「tiny desk concerts JAPAN」とは、アメリカの公共放送NPR(National Public Radio)が2008年にインターネットでスタートさせた音楽コンテンツ『tiny desk concerts』の日本版。2024年9月からNHK総合でレギュラー放送され、12月9日(月)に放送された矢野顕子と三味線奏者の上妻宏光によるコラボユニット「やのとあがつま」のライブでシーズン1は終了となっていた。
今回、シーズン2として放送が再開されるにあたり初登場するのが、シンガーソングライターのASKAだ。そのライブ収録の模様をレポートすると共に、ライブ終了後に実施されたASKAへの囲み取材の模様をお届けする。
※以下、ネタバレあり

◎収録レポート
たくさんのデスクが並ぶNHKのオフィスの一角に楽器が置かれ、その周囲を社内から集まった約200人のスタッフたちがオーディエンスとして取り囲んだ。番組プロデューサーが「この部屋のバイブスがまるとそのまま映りますから、みなさんも出演者です!」と番組の趣旨を説明して煽った後、大きな拍手に迎えられてASKAとバンドのメンバーが登場した。ASKAは黒いTシャツにブルーの上着を羽織って、中央の椅子に腰かける。バンドはドラム、ベース、ギター×2、キーボード、バイオリン、サックス、コーラス×2の9人編成で、わずかなスペースにASKAを中央にしてスタンバイした。
オープニング曲に選ばれたのは、「はじまりはいつも雨」だった。静かな鍵盤の演奏からASKAが歌い出し、ドラムやベースのビート、ガットギターの弦が鳴り、コーラスが声を重ねる。バイオリンの音色が柔らかな歌のメロディを運ぶように奏でられ、目を閉じて噛みしめるように歌うASKAの生の歌声がオフィスの中に広がって行く。ASKAのマイクを使わない生の歌声が聴ける貴重なライブを前に、オーディエンスはうっとりと聴き入った。

「予定になかったんだけど、この曲はやっぱりやらせていただきたいなということで、1コーラスだけやらせてください」とのひと言から、〈余計な物など無いよね〉と歌い出すASKAに少しのどよめきが。90年代のJ-POPを代表する大ヒット曲「SAY YES」だ。軽やかに高揚していくサビのメロディとコーラスワークは、まさに時代を越えた名曲。それを歌うASKAの姿が目の前にあることが不思議にすら思えた。
続いてアコースティックギターを手にすると、「ちょっとバージョン違いなんですけど」と、カウントからバンドが一斉に音を出し、軽快なエレキピアノの音がリードする。いったい何の曲だろうと思ったのも束の間、ASKAが歌い出した歌詞とメロディは「僕はこの瞳で嘘をつく」。強烈なビートで突っ走るオリジナルのアレンジとは違った、ジャジーで洒落たアンサンブルによるバージョンが新鮮に響いた。サックスのソロや躍動するウォーキングベースがよりアダルトに曲を彩り、卓越したバンドの演奏に乗って歌うASKAも気持ちよさそうだ。
MCでASKAはオフィスの周囲を見渡しながら「昨日リハーサルをやるまで違う曲が入っていたんですけど、こういう画を想像したらその曲じゃないなと思って、急遽入れ替えをした曲です」とセットリストについて触れ、バンドのメンバーたちに「せーの、ドン!で」と伝えると、「太陽と埃の中で」が始まった。コーラス2人が両手を掲げて煽ると、オフィス中がクラップでいっぱいに。サビの〈追い駆けて 追い駆けても つかめない ものばかりさ〉では、コブシを突き上げてASKAと共に歌うオーディエンス。

「今日はどうもありがとう! 僕もここに来るまで、まったく想像がつかなかった。TVを観ている方はどういう状況か想像がつかないと思うんですけど、NHKの社屋内で職員の方々が観ていらっしゃって、(ライブをしている)このスペースってたぶん四畳半ぐらい。こんなことをさせられたの初めてです(笑)」とのMCに笑いが起こる。「こういう音楽のあり方もあるんだなと思いました。せっかくだからアドリブでやってみようか? 今から曲を作ってみよう」との言葉に、「おおっ!」と驚きの声が広がる。ピアノの旋律に乗せて、即興でスキャットするASKA。「サビいこう!」とプレイヤーに声をかけると、徐々に声を張り展開させていく。その見事な即興の歌声、流れるようなメロディラインに大喝采となった。
「僕はデビューして46年なんですけど、自分の音楽遍歴においていろんな刺激があって、今もなおそれを求めているんです。でも、曲を書き出して10年目ぐらいのときに、自分の音楽の原型に出会った頃の作品はとても大切にしています。
そんなコメントから最後に披露された曲は、「PRIDE」。身振り手振りを交えながら歌うASKAに、誰もがじっと静かに聴き入っていた。感動的な1曲を渾身の歌唱で終えるとASKAは、「ありがとうございました!」と手を振りながら、拍手喝采の中で『tiny desk concerts JAPAN』初出演を終えた。
ASKA:tiny desk concerts出演を振り返って
―素晴らしいライブでした。
ASKA:ありがとうございます。何が起こるのか事前に話を聞いていたはずなんだけど、昨日リハーサルをして、「ちょっと違うぞ」と。今日本番でここに来て、「さらに違うぞ」ってなって。まあ、長年やってるとあの対応もできるもので、楽しめましたね。
―デビューして46年ですが、こういう生声でライブをやることはありましたか?
ASKA:初めてです。一応マイクが立っているから、きっとテレビを観ている方にはその声が届いてると思うんですけど、ここにいる僕らには一切音の返りがないので、どのような状態で歌っているかが分からないんですよね。アマチュアだった大学生のときに、掘っ立て小屋で練習してたときの感覚を思い出させてくれました。
―そんな原点みたいな場所で今回やっていただいた5曲は、ベストヒットのセットリストでした。どういう感じで選曲したんですか?
ASKA:(番組側から)リクエストがあったので、選んだというよりも選んでいただいた感じですね(笑)。ある時期は、90年代に自分が書いて世の中にたくさん出ていった曲を中心に歌うのはすごく抵抗があって、新曲、新曲でやっていたんです。でも最近、抵抗なく自分の作ってきた作品を「これが90年代なんです」って歌えるようになりましたね。 もう抵抗はないし、さらにそこに喜んでもらえるっていうことが乗っかっているんで、楽しんでますね。

―なかでも、「僕はこの瞳で嘘をつく」は、今まであまり聴いたことがないバージョンでした。
ASKA:あの楽曲ってちゃんとやるんなら、やっぱりモニターに片足を上げて、こうやって(身を乗り出して)歌わなきゃいけない曲なんで(笑)。それができないので、なんとなくジャジーなテイストでやりました。ああいう跳ねものってジャジーにできるんですよ。マイナー調だともっとらしく聴こえるから、時々ああいうのはやっていきたいですね。
―途中で即興で歌を披露されましたが、ASKAさんのミュージシャンとしての真髄を見た気がしました。
ASKA:やっぱり即興だから、1曲作ってるように見えてちゃんと聴くと細部は駄目なんですよ。だけどライブのリアル体験っていうことで、そこはやる側も聴いてくれる方たち側も、一種独特の世界ができているので、そこに飲み込もうと思うし、飲み込んでもらえるんですね。だから曲としては使えるメロディはあっても完成はされていないです。でも、ああいうことをやるとすごく喜んでくれるから、時々やってます。今日のアドリブはなかなか良かったですね(笑)。
―キャリアや年齢を重ねられた今の音楽活動への思いを訊かせてください。
ASKA:最近とくに思うのは、なぜかこの年齢で声が復活してきているんです。それはきっとあの今日聴いていただいた方も、リスナーもそうですし、そうおっしゃってくれているので、なんか不思議な現象が起こってるんですけどね。これは僕にもう1ついただいたチャンスだと思ってるので、このチャンスがいつまで使えるか分からないんですけど、使える間にたくさんシャウトするような昔の楽曲はちゃんと歌っておきたいなと思っています。
―だからこそ、90年代の曲を歌うことに抵抗がなくなってきたということですね。
ASKA:そうなんです。
―こういうライブは初めてだったとおっしゃっていましたが、このサイズ感での難しさとやってみた上での楽しさを教えてください。
ASKA:むずかしさはなかったですね。たくさんの観客に囲んでいただいて、僕はそこに向かって歌おうとするんですけど、やっぱりスピーカーがないから聴き取りづらいと思うんです。でも、歌詞や歌が聴き取りづらいだろうなと思って、力んでしまうと負けだなと思ったんです。届けようとして力むと、がなるだけになるので。「ああ、もしかしたら声を出してるだけで歌になってないかもしれないな」って、そこはやりながら途中でハッとしました。なので、これは申し訳ないけど歌の範囲内でとどめさせてくれっていうふうな歌い方はしました。
―すごく近い距離で聴いている人たちの顔を見て、なにか感じるものはありましたか。
ASKA:僕は何が苦手だって、聴いている人が近いところは苦手なんですよ。一番苦手なのは結婚式で歌うこと。本当に苦手で(笑)。でも今日みたいにこういうふうに囲んでいただくと、そんな感じじゃなくなりましたね。

―今回90年代の曲を歌って、曲の成長や変化についてはどう感じていらっしゃいますか。
ASKA:ラジオとかで当時の自分の曲が流れるのを聴くと、自分の歌い方や譜割りが違うわけですよ。「あ、当時の音源ってこういう風に歌ってたんだ」っていうね。それを元に戻すときもあるし、元に戻さずに「今は今の歌を歌おう」っていうところもあるし、そこはケースバイケースですね。「今、僕が歌えばどうなるか」っていうことを大切にしようと思っています。
―「太陽と埃の中で」を久しぶりに生で聴いたんですが、すごくスケール感が大きくなっているように感じました。それはご自身でも感じていらっしゃるのでしょうか。
ASKA:きっと、CHAGE and ASKAの「太陽と埃の中で」をお聴きになったと思うのですが、あれはどっちかっていうと揺れる感じなんですよね。今回は思いっきり前に進むようなアレンジにしました。これはソロのASKAの「太陽と埃の中で」としてリリースしていて、それがもう随分いろんなところで使われてるみたいですね。うれしいことです。
―先ほど、大学時代に掘っ立て小屋での練習を思い出したというふうにお話しされてたんですけれども、詳しく教えていただけますか。
ASKA:CHAGE and ASKAの「THE TIME」という曲で、〈入るとはみ出る 小部屋の中で〉って歌ってるんです。それがその景色なんですよ。マイクはありましたけど、ないときもあって。あのときは上手くなりたいとか練習したいとかじゃなくて、その場所で自分が歌っていることの喜びがありましたからね。後にそれがテクニックになっているのかどうか、そんなことは全然考えてないわけですよ。歌う気持ち良さっていうのがあった掘っ立て小屋だったんです。それはさっき歌いながら「ああ、そうだった」って思い出しました。
―最後の曲は「PRIDE」でした。長年コンサートでも大事なシーンで歌われてきた曲だと思いますが、今どんなお気持ちで歌っていらっしゃいますか。
ASKA:楽曲で何かを伝えようということはないんです。楽曲はもう存在しているので、それをどう上手く再現するか、気持ちよく歌えるか、それを聴いた方がしっかり「PRIDE」という楽曲を認知してくれたり再確認してくれるか。そこだけの話ですね。これで今伝えようということは何もないです。
―今年に入って、マレーシアや台湾でも公演をされていますね。ASKAさんの曲って、本当に昔からアジアの方にも親しみがあると思うんですけど、今は海外に向かって歌うことをどんな風に思っていらっしゃいますか?
ASKA:当時からそうなんですけど、僕らが最初にアジアで大掛かりなツアーをやるんだって言ったときに、日本のメディアの方ってすぐに「海外進出」ってタイトルをつけるんですけど、全然奇を衒ったものじゃないんだよと。今は日本から飛んで活躍されている日本人の方は世界中にいらっしゃいますよね。そういう日本人の方たちに向かって、今までは来てもらっていたんですけど、今は海外に僕が行って「日本人のみなさん、こんにちは」っていう境地に入ってますね。だからアジアツアーだとか、アメリカツアーも画策してるんですけど、日本人の方が見に来てくれればいいなと思っています。
―世界での活動っていうのは、昔からそういう意気込みでやられてたのでしょうか? あるいは年齢を重ねられて変わってきたのでしょうか。
ASKA:ライブに向けてプロモーションしながら乗り込んだことはありましたけど、楽曲としては、知らないうちにいろんなミュージシャンがアジア中で僕の曲を歌ってくれていたんです。だから順序が逆で、迎えてくれる状況になったので、そこから届かない人たちに向けてプロモーションしていきました。
―『tiny desk concerts JAPAN』は国際放送で世界中に放送されるので、ぜひ世界の方と、日本でこれを見てくださるみなさんにメッセージをお願いします。
ASKA:今回、こういう機会をいただきました。 本当に珍しいスタイルで、自分が歌ってる声はここでしか聴こえなくて、メンバーなんかもノッてくると音がでかくなったり、慌てると小さくしてなんていう、こういうことってなかなかやれることはないんですよ。すごく思い出させてくれました。また機会がありましたら、ぜひ呼んでください。ありがとうございました。

「tiny desk concerts JAPAN ASKA」
〈セットリスト〉
1. はじまりはいつも雨
2. SAY YES
3. 僕はこの瞳で嘘をつく
4. 太陽と埃の中で
5. PRIDE
<放送予定>
2025年4月28日(月)NHK総合0:25-0:54(※日曜深夜)
※NHKプラスでの同時・見逃し配信あり
tiny desk concerts JAPAN
https://www.nhk.jp/p/ts/KXVP6WG6VM/