1979年という「狭間」に生まれたカルト的名作
10年以上にわたり、レジェンド級のロック・アーティストたちは、自らのヴィンテージ・アルバムを最初から最後まで再現することでライブに彩りを加えてきた。ニール・ヤング(『Everybody Knows This Is Nowhere』)、ブルース・スプリングスティーン(『The River』)、U2(『The Joshua Tree』)、ソニック・ユース(『Daydream Nation』)、そしてスティーリー・ダン(すべてのアルバム)。この秋にはパティ・スミスもその輪に加わる。彼女は名作『Horses』のリリース50周年を記念して、アルバム全曲を演奏する予定だ。この流れはひとつの現象となっており、カナダには「Classic Albums Live」という専門の団体まで存在する。そこでは無名のミュージシャンたちが、フリートウッド・マックの『Rumours』やピンク・フロイドの『Dark Side of the Moon』など、アナログ時代の金字塔を忠実にカバーしている。
そんな中で異彩を放っているのが、ロバート・フリップの1979年のアルバム『Exposure』である。このカルト的名作は、これまで一度も完全な形でライブ演奏されたことがなかった――この春までは。
キング・クリムゾンとその母艦たるバンドを愛する熱心なファンたちは、ここ数年、何度もその欲求を満たされてきた。パンデミック直前には、フリップがバンドの最新編成でツアーを行い、その長い歴史を網羅する楽曲を披露した。そして現在進行中の「ビート・ツアー」では、元クリムゾンのエイドリアン・ブリューとトニー・レヴィンが参加し、1980年代のアルバムからの楽曲が再演されている。
だが、ロバート・フリップのキャリア全体を見渡しても、彼の妻トーヤ・ウィルコックスとのロックダウン中のビデオを含め、『Exposure』は常に”奇妙な存在”だった。
「最初はちょっと困惑しました」とテレー・ローチは語る。「いろんな人が変なことを口にしていて。でもすごく面白かったんです」
リリース当時、『Exposure』はビルボードチャートで最高79位と商業的には控えめな成績に終わったが、ジャンルの垣根を越えた音楽に魅了される世代にとって、その影響は計り知れないものがあった。「あのアルバムは、まさに完璧なタイミングで、あるべき場所に降ってきた」と語るのは、シアトルを拠点とする実験的ギタリスト、スティーヴ・ボールだ。「『Exposure』は、ELPの『Love Beach』にまで堕してしまったプログレから、80年代への橋渡しだった。10年をまたぐ扉だったんだ。『You Burn Me Up Im a Cigarette』なんて、ほとんどパンクだよ。あのアルバム全体が、”思考するリスナー”のための、開かれた豊かな音楽世界を提示してくれたんだ」
『Exposure』のリリースもまた、じつに風変わりだった。多数のアーティストが参加した同作にふさわしいツアーを組むことは、現実的には困難だった。そこでロバート・フリップが選んだのは、大規模なプロモーション・ツアーではなく、250人規模のクラブやレコード店でのパフォーマンスだった。
その後、フリップは『Exposure』の拡張デラックス版を何度かリリースしてきたが、ライブでこのアルバムの楽曲が演奏された機会はほとんどない。例外的に、かつてニューヨークでダリル・ホール&ジョン・オーツのステージに飛び入りし、「You Burn Me Up Im a Cigarette」を演奏したことがある程度で、40年以上にわたって、ほぼ誰もこの作品に手をつけてこなかったのだ。
時は流れて数年前──ドン・ボックスというギタリスト/ライター/レコーディング・エンジニアであり、フリップの「ギター・クラフト」ワークショップにも参加していた人物が、『Exposure』収録の「Breathless」のアコースティック・ギター用アレンジ&譜面化に着手。続けてさらに2曲のアレンジも手がけた。時間はかかったが、その小さな試みはやがて大きく開花する。ロバート・フリップ本人から承認を得たアンサンブル《Exposure》が、ついにこの春、『Exposure』というアルバムの全体像をライブで響かせることになったのだ。
フリップの承認から始まった再現プロジェクト
ボックスが自身のアレンジで『Exposure』の楽曲を演奏し始めた頃、フリップの長年の弟子でありギタリストのフェルナンド・カブサッキが、「いっそ全曲をバンド編成で演奏しよう」と提案した。「僕が『Exposure』を初めて聴いたのは、アルゼンチンで15歳のとき。衝撃を受けました」とカブサッキは振り返る。「あれは音楽やアルバムの作り方に対する、まったく新しいアプローチだった。
このアイデアをフリップに伝えると、彼は快く承諾し、応援のコメントを寄せてくれた──「全面的に支持し、応援します。ロックにぶちかませ!」──。さらに、テレー・ローチと、元キング・クリムゾンのドラマーであるパット・マステロットをメンバーに加えるよう提案した。1982年のローチズのアルバム『Keep on Doing』をプロデュースして以来、フリップと話していなかったローチも、この話に惹かれたという。「彼からすごく前向きな反応が返ってきたの。若い世代のミュージシャンが45年前のアルバムを甦らせることに、彼もどこか興味を持ってくれたのかもしれないわ」と彼女は語る。「”本当にやれるものか見てみよう”っていう気持ちもあったのかもね」
こうしてプロジェクトは動き出したが、実際に取り組んでみると、ボーカルとインストが半々で構成され、ジャンルも多様なこのアルバムを演奏するのは簡単ではなかった。変則的なチューニングに加え、「NY3」のような強烈な楽曲では、4つのパッセージが猛烈な速さで展開される。「ロバートは128BPMで弾くんだけど、僕は126がやっとなんだよ」とカブサッキは笑う。「で、彼に”いくつか音を変えていい?”って訊いたら、『好きなだけ変えればいいよ』って言われたんだ」
バンドは、オリジナル作品で複数の楽曲を歌っていたダリル・ホールにも出演を依頼したが、スケジュールの都合で参加は叶わなかった。そこで多くの楽曲をステージで歌う役割を担うことになったのが、1979年にローチズのデビュー・アルバムでフリップと初めて共演したテレー・ローチだった。

《Exposure》バンドの顔ぶれ(Photo by Rob DeMartin)
この曲に関して、2022年にフリップは次のように語っている。「あの曲では音を少し加工して、3秒の断片を4秒のスクリームに伸ばしたりしたんだ。でもね、あれは本当に恐ろしい。”あの叫び”に込められた苦悶の深さ──今でも聴くたびにゾッとするよ。テレーは”あの場所”に降りていって、それを持ち帰ってきた。詩人に詩の意味を説明してくれなんて求めないだろ? ただ詩を読んで、『うわ、すごい』って感じるだけさ」
数十年の時を経て、あの瞬間をステージで再現するという試みに対し、ローチ自身も不安があったことを認めている。「正直、もうあんな声を出せるかどうかも分からなかったの」と彼女は言う。「でも、ニューヨークのスタジオでリハーサルをしているとき、その曲の途中でスタジオに入ってマイクをつかんで、わーっと叫び出してしまったの。で、『あ、まだ叫べるんだ』って思ったわ」
そして彼女は、現在のアメリカの混沌とした状況にも触れつつ、こう付け加える。「叫びたいことが今はもっとたくさんあるわ。ほんとに、叫びたい気分なの」
進化する《Exposure》アンサンブル、いずれはフリップも登場?
《Exposure》バンドによる初の春ツアー──ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィアなど複数都市で開催されたこの一連の公演では、フリップの熱狂的ファンたち(通称”フリップヘッズ”)が、カルト的名作『Exposure』を冒頭の電話のベル音に至るまで、アルバム全編をライブで体験することができた。
またこのショーでは、テレー・ローチと複数のバックアップ・シンガーによるローチズの楽曲(フリップがプロデュースした「Hammond Song」など)も披露され、ギタリストのスティーヴ・ボールがフリップ特有のギターソロを忠実に再現する場面もあった。
さらにツアー後半の公演では、キング・クリムゾンの「Discipline」や「Red」といった曲もセットリストに加わった。「当初は『Red』と『Discipline』の間の時期──つまりフリップのソロ・キャリアの作品だけに絞る予定でした」とボックスは語る。「でも、最後の1週間のリハーサルで、遊び半分で『Red』『Breathless』『Discipline』、それにフリップの別プロジェクト《リーグ・オブ・ジェントルメン》の『Heptaparaparshinokh』をアコースティック・メドレーとしてまとめてみたんです」
「初期の公演ではそのメドレーを演奏していたんですが、観客から”あの名曲をちゃんとした形で聴きたい”という声が多く寄せられて、それ以降は各曲をエレクトリックで個別に披露するスタイルに切り替えました」
このツアーが次にどこへ向かうのか──それは『Exposure』という作品の不思議な持続力と同じくらい予測不可能だ。バンド(ピアニストのゲイリー・ダイアルや、「You Burn Me Up Im a Cigarette」でダリル・ホールのパートを担当するシンガーのデブ・マステロットも参加している)は、年内にさらにいくつかの《Exposure》公演を行いたいと考えており、アメリカ西海岸での開催も視野に入れている。フリップ本人は、熱心なファンが多いイタリアでの開催を提案しているという。さらなるゲストの加わる可能性もあるようだ。
ボールはこう語る。「《Exposure》の”ブロードウェイ・オリジナルキャスト”には、どこでも参加自由のオープンな招待状を出してあるんです。やりたい人は誰でも来ていいよって」(果たしてダリル・ホールは1~2曲のために時間を作ってくれるのか? フィル・コリンズは引退状態から一時的に復帰し、「Disengage」のドラムを再現してくれるのか?)
フリップ自身も、どこかの公演に「ゲスト・スピーカー」として登場する可能性をほのめかしているが、演奏者として参加することはなさそうだ。
スタジオ作品としてしか存在しなかったアルバムが、初めて全編ライブで再現されるという”珍しさ”を超えて、スティーヴ・ボールは『Exposure』が今なお多くの人に響く理由をこう語る。「何かが共鳴しているんだ。
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