パステルカラーの自由帳を開くと、24年間の思い出が束となって飛び出てくる。メイ・シモネス(Mei Semones)が自身初となるフルアルバム『Animaru』で描いたのは、彼女が感じた日常の中の「なんかいい感じ」だ。


バークリー音楽大学でジャズギターを学び、自身の楽曲ではボサノヴァやマスロックからの影響を取り入れながら、平易な日本語と英語で滔々と歌いかける。独特のスタイルは彼女の生活の多層性をそのまま反映したものであり、結果的に多くのリスナーの心を動かしている。昨年リリースのEP『Kabutomushi』に対し、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのフリーが「本当に美しいレコード」と賛辞を送るなど、その歌は言語や世代の壁を超えた支持を集めているようだ。

今作のジャケットを担当している日本人の母とアメリカ人の父、さらには双子の妹と共にミシガン州で育ったメイは、現在ブルックリンを拠点に音楽活動をしている。『Kabutomushi』収録の「Inaka」では〈バイバイ/さよなら/僕は田舎に/引っ越したい〉と歌っていたが、当時とは随分状況が変わってしまった。現在の彼女はヒッポ・キャンパスやパチンコといったバンドのツアーに参加し、自身も欧州でのヘッドライン・ツアーを成功させるなど、アップカミングなアーティストとして注目を集めている段階だ。今年の7月にはフジロックにも出演するなど、日本からも熱い視線が向けられている。しかし、そうした状況でも決してフォームを崩すことのない芯の強さも、『Animaru』には表現されているのだ。

今回はアルバム『Animaru』に関する話題のみならず、日本人のリスナー目線で彼女のルーツや現在の生活に沿ったインタビューを実施。Zoomを開いてメイに質問を問いかけてみると、彼女は一部英語を交えながら、ほぼ全てを日本語で答えてくれた。肩の力を抜いて歌っていると思いきや、にごりのない言葉と瞳に射抜かれそうな瞬間が突然訪れる。そんなミステリアスな魅力が漂うメイとの会話から、『Animaru』に流れている「なんかいい感じ」の一端を垣間見てほしい。


Mei Semonesが語る半生と今 日本とアメリカのルーツ、『Animaru』という自分だけの音楽

Photo by Lucas Hui

生い立ちと家族の話、自分のスタイルを確立するまで

—最新作『Animaru』は英語の綴り(「Animal」)ではなく、「アニマル」という言葉の発音をそのままアルファベットにしたものですよね。なぜこのようなタイトルにしたのですか?

メイ:アルバムに「Animaru」っていう曲があって、その中で「アニマル」って発音してるんです。なんか日本語っぽく言った方がドキッとするっていうか、気持ちが伝わると思って『Animaru』にしました。他の曲も英語と日本語が混ざってるし、両方ともミックスされてる感じが表現できるから、それが良いかなって。

—最初から英語と日本語をミックスさせた歌詞を書いていたんですか?

メイ:いや、中学校とか高校の時に作った曲は全部英語。大学2年生の時にリリースした「Hfoas」っていうシングルが初めて日本語で作った曲なんです。きっかけは……そう、当時はアーティストとしての自分の声を見つけたくて色々考えてたんだけど、生まれた時から日本語と英語を両方とも喋ってきてるから、そのほうが自分らしいと思ったんです。

—今日はメイさんと日本や言葉との関係についてお聞きしたくて。まず、家庭では二つの言語を使い分けているとお聞きしました。

メイ:はい。母とはいつも日本語で話していました。ただ、アメリカに住んでると日本語を忘れちゃうから、母と家で毎日練習してたんです。
日本から教科書を注文してくれたり、母が頑張ったおかげで、今でもちょっと話せるようになりました。お父さんも、海軍の基地で働いていたからちょっと話せるけど、いつもは英語。

—日本の文化とは、お母さんを経由して触れていたのでしょうか?

メイ:そうですね。普段はアメリカで生活していたんですけど、夏休みになると横須賀のおばあちゃんの家に1カ月くらい遊びに行って、地元の小学校にも通ってました。おばあちゃんはSewing(裁縫)が得意で、私と双子の妹が4歳の時にピアノも買ってくれたんです。

「Zarigani」は幼い頃に妹とザリガニを捕まえた思い出を歌った曲。MVには妹やその友達、友達の愛犬も出演

—最初はピアノだったんですね。ギターを弾くようになったのはどういう経緯が?

メイ:4歳からピアノのレッスンを受けていたけど、そこまで好きにはなれなかったんです。どちらかといえば、母に「練習しなさい」と言われるがままにやっていた感じ。そこから11歳のときに映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、主人公がチャック・ベリーの曲をギターで弾くシーンを見て、「すごくかっこいい!」と思ったんです。それがギターを始めるきっかけになりました。

—なるほど。
お母さんはどのような人だったのですか?

メイ:すごく優しいし、結構面白い人だと思います(笑)。いつも笑ってる。あとグラフィックデザインをやってて、私のアートワークとかを全部作ってくれてるんです。去年出したEP『Kabutomushi』のカバーもそうだし、今回のアルバムとかシングルの絵も全部書いてもらいました。

例えば『Animaru』のカバーだと、「羽がついたネズミを書いてほしい」って母に言って、そこから「後ろ姿にしたらいいんじゃない?」とか「周りにこういう色を入れたらいいんじゃない?」っていうのを母が考えてくれます。『Kabutomushi』の時も、私の顔とカブトムシが頭に乗ってることだけ伝えて、後は母が考えてくれました。

Mei Semonesが語る半生と今 日本とアメリカのルーツ、『Animaru』という自分だけの音楽

『Kabutomushi』と『Animaru』のアートワーク

—なぜ『Kabutomushi』では自分の顔をカバーにしたんですか?

メイ:うーん、なんでだろう。よくわかんないけど、その方がなんか良いかなって。『Kabutomushi』は私の作曲のスタイルが決まった作品だったんです。その前も色んなスタイルをやって、なんて言うのかな……develop(開拓)してきたんですけど、『Kabutomushi』では作品全体としてやりたいことが決まって。

—そのスタイルを自分で言い表すとしたら?

メイ:短く言いたい時は「Jazz and Bossa Nova-influenced Indie J-POP(ジャズとボサノヴァにインスパイアされたインディーJ-POP)」と伝えます。長く言いたい時は、そこにマスロック、グランジ、サンバとか、もっと色んなジャンルの名前を入れます。


—あくまでJ-POPなんですね。

メイ:そう。日本語の歌詞が入ってるし、そう言えばアメリカでも伝わるから。

「不思議に聞こえる音楽」のルーツ

—日本語の歌詞を乗せる時にお手本にしたものはありますか?

メイ:うーん、なかったかも。「言葉をメロディに乗せる感覚が普通の日本人とは違う」ってよく言われるんですけど、全然なにも考えてなくて。私はメロディとリズムに一番合う言葉を探しながら歌ってるんです、例えばSyllable(音節)の数が合わないから日本語に変えてみたりして。どういう風に組み合わせるのが普通なのかわからないからこそ、不思議に聞こえるんじゃないかな。それに、リスナーに言葉の意味が伝わらなくても気持ちが伝わるのが一番大事だと思います。

—J-POPは言葉のメリハリが強い音楽ですけど、メイさんは日本語を淡々と歌っているからこそ逆にエモーショナルに聞こえるっていうのが発明というか。どのようにしてそのような歌い方に辿り着いたのですか?

メイ:ジョアン・ジルベルトがすごく好きなんです。彼の歌はextra(余分)なものがなくて、とてもstraightforward(正直)に聞こえる。その歌い方がすごく好きだから、自分もそういう風に歌ってみようかなって思って。
あとチェット・ベイカーからも影響を受けています。二人とも自分の性格に合ってるっていうか、私はそんなにうるさい人じゃないから。

Mei Semonesが語る半生と今 日本とアメリカのルーツ、『Animaru』という自分だけの音楽

Photo by Sophie Minello

—Spotifyで公開している「songs i like to listen to」というプレイリストにはジャズやボサノヴァと共に、リーガルリリーやtricotといった日本のバンドも入ってます。

メイ:2年前くらいにSpotifyでレコメンドされたんです。リーガルリリーはリードシンガーの声が良くて、曲の中でも拍をちょっとずつ変えてたりするし、ハーモニーもすごく面白い。tricotも同じように、マスロックっぽいところが好きです。

—ジャズやボサノヴァの話は以前までのインタビューでも語っていましたが、今回のアルバムには「I can do what I want」のようにマスロックからの影響も色濃く出ていますよね。

メイ:うん、ボストンの友達にクリフォード(Clifford)っていうバンドがいて、それから影響を受けて聞くようになりました。彼らはマスロックっぽいところがあって、その後にtricotとか、去年一緒にツアーをした台湾のElephant Gymとかにもハマってます。

「I can do what I want」は難しい曲を作りたくて書いてたんですけど、うーん、ロックっぽくなったのはなんでだろう……。ナチュラルに出てくるものを書いてるだけだから、これをロックにしようと考えて作ったんじゃなくて、なんか部屋でギターを弾いてたらこういうのが出てきました。

—ニルヴァーナやスマッシング・パンプキンズの名前を以前のインタビューで挙げられていますよね。
彼らのどういうところに影響を受けていますか?

メイ:ニルヴァーナはメロディがすごく良いし、歌詞もハーモニーも好き。私の音楽はニルヴァーナには全然似てないけれど、ああいうキャッチーなメロディとか面白いコードには憧れます。

スマッシング・パンプキンズはビリー・コーガンの声が個性的で、それが好き。私もああいう声になりたいなって思います。あとギターのアレンジも面白くて、今回のアルバムでも「Rat with Wings」の最後のコーラスで弾いてるギターは、スマッシング・パンプキンズの「Today」のリフから影響されたんです。

—他にも『Animaru』でリファレンスにした作品はありますか?

メイ:例えば「Dumb Feeling」で最初に弾いているリック(フレーズ)は、チャーリー・パーカーのリックと「Polka Dots and Moonbeams」を組み合わせたアレンジです。あと、ニルヴァーナの「Dumb」の歌詞にインスパイアされて、この曲のアイデアが出てきました。

あと「Zarigani」のリックを弾きながらスキャットするところは、ジョン・コルトレーンのリックにインスパイアされたラインなんです。それで一番の終わりのロックっぽいところはニルヴァーナのようなコードでやってみました。

直感を信じること、身近な存在を愛すること

—メイさんはブルックリンにある幼稚園で働いていたことがあり、そこで日本語の歌を歌っていたとお聞きしました。リファレンスという点では、そうした経験も今のスタイルに活かされているんじゃないかと。

メイ:どうかな。幼稚園で働いてた時は「あいうえおの歌」とか日月火水木金土……とか、そういう歌ばっかりだったからなぁ。でも、子供たちからはたくさんのエネルギーを貰ってます。実は幼稚園で働きはじめるまで子供が好きだとは思ってなくて、21歳の時にニューヨークへ引っ越してから子供と触れ合って、それで好きになったんです。

—ニューヨークで幼稚園の仕事と音楽活動を両立することの難しさについても以前のインタビューで語っていましたね。

メイ:うん。例えば『Kabutomushi』の中に「Inaka」っていう曲があるんだけれど、それはニューヨークで9時から5時まで仕事をしながら音楽活動をするのに疲れて書いたんです。毎日がグダグダな感じで終わっていって、自分のやりたいことができてないっていう感じ。

ただ、今はニューヨークに住んでてすごく楽しいし、音楽以外の仕事をしなくてもいいから、すごくラッキーだと思ってて。音楽だけで生きていけるのが本当に幸せ。さっき話した「Dumb Feeling」はそのことを歌ってて、今のブルックリンの生活について書きました。

—少し前にメイさんの友達のジョン・ローズボロにインタビューしたんですけど、彼も同じ時期にブルックリンへと引っ越してきて、メイさんに近いフィーリングを感じたと言っていました。

メイ:そうなんだ。彼は私がまだボストンに住んでた時にInstagramで知り合って、ニューヨークに引っ越してきてから一緒に音楽を作るようになり、本当の友達になれました。彼もボサノヴァが大好きで、「ポスト・ボッサ」っていうジャンルを作っているし、そこも私とフィーリングが合ってる。

—ジョンは「ポスト・ボッサ」の精神を象徴しているアーティストとしてメイさんの名前を挙げていました。逆に、メイさんにとって「ポスト・ボッサ」とはどういう音楽ですか?

メイ:「ポスト・ボッサ」とは……うーん、ジョン・ローズボロかな。

—(笑)。『Animaru』では「Tora Moyo」でクイーカやトライアングルを用いていたり、よりブラジル音楽らしいアレンジも試みていますよね。

メイ:うん。ジョアン・ジルベルトとか(アントニオ・カルロス・)ジョビンがすごく好きで、ナチュラルに影響されてるんだと思います。「Tora Moyo」は私のギターと音楽に対しての愛の曲なんです。持ってるギターの木のパターンが虎みたいに見えるから、そう名付けました。

—全体的に見て、『Animaru』はどのような作品になったと思いますか?

メイ:『Animaru』っていう言葉とも関係があるんですけど、自分のInstinct(本能、直感)を信頼するというテーマがまずあります。「I can do what I want」とかで歌っているように、本当に自分がやりたいことを、周りのことを心配しないでやってもいいんだよっていうメッセージが入ってます。

もう一つは愛です。ただ、ロマンチックな愛じゃなくて、音楽とかギターとか、あとは妹とか友達とかバンドとか、そういう近いものとか人への愛がテーマになっています。例えば「Norwegian Shag」は大学の友達との思い出なんです。ジャコ・パストリアスの「Portrait of Tracy」をどういう風に弾くのかを教えてもらった時、すごく楽しくて。タイトルも友達が吸っていたタバコの銘柄から取ってます。

—過去の作品を振り返ってみても、メイさんの曲には身近なものへの愛が流れていますよね。

メイ:歌詞は頭に浮かんできたことをただ書いてるだけなんです。最初から意識して、決まったことを書くんじゃなくて、ギターを弾き始めて頭に浮かんできたものを書くっていう感じだから、自然に一番大事なことについて歌うようになったんだと思います。

Mei Semonesが語る半生と今 日本とアメリカのルーツ、『Animaru』という自分だけの音楽

Photo by Sophie Minello

Mei Semonesが語る半生と今 日本とアメリカのルーツ、『Animaru』という自分だけの音楽

Photo by Zack Giller

—最後に、7月のフジロックでの来日についても聞かせてください。どのようなショーをする予定ですか?

メイ:今回はフルバンドで出演する予定です(※過去の来日はソロでの弾き語り)。私たちがこれまでやったことのない規模のステージで、今までで一番大きいショーになると思います。

それと、日本でやるから、お客さんが歌詞を理解してくれるのがすごい嬉しい。文化の違いだと思うけど、日本のオーディエンスは集中してくれるんです。前にBLUE NOTE PLACEや「BiKN sibuya」っていうフェスティバルとかでライブをした時、みんなちゃんと聞いてくれて。フジロックは普通のライブとは違う環境かもしれないけど、そういうライブになってくれればなって思います。私の音楽はダンスする音楽じゃないし、聞いててなんか気持ちいい感じになってほしいかな。

Mei Semonesが語る半生と今 日本とアメリカのルーツ、『Animaru』という自分だけの音楽

メイ・シモネス
『Animaru』
発売中
日本盤CD:解説/歌詞/対訳付き ボーナス・トラック収録
詳細:https://bignothing.net/meisemones.html

FUJI ROCK FESTIVAL '25
2025年7月25日(金)、26日(土)、27日(日)
新潟県・湯沢町 苗場スキー場
※メイ・シモネスは7月27日(日)出演
公式サイト:https://fujirockfestival.com
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