2025年の第67回グラミー賞では、ジェイコブ・コリアー(Jacob Collier)の『Djesse Vol.4』が最優秀アルバム賞にノミネートされた。最終的に受賞したのはビヨンセだったが、これまでに15回ノミネートされ、7度の受賞歴を持つジェイコブの作品が、いわゆるポップ・アーティストとは一線を画す音楽性でありながら、主要部門に名を連ねるようになったのは注目すべきことだ。


『Djesse Vol.4』は、ジェイコブが2018年に始動した『Djesse(ジェシー)』シリーズの第4作であり、全4部作が揃って初めて完結する壮大なプロジェクトの最終章となる。当初、彼はこのラストピースについて相当悩んでいるように見えた。シングルのやライブ盤のリリースを挟みながら、方向性を模索している印象もあった。しかし最終的には、現代ゴスペルの重鎮カーク・フランクリン、コールドプレイのクリス・マーティン、スティーヴ・ヴァイ、レミ・ウルフ、ブランディ・カーライル、さらにはK-POPグループのaespaと多彩なゲストを迎え、世界各地のワールドツアー会場で録音した観客の合唱も収録することで、過去最高に力強いアルバムを完成させた。

そんな『Vol.4』の発表以降、ジェイコブは世界的にもほとんどメディアの取材を受けていない。ヘッドライナーとして5月25日に登場するGREENROOM FESTIVALと、翌26日に開催される大阪・Zepp Namba公演を控えたこのタイミングで、一大プロジェクトを総括する貴重なインタビューが実現した。

さらに、ジェイコブはGoogleと共同で「MusicFX DJ」というサービスの開発にも携わっている。これは、ChatGPTのようにテキストでプロンプト(指示)を入力すると、それに応じた音楽をAIが自動生成してくれるというものだ。ジェイコブはこれまでもエンジニアと共にハーモナイザーを開発するなど、テクノロジーとの親和性が高いアーティストだが、ついにAIの世界にも足を踏み入れたのである。今回のインタビューでは、彼のAIに対する見解をじっくりと掘り下げた。実に彼らしいメッセージを、ぜひ受け取ってほしい。

人の声、人間らしさ、人と人とのつながり

―『Djesse』シリーズのVol.1から3までは、それぞれ明確なコンセプトやサウンドが打ち出されていましたが、Vol.4だけは長らく方向性が定まらず、2022年に先行シングル「Never Gonna Be Alone」がリリースされた直後の取材でも、あなたは「まだ何も決まっていない」と語っていました。
『Vol.4』に本格的に取り組み始めたとき、どのようなコンセプトを思い描いていたのでしょうか?

ジェイコブ:本格的にアルバムに取りかかり始めたのは、おそらく2~3年前、2022年にツアーへ出る直前くらいだったと思う。ロックダウンの影響で『Vol.3』のツアーが大幅に遅れてスタートしたんだけど、そのとき僕は大事なことに気づいた。それは、自分のアーティストとしての原点が”人の声”にあったということ。ちょうど観客に歌ってもらうことを始めた頃で、「あ、これ──つまり”人の声”──がアルバムの核になるかもしれない」と感じたんだ。ただ、それは観客だけに限らず、世界中のコラボレーターたちの声でもあった。実際にこのアルバムには、世界各地から100人以上のコラボレーターが参加してくれているし、観客の声も10万人以上が収録されている。使われている言語は23カ国語にのぼっていて、本当にグローバルな”人間讃歌”、愛と音楽と命の祝祭のような作品になった。アルバムの意味をようやく見つけたときは本当に嬉しかったし、心からホッとしたよ。

―『Djesse』シリーズを始めた当初、「4作目は”内なる炎”だから赤になる」と話していましたよね。その”内なる炎”というイメージは最終的にどうなったのでしょうか?

ジェイコブ:残ってると思うよ。アルバムジャケットに写っているのは、実在する立体のガラス彫刻で、友人のダスティン・イェリンが手がけてくれた作品なんだ。何層にも重なるように、人や楽器、さまざまなテーマ、僕の子ども時代の記憶の断片が詰め込まれている。
そして、その”頭部”の中心には”炎”がある。ガラスの表面にも直接描かれているけど、僕にとって”炎”というモチーフは、もはや”真っ赤に燃える火”という文字通りの意味ではない。むしろそれは、「人間らしさとは何か」「僕たちを生かしているものは何か」といった本質的な問いを象徴するものになったんだ。

ある意味、それは”人の声”という概念ともつながっていると思う。人の声って、その人の中でもっともその人らしい部分──輝いていて、燃えていて、何かを伝えようとするエネルギーのようなものじゃないかな。だから、概念としての炎が大切なんだ。

今は特に、世界中の人が、自分の中にあるそうした部分──人間らしさや、生きている実感──とつながることが大事な時代だと思う。そして歌を通じて、僕たちはその本質的な部分を、他者の中にある同じような部分と結びつけることができる。それって本当に美しいことだと思うよ。

ダスティン・イェリンが手がけたガラス彫刻の解説動画

―彫刻の中には、子どもの頃から弾いていた楽器が描かれていたり、クインシー・ジョーンズやハービー・ハンコックの姿があったり……まさにあなたの人生が詰まっていますよね。それらとアルバムの内容は繋がっていると言えそうですか?

ジェイコブ:うん。あのアートワークは、ある種のスクラップブックなんだ。
人や楽器に……今、僕はロンドンの自宅から話しているけど、ここにある楽器の多くも彫刻の中に入っている。つまり、これまで僕が愛してきたすべてのものへのオマージュなんだ。アルバムも、それを音楽というかたちで表している。たくさんの人、楽器、ジャンル……僕がひとりの人間として敬意を払いたい世界中の人々。”人の声”をアルバムの中心に据えたのは、そうしたすべての存在に「ありがとう」と伝えたかったから。だからこそ、これまで交わることのなかった要素やサウンド、文化やアイディアを組み合わせた楽曲がたくさん収められている。

クリス・マーティンとaespaが一緒に歌っている曲(「Over You」)は、本当にワクワクした。アヌーシュカ・シャンカールとヴァリジャシュリー・ヴェヌゴパールという素晴らしいインド出身のミュージシャンと、ドラムマシンやシンセサイザーを組み合わせた曲もある(「A Rock Somewhere」)。そうやって、異なる大好きな要素を組み合わせるのが僕は大好きなんだ。それが僕の創造力の源になっているし、僕なりの「ありがとう」の伝え方でもあるんだよ。

ジェイコブ・コリアーが語るAIと人間の可能性、未来の音楽を作り出す型破りな想像力


―あなたならスタジオに大勢の人を集めて録音することもできたはずです。でも、あえてツアー中に録ったオーディエンス・クワイアの音を使った。
それって作業も増えるし、けっこう面倒そうですよね。

ジェイコブ:ははは(笑)、確かにそうだね。僕はボビー・マクファーリンやフレディ・マーキュリーを見て育った。彼らは観客と一緒に歌うのが大好きで、常に新しくて面白い方法で観客を巻き込むのを楽しんでいた。実際、観客が加わることで、音楽を超えた”人と人とのつながり”が生まれる。特に観客だけで歌う時間って、本当に特別な体験だと思う。それぞれがパートに分かれて歌うと、会場を出る頃には、みんなが友達になったような気持ちになって、心が開き、少しだけ他人に優しくなっていて、人間らしさを取り戻している。僕自身も、そんな優しさやぬくもりを感じるコンサートをたくさん経験してきたし、自分のライブでも、同じような気持ちを味わってもらえたらと思ってる。でも、「観客に歌わせよう!」って最初から計画していたわけじゃなくて、自然な流れで始まったことだったんだ。

子どもの頃、母がロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージックでオーケストラを指揮するのを見に行っていた。母が身体を動かして腕を振ると、それに呼応するように音楽家たちが生き生きと演奏し始めるのが分かったんだ。そう思うと、僕が数年前にこの”観客と一緒に歌う”ことを始めたのは、ごく自然なことだったのかもしれない。
ツアーではずっと観客に歌ってもらってきたけど、「三つの音を歌って、それを上下に動かす」っていう試みを初めてやったのは2019年。そして2022年には、「これって哲学的・人間的にどういう意味を持つんだろう?」と考えるようになった。その問いが『Vol.4』に大きな影響を与えたんだ。あの感覚自体をアルバムに込めたくて、ほとんどの楽曲に”声”の要素を取り入れているんだ。

オーディエンス・クワイア、2023年のグラストンベリー・フェスにて

「普通なら一緒にならない」要素の融合

―『Vol.4』では冒頭の「100,000 Voices」や「She Put Sunshine」から、すごくポップでキャッチーな曲が続きますよね。これまでとは異なる作曲アプローチを取ったのでは?

ジェイコブ:ある意味ではそうだし、ある意味では違うかな。というのも、最近はリスナーとして、まるで砂糖が入ってるみたいに楽しいポップソングに惹かれているんだ。ファンの一人として、そういう音楽の”味”を取り入れてみたくなった。アーティストって結局、自分が好きなものを作るだけで、それ以上の狙いはないんだよ。僕の好みは進化しているかもしれないけど、曲を書くプロセス自体はあまり変わってない。相変わらず僕は、奇妙なものをぶつけたり、組み合わせたり、変なことをするのが大好きだからね。今回のアルバムにも、完全にストレートなポップソングはたぶん1曲もないと思う。
たいていどこかに、”ジェイコブ風”のひねりが入ってるんだ。

あと、ライブ会場が曲作りに与えた影響もあると思う。ここ数年で、僕が出演する会場は大きく変わった。初めて東京で演奏したのは2016年のブルーノート東京だったけど、最近ではロンドンのO2アリーナで15,000人の観客を前にしたばかりで、曲の伝わり方もまったく違う。だから今回は、そういう(大規模な)会場に合った音楽を作る楽しさもあったと思う。

O2アリーナで9,000人の子どもたちと共演

―あなたが考える「理想のポップソング」ってどういうものですか?

ジェイコブ:僕はもともと、特定のジャンルというものをあまり信じていない。最近おもしろいなと思うのは、ちょっと変わった音楽を作るミュージシャンが「ポップ」として受け入れられるケースが増えていること。たとえばドーチー(Doechii)の最新アルバムには、フックもコーラスもない。ただ、すごくクールなビートの上に変わったラップが乗っているだけ。でも、それが大ヒットしているわけだ。僕は昔から型破りな音楽を作ってきたけど、今は大きな会場で演奏できている。しかも、自分のやり方のままで。僕が好きなポップミュージックは、その人がそのままの自分でいられる音楽。自分を貫きながら多くの人に届いているアーティストを見るとワクワクするよ。

―『Vol.4』では「ジェイコブ風のひねり」よりも、わかりやすい部分が前に出るようなアレンジをしてるのではないかと思ったんですよ。

ジェイコブ:そうかもしれない。でも、「もっと多くの人に理解してほしい」と意識したというより、「これが伝わったときの感覚が好きだな」と思ったんだ。例えば「She Puts Sunshine」と「Little Blue」。あの二つは、聴いた人が「この構成はわかる」「どこか共感できる」と感じられるような作りになっている。一方の「Box of Stars」は構成的にも型破りで、そこにラップ、オーケストラ、世界の6種類の伝統的なドラム、ゴスペルクワイア、母の指揮、スティーヴ・ヴァイのギターまで入っている。普通なら一緒にならないような要素が重なっているのが僕は好きで、今回のアルバムでは、そうしたミクスチャー感を楽しんでいるんだ。構造として親しみやすい曲と、型破りで一見とっつきにくい曲が共存することで、お互いが引き立ち、対比が際立つ。そうすることで音楽に多層的な深みや意味が生まれるんだ。

―先ほども触れていた「Over You (feat. aespa & Chris Martin)」のように、スタジアムや大型フェスでも映えそうな曲が増えたように感じました。観客が「一緒に歌う」ことをイメージして作ったのかなと思ったのですが。

ジェイコブ:ああ。あの曲が生まれたきっかけは、「Little Blue」の初期デモをクリスに聴かせたことだった。そのデモはちょっと変わっていて、〈If I could, I'd go with you / To a place I never knew〉の後に〈I don't think I'll ever get over you〉と続いていて……僕はそれをコーラスだと思っていた。でも、クリスはそれを聴いて「ジェイコブ、ここの後半を曲にすべきだ。ここがみんなが一緒に歌いたくなるフックだよ」と言ってくれた。僕にとっては、3分の曲の最後に何気なく入れた一節にすぎなかったけど、彼はそこにフックとしての価値を見出してくれた。そういうことを見抜くのが、彼は本当に上手いんだ。僕は普段、フックなんて意識しない。でも彼のアドバイスを受け入れて、その一部が「みんなで歌えるパートになるかも」というアイデアに乗った。だって、大勢で一緒に歌うことほど楽しいことってないからね。

そしてヴァースにラップを書いた。〈This is my light, I'm gonna let it./ I could be yours, I know you could be〉。そこにはK-POP的な、テクニカルでエネルギッシュな流れがほしいと思って、以前から好きだったaespaに声をかけてみようと考えた。彼女たちのアプローチは反抗的で、楽しくて、型破り。スパイシーなコード進行やメロディが使われていて、実際に「Spicy」っていうタイトルの曲もあるくらいだからね。連絡を取ったら参加したいと言ってくれて、一緒にヴァースを書き、グループの3人が歌ってくれた。「自分らしく輝く」というテーマもいいよね。K-POPはダンスと歌を見事に融合させながら、実験的な要素も取り入れている、とても魅力的な音楽空間だと思う。僕としては、この二つの世界を組み合わせられたことが本当に楽しかったよ。

ジェイコブ・コリアーが語るAIと人間の可能性、未来の音楽を作り出す型破りな想像力


「ひとり」のライブから「みんなで味わう喜び」へ

―エレキギターについてはどうですか? 以前のライブでも効果的に使われていましたよね。僕は特に、「WELLLL」でのノイジーなギターが印象に残っています。

ジェイコブ:喜びとカタルシスに溢れていて、感情を揺さぶる音楽が昔から大好きだった。最初にそれを感じたのがロックで、初めてクイーンを聴いたとき、「なんてスケールの大きな音楽なんだ!」と圧倒されたのを覚えている。ギターには、ピアノにもドラムにも歌にも出せない、空間を埋め尽くすような圧倒的な力がある。『Vol.4』ではギターでロックの要素を取り入れようと思ったんだ。

最近よく弾いているのはこの5弦ギターで(演奏してみせる)……これはTaylor社と共同開発した5弦アコースティック。Strandberg社と作った5弦エレクトリックもあるよ。僕はオープンチューニングの響きが好きで、素朴だけど力強い音にワクワクさせられる。

「WELLLL」はライブで演奏するのが大好きな曲だ。観客みんなが思わずヘッドバンギングしたくなるような曲で、あの瞬間だけは僕もロックスターになれるんだ。人生もそうだけど、何事もコントラストだよね。「WELLLL」のような曲と、「Little Blue」のような曲──感情の解放のかたちは違っても、どちらも大切だと思う。優しさや思いやりを持つためには、楽しくて大きくて、時には怒りに近い感情を解放することも必要なんだ。そういったすべてが人生であり、人間にはそれを発散する捌け口が必要。それをどう音楽に詰め込むか、という挑戦を、僕は楽しんでいる。

Taylor社の5弦アコースティックギターを演奏

―前回の来日公演の時点で、あなたのライブセットも、ライブへの取り組み方そのものも大きく変わっていました。その変化は『Vol.4』での音楽的な挑戦とつながっていると思いますか?

ジェイコブ:おそらくね。まず、昔よりステージ上の人数が増えた。初めて日本に行ったときは僕ひとりのワンマンショーだったけど、2019年に4人編成のバンドを組んで、その後は7人編成でツアーを続けてきた。今度、日本に行くときは6人編成だ。最近はステージ上のコミュニティをすごく楽しんでいて、それはアルバムのあり方とも通じていると思う。

1stアルバム(2016年の『In My Room』)は僕がひとりで自室で作ったけど、今は10万人もの人が参加しているわけだから、よりコラボレイティブなショーになるのは自然な流れだよね。僕自身、ショーのいろんな場面で、いろんな形で、意識的に観客を取り込むようになったと思う。みんなで一緒に味わう喜びに、毎晩いつだって感動させられてきた。僕のライブは、以前より”頭”から”心”へと移ってきたということかな。

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ジェイコブ・コリアーが語るAIと人間の可能性、未来の音楽を作り出す型破りな想像力

2022年、Zepp Divercity Tokyo公演のライブ写真

―”心”ですか。

ジェイコブ:ひとりで12の楽器を操っていた頃は、ショーを成立させるために頭をフル回転させていたけど、今はループを”人”に置き換えたことで、ずっと面白くなった。もちろん、根底にはワンマンショーの精神があって、僕は今もピアノやドラムなど多くの楽器に囲まれている。でも、以前は機械に任せていた部分を今はバンドメンバーが演奏してくれるし、アカペラのハーモニーも、ループではなく観客に歌ってもらえるようになった。

―バンド編成になってからの方が、むしろライブ中のあなたは忙しそうに見えます。

ジェイコブ:物理的にステージが大きくなったから、走り回る距離が増えたんだよ(笑)。

模倣や再現ではなく、想定外のサウンドをもたらすAI楽器

―さて、話題を変えましょう。あなたはGoogleと一緒に、MusicFX DJというサービスを手がけましたよね。

ジェイコブ:昔から僕は、身の回りの楽器を直感的に使ってきた。最初に弾いたのは、小さなカシオのキーボード。100通りのリズムと200の音色がプログラムされていて、僕はそれを学習しながら弾いていた。そんなふうに、楽器だけでなくテクノロジーも自然と取り入れてきたんだ。僕にとっては、どちらも同じ創作の道具だからね。MusicFX DJを試すのも本当に楽しかったよ。

今は、クリエイティブな直感を持つ人たちが、AIを含むさまざまなツールを積極的に取り入れ、自らツールを生み出すことが重要な時代だと思う。アーティストが自分の手で音楽ツールを作り出せたら、もっと面白い未来が待っている。MusicFX DJは、ものすごい可能性を秘めたシステムなんだ。

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MusicFX DJはブラウザベースのツール、Googleアカウントがあれば無料で使用できる
https://labs.google/fx/ja/tools/music-fx-dj

―というと?

ジェイコブ:”人間らしいもの”をテクノロジーで組み合わせようとするのは、ごく自然な人間の営みだと思う。今回のAI楽器で特に面白いのは、これまで聴いたことのある音を再現しようとしていない点。決して模倣システムではなく、機械がミュージシャンになろうとするのでもない。あえて”変わった”要素どうしを組み合わせ、融合させるよう意図的に設計されているんだ。さっきも話したように、僕はそういうプロセスが本当に大好き。たとえば「琴の音にジャンベ、タブラ、バスーンを組み合わせたらどうなるか?」──そんなふうに想像するだけでワクワクするし、これまでもそうやって音楽を作ってきたから、それをAI楽器で実現できるのが面白い。

あるいは、ただインスピレーションを得るために使ってもいいし、逆に「これはちょっと気に入らないな」と気づくだけでもいい。何が好きじゃないかを知ることは、何が好きかを知るのと同じくらい大切だ。

―そうですよね。

ジェイコブ:AIと関連してもう一つ言いたいのは、人間が知性の中心だったことなんて、一度もないということ。この世界には常に、人間以上に賢い存在がいた。たとえば、何千年も生きる木々や、地球上の多くの生き物、そして自然や宇宙。宇宙の成り立ちそのものだって、僕らの理解を超えている。人間は、自分たちだけが知性を持つ存在だという幻想を抱いてきた。でも、人間の直感を別のかたちの知性へと広げ、それと意味のあるかたちで共存するのは、ごく自然なことだと思う。そして今こそ、人間はそのことを学ぶべき時なんじゃないかな。

もちろんAIには、プライバシーや著作権、所有権といったリスクもたくさんある。それは真剣に向き合うべき課題だ。でも一方で、それを楽しむこと、心と頭を開いて”遊ぶ”という姿勢も、同じくらい大切なんだよ。

ジェイコブがMusicFX DJを実際に操作する動画

―僕もMusicFX DJを試してみました。「ポップなメロディとフリージャズのフィーリング」みたいに一見相反する要素を入力したら、自分の想像とはまったく違うものが生まれてきて面白かったです(笑)。

ジェイコブ:いいね。予想外のことを受け入れることこそが、僕たちが互いに、そして自分自身に与えられる最大の贈り物だと思う。だって、世界そのものが予測不能なものだから。想定外のサウンドが聴こえてくると「ああ、人生みたいだな」って思うことがある。それに笑わされることもあれば、泣かされることもある。そうした瞬間こそが人生を前に進めてくれる、かけがえのない経験なんだ。

―僕でも作れたくらいですから、これを使えば誰でもすぐに音楽が作れますよね。そして、作った音楽をどんどん変化させることも簡単にできる。このように”簡単に使える”ツールであることも、創造性につながっていると思いますか?

ジェイコブ:”複雑さ”と”難解さ”には、重要な違いがあると思う。”難解”というのは人間の概念で、たくさんの層や工程、操作が絡んでくるもの。でも”複雑”というのは、自然――花や木のように、豊かな構造を持ったシステムのこと。音楽も複雑だし、人間もそうだ。だからこそ、僕たちが使うツールや楽器にとって大切なのは、わかりやすくて、使いやすいこと。そうであれば、僕らは安心してその”複雑さ”と向き合える。逆にあまりに”難解”だと、そこから意味ある結果を引き出すのが難しくなる。

もちろん、”難解さ”から何かが生まれることもある。黎明期のシンセサイザーなんて、まさにそう。壁のように大きなシステムに、無数のボタンやケーブルがあって、それはそれで美しかったけど扱うのはすごく難しかった。仕組みを理解していないと、その中に入っていけなかった。

僕の5弦ギターや今回のAI楽器の素晴らしいところは、誰にでも入れる道があること。複雑であるべきなのは人間の側であって、システムそのものが複雑である必要はない。だって、人生だけでもう十分に複雑なんだから。

ジェイコブ・コリアーが語るAIと人間の可能性、未来の音楽を作り出す型破りな想像力


―あなたはテクノロジー好きですよね。これまで使ってきたハーモナイザーやプロジェクションも、マサチューセッツ工科大学のBen Bloombergと一緒に開発したものでした。そして今は、AIを使ったサービスまで手がけています。音楽におけるAIというテクノロジーには、どんな可能性を感じていますか?

ジェイコブ:最初にも言ったように、今は”人間らしくいること”がとても大事な時代だと思う。でも、AIが本来の力を発揮すれば、人間がより人間らしくいられるためのスペースや余力が生まれるはずなんだ。たとえば音楽制作のプロセスには──音楽に限らず他の分野でも──時間がかかるわりに、あまりクリエイティブとは言えない単調な作業があるよね。そういった部分をAIに任せることで、本質的にクリエイティブな存在である人間は、物語性のある部分をもっと高解像度で、より深く表現できるようになると思う。

―わかります。僕らライターの仕事も正にそうですね。

ジェイコブ:AIは「人が共感できる音楽を作る」ことも、「新しい音楽や懐かしい音楽を作る」こともできる。ただ音を生成したり、制作のワークフローに組み込んだりすることもできる。

でも、僕は懸念していることもある。僕たちが作った音楽がフィルターにかけられ、「人々に届けられるもの/届けられないもの」が仕分けされてしまうようになってきている点だ。そのせいで、人間どうしのつながりを通じて音楽を作ることが難しくなってきている。今こそ、僕たちはアルゴリズムに逆らって、自分たちの手でモノを作り出すべき時期にきていると思う。

ミュージシャンはライブを通じて、観客とのリアルなつながりを即座に感じられる。でもAIが加速させているのは、そうしたつながりを断ち切り、特定の目的に沿った音楽だけを選別するフィルターシステムだ。そこから本当に良い音楽が生まれるとは、僕には思えない。

―間違いないです。

ジェイコブ:ただ、僕たち消費者はすでに、特定のコンテンツやフォーマットに依存するようになっていて……それが音楽をつまらなくし、クリエイティビティを縮小させてしまっている。

AIが人間の知能の延長として、これからの生活の一部になっていくことは受け入れるべきだと思う。そのうえで、僕たちがまだ「それについて話す声」を持っているあいだは、ポジティブに向き合い、恐れずに進むことが大事なんだ。

素晴らしい成果が期待される分野は、音楽だけでなく、医療やテクノロジー、コミュニケーション、教育など幅広い。たくさんの素晴らしいことが実現できる。でも同時に、人間性や脆さ、生活のペースといった守るべきものも忘れてはいけない。だからこそ、今僕たちがこうして話しているような対話がとても重要なんだ。自分たちが生み出したものを恐れてはならない。今は、そのエキサイティングな可能性に意識を向けて、自分たちの手で意識的に未来をつくっていくべき時期なんだと思うよ。

ルールやシステム、AIに揺さぶりをかけていくこと

―あなたはネガティブ・ハーモニー理論に代表されるように、音楽理論への関心も深いですよね。そのネガティブ・ハーモニーの理論をAIに機械学習させたら、誰でも簡単にそれを使った曲を作れるようになるかもしれません。それについてはどう考えますか?

ジェイコブ:それって最高だよ! 誰もが、自分がやりたいものを自由に作るべきだと思う。ある意味、テクノロジーって理論と似ていて、重要なのは「どう使うか」なんだ。たとえば僕が、ネガティブ・ハーモニーを使って美しい曲を作ったとしたら、それは素晴らしいことだよね。そういうのは称賛に値することだと思う。

例えば『Vol.4』では、シェパード・トーンを使って作曲した。永遠に音が上がり続けたり下がり続けたりするように聴こえる錯覚のトーンのこと。僕はそれをリズムに応用しようと思って、「Box of Stars Pt.2」という曲の中に取り入れた。

その部分では、リズムがどんどん遅くなり、完全に遅くなりきったと思ったらまた遅くなっていく──というのを繰り返すんだ。それがずっと続く構造になっている。しかも、リズムのバトンが渡されるたびにドラムのスタイルが変わるという、かなり複雑なアイディアでもある。でもこのアイディアには、とても具体的かつ感情的な目的があった。旅の終わりに”後ろ向きに落ちていく”ような感覚をどうしても表現したかったんだ。

こうしたアイディアは、人間じゃなくても形にすることができるし、テクノロジーを使えば同じようなこともできるだろう。でも、それを「より人間的になれるような使い方」ができたときにこそ、本当に美しくて予想外のものが生まれると信じている。

ネガティブ・ハーモニー:既存のハーモニーを反転させ、対応する”逆の”和音に置き換える手法。明るい響きを暗い響きに変えるなど、独特な調性感を生み出す

シェパード・トーンの解説動画

―AIがなんでも学習して再現できるとすれば、「新しい理論を作る」とか「新しいやり方を発明する」といったことの意味は、これまで以上に大きくなるのかもしれませんね。

ジェイコブ:僕たちの「発明の仕方」って、今まさに変わってきていると思う。そしてその発明は、これまで見慣れた自分たちの一面じゃなくて、”もっと見たいと思っている自分たちの一面”を反映するようなかたちで行われている気がするよ。

僕自身、よく考えるんだ。「ツールの本質って何だろう?」「何がツールを”役立つ”ものにするんだろうって?」って。一番面白いツールは、自分でも予測できないものを生み出してくれるものじゃないかと思う。

楽器ってそうじゃないよね。生き物みたいで、自分の意思で動いているようなところがある。楽器を演奏するときって、それが「こうしたい」って語りかけてくる感覚があって。演奏者と完全にユニゾンしているというよりも、どこかズレていて、ぶつかり合いながら対話している感じなんだ。

だからAIでも、それ以外のツールでも、予想外のことが起こるような仕組みであることが大切だと思う。人は、驚かされたときに心が開かれる。そして、人間として、あるいはクリエイターとして心を開いているときこそ、一番おもしろくて意味のあるものが生まれるんじゃないかな。

ジェイコブ・コリアーが語るAIと人間の可能性、未来の音楽を作り出す型破りな想像力


―もし学習するだけでなく、自ら改善もできるAIが登場したとしたら、ネガティブ・ハーモニー理論をアップデートして、新しい理論を生み出す可能性もありますよね。もしそんなことが起きたら、あなたはそれに挑んで、さらに新しいものを発明しようとすると思いますか?

ジェイコブ:そりゃそうだよ、だってそれが僕の役目だから!

―即答でしたね(笑)。

ジェイコブ:どんな理論に対しても挑むことが大切だ。あらゆるルールが本質的に恣意的なものだからね。音楽においては、どんなルールも好きなように曲げていい。唯一のルールがあるとすれば、それは自分にしか作れないものを作ること。それが「自分らしい」と思えるもの、自分の内側から出てきたと確信できるものをやることなんだ。

テクノロジーは、ときに自分でも気づいていなかった”別の自分の姿”を映し出してくれる。でも、それを好きかどうか、自分にふさわしいのか判断するのは、あくまで人間である僕たちの仕事だ。たとえばAIが、何かしらのコンセプトや映像、楽曲を生み出したとして、そこでどうするか主導権を握っているのはあくまでアーティストなんだ。「この新しいネガティブ・ハーモニーは好きだな」「いや、違う」「もっと違うふうにやってみたい」というふうに、選び取る自由があるべきだと思う。

僕自身、学生で先生から「これがルールだから」と言われると、僕は「本当に? 少しくらい曲げてもいいんじゃない?」と疑ってみるタイプだった。その姿勢こそが、今の僕を形づくったんだと思う。あのときもしルールを厳守して、言われたことをすべて鵜呑みにしていたら、世界の見え方はまったく違っていたはずだ。僕の世界の見方は、子どもの頃に音楽でルールを破った経験から育まれたものだと思う。

だからこそルールを破るように、AIにも揺さぶりをかけていくことが大事なんだと思う。(固定観念を)壊し続けながら、「なぜ自分たちは人間なのか」「人間であることにどんな意味があるのか」を思い出し続けることが大切だと思う。ルールを破るのは楽しいし、大事なことなんだよ。ミュージシャンだけじゃなく、あらゆる分野の人間がやるべきことだと思う。

―あなたなら「AIに挑む」と言ってくれると信じてました。

ジェイコブ:この世界には、さまざまなシステムがあるよね。それらもまた、とても人間的なものでもある。ときには複雑に見えるかもしれないけど、僕たち人間の役目は、「なぜそのシステムがあるのか」を理解し、その理由と向き合うことだと思うんだ。そしてもし必要であれば、その壁や境界線を柔軟に曲げて、自分たちにとってより良い形に変えていく。それこそが、僕たちにできることだと思う。

【ジェイコブ・コリアー】インタビューまとめ
1. カオスでカラフルな音楽人生の原点(2023年)
2. 「メロディとは?」 観客とともに歌う理由、自分を信じる力(2022年)
3. 「シンプルとカオス」 音楽の申し子が変えたゲームのルール(2022年)
4. 音楽家が新しい世界に飛び出すための方法論(2020年)

ジェイコブ・コリアーが語るAIと人間の可能性、未来の音楽を作り出す型破りな想像力

GREENROOM FESTIVAL 20th Anniversary
日程:2025年5月23日(金)・24日(土)・25日(日)
会場:横浜赤レンガ倉庫
※ジェイコブ・コリアーは5月25日(日)出演
詳細:https://greenroom.jp/

ジェイコブ・コリアーが語るAIと人間の可能性、未来の音楽を作り出す型破りな想像力

DJESSE WORLD TOUR VOL 4
ASIA TOUR 2025(大阪単独公演)
日程:2025年5月26日(月)
会場:Zepp Namba (OSAKA)
スペシャルゲスト:トリー・ケリー
詳細:https://www.creativeman.co.jp/event/jacob-collier-gr-ex/

来日公演に参加するトリー・ケリー、ジョン・レジェンドをフィーチャー。第67回グラミー賞の最優秀編曲賞(インストゥルメンタルまたはア・カペラ編成)を受賞した「Bridge Over Troubled Water」
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