ー今回はRachelさんのソロという形だけど、「ohayoumadayarou」というプロジェクトでもあるんですね。
もともとTwitter(X)のアカウントを作った時に、口頭で伝えてもわかるIDがいいなということで、「ohayoumadayarou」というID名をつけたのがキッカケで、Instagramとか他のアカウントもその名前でやってんですよね。それで、今回の計画を進める時に、「Rachel」だと検索してもなかなか辿り着かないけど、ohayoumadayarouなら、エゴサしたときに私の情報が出てくるから、それをプロジェクト名にしようって。だから、ゆらゆら帝国の関係者に変えてと言われたら変えます(笑)。
ー「おはようまだやろう」は、ゆらゆら帝国の曲名ですからね。
今回のソロにはESME MORIくんがメインプロデューサーで立ってくれてるから、私とMORIくんのユニット名的な意味合いもあるし、私のソロだけど、「ohayoumadayarouのRachel」というスタンスかも知れない。「スカートの澤部です」みたいな(笑)。
ー今回、MORIさんをメインプロデューサーに立てたのは?
MORIくんはPistachio Studio【注:chelmicoのバックDJも務めるTOSHIKI TAHASHI(%C)や、鈴木真海子のソロを手掛けるryo takahashi、ヒップホップグループのCBSなどが所属するクリエイトチーム】のメンバーだし、chelmicoの「Disco (Bad dance doesn't matter)」や「仲直り村」の制作も手掛けてくれているから、ずっと近くにいたんですよね。
ー青春感ある(笑)。鈴木真海子さんが先にソロを始めていましたが。
それもあって「Rachelはソロをやらないの?」ってずっといろんな人に訊かれていたし、自分としてもソロを作ってみたいという気持ちはあったんですよね。こないだも新幹線に乗ってる時に、「日本の景色ってほぼ茶色いな」と思ったんだけど、これをchelmicoで歌にするのは難しいなって。
ーその内容は、ちょっとchelmicoのディスコグラフィ的に特殊すぎる(笑)。
それに真海子を付き合わせるわけにもいかないし(笑)。だから、そういうのはソロかな~とぼんやり考えてはいたんだけど、いざ作ろうとすると、ソロとして明確に歌いたいこと、やりたい曲調、言葉が全然出てこなくて。
ースチャダラパーのBoseさんは、恐らく完全にソロ名義での曲はないんだけど、それについて「リリックを書く時に、誰かと作るっていう『社会』が自分には必要だからかも知れない」という話をしてて。
それはすごく分かる。
ー「パーソナル」の見極めが難しかったというか。
だけど、MORIくんとの「日々」とか、個人的には出産も大きかったのかな、自分の考えてることがフッと俯瞰で見れるようになった瞬間が生まれて、それから歌いたいことがバババっと浮かぶようになって。逆に、浮かぶようになってからは、ビートもお題もなくても歌詞が書けるから、感情としては日記に近いのかも。自分についてを、すごく細かく書くし、それがソロとして歌いたかったこと、歌うべきことかもなって。だから、ソロに関してはほぼ詞先なんですよ。
ーすべての制作の前提に、Rachelさんの考えるイメージがあるというか。
そう。chelmicoはトラック先行が多いんだけど、ソロはテーマとかリリックを自分で作ってから、MORIくんとサウンドを固めていってて。
ーこれまでも客演や提供を数多く手掛けられていますが、その場合はどうでした?
提供するものは、chelmicoのバイブスに近いですね。「こうありたい」「こうだったらいいな」みたいな、楽しい感じで作ることが多い。
ーフィーチャリング曲では?
提供曲よりもっと自分寄りだけど、やっぱりオーダーしてくれる人と意見をすり合わせるから、完全に自分本位ではないと思いますね。
ー最初にRachelとして客演参加したのはTSUBAME「GOOD NIGHT feat. おかもとえみ & RACHEL」だと思うけど、決して明るい曲ではなかったですね。
%Cとの「Have a nice day feat. Rachel」、ASIAN KUNG-FU GENERATION「星の夜、ひかりの街 (feat. Rachel & OMSB)」とかシリアスなテイストが多い。 minan(lyrical school)「all-rounder feat. Rachel (chelmico)、valknee」はもう少し内省的かな。
ーTSUBAMEさんはもちろん、%CさんとかMORIさんみたいに、Rachelさんと近しい人ほど、ディープなテイストのトラックにソロのRachelをフィーチャリングしてると思う。
確かに。今度なんでなのか訊いてみよう(笑)。
ー「なんでこういうビートなの?」みたいな話はしなかった?
うん。「こういうビートで、こんな温度感でラップすると合うと思うから」という感じで、私も「そうね、オッケー」みたいな感じだった。
ー口の中で発音を捏ねるような、いわゆるマンブルラップではないし、発音は濁しても、発声はしっかりしてるタイプですよね。
チャキチャキしてると思う。ゴッチさんと曲を作ったときも、早い展開のラップが欲しいというオーダーだったし、そういうスタイルをプロデューサーの皆さんが、私のラップを面白いと思ってくれたのかな。
「こういう人がいいな」がソロなのかもしれない
ーそして今回の「mo osoi」ですが、制作のキッカケは?
さっき話したMORIくんとの決起呑みがあって(笑)、それで去年の7月にMORIくんとソロに向けてスタジオに入ったの。だから「さあ作るぞ!」っていう日なのに、私がめっちゃ二日酔いで、スタジオのソファーでぐったりしてて。
ーひどい(笑)。
ほんと最低。レコ大取ってるプロデューサー(注:ESME MORIは 第65回日本レコード大賞で優秀作品賞を獲得したimase 「Night Dancer」の編曲に関わった)に向かって、「MORIくんごめんね、初日なのに……あとお水取ってくれると嬉しい……」とかいって(笑)。で、MORIくんが私を介抱しながらスタジオで弾いてたのが、この曲のリフだったんですよ。それがすごく良くて、そこからイメージが広がってバババってリリックが書けた。だから今回のインスピレーションはトラックでもメロディでもなく、MORIくんが弾いて、音源だとTiMTくんにさらに弾き直して貰ったリフから始まったの。
ー一気にドアが開いて書けたというか。
うん。イメージとしては温めてたものなんだけど、具体的に言葉にはなってなかったものが、あのリフから一気に形になっていって。
ーイメージとしては「諦念」みたいな感情が中心になっていますね。
まさに「諦め」ですよね。この曲もそうだけど、ohayoumadayarouは、そういう昔の思いを成仏させるようなリリックが多いかも。ジャンルでいうと「成仏系」(笑)。
ーなぜソロだとそういった成仏系のイメージが中心に?
そういう曲を歌ってこなかったからかな。成仏はchelmicoじゃできないんですよ。
ーそれは二人組という「社会」があるから?
それもあるし、chelmicoは「ポジティブな願い」を書いてるんですよね。「こういう人がいいな」がchelmicoで、「こういう人がいいな」がソロなのかもしれない。
ー「ポジティブに肯定する」と「ネガティブも肯定」の違いという感じ?
そうそう。どっちも「肯定感」という部分では共通してると思う。
ー「mo osoi」にも、「思うままにならなかったこと」に対して、「赦す」とか「肯定する」というイメージを感じました。
怒りとかじゃないですね。「その時に欲しかったものは、もう必要なくなったね。よかったね」みたいなことだと思う。自分をそうやって振り返れたから、すごくいい機会になりましたね。こういう風に、自分の中ではボンヤリ浮かんでたけど、歌や言葉にしてこなかったことを、形にする方向がソロでは強くなりそう。だから、今回は「もう遅い」という気持ちを、歌にして成仏させようって。あと、自分で書いてて気付いたんだけど、私は「傘」っていうモチーフが好きなんだなって。
ー「ビニールの傘も」という歌詞がありますね。lyrical schoolに提供した「Fantasy」にも、「傘がなくたって死なないし」という歌詞があって。
「傘」は自分の中で「あってもなくてもいいもの」の象徴なんですよね。傘があれば雨に濡れないけど、濡れたら拭けばいいし、平気っちゃ平気みたいな。そしてそれは、自分の中で「お金」とか経済的なメタファーでもあって。もちろん、大人になったらお金は絶対にあったほうがいいと思うようになったし、家族ができたら余計に経済的に余裕があったほうがいいと強く思う。だけど子どもの頃や、自分のマインドの根底には、「お金はあってもなくてもいいもの」という発想があって。それが「傘」として出てくるんだと思いますね。
ーその意味でも、自分の奥底にある感情を掬いあげるのが、ohayoumadayarouでの方向性というか。
「メンタルの調子が悪かったら、日記を書いた方がいい」みたいなのと同じ感じかも。どんな暗いことでも、言葉にして客観化すると、自分のことだけど他人事になって、気持ち的にスッキリするのもある。「くよくよしてんなよ!呑みに行くぞ!」みたいな(笑)。でも、この歌詞のような歌が、昔の自分にあったら、もうちょっと気持ちが楽になってたかなと思うし、いま同じような感情をリアルタイムで感じてる人にも、楽になって欲しいなって。
ー先程のメタファーもそうだけど、リリックはすごく抽象性が高いですね。
見たまま、感じたままを書くことに結構ハマってて。「そこが気になるんだ!」という部分にこそ、自分が出てくる気がするんですよね。
ー何に注目するかに、その人の視点やオリジナリティが出るというか。
そう。そこに奥行きが出ればいいのかなって。
ー今回の歌詞には第三者が出てこないけど、それはohayoumadayarouのテーマですか?
それは「mo osoi」だからかな。いま作ってる他の曲には第三者が出てくるし、恋人にめっちゃボロボロされるみたいな歌詞もあって。
ーそれもパーソナル?
全然! そんな経験ないし、むしろいい恋愛しかしてきてないはずなのに、「めちゃ恨み持ってるやん!」みたいな歌詞が出てきちゃう(笑)。それもなんでなんだろう……暗いことを言う人格、マインドセットになってるのかも。
ーそうなると心配(笑)。
みんな「暗くないよ」とか「内省的」みたいに、オブラートに包んで言ってくれるんだけど、暗いよ、私のソロ(笑)。でもそれは別に自虐でもないし、暗いのは悪いことじゃないし。
ーchelmicoでの作品やトーク、「あしたメディアPodcast」などのパーソナリティとしてのRachelの話し口からすると、やっぱり「暗い」と、ちょっとびっくりするかも。
「豹変するタイプ?!」みたいな(笑)。めちゃくちゃ喋るし、明るいから、余計にそう思われるかな~。だから、明るいのも暗いのも、どっちも私だし、聴いてくれた人にも、どっちも感じたままに感想を教えて欲しい。「しみったれた曲だな~」でもいいからさ。
ー今回だと「濡れてしまったハートの形が、あの頃の私と」とか、Rachelはパンチラインの作り方が本当に上手いと思う。
めっちゃポエジーでしょ、そこ(笑)。
ーリリスク「Fantasy」の「そっち冷笑系ならこっち燃焼系」、ばってん少女隊「あんたがたどこさ~甘口しょうゆ仕立て~」の「こ・こ・恋せてハッピー/あ・あ・愛せてラッキー/そ・れ・合わせてラッピー」とか、キャッチコピー的な、短い言葉で掴むリリカルセンスが本当に素晴らしい。
えー嬉しい。それはTwitter(X)が大きかったのかな。短い言葉で注目されてリポストして欲しい、みたいな。あと、ライブでのパフォーマンスを意識すると、やっぱりそういう刺激的な言葉が欲しいんですよね。自分自身、人のライブを観てるとき、言葉や音でバコバコ殴ってきて欲しいし、びっくりしたい。
ーまさにパンチラインですね。
言葉、歌、楽曲、音色、展開、構造とかいろんな部分でびっくりしたい。「これはなかった!」「やられた!」みたいなことに感動するし、それをできる限り自分でもやろうとしてるって感じですね。
「これはソロ」「これはchelmico」「これは客演」という選択肢が増えた
ーサウンドとしてはオルタナ的な質感があって、Rachelさんもラップというよりボーカル的なアプローチですね。
私が元々オルタナが好きだし、MORIくんも普段のプロデュースワークだとできないことをやりたいというので、この形に着地して。今回はリファレンスとかが一切なく、完全にゼロから作ったんですよね。そこでMORIくんのエモーショナルな部分を作品に落とし込みたくて。あと、お互いにめっちゃ褒め合うし、ダメ出しもできるのもいいんですよ。「それ手癖じゃん! それじゃダメだよ!」とかバッサリ切ったり(笑)。友達同士でやいのやいの言いながら作れるのが大事なのかなって。
ー関係値的にもそれが言い合えるし、それが言えるのはお互いがお互いのワークスを知ってるからですよね。
だからこそ、お互いに今までに無いものを作ったり、聴きたいというのが中心にあったと思う。私も安心して間違えられるんですよね。やっぱり歌うのって恥ずかしいんですよ。特に関係値が薄い人の前だとドキドキしちゃう。でも、MORIくんとだったら失敗しまくって、間違えまくっても、それを新しいアイデアにしてくれるから、全部出せるんですよね。
ーこれからもohayoumadayarouはMORIさんとのタッグになりそうですか?
そうですね。外部の人はほぼ入れずに、MORIくんとしっかりタッグを組んで作っていければなって。他のトラックメイカーに入って貰っても、MORIくんにはがっつりディレクター的な位置に立って欲しい。
ーこれからのリリース計画は?
もうソロのイメージはめっちゃあるんですよね。もう殆どできてる曲もあるし、パーツだけできてる曲、あとは(頭を指さして)この中ではもう完成してる曲とか(笑)。
ーそれだと無限に言えるじゃん(笑)。
あはは。(頭を指さして)「ここにはもうあるんだけどさ~」って(笑)。でも、ホントにあとはしっかり手掛けるだけ、みたいな曲は10曲ぐらいあって。自分の中でも、アイデアを浮かべる頭は一緒なんだけど、「これはソロ」「これはchelmico」「これは客演」みたいに分けて浮かんでるかも。内容とか言葉遣いとか、そういう部分で自分の中で基準があると思うし、その中でソロという選択肢が増えた感じですね。あと、chelmicoだと一緒に作るのは難しいけど、ohayoumadayarouだったら一緒に作れる人もいると思うし、いろんなチャレンジがしたい。
ー明後日にはソロライブも行われますね(注:インタビューは4月21日。23日に恵比寿バチカでソロライブが行われた)。
ちょっと緊張してますね。このイベントの後に、ソロとしてはどんなライブやアーティストに誘ってもらえるのか、想像もつかないし、それが楽しみ。どんなイベントでも受けて立つ!って気持ちです。chelmicoももちろん頑張るよ!っていうか頑張ってる! ソロもあるけど、chelmico第一で動いてるし、その気持ちは変わらないから。リリースも楽しみにしておいて!

「mo osoi」
ohayoumadayarou
配信中
https://orcd.co/moosoi