「何者でもないあなたと鳴らす歌」を標榜する4人組ギターレスバンド、名無し之太郎。1stアルバム『名箋(読み:なふだ)』には、バンド結成後に初めて作った「融界」、WOWOW『連続ドラマW ゴールデンカムイ ―北海道刺青囚人争奪編―』第5話EDテーマ「毒矢」、アニメ『カミエラビ GOD.app』シーズン2 OPテーマ「風化」、さらに新曲4曲含む全10曲を収録。
高校の教室でメンバーが出会った日のことから、バンド結成、上京、メジャーデビュー、そして1stアルバムが完成した現在までの軌跡と進化が見える一枚になっている。名無し之太郎が結成から5年の月日を経て辿り着いたのは、リスナーへの愛と感謝だった。

【写真】名無し之太郎

名無し之太郎は、クラシック・ジャズ・フュージョンなどをルーツにするメンバーの技量と、バンドマンにとって必要な天邪鬼精神を持って、ボカロミュージックの発展によってメロディや構成が複雑化しているJ-POPをさらに面白く掻き回している。高度なトラックの中でも日本人の身体に馴染む普遍性や和的要素を獲得しているのは、童謡をルーツにする林(Vo)の歌があるから。ギターレスだからこそ、死生観を乗せた林の歌が力強いまま、耳元で語りかけられるように届く。

「オールジャンル制覇できるバンドになりたい」という想いのもと、アルバムには名無し之太郎の振り幅を証明する多彩なサウンドが収録された。全曲に共通して言えることは、再生した瞬間から曲が終わるまで、リスナーを飽きさせない巧みな工夫が散りばめられていることだ。それはJ-POPにおいて「発明」とも呼べるものかもしれない。そんな音楽を鳴らしながら、「何者」でなくともそのままのあなたを肯定し、あなたの生きる理由を見つけてくれる。それが名無し之太郎であり、1stアルバム『名箋』である。

名無し之太郎が語る、トレンドへの天邪鬼精神とリスナーへの愛から生まれた独自の音楽

左から:二瓶(Dr)、林(Vo)、中野(Ba)、高橋(Pf)

―メジャーデビューから1年3カ月が経ち、ついに1stアルバムが完成しました。4人が高校生の頃から演奏していた曲も入っているので、結成から今日までの音楽的なトライの変遷や考えの変化が見えるアルバムになっていると思います。
このアルバムにどういった手応えを感じているかを一人ずつ聞かせていただけますか?

二瓶(Dr/作曲編曲):初期の曲は遊びも少なく稚拙な部分があるんですけど、だんだん洗練されていっているんじゃないかなと思います。1stアルバムなのに全部曲調が違うところも面白いかなって。オールジャンル制覇したい気持ちがありますね。

高橋(Pf):僕たちが高校時代にYouTubeにあげた「融界」(アルバム1曲目に収録されている、名無し之太郎が初めて作ったオリジナル曲)を聴いてくださっていた方もいると思うんですよ。そこから5年という時間をギュッと圧縮して、「これが私たちの名刺です」と言えるアルバムになったと思います。

―作曲者である二瓶さんは楽曲面において、どういう方向性で「洗練」できたと実感していますか?

二瓶:最初期の「融界」「我儘」は、バンドにギターがいたときの曲なんですよ。なので「融界」とかはギターが弾きそうなリズムになっていて。ギターがいなくなってから、曲の作り方において発想の転換をしなきゃいけなくて、そこが一番大変だったんです。最初は自分に対して「ピアノバンドの曲作りの練習をしろ」みたいな意味を込めて作曲していることが多かったんですけど、後半はこの形に慣れてきて、最近は「ギターレスだったんだ」みたいに言われることもあるので嬉しいです。

―たとえばOmoinotakeもあえてギターを入れない曲作りを追求しているバンドですけど、名無し之太郎も、ギターを入れないからこそ鳴らせる音像がバンドの個性になってきた手応えがある?

二瓶:そうなんですよね。「春巡り、」を作っているときに、アレンジャーさんから「ギターを入れちゃえばいいんですけどね。それが一番手っ取り早いんですけどね。
でもダメなんでしょう?」みたいなことを言われて(笑)。おそらくギターを入れたらもっとわかりやすくなると思うんですけど、この縛りがあるからこそいろんなアイデアが浮かんでくるので。ギターの歪み感がない分、全体的な音のバランスとして歪みが少ないので、アコースティックバンドを進化させたような音色の曲が多いなと思ってます。だから聴いていてそんなに耳疲れもしないし、新鮮さもあるかなと。しかもギターがいたら、林の声と音域がかぶっちゃうんですよ。今の形だと、ちゃんと語りかけてくるようなパワーがある。

中野(Ba):必然的にベースとキーボードも聴こえやすくなるんですよね。ベースなんて、普段聴かれないじゃないですか。

―そんなことないと思いますけど(笑)。

二瓶:アニメとかでも大体ギターがヒロインだもんね。

中野:聴かれないとわかっていつつも、私もシンプルなことはやりたくないので、いつも気持ちの悪いことをやっているんです。けっこうシンプルな曲の「0次元」でさえ、「ここでそこ行くんだ?」みたいな気持ち悪いことをやっているんですよ。
なので、このアルバムを聴いて、ベースのよさをわかってくださる方が増えればいいなと。楽器を始めるときにギターを選ぶことが多いと思うんですけど、ベースも選択肢に入れてほしいなっていう気持ちがあります。その領域まで行きたいですね。

メンバーの出会いと決意を歌った「春巡り、」

―林さん、中野さんはアルバム全体を通して、つまりは5年間の変化に、どういった手応えを感じていますか?

林(Vo/作詞):歌詞のことを話すと、高校のときに書いた「融界」「我儘」「嘘つき」「カラヤブリ」らへんはまだ荒くて尖っているんですけど、やっぱりどんどん洗練されていったなと思います。言葉がわかりやすくなったり、音で聴いても意味がわかったりするような歌詞に、どんどん変化していると思います。特に新しい「春巡り、」「Piece of Cake!」は、曲調だけじゃなくて歌詞もすごく明るくなっていて。みんなが言ってくれた通り、私たちの変遷や軌跡が如実に出たアルバムになっているんじゃないかなと思います。

中野:「融界」と一番新しい「春巡り、」では、もう別のアーティストがやっているくらいの感じで。具体的に言うとベースのフレーズの付け方も「風化」を機にガラッと変えて、高校の頃と同じ人とは思えないフレーズになっていると思います。そもそも私は高校の部活からベースを触り始めて、その頃は将来的に音楽をやろうという視野がまったくなかったので、「融界」「我儘」「嘘つき」「カラヤブリ」あたりはまだ部活の延長線みたいな感覚だったんです。曲の成長もそうですけど、我々の精神的な成長も感じられるアルバムになっているんじゃないかと思います。

―このバンドで生きていく覚悟、聴き手に対する目線、プロ意識みたいなものが育った軌跡が見えるということですよね。


中野:その通りです。

―そういった意識変化や、中野さんがいうバンドの「精神的な成長」を見られるのが、アルバムに新曲として収録される「並行世界」「春巡り、」「Piece of Cake!」「0次元」だと思いました。まず一番びっくりしたのは「春巡り、」。この曲、すごいですね。

二瓶:おお、まじですか。

―みんなの合唱がめちゃくちゃエモーショナルで。しかもエレクトロな要素の取り入れ方が名無し之太郎にとっては新たなトライで、「こんな曲もやってくるんだ」と思ったし、「なんでこういったサウンドをやろうと思ったのだろう」と気になりました。

二瓶:この曲は我々の話で。私たちの故郷である函館や出会ったときのことが、林の書いた歌詞に入っていたんですよね。

林:私たちの出会いや結成からここまでの軌跡を書きました。二瓶と私の出会いは、同じ高校のクラスで「誰が書いたかを当てる」みたいな英語のアクティビティがあったとき、二瓶が最後の最後まで書いた人を見つけられなくて、「これ書いたやつ誰だ!」ってなって「私だ」って言ったら「お前かよ!」って言われたのが最初なんですよ(笑)。そのときの出来事とか、軽音部で組む相手が見つからない残り物で集まったバンドであることから、〈残り物には福がある〉って書いたり。


―授業中の出会いのシーンのことを事細かに描写していたんですね。

林:〈悪戯に糸は結び結ばれ〉〈解けそうな糸を結び直して〉とあるのは、縁がつながったけど、高校から大学へ進学するときに「上京するのかどうか」「このバンドを続けていくのかどうか」という話になって、実際にひとりメンバーが抜けちゃったりしつつも、二瓶の強い力やみんなの意志で最終的には糸を結び直して活動を続けているという意味で。〈これも全部貴方のせいよ/死なば諸共さ 道連れだとも 何があろうと〉は、やっぱりバンドは運命共同体みたいなイメージがあるので。私は、高校時代は音楽の世界に入る予定がなくて、ある意味、こいつらと出会ってしまったせいで音楽の道に引き摺り込まれてしまったんですよ。今はもうこの道しか考えられないくらいなので、「ありがとう」という気持ちでいっぱいなんですけど。

二瓶:あのまま行ったら防衛大学に入っていたもんね。

林:そうですね、官僚になりたかったので。

二瓶:絶対に公務員にさせたくなかったね。「(林の)お父さん、すみません」って思いながら……。

林:だから〈貴方のせい〉だよっていう(笑)。そのうえで「死ぬなら一緒に死のうぜ」っていう、いい意味で呪いみたいな歌ですよね。サビの歌詞は縦読みしたら「春隣」なんですけど、私と二瓶が最初に組んだバンドの名前が「春隣」なんですよ。
紐解いていけば、そうやっていろんなエピソードが詰まっている曲です。

―へえ! 林さんはこれまでも歌詞に考察要素を入れられていましたけど、ここでもふんだんに発揮していますね。そこから二瓶さんはなぜこのテーマを、4つ打ちエレクトロ+合唱という今までにないサウンドで表現しようと思ったんですか?

二瓶:これはメンバー感と地元・函館感を出すために色々やった結果で。合唱はレコーディング当日に決まったようなもので、それは「熱量を持たせたい」というのが理由でした。シンセの音は函館の冬を想像して、そこからコーラスを入れたり生音っぽいドラムを4つ打ちにしたりして、春の一歩手前みたいな感じにして。

林:冬から春になるような、どんどん暖かな陽気になって明るい未来に行くようなイメージがあるんじゃないかな。全員の声が入っていたほうが意味も強くなると思ったので、合唱は私だけじゃなくてみんなにも歌ってもらいました。

二瓶:新しく作った「春巡り、」「並行世界」「Piece of Cake!」は、林も言った通り、明るい曲が多くて。それは、ライブで「世界観に浸る」というよりみんなと一緒に楽しめる曲を増やしていこうという考えもありました。

中野:「春巡り、」のサビや〈らるらら〉のところをみんなが歌いやすいメロディと歌詞にしたのは、そういった意味がありましたもんね。

林:新曲の中でも「0次元」を書いたのはウジウジしていたときで。「0次元」は、表面的な自分を「私」、心の深層にいる自分を「わたし」で表現しているんですけど、当時は歌っているときの自分と現実の自分は違うイメージがあって。舞台に立つ人だけじゃなくて誰しも、ひとりで家にいるときと人前に出るときって差があるから、いろんな人に通ずる曲なんじゃないかなとは思っているんですけど。今はキツイとか思ったりしないんですけど、このときは悩んでいたんだと思うんですよ。明るい曲がないし、ライブでお客さんと乗りきれないし、何をどうしたらいいかわからない時期だったんじゃないかな。

二瓶:ライブのパフォーマンスをどうすればいいんだろう、っていう混沌期だよね。

―新しい曲を作ったことで、光が見えて混沌期から抜け出せた?

林:「Piece of Cake!」とかができて、パフォーマンス的にはだいぶ救われたよね。

二瓶:作ってよかった!

名無し之太郎が語る、トレンドへの天邪鬼精神とリスナーへの愛から生まれた独自の音楽


「あい」で韻を踏んで愛を伝える。サビ二段構造の理由

―名無し之太郎の曲は構成・展開も意外性に富んでいるのがアイデンティティになっていて、今話題に出た「Piece of Cake!」でも「サビ2段構え」という名無し之太郎節が出ているのがいいですよね。1つ目のサビが終わったあとにくる〈味気ない毎日〉から始まる部分、「ラスサビがきたのか!?」と思うような勢いがあって(笑)。

二瓶:サビのあとにもう1回サビがくる構成が好きなんですよね。2回サビがあったら楽しいですよね? せっかくA、B、サビときて、1回で終わるのはもったいなくないですか? 僕の緩急の作り方に癖があるせいか、Bで落ちたりするので、そうなったら短いサビでは上がりきれなくて、全体の美しさを見てもう1発置きたくなるんですよね。キャッチーな曲でも、キャッチーじゃない部分は絶対入れたいなと思っていて。「春巡り、」はオールキャッチーの意識なんですけど。キャッチーじゃない部分を入れるために、キャッチーな曲を作っているまであります。

―二瓶さん的には「Piece of cake!」のキャッチーじゃない部分はどこなんですか?

二瓶:最後の日本語サビの前の、〈どうせいつか~〉の部分ですね。

林:ここは歌詞も〈どうせいつか露と消えるの〉って、林節が入ってますね(笑)。いきなり退廃的になる。

―「Piece of Cake!」は、〈創りあげた自分から/逃げ出して〉という歌詞が、もともと林さんが人の目を気にしたり褒められるために頑張ったりするような生き方から抜け出したいと思った人生の経験から、「何者でもないあなたでいい」「名無しでいい」というメッセージを歌っている名無し之太郎の核を、まっすぐ歌っている印象を受けました。

林:「Piece of Cake!」は、独りよがりの音楽じゃなくてお客さんと盛り上がれるようになりたいという意志が強くなってきたときに、二瓶が先に曲を作ってくれたんですよ。今までの私の歌詞は、尖ってますし、暗いですし、死と生を歌っているし、正直ヘヴィだったんですけど、この曲が上がってきたときに「歌詞も明るくせんといけんやろ」と思って。やっぱり曲が明るいと、言葉のチョイスも変わることを実感しました。

―全体的に名無し之太郎を聴いてくれている「あなた」へ直接的な言葉が多くて。今日の取材で何度も「成長」という言葉が出ていますけど、独りよがりではなく「リスナーに届けるんだ」という気持ちの高まりが、この曲に表れていますよね。

林:「私たちのために生きてくれ〈Live for us if you dont have reason of life.〉」って言ってますからね。おこがましいんですけど、私たちが生きる意味の1つになれるのであれば、それだけで誰かの力になれるかもしれないなと思って。もし生きる理由がなくて諦めそうになるんだったら、私たちを目的にしてくれという想いで入れました。

中野:林の歌詞にしては珍しいくらい直接的な表現だよね。

林:聴いてくださっている方に愛や感謝を伝えたいというのがテーマでした。〈味気ない毎日も渇いた思いも描いた未来に変わりますように/量れないくらいの愛を貴方へ伝えたいありがとう〉は、全部「あい」で韻を踏んでて。「愛」を伝えたい曲だったので、韻を踏むなら「あい」だろうと思って。愛をいろんなところに隠しました。

―すごい韻の踏み方……! 結成からの5年間の軌跡とは、部室で4人でやっていた名無し之太郎からいろんな人を招き入れる名無し之太郎への変化である。そして最終的にはリスナーへの愛と感謝にたどり着いた、というのがすごく素敵ですね。

二瓶:もう5年経ったらどうなるんでしょうね。

―バンドのここまでの歩みを記録した『名箋』は、4人の発想力と技術力から生まれた音楽的なトライの軌跡であると同時に、聴いた人それぞれの人生に深く寄り添う曲が並んだアルバムだと思います。

林:言っていただいた通り、自己満足の楽曲から、聴いてくださる方や支えてくださる方のことを考えて、その人に伝えたいものがある楽曲へと変化したなと思います。ライブでも心から「ありがとう」という想いを、もっともっと音と全身で伝えられるようになっていきたいです。

<INFORMATION>

名無し之太郎が語る、トレンドへの天邪鬼精神とリスナーへの愛から生まれた独自の音楽

『名箋』
名無し之太郎
発売中・配信中

https://nanashi.lnk.to/nafuda

『名無し之太郎 1st ONE-MAN TOUR 2025 "名箋"』
6月14日(土) 東京 下北沢DaisyBar
6月21日(土) 大阪 LIVE HOUSE pangea
6月28日(土) 北海道 札幌 Crazy Monkey
6月29日(日) 北海道 函館 ARARA

チケット発売中
https://eplus.jp/sf/detail/4302410001?P6=001&P1=0402&P59=1
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