先日、大盛況のなかジャパン・ツアーの全公演を終えたジョーディー・グリープ。そのグリープが昨年、ソロ・アルバム『The New Sound』の露払いとしてウィンドミルで行ったライブで、彼のバック・バンドとして演奏している映像を見たのが、筆者が彼らのことを知ったきっかけだった。
イギリス北東部のニューカッスルから登場した新進気鋭のジャズ・クインテット、ナッツ(Knats)。いわく地元にジャズ・シーンすら存在しない環境で、独学で音楽を学び、幼馴染の絆と情熱を頼りに自らのサウンドを築きあげた彼らの物語は、まるでジャズそのものの自由で予測不可能な精神を体現しているようだ。

彼らの音楽は、しかし、単なるジャズではない。少年時代に夢中になったロックへの憧れ、ジャズの巨匠たちの名盤に傾倒した日々、ハウスやドラムンベース、さらに異文化のリズムに触れた興奮が、その音楽に重層的な魅力を与えている。そんな彼らの実力は、冒頭のジョーディー・グリープを始め、モダンR&Bの偉才エディ・チャコンや、ジャイルス・ピーターソンインコグニートのブルーイによるプロジェクト=ストラータ(STR4TA)、ベースメント・ジャックスのサイモン・ラトクリフ率いるヴィレッジ・オブ・ザ・サンといったアーティストから届く共演のラヴコールが物語るとおり。そして、北東イングランドの荒々しい風土の中で育まれた彼らのサウンドは、ロンドンでの飛躍と刺激的な出会いをへて、大胆さと深みが加えられることで独自のスタイルへと結実した。

気鋭の〈Gearbox Records〉から先日リリースされた彼らのデビュー・アルバム『Knats』には、ジャズの伝統と現代的な革新が交差する瞬間が捉えられている。ルンバ・クラーベのリズムやキューバ音楽の熱気を帯びたグルーヴが弾け、アフリカン・パーカッションとスピリチュアルなフォークが溶け合い、あるいはジョー・ヘンダーソンの名曲「Black Narcissus」のカバーではジャズへの深い敬意と大胆な解釈が演奏を彩る。また、母親への感謝を捧げた「Tortuga (For Me Mam)」を始め、家族や仲間への敬意、そして故郷への誇りが詰まった『Knats』は、音楽が持つストーリーテリングの力を鮮やかに描き出した作品でもあるだろう。

グループの中核を担うのは、地元の親友だったベースのスタン・ウッドワードと、ナイジェリアにルーツをもつドラムのキング・デイヴィッド=アイク・エレキ、そして若きトランペッターのファーグ・キルスビー。今回のインタビューではその3人に、ナッツの始まりからデビュー・アルバム『Knats』の背景、ジョーディ・グリープとの出会い、地元ニューカッスルを背負うジャズ・ミュージシャンとしての誇り、さらに今後の展望までいろいろ話を聞いた。

3人の出会い、「Geordie Jazz」の真意

—ナッツの始まりについて教えてください。


スタン:もともとイギリス北東部のイングランド県内とはいえスコットランドに近いニューカッスル出身で。キングとは10歳頃からの付き合いになるよ。小学校の時に出会って、そこから一緒に楽器を始めるようになって、その後2人してめっちゃジャズにのめり込んでいって、15歳ぐらいのときに本格的にバンドを始めるようになった。その後、オンラインでファーグと出会って、っていうのがざっくりとした歴史になるよ。

—ナッツの結成前はどんな活動をしていたんですか。

キング:ちょいちょいと色んなとこに手を出してた感じで。音楽自体は9歳くらいから始めてるのかな。2人に出会う前に教会で演奏してたんだけど、スタンに会ってからロックに触れて、ロック・バンドを始めて、最初はアークティック・モンキーズなんかのカバーをやってたんだよ。それから何度も形態を変えつつ、最終的に現在の形に至るという。

スタン:ジャズをやる前に一通り通ってるよね。ジャズに辿り着く前はロックからレゲエ・ロック的なものだったり、あらゆる種類の音楽を通ってきてるよ。しかも完全に独学で。
最初は完全にロックやメタル寄りで、14歳くらいまでギターも弾いてたんだけど、一緒にジャズを演奏しようってなったとき初めてベースを手に取ったんだ。まわりにベースをできる奴がいなかったし、ギターよりもベースのほうが必要だと思って、ベースに専念してそっちのほうを磨いていこうって決意したんだ。

ファーグ:自分の場合、父親が70年代のジャズが好きで、ウェザー・リポートとかよく聴いていたな。そこから9歳か10歳の頃にトランペットを始めて以来、ずっとジャズをやってるんだけど、11歳のときにテレンス・ブランチャード&ジ・E・コレクティヴを観て、自分のやりたいことはこれだって覚醒したんだ。それが最初の大きなインスピレーションだよ。

ジョーディー・グリープも認めたUKジャズ新鋭、Knatsが語る地元ニューカッスルの誇り

左からキング・デイヴィッド=アイク・エレキ(Dr)、スタン・ウッドワード(Ba)、ファーグ・キルスビー(Tp)Photo by Ellie Slorick

—ナッツを始めるにあたってコンセプトのようなものはありましたか。

スタン:うーん、コンセプトというか、単純に一緒に音楽を演奏するのが楽しかったからやってたっていうだけで、何も考えてなかったよね。最初、昔のジャズの名盤にハマってて、それこそマイルス・デイヴィスの『Seven Steps to Heaven』とか、チャールズ・ミンガスとかさんざん聴きまくってたよね。あとはウェザー・リポートだったり。そうやって自分たちのお気に入りのレコードをひたすら聴きまくって、コピーしまくってた。地元に小さなスタジオがあって、そこで一緒に曲を習って演奏するところから、最終的に自作の曲を作るようになったっていう感じで、何か具体的なコンセプトやアイディアがあったわけじゃない。ずっとやっているうちに自分たちの音になってきたっていうか、時間をかけて徐々に今の形に進化していった感じかな。


キング:しかも、当時はまだ相当若かったし、そもそもニューカッスルって音楽人口が少ないからね。選り好みするほどの選択肢もなかったし、「これこれこういうヴィジョンの元にこういう人に従っていこう」なんて贅沢な環境にはなかった。ただ自分たちの周辺にあるものをそのまま受け入れて、自力で自分たちのやりたい音を確立していったみたいな。

—ちなみに、あなたたちの地元であるニューカッスル生まれのジャズは”Geordie Jazz”って呼ばれるそうですが――。

3人:(爆笑)。

スタン:というか、”Geordie Jazz”を演奏する唯一のバンドが自分たちと言えるかも(笑)。うちのバンドがでっちあげた言葉みたいな。ジョーディ(*ニューカッスル民)のやってるジャズってことで、自分たちの音を表現するための別名で、特筆すべき個性や特徴はないんだけど(笑)。っていうか、イコールうちのバンドの音であるって意味ではそれが特徴になるのか。ただし、ニューカッスル特有のものは何もないし、そもそもニューカッスルにジャズ・シーン自体が存在しないから。だから、自分たちの音を紹介するために「開発」した用語みたいな(笑)。

—じゃあ、例えば今の新しい世代のプレイヤーが牽引しているイギリスのジャズ・シーンの地図において、ニューカッスルという都市は存在していない?

スタン:いや、そもそもその土俵にすら立っていないレベル。
逆にそれが自分たちの大きな目標の一つですらある。ニューカッスルでは辿り着けない位置に到達するという……そもそもジャズ・シーン自体すらニューカッスルには存在していないんだから。自分たちは今ロンドン在住なんだけど、約2年前にロンドンに出てきたのも地元に活動できる場がなかったからで。だからこそ、自分たちがニューカッスルに音楽シーンを育てることができるぐらいのレベルにまで到達することが、バンドとしての大きな野望の一つでもあって。だって自分たちが出てきたときには、本当に何もなかったからね。全部、自前で、自分たちで切り開いていくしかなかった。

キング:ニューカッスルにも、例えばSwan Nekみたいに小ぶりながらも、めちゃくちゃ面白いことやってるバンドはちょいちょいいるんだけどね。ただし、シーンってほどではない。とはいえ、何かしら起こりそうな兆しはあって、そこは今後希望を抱いてもいいかもと。ソウルとかジャズとか、いわゆるアフリカン・アメリカン系の音楽を演奏している人口も少しずつ増えてきてる気がするし、今後が期待できるよね。

Swan Nekのライブ映像

ジョーディー・グリープから受け取った刺激

—ところで、個人的にナッツを知ったのは、あなたたちがジョーディー・グリープのバック・バンドとして演奏している映像を観たのがきっかけでした。どんな経緯で彼と演奏することになったんですか。


キング:いや、マジでもう、自分はブラック・ミディの大ファンなんだ! それこそYouTubeでブラック・ミディ関連の動画はすべて漁ってライブも観てるくらいのガチのファンでね。ジョーディーが個人でやってるInstagramのアカウントを見つけて、ずっとフォローしてたんだけど、アルバムをレコーディングしてる最中に『よかったらジャム・セッションでもどう?』ってDMが届いて、それで会って一緒に演奏したんだけど、めちゃくちゃ楽しかった! スタンも一緒に参加して、3人で一緒に演奏してね。その後、トリオとしてロンドンで何本かギグをやったんだよ、本当に3人だけで。そのあとツアーのサポートさせてもらえないかって頼んでみたら快諾してくれて、イギリスの6州で一緒に公演をまわらせてもらって、しかも全公演ソールドアウトって結果でね。めちゃくちゃ楽しかったし、最高だった! そこから新しくいろんな人と繋がることもできたし。

ジョーディーのバックを務めたKnats

—ジョーディーからナッツの音楽について何かコメントをもらったことはありますか。

スタン:とりあえず、めっちゃ気に入ってもらってるみたいで。さっきのキングの話にもあったように、去年の夏だったかに最初にロンドンで一緒にギグをやったときは、まだうちのバンドの音をちゃんと聴いたことがなかったらしくてさ。それでもサポートの話をしたらOKしてくれたんで、めっちゃ買ってもらってるとは思う。そのあとで1カ月後ぐらいに再会して、自分たちもアルバム用に新曲に取りかかってた時期だったから、一緒に試したり作業させてもらったりして。そのときもめちゃくちゃ刺激を受けたよ。そのときに相当距離が近づいた。
マジでクリエイティブでインスピレーションに溢れてる人だよ。

—ジョーディーと一緒に演奏する上で、彼からはどんな指示やアドバイスがありましたか。

スタン:まあ、ちょいちょい指示や方向を出してくれるけど……何て言うか、とりあえず一緒に音を出してるだけでめちゃくちゃインスピレーションになる人っていうか。作曲家としても素晴らしいし、何しろ唯一無二すぎる。とんでもない音の持ち主っていうか、あの音の横で一緒に音を出させてもらうだけでもガンガンに刺激を受けるし。世界中のどこを探してもあんな音を出してる人はいない、まさにジョーディー・グリープの音としかいいようのない音楽をやってる。そんな音を毎晩のように直で浴びせられたら、どうやって自分たちだけの個性的な音を作ってそれを伸ばしていけるのか、どうしたって考えさせられるに決まってる。毎晩パフォーマンスを観るのも最高に素晴らしい経験だったし、パフォーマーとしても優秀すぎるほど優秀すぎる。そっちの方面でも本当に影響を受けたよ。

—ちなみに、ジョーディー・グリープのアルバム『The New Sound』はどう聴きましたか。ブラック・ミディに勝るとも劣らぬユニークでプログレッシブで、何より難易度の高い楽曲揃いだったと思いますけど。

キング:そう、ジョーディーの過去作からもその鱗片を伺えることができて、それはそれですごい希少で大好きなんだけど、今になってみるとやっぱりブラック・ミディのときはバンドの型に自分を当てはめてた部分もあったんだなって思う。そこから解放されて自由に開かれたのが今、みたいな、めちゃくちゃいいと思う! 実際、そこから枝分かれして、どこまでも革新的で実験的な方向をガンガンに開拓しまくってるもんね。長い間ロック音楽の中で失われていた、それこそフランク・ザッパみたいな偉大な先人が切り開いてきた道を引き継いで、音楽にプログレッシブな要素を取り戻すという試みをやってると思う。ポエトリーだのミュージカルだの、舞台音楽的な要素を融合させてるところも斬新すぎるし、まさに確信的かつ革新的な表現者だと思うよ。

デビュー・アルバムの音楽的探求とメッセージ

—では、デビュー・アルバムの『Knats』について聞かせてください。制作にあたって、ソングライティングや演奏、プロダクションについてどんなことを意識していたか教えてもらえますか。

スタン:最初のアルバムってこともあり、過去3年間に自分たちが一緒にやってきたことの集大成みたいなアルバムにしてあるよ。半分は自分が書いた曲で、ロンドンに移ってからの1年半から2年のうちに作ったものになる。ロンドンに移ってから作曲について学んでガチに曲に向き合ってきたからね。残りの半分は、このバンドが結成された4年前から全員で一緒に作り上げてきたものをこのアルバムのためにアレンジし直したっていう。そういう意味では、これまでの自分たちの歩みであり歴史をすべて網羅してパッケージして閉じ込めたみたいな作品になってるよ。そこに込められたメッセージというかコンセプトとしては、ここまで自分たちを支えてくれたすべての人への感謝の手紙のようなもので、そこには母親への感謝の気持ちも含まれるし。うちの母親もキングの母親もシングル・マザーで、女手一つで自分たちを育ててくれてるんで、それに対する心からのありがとうっていう感謝であり……それに母親だけでなく父親への感謝でもあるし、このアルバム自体が自分達をここまで支えてくれた愛する人たちへの感謝表明みたいなものなんだ。

キング:それもあるし、とりあえず長年溜めてきた宿題を完成させなくちゃ、みたいな気持ちもあった。ようやく形にできてよかったっていうのはあるんだけど、自分たちの中ではもう岩盤というか、身体の隅々にまで刻まれてるものなんで、そろそろ次の展開に移行する時期って感じなんだよね。長年抱えていた曲だったし、そこからさらにミュージシャンとして成長してるからね。これまであくまでも自分たちの小さな世界の中だけだったはずのものが、今こうして外の世界に飛び出していって、ここから何を発見してもらえるのか、その先にどんなワクワクする出会いが待ってるのか楽しみで仕方ない。

—「Rumba(r)」ではルンバ・クラーベのグルーヴが取り入れられています。ナッツとキューバ音楽、カリブ・ミュージックとの繋がりについて教えてください。

スタン:リズムに関してはいろんなところから影響を受けまくってるけど。ただ、ルンバ・クラーベに関しては、さんざんサルサだの何だの聴いてきたところからの影響で、それが緩い感じであの曲の土台のスケッチになってる。基本的に吸収できるものは全部とりあえず吸収しまくって、その中から何かしら生み出していくタイプっていうか。だから、アフリカのリズムの影響がたくさん入ってるし、それはキングのカルチャー的なバックグラウンドから来てるものもあるし。ただ、それを単なる模倣に終わらせずに、自分たちのものにできてるといいけどね。

—「Miz」にはアナトール・マスターが迎えられています。ルイス・コールを始め多彩なゲストが参加した彼のデビュー・アルバム『Wonderful Now』は日本でも評判を呼びましたが、彼からはどんな刺激を受けましたか。

キング:いや、マジで素晴らしかったよ。毎回一緒に演奏させてもらうたびに感動してる。個人的にロンドンに出てきてからメンバー以外で一緒にプレイさせてもらうようになった最初のうちの一人で、ロックダウン中にInstagramを通して繋がって、ようやく実際に会うことができて、彼のバンドで演奏させてもらってるんだよ。うちのバンドとしてもあのアルバムのローンチ・ライブに参加させてもらってね。すごくユニークで自分がやりたいことがビシッと定まってて、それに全方向に向かってるところとか、エレクトロニックな音を独自のアプローチでやってるところとか、コマーシャル的な成功をガン無視してる姿勢も最高。本当に自分の好きな音楽だけに全力投球してる姿が見ていて爽快だし、それこそが本来のミュージシャンのあるべき姿だよなあって思うし、しかも本人が一番それを楽しんでる。マジで心からリスペクトしてるアーティストの一人だよ。

—「Adaeze」は、アフリカン・ミュージックのリズムを取り入れた、フォーキーでスピリチュアルなムードが漂うナンバーになっています。あなたたちの幅広い音楽に対する造詣と、独自の折衷感覚を感じられるナンバーですが、この曲へのアプローチについて教えてください。

キング:そうそう、この曲は自分の姉へのトリビュートで、自分の生い立ちを反映してるんだ。自分はナイジェリア人の家庭で、かつクリスチャン一家に育ってるんでね。その要素を組み合わせたところから作ったアイディアを元に、スタンと一緒に曲としてアレンジし直していったんだ。最初、ゴスペルみたいな曲をイメージしてて、それを輪郭にしつつ、背景にどうしてもバタ・ドラム(*ナイジェリアのヨルバ族の伝統楽器)を取り入れてみたくて。違う種類のトラディショナルというか、違う自分たちの一面を表現したかったんだ。実際、ゴスペル以外にそっち方面からの影響が色濃く出てる曲でもあるし。あと、あの曲のブレイクがまた最高に気に入ってる! もともといわゆるマリンケ族系といわれるマリ、セネガル、コートジボワール地域の音楽が大好きで、あのドラム・ブレイクの感じとか、ドラムが一番の見せ場みたいになってるところとか大好きで、あれを実践したかったんだよね。実際、相当いい線いってるんじゃないかと思う。

—一方、「Black Narcissus」はジョー・ヘンダーソンのカバーになりますが、彼はあなたたちにとってどんな存在のミュージシャンなのでしょうか。

スタン:そうなんだよ、「Black Narcissus」もかなり昔から演奏してきた曲のうちの一つでね。かれこれ3、4年くらい自分たちなりのバージョンを演奏してきたから、今回のアルバムに絶対外せない曲だろうということで。言わずと知れたジャズの名曲だけど。たしか4年ぐらい前に初めて出演するフェスティバルに向かう最中の車の中で、他のアーティストがアレンジしているバージョンをたまたま聴いて、フェスに向かう最中にアレンジを学んで、さっそくその晩に演奏したら見事なくらい素晴らしい出来になり、以来、自分たちの鉄板のレパートリーとして加わってる。

—「Tortuga (For Me Mam)」ではストリングスのアレンジも印象的です。

スタン:「Tortuga (For Me Mam)は母親に捧げた曲で……言うまでもなく自分にとって愛する大切な人だからね。アイデアとしては、対比する動きを使って何か面白いことができないかと思って。要するに、異なる動きをする2つのメロディとそれぞれのラインの単体の動きの両方を使って、何か面白いことができないか?って発想からスタートしてる。実際、ストリングスのアレンジメントの二種もそれぞれ単体でも聴かせられるくらい強いものにしてある。それぞれ独立したラインが同列に主張し合ってて、対比を描きながらも一つの曲として機能するようにしたらすごく面白いんじゃないかと思ったところからできた曲。とりあえず、単刀直入で、めっちゃシンプルな形にしたかった。リズム的にもそこまでバリエーションがなくて、基本繰り返しだし、ピンポイントで伝えたいメッセージをガンガンに伝えていくみたいな感じにしてある。

「Tortuga (For Me Mam) 」は〈BEAMS PLUS〉とロンドン発のスケートブランド〈PALACE SKATEBOARDS〉との初コラボレーション・ラインの広告に使用され、CMではナッツが生演奏で楽曲を披露

—先ほど聞いた「Adaeze」もお姉さんに捧げる曲でしたが、歌詞こそなくても、どの曲にも強いメッセージ性が込められているのでしょうか。

スタン:いや、そこはほんとそうで、どの曲にも意味があるし、何かしらのストーリーであり、ある種の感情を伝えてる……それなくして曲を書くとか想像つかないかも……たとえ歌詞こそないとしても、何かしらアイディアなり思いがあって、そこに全力で奉仕するつもりで曲を書いてるんで。そういう自分たちを捧げる対象があるほうが実際にプレイしてても気持ちが入るに決まってるし、しかも受け手もそのメッセージを知ってる前提が加わると、尚更エモーショナル的なスペシャル度が増す。うちのバンドのライブでのパフォーマンスが評判いいのもそこだと思う。自分たちのプレイしてる一曲一曲に気持ちを込めてるし、そこに全力を捧げてるっていうのが目に見えて伝わるはずだから。そこに何で全力を注げられるかっていったら、その曲がそもそも伝えてるものが自分たちにとって大事なものだからってとこに行き着くと思うしね。

—他の収録曲についても、テーマやストーリーについて教えてもらえますか。

スタン:「One For Josh」は何年も演奏してきた曲で、ニューカッスル時代に一緒に活動してた最初のキーボード・プレイヤーのジョシュに捧げる曲で、めっちゃ良い思い出がたくさんあって。ジョシュともオンラインで繋がったんだよね。あの曲のリフを考案したのがジョシュで、だからジョシュの名を冠して祝福しようという。

キング:「In The Pitt」は、ニューカッスル時代に自分とスタンがバンド活動の傍らで働いてたレストランの名前から取っていて。店自体も超いい感じなんだけど、オーナーが大のジャズ好きで、ライブでシフトを抜けなくちゃいけないときにも「すみません、ライブの予定が」ってことでも快くOKしてくれて。すべてのバイト先がそうじゃないから本当に有難かった。マジで感謝してる。

スタン:今のもほっこりする曲のエピソード例。ちなみにレストランの名前はTHE EARL OF PITT STREETだよ。「In The Pitt」ってタイトル通り、もろピット生まれの曲っていう。「Se7en」はうちの親父に捧げた曲だ。父がドラムンベースのDJで、DJ Se7en名義で活動してたんだよね。

レジェンドとの共演、Gearboxへの感謝、今後のビジョン

—そういえば、昨年はジョーディーの他に、エディ・チャコンのUKツアーでもバック・バンドを務めていましたね

キング:いや、最高だったよ。ツアー中にいろんな深い話を聞かせてもらって、めちゃくちゃ感銘を受けた。一緒に演奏させてもらうのも楽しみなら、一緒にお茶しながら話すのもすごく楽しみで、ロサンゼルスの幼少期の苦労話や、何が何でも成功を掴むために血の滲むような努力して、決して「ノー」とは言わなかったっていうエピソードなんかにしても。音楽的にもものすごくたくさんのことを学んだ。繊細さを大事にしている人で、ある意味、自分たちとはまるで正反対なんだけど。あえて抑え気味に、静かな演奏のまま最後まで一曲やりきるところとかすごく勉強になったし。むやみに即興だの何だの余計なことをやり出す代わりに、曲全体を通して一貫した音作りに全身で集中する姿勢がマジで勉強になった。実際、そのツアー終わりの時期に地元のニューカッスルでのナッツとしてのギグをやったら、過去一で最高のギグになって。それは間違いなくエディのツアーから学んだことが活かされてたからで。その前にジョーディーと共演してたことあり、脂がのりまくってた時期で、自分たちが吸収してきたものをフル活用で再現できた感じ。マジで爽快な気分だった。あのエネルギーとかダイナミズムとかすべてがビシッと定まってて、そのときの動画がYouTubeにのってるよ。

—STR4TAのサポートを務めたことはどんな経験になりましたか。

スタン:いや、あれもほんとに素晴らしかった。インコグニートのブルーイとやったセッションが相当いい感じで、ステージを降りるときブルーイが頭と頭を合わせるような姿勢で顔を寄せてきて、「君たちこそ未来だ」って言ってくれたんだから、そんなの感激しないわけがない! それから自分たちの音楽についてや音楽の未来について熱く語ってくれて、本当に特別な瞬間だったよ。何しろイギリスのジャズ/ファンク界におけるレジェンドみたいな人だからね。The Jazz Cafeで演奏させてもらうのも初めてのことだったし、もう本当にロンドンの一流の会場でね。

—今はロンドン在住ですし、ロンドンのジャズ・シーンにも徐々に関わってる感じですか。

スタン:いや、それはない。というか、自分たちの意識として……まあ、たしかに今ロンドンに出てきて主要な人たちとも繋がってるものの、ロンドンのジャズ・シーンにどっぷりっていうよりは、ある程度距離を置いていたいっていう意識もあって。あくまでもイギリスの北東部であり、イギリス全体のジャズ・シーンを代弁していきたい。ロンドンの出ではない、地方出身の人間が自らの出身地を代表して発信していくことが大事だって自覚してるから。イギリスのジャズ・シーン=ロンドンみたいな括りを打破していきたい。だって、そうじゃないから。ロンドン以外の地方都市にも面白い音楽をやって発信してる人たちはたくさんいるし。グラスゴーの音楽集団のコルト・アルトなんてまさにそうだし。

コルト・アルトのライブ映像

—むしろ、地域やシーンの枠を超えたところで、共感したり刺激を受けたりするアーティストがいる?

スタン:そうだね。まさに今言ったコルト・アルトなんか、すごく通じる姿勢を感じるし……とはいえ、自分たちとは全然違うスタイルの音楽をやってると思うけど。ただ、インスパイアされるかどうかで言えば、めちゃくちゃ刺激を受けてるよ。

キング:それで言うなら、今どきのバンドよりも今はなき昔のバンドのほうが共感する部分を感じるかなあ、それこそウェザー・リポートとか。ビリー・コブハムの関わってるグループとか、アルバムで言うと『Spectrum』なんてまさに。

ファーグ:それぞれ色んなところから影響を受けつつ、それを自分なりのアイディアにしてバンドに持ち寄ってる、みたいな。だから、外からの影響について具体的に何って限定するのは難しい。むしろ、自分たちの音がどういうものなのか?ってとこに興味があって、それをひたすら追求してるような気がする。

—最後に、今回のデビューにあたって〈Gearbox Records〉と契約を決めた経緯について教えてください。あなたたちから見てレーベルの魅力はどんなところにありますか。

スタン:いや、マジで最高だよ。すごくこぢんまりとしたレーベルだからスタッフがみんな仲良いし、みんな一丸となって本当のチームのように感じてる。そこが最大の魅力の一つじゃないかな。スタッフとも普段から密にコミュニケーションを取り合ってるし、すごく大切に尊重してもらってることを実感してる。いつもこちら側の意見や要望を聞いてくれるし、PRにも力を入れてもらってるし、何もかもが素晴らしい。デビュー作ということもあり本当にここに込めてたし、その想いを大切に受け止めてくれて、ミキシングにヒュー・パジャム(フィル・コリンズ、XTC、ピーター・ガブリエル)をつけてくれて、さらにスタジオ13でレコ―ディングさせてもらえるなんて、どれだけ大切にしてもらってるんだろうって感謝しかない。

キング:本当に。ニューカッスルみたいな小さな地方都市の小さなバンドに目をとめてチャンスを与えてくれるなんてさ。スタンが今言ってたように本当に大切に扱ってくれて、本来ならそこまでしてくれる必要ないのにっていうくらい、こちらが望んでる以上のものを与えてもらってる。ダレル(・シャインマン)率いるチーム全体が最高に素晴らしいし、ダレル自身が音楽作りに関わってるところもすごくいい。その上で自分たちの意志を尊重して自由にさせてくれる。あるいは単純に上から見守ってくれて「今のテイク、最高によかったよ!」って太鼓判押してくれる存在がいることが力になることもある。自分達だけでやってると近視眼的になりすぎて時々何が正解なのかわからなくなることがあるから、そこに第三者の視点が入るだけでもすごく助かる。

—〈Gearbox Records〉のアーティストで好きなアーティストや作品はありますか。

スタン:一応、一通り作品名をチェックした程度なんだけど、主に昔の作品を中心に……特にブッチャー・ブラウンはGearboxと契約する以前から大ファンだったから、彼らも過去に出してるってことを聞いてめっちゃ興奮した。

—ありがとうございます。今後の予定や、長期的・短期的な目標など何かありますか。

スタン:今のところ一番の大きな目標は素晴らしいヘッドライン・ツアーを敢行すること。4月末にイギリス全土でヘッドライン・ツアーを行って、その後、後半にはヨーロッパをまわって、できればその足で日本にまで到達できることを願ってるよ! もう本当に心から願ってる! あと、次にビッグな目標は2ndアルバムのレコーディング。曲自体はほぼ出来上がってて、後は実際に形にするのみって状態なので、最高のアルバムに仕上げて今の勢いを継続させていきたい。自分にとってはそれが今のところ2大目標になるよ。

キング:あとはイギリス国外に進出を果たすことも重要。全く異なる土地の知らないお客さんの前でパフォーマンスしてみたい。自分達の曲をイギリス国外にも連れ出してあげたい。

ファーグ:この流れを継続させていきたい。とりあえず、今のタイミングでアルバムが出るから、スタンが言ったようにこのまま勢いに乗ってすぐにでも2ndに直行したい。それと世界に出ていくのも夢の一つだから、海外でのライブもめっちゃ楽しみ。

—ちなみに次回作はどんな感じになりそうですか。

スタン:一応、自分一人で曲を書く段階までは一通り終わってて、今から全員でアレンジを加えて肉付けしていこうかと。楽譜をおこしつつ、録音をしつつ、みんなでセッションして音をまわしつつ、ライブでも演奏して、またアレンジをしてっていう感じで、全員の意見を反映させながら少しずつ形になりつつはあって、今の時点で相当の手応えを感じているしワクワクでしかしない。

ジョーディー・グリープも認めたUKジャズ新鋭、Knatsが語る地元ニューカッスルの誇り

ナッツ
『Knats』
日本盤CD:発売中
デジタル配信:2025年3月28日リリース
配信予約:https://bfan.link/knats
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