スリープ・トークン(Sleep Token)の最新アルバム『Even in Arcadia』が大きな注目を集めている。Spotifyでは「Caramel」「Damocles」を含むシングル群が累計1億ストリーミングを突破。
6月の米ダウンロード・フェスではグリーン・デイやKoRnと並んでヘッドライナーに抜擢され、北米ツアーも全公演ソールドアウト。2025年の最重要バンドとなったロンドン発・匿名ロック集団を、文筆家・ライターのつやちゃんが解説する。

新たな時代の到来だ。いま、ポップミュージックにおける大きな地殻変動が起きている。近年、しばしば語られる”メタルのポップ化”という言説──2020年のグラミー賞でブリング・ミー・ザ・ホライズンやアイ・プリヴェイル(I Prevail)が注目されて以降の、スピリットボックス(SPIRITBOX)やバッド・オーメンズ(Bad Omens)のバイラルヒットをはじめとした世界的な人気──が、いよいよ次のステージへと進んだ感があるのだ。

ひとつの決定的な出来事が、ゴーストの最新作『SKELETA』が全米アルバムチャート1位を獲得したこと。そして、もうひとつの出来事が、5月9日にリリースされたばかりのスリープ・トークンによる新作『Even in Arcadia』の、あまりにも衝撃的な完成度である。すでに先行シングル「Emergence」が米ビルボードのホット・ハード・ロック・ソングス・チャートにおいてリンキン・パークの「The Emptiness Machine」を抜いて1位を獲得するなど、異例のメガヒットを記録していたスリープ・トークン。今作が商業的にも大成功を収めるのは、ほぼ確実だろう。

一体、何が起きているのか? 実は昨今の動きは、突然変異的に起きたものではない。本稿では、現在のスリープ・トークンをはじめとする潮流がいかにして近年の系譜の中で育まれてきたのか、そしてアルバム『Even in Arcadia』がなぜその到達点であり、新たな地平を切り拓く作品でもあるのかを明らかにしていきたい。いま起きていることは、もはや”メタルのポップ化”などという言葉では収まりきらないのだ。
これはむしろ、”ポップのメタル化”ともいうべきパラダイムシフトを象徴する出来事である。

「多ジャンル性」と「エモーションの起伏」

”ポップのメタル化”とは、端的に言うと、現代ポップが抱える感情の複雑性・傷つきやすさ・自己神話化といったテーマを、メタルという過剰な形式に託して放つという潮流である。それは、2020年代における現行メタルが、ジャンルとしての純度よりも、情動の伝達力や自己物語化の手段として機能しているがゆえに起きていることでもある。つまり今のメタルは「他ジャンル適応力」と「情動アピール力」が異様に高く、それによってTikTokやYouTube Shortsといった短尺メディアでも、爆発的な感情の解放やダイナミックな展開が「ポップ」と受け取られヒットしているのだ。

その点、スリープ・トークンの『Even in Arcadia』はまさしくお手本のような作品と言える。アルバム一枚で感じられるくらいの多ジャンル性とエモーションの起伏が一曲の中に詰め込まれていて、しかも聴きやすい。本来なら散漫になったり歪になったりするであろう発散性が、シームレスに繋がり丁寧にトリートメントされているのだ。

では、そういった「他ジャンル適応力」「情動アピール力」はどのようにして醸成されてきたのか? まずは、昨今のポストジャンル的潮流が重要な背景として挙げられよう。ポップスの中にメタルを取り入れる動きはリナ・サワヤマやPoppy、グライムスといったアーティストによって推し進められてきたし、他方でメタル側も、ジール&アーダー(Zeal&Ardor)やローズ(Loathe)といったバンドがR&B、アンビエントのようなスピリチュアルな質感を吸収してきた。

中でも、スリープ・トークンはその腕前では傑出しており、ポップだメタルだとわざわざ区分するのが意味をなさないほどに両者が溶けあっている。ザ・ウィークエンドやケレラ(Kelela)のようなオルタナティヴR&B/アンビエントR&Bを完全に消化しているからこそ、メタルもピアノ・バラードも、全てが独自の料理法によってスリープ・トークン色に染まっているのだ。新作でも、アルバムの冒頭を告げる「Look To Windward」の歌唱は、フランク・オーシャンのごとき揺らぎと説得力を感じさせるだろう。


また、2000年代以降のブリング・ミー・ザ・ホライズンやアーキテクツ(Architects)、パークウェイ・ドライヴ(Parkway Drive)といったメタルコアバンドが、感情表現と叙情性を武器にポピュラリティを獲得してきた背景も重要である。メタルを「泣ける音楽」であり「叫べるポップ」へと変化させていった功績、特にBMTHが果たしてきたエレクトロニックミュージックやヒップホップとメタルコアを折衷するようなフットワークが、スリープ・トークンの表現にも感じられる。今作においても、「Dangerous」といった曲では激情と美旋律の融合がなされており、ヘヴィネスの中に確かなポップネスが香り立っている。「Infinite Baths」の後半のメタリックな展開などは、00年代メタルコアの背後にある90s北欧メロデスの陰り・美メロまでが透けて見えるようだ。

さらには、感情をストーリーテリングとして構築し届ける技術という点で、ポスト・プログレ的な潮流が試みてきた挑戦も見逃すわけにはいかない。スリープ・トークンやゴースト、レプラス(Leprous)といったバンドに見られる、複雑でありながらも構成美と物語性を備え感情の露出を躊躇わない音楽性は、2000年代~2010年代にペイン・オブ・サルベイション(Pain of Salvation)やオーペス(Opeth)、DIR EN GREYらが撒いた種が、いまようやく開花してきたことを示している。

演出と信仰の「魔術化」

さて、以上のような背景のもとで結実した”ポップのメタル化”だが、最終的にそれらが「演出と信仰の魔術化」によってアウトプットされている点こそが重要ではないだろうか。冒頭で述べた、現代ポップが抱える感情の複雑性・傷つきやすさ・自己神話化といったテーマをメタルという過剰な形式に託して放つ”ポップのメタル化”現象は、何よりも、虚構を武器に神格化/キャラクター化していく方法が没入感を生んでいる。それこそゴーストはブルー・オイスター・カルトのような70sハードロックとバロック的世界観・宗教的演出を融合し、ある種のポップ・メタル歌劇を完成させた。スリープ・トークンも、ライヴを儀式(rituals)と呼び、メンバー全員が匿名かつ覆面という暗号的で謎めいたパフォーマンスによって、さまざまな考察や二次創作を生んでいる。

そもそも、ポスト宗教時代において、虚構の物語で人々を巻き込む表現=虚構への信仰は、この10年間主に女性やクィアのアーティストたちによって推し進められてきた。たとえば、衣装やステージセットといった身体的な演出装置を通じて、自らを物語世界の神話的な存在として提示してきたメラニー・マルティネスやアシュニコ。
また、ノイズ、メタル、トラップ、エレクトロニカなどを混ぜ合わせたサウンドを美少女SF神話の中で展開し、独自の未来的神話空間を築いてきたグライムス。さらに、スクリーモ的な咆哮やノイズギターをポップラップに取り入れ、ガールズ・レイジ・メタルとも言える表現を切り開いてきたリコ・ナスティ。こうした動きは、メタルやオルタナティヴR&B、エモ、ノイズ、インディーポップ等のジャンルを横断しながら、アウトサイダー的感性を共有するSpotifyのプレイリスト《misfits 2.0》的な磁場のもとシーンを形成してきたと言える。2020年代における「演出と信仰の魔術化」はまさにこのような環境から生まれてきた現象であり、スリープ・トークンはそうした美学を深く受け継ぎながら、感情・信仰・演出の可能性を限りなく拡張してきた存在である。

スリープ・トークンの表現においては、フロントマンであるヴェッセル(Vessel)はじめ、メンバーの匿名性が大きな鍵になっている。顔を見せない/名を明かさない/人格を語らないというバンドのスタンスは、個人の自己顕示ではなく、あくまで神秘的存在への奉仕という位置づけになっているのだ。つまり、Vesselはアーティストというよりも”感情の容れ物”のようなものであり、信仰の媒介者と言えるだろう。ファンはVesselのキャラクターを神格化しているように見えるが、その実、共鳴しているのは匿名のまま立ち現れる感情そのものなのである。

Sleep Tokenはなぜ新しい? 覆面ロック集団が体現する「ポップのメタル化」を徹底解説

ヴェッセル (Vo, Gu)

さらにそこで重要な役割を果たしているのが、「声」の力であろう。『Even in Arcadia』を聴くと、多様な音楽性が溶けていく中でも歌声が中心に配置されているのが分かる。「Provider」のようにほとんどボーカルが引っ張っていくような曲もあるし、「Past Self」のようなトラップビートの中でも、「Caramel」のような轟音の中でも、声の輪郭をきちんと立たせるミックスが施されている。それら深い情動を持つ歌が”神の声”として届くことで、聴き手は自分の内面と対峙しながら、信仰的な没入を果たしているのだと思う。


以上のように、”ポップのメタル化”とは、情動への信仰をポップミュージックが担うようになったこと、そのメカニズムにメタルの様々な可能性がハマったことによって起きている。『Even in Arcadia』を聴くと、”ポップのメタル化”という感性のヒントが、作品の隅々まで染み込んでいるのが分かる。ここには本当に多くの音楽性が調味料のようにまぶされているがゆえに、デフトーンズのファンも、ボン・イヴェールのファンも、ビリー・アイリッシュのファンも、リル・ヨッティのファンも、皆が聴けるものになっている。これが、今のポップミュージックの最先端だ。

Sleep Tokenはなぜ新しい? 覆面ロック集団が体現する「ポップのメタル化」を徹底解説

スリープ・トークン
『Even In Arcadia』

輸入盤/デジタル・アルバム:発売中

日本盤CD:2025年6月25日(水)リリース
★解説・和訳歌詞付
★日本盤のみ、ボーナス・トラック2曲収録

再生・購入:https://sleeptokenjp.lnk.to/EIARS
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