどを手掛けるスウェーデン出身のサイモン・ヘスマン、さらにDJルイスやオー・リル・エンジェルといった面々が名を連ねている。サウンドは一部の曲を除いて目新しさはないが、PNDとドレイクが合体するのであればトラップ基調の鬱屈としたOVOのシグネチャーをストレートに打ち出すのが最善と考えたのか。
ミックスはトロントにある複数のスタジオで行われているが、大半の曲をバハマのナッソーにあるサンクチュアリー・スタジオで録音。そんな南国感のある場所でレコーディングしながら、アルバム・ジャケットは吹雪の中でドレイクとPNDと思われるふたりが2棟のビルを背景に毛皮のコートに包まれて写る北国感溢れるものになっている。セクシーな曲線のフォルムから”マリリン・モンロー・タワー”という愛称で呼ばれているビルは、トロント郊外のミシサガにあるタワー・マンションのアブソリュート・タワーズ。2012年に「最優秀新築高層ビル賞」に輝いた街の象徴で、ミシサガ出身のPNDが地元をレプリゼントしたのだろう。ときて、アルバムのオープニングを飾るのが「CN TOWER」というのだから面白い。CNタワーはトロントのランドマークで、ドレイクは2016年作『Views』のジャケットをCNタワーの展望塔にしていたように、彼にとってのインスピレーション源なのかもしれない。パートナーとの行き違い、過去の恋愛への執着を歌った「CN TOWER」では、それらの感情を日々変化するCNタワーのライトアップの色に喩えて歌っている。リル・ウェイン feat.スタティック・メイジャーの「Lollipop」(2008年)をループさせたトラックは、ドレイクのメンターであるウェインへの改めての敬意表明だろうか。
ビートスウィッチを多用して曲の中で表情を切り替え、ジョイント・アルバムらしく互いの感情を交錯させているのも本作の特長だ。ドレイクが苦悩や葛藤を歌ってシリアスになりそうなところを、PNDが淫語を交えながらルーディーなボーカルで官能路線に持っていくといったように感情のバランスを図っている。ザ・ウィークエンドに通じる不穏なサウンドの「OMW」(Own My Wayの意)ではセックスに狂うPNDとクールなドレイクの対比が面白い。
恋人と別れ、誰からも愛されなくなった女の子を歌った「WHEN HE'S GONE」など、スロウ・ジャムというよりバラードと呼びたいメランコリックな曲もR&Bモードを後押しする。ドレイクの『Take Care』(2011年)に収録されている「The Real Her」をサンプリングした「SPIDER-MAN SUPERMAN」では、大切な人を支えたいが今の自分では限界がある、スパイダーマンやスーパーマンのようなヒーローにはなれないと歌う。また、ドレイクがひとり苦悩を吐露するのが「SMALL TOWN FAME」だ。自分が名声を得たところで好きな女性は自分よりも別の男を愛してしまうと歌うバラード。ここでは、ドニー・マクラーキンのコンテンポラリー・ゴスペル名曲「Speak To My Heart」(1996年)とジェネイ・アイコ feat.クラプト「Never Call Me」(2017年)のサンプリング・ループが悩ましさに拍車をかける。
件の「GIMME A HUG」に続く「RAINING IN HOUSTON」は、本作屈指のドレイク流R&Bソングだろう。女性とのすれ違いを歌いながら、憎しみ(ビーフ)で混乱するばかりの状況を嘆くこれは、ヒューストンのストリップ・クラブでの豪遊も報じられたドレイクらしい同地への愛も込めた曲。タイロン・デイヴィスの「Ain't Nothing I Can Do」(1979年)をスクリュード・サンプリングしたトラックがメランコリックな雰囲気を醸し出すこれは、曲冒頭からチョップド&スクリュードの生みの親であるDJスクリューの名前をシャウトアウトする音声も登場する。つまりDJスクリューを含めたヒューストンのヒップホップ・カルチャーへのオマージュだ。
そう考えてしまうのも、続く「LASERS」で「Baby, say my name like Beyoncé (Baby, say my name)」というラインが登場するから。このラインがデスティニーズ・チャイルドの「Say My Name」(1999年)を指しているのは明らかだ。デスチャの曲は「今、他の女といない(浮気して)ないなら電話口で私の名前を言ってみてよ」とカマをかける歌。一方、PNDとドレイクの「Lasers」は、彼女と後背位でセックスをしている時に、彼女の元カレの名前を入れたタトゥーが目に入って苛立つ歌。まるでPNDの前作『PartyNextDoor 4』(2024年)のジャケットを思わせるシチュエーションだが、ここでは「ビヨンセ(が歌った)みたいに俺の名前を言ってみろよ」と行為中に忠誠を誓わせているのだろうと推測する。そしてドレイクは、”レーザー”でタトゥーを消す痛みで君は過ちに気づくんだというニュアンスでダメを押す……。かと思えば、クラブを舞台にしたと思しき「Nokia」では、自分の携帯に電話がかかってくるたびに「どの娘なんだ?」とドレイクが言う。女性たちの名前を読み上げるのは、プロデュースを手掛けたエルカン。タイトルは、”ガラケー”時代に市場を席巻したノキア社の携帯電話のこと。ベース・ミュージックのサウンドを走らせ、ノキア社携帯のデフォルト着信音「Nokia Tune」も交えながら滑走するパーティー・チューンで、ドレイク流のノヴェルティ・ソングとも言えそうだ。
同じアップ・ナンバーでも、OVOに所属するマジッド・ジョーダンの片割れであるジョーダン・ウルマンが手掛けた「DIE TRYING」は、彼らにしては珍しい妙にキャッチーなカントリー・ポップ調。
ゲストを招いた曲としては、メキシコのコリド・シンガーであるチノ・パカスをフィーチャーした「MEET YOUR PADRE」もある。ドレイクはチノのアルバム『Que Sigan Llegando Las Pacas』(2024年)に収録の「Modo Capone」で既に共演済み。インスタを通して知り合ったようで、同アルバムではドレイクへのオマージュとなる「3 Letras (OVO)」という曲も披露されるなど、関係を深めているようだ。「MEET YOUR PADRE」はフラメンコ風の情熱的なアップ・チューンで、ここではギリシャのシンガー、コンスタンティノス・アルギロスの「Iliovasilema」(2022年)がサンプリングされている。こうして他ジャンルやカルチャーに接近していく貪欲さ、悪く言えば節操のなさが非難の的になってしまうのだろうが、個人的には悪いとは思わない。それどころか、ヒップホップやR&Bだけを聴いているだけではわからない別世界の扉を開いてくれるポップ・ミュージックの開拓者として共感しているくらいだ。
愛が欲しいのによそよそしい性格のために素直になれないという葛藤を歌い、曲の後半部でメダシン feat.イライジャ・フォックスのアンビエントな「Gone With The Wind」を垂れ流すチルな「GREEDY」でエンディングを迎える『$ome $exy $ongs 4 U』。案の定、リリース直後から賛否を巻き起こしているが、Apple Musicにおいて史上最もストリーミングされたR&B/ソウル・アルバムの初日記録を更新。3月1日付のBillboard 200(全米アルバム・チャート)では、前週まで1位だったケンドリック・ラマーの『GNX』を蹴落として初登場1位となった。これはPNDにとっても初めての快挙。野次馬根性で集まってきたアンチも多いのかもしれないが、この注目度、人気の高さにはひれ伏すしかない。

パーティー・ネクスト・ドア&ドレイク
『$ome $exy $ongs 4 U』
再生・購入:https://PNDJP.lnk.to/SSS4URS