今年3月中旬、J-Hopeが北米ツアーの幕開けとなるステージに立ったのは、ブルックリンのバークレイズ・センターだった。彼のセットリストは、BTSメンバーとしてのヒップホップへのアプローチがますます広がっていることを示すショーケースとなった。
BTSのアリーナを揺らした「MIC Drop」から、陽気なアンセム「= (Equal Sign)」、そしてトラップを基調にしたラップ×シングの新曲「MONA LISA」の初披露まで、多彩な楽曲が並んだ。

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その頃、世界の反対側では、バンドメイトのJinが、自身2作目となるロック色の強いソロアルバム『Echo』の仕上げ作業に取り組んでいた。このアルバムでは、熱量のあるポップ・パンクのリフ、オーケストラのストリングスが支えるロマンティックなブリットロックのプロダクション、さらにはカントリーロック風の楽曲にまで挑戦している。

J-HopeとJinがそれぞれの表現を広げる一方で、BTSの他のメンバー──RM、Suga、Jimin、V、そしてJung Kook──は、今年それぞれの除隊を迎えるまで韓国での兵役義務に従事していた(JinとJ-Hopeは他のメンバーより先に入隊しており、Jinは2024年6月、J-Hopeは2023年10月に除隊している)。とはいえ、彼らもこの数年間は音楽的に多忙な日々を送ってきた。

これは、グループの所属事務所・HYBEが兵役による活動休止期間を、個々の表現を育てるインキュベーター期間と位置付けたからだ。RMは高い評価を受けたソロアルバム『Right Person, Wrong Place』でインディー系の豊かな音世界を探求し、Vは「White Christmas」でBing Crosbyのボーカルと共演するなど、懐かしいジャズの温かみを味わわせた。Jung Kookは西洋ポップスの洗練されたサウンドでチャートを席巻し、Jiminもダークなポップの領域に踏み込み全米1位を獲得している。

こうした兵役期間とソロ活動の冒険の間、BTSのそばには精鋭のクリエイティブチームが常に寄り添ってきた。各メンバーの音楽的個性を育み、K-POPが世界でどこまで可能性を広げられるかという限界に挑み続けてきた。その中心にいるのが、2013年のBTSデビュー以来サウンドを支え続ける、K-POP界の名プロデューサー・Pdoggである。

本名カン・ヒョウォンのPdoggは、BTSの音楽制作全体を監督している。
海外メディアに登場するのは珍しいが、Rolling Stoneの取材に対し、彼は制作の出発点をこう語る。「まずアーティストと直接つながり、今どんなことを考えているのかをじっくり聞くことから始めます。そこから楽曲の初期コンセプトを練り上げるんです」。スタジオでは楽曲の土台を作り上げたり、コンセプトに合ったデモをマッチさせたりする。基本的に最初の歌詞案はアーティスト本人が書き、その後、コラボレーターたちと共に音楽的なビジョンを完成へと導いていく。

BTSの制作において何より重要なのは「コミュニケーション」だとPdoggは言う。

「BTSの楽曲やアルバムは、メンバー個々の物語が中心になることが多いんです。だから一人ひとりとたくさん話をして、彼らの考えや世界観を丁寧に共有します。そこから彼らの視点に沿った楽曲をつくり、適切なデモを選んでいく。通常、歌詞の初稿はアーティスト自身が書き、そこに僕が肉付けを加えて曲に仕上げます。録音の過程でも、彼らが今まで見せられなかったアーティスティックな側面を引き出せるよう一緒に作業しています」

41歳のPdoggは、BTSだけでなくBIGHIT MUSICに所属する練習生たちの育成にも関わっている。BIGHIT MUSICにはBTSのほか、ベテラン歌手イ・ヒョン、人気グループTomorrow X Together(TXT)、そして2025年第3四半期にデビュー予定の新たなボーイズグループも所属している。
もともとBTSを育てたHYBEは、小さなマネジメント事務所から国際的エンターテインメント企業へと成長を遂げたが、Pdoggはその黎明期から歩みを共にしてきた。

PdoggがHYBE創業者で現会長のパン・シヒョク(通称”Hitman” Bang)と出会ったのは約20年前。当時、彼のクレジットは8EightやLim Jeongheeといったアーティストに限られていた。

「会社がまだ小さかった頃から、パン会長は常にミキシング、マスタリング、セッションに投資し、納得できる結果が出るまで妥協せず追い込みました」とPdoggは語る。「最初に会ってから20年近く経ちますが、会長の音楽への揺るがぬ情熱と常に新しいサウンドを追求する姿勢を見て、僕は全面的に信頼しています。僕がスランプに陥った時でも、損失を背負いながら信じ続けてくれたからこそ、今も音楽を作り続けられています」

Pdogg自身は、「2000年代半ばから後半のサウンドを現代的にアップデートしてみたい」「まだポップとして主流に届いていないジャンルの融合を探りたい」といった個人的な興味を抱いているが、BTSの今後のサウンドの方向性は最終的にメンバー自身が主導すると明言する。

BTSは「Dynamite」や「Butter」といった全編英語楽曲でBillboardヒットやグラミーノミネートを獲得してきた(ちなみにこの2曲にPdoggは関わっていない)。だが彼は、これが今後の制作方針を左右することはないと語る。

「プレッシャーや不安は常にありますが、それも制作の旅の一部なので特別なことではありません。最近は世界のトッププロデューサーやソングライターと新しい形でコラボしながら新たなサウンドを模索しています。『Dynamite』や『Butter』とは異なるけれど、世界中に響くものを作りたいと考えています」

次回のBTSカムバックアルバムでは、少なくともクレジット上でひとつの変化がある。それは、これまで長年BTSと共に歩んできたBIGHIT MUSICの別の名プロデューサー・Slow Rabbit(本名クォン・ドヒョン)の不在だ。
Slow Rabbitは2022年のアルバム『Proof』に収録された「For Youth」でRM、J-Hope、Sugaと共作していたが、今は別のグループに注力している。

「きっとメンバーと今回参加する才能あるプロデューサー陣が素晴らしいアルバムを作り上げるはずです」とSlow RabbitはRolling Stoneに語る。「僕自身もBTSのカムバックを楽しみにしていますが、現在はTomorrow X Togetherのメインプロデューサーという役割に専念しています」

HYBEの音楽プロデューサーたちが語る BTSとK-POPの未来をつくる現場から

TOMORROW X TOGETHER (C)BIGHIT MUSIC

TXTは2019年初頭にデビューした際、一部では「BTSの弟分」と呼ばれたが、独自の音楽的冒険を築いてきた。彼らは「Farewell, Neverland」「Cant We Just Leave the Monster Alive?」「Sugar Rush Ride」など、現代の成長物語を神秘的で童話的な世界観で描く手法を磨いてきた。

「BTSと仕事を始めた頃は、僕もまだプロデューサーとしては駆け出しで、”Hitman” BangとPdoggから多くを学びました」とSlow Rabbitは振り返る。「TXTのメインプロデューサーになるのは大きな飛躍でした。この役割を通して、プロデューサーとしての責任や役割をより深く理解できました。BTSとTXTを同時に抱えた時期は非常に混乱し、精神的にも大変でしたが、その経験が今の自分の基盤になっています」

HYBEの強力なA&Rや出版部門のおかげで、PdoggやSlow Rabbitらは他社所属アーティストにも多数の楽曲提供を行っている。最近ではPdoggがJYP所属のTWICEのNayeonのソロ曲「ABCD」に参加し(JYP創業者J.Y. Parkは2000年代~2010年代前半にBang氏と共に仕事をしていた経緯もある)、Slow RabbitはSMエンターテインメント所属のaespaのKarinaによるバイラルヒット「UP」を共同プロデュースした。

さらに、PdoggやSlow Rabbitと並んで、HYBEでは新たな世代のプロデューサー陣も頭角を現している。たとえば、2025年のコーチェラでブレイクしたENHYPENのリードプロデューサー・ARMADILLO、Nile RodgersやAfrobeats、ヴォーギングの要素をLE SSERAFIMに取り入れているソングライティングデュオ・13などがその代表だ。

こうしてBTSのカムバック準備と並行しつつ、彼らはK-POPの未来像を描き続けている——その音楽の旅路、舞台裏の物語、隠れた名曲について、今回Rolling Stoneに語ってくれた。


PDOGG、Slow Rabbit、13、Armadillo、HYBEの謎めいたプロデューサーたち

PDOGG

HYBEの音楽プロデューサーたちが語る BTSとK-POPの未来をつくる現場から

(C)BIGHIT MUSIC

代表的な10作品

BTS「No More Dream」(2013年)
RM & Wale「Change」(2017年)
BTS「Boy With Luv (feat. Halsey)」(2019年)
Jin「Abyss」(2020年)
GFRIEND「Apple」(2020年)
Coldplay & BTS「My Universe」(2021年)
Charlie Puth & Jung Kook「Left and Right」(2022年)
J-Hope「On the Street (with J. Cole)」(2023年)
Jimin「Who」(2024年)
Ailee「MMI」(2025年)

ーBTSのソロ活動中心の新章はあなたにとってどんな時間でしたか?

以前はチームの調和が最優先でしたが、ソロでは個々の個性を最大限活かしています。メンバーそれぞれのビジョンを丁寧に反映し、パーソナルなテーマを取り入れた作品に仕上げています。声質や好むジャンルも異なるので、新たなアーティスト像を提示できています。

ーキャリア最高の瞬間は?

2020年グラミー授賞式でのNasとの共演です。BTSが音楽界のレジェンドと肩を並べた瞬間を現地で目撃できたのは忘れられません。

ーお気に入りの楽曲は?

「Save ME」(BTS)です。MVの曇天が楽曲の孤独感と絶妙にマッチしていて、振付と雰囲気が感情を完璧に表現しています。今もよく見返します。

Slow Rabbit

HYBEの音楽プロデューサーたちが語る BTSとK-POPの未来をつくる現場から

(C)BIGHIT MUSIC

代表的な10作品

BTS「Coffee」(2023年)
Tomorrow X Together「CROWN」(2019年)
NCT DREAM「Countdown (3, 2, 1)」(2021年)
&TEAM「Under the Skin」(2022年)
TWICE「Brave」(2022年)
Tomorrow X Together & Anitta「Back for More」(2023年)
fromis_9「Bring It On」(2023年)
ILLIT「Magnetic」(2024年)
ENHYPEN「Fatal Trouble」(2024年)
Yeonjun「GGUM」(2024年)
KATSEYE「Gnarly」(2025年)

ー嬉しかった瞬間は?

TXTのデビューコンサートと、BTSが音楽賞で初受賞した時です。

ーILLIT「Magnetic」での新たな節目について

初のガールズグループデビュー曲でBillboard Hot 100入りも果たせました。

ー現在の制作ルーティンは?

TXTの新作に集中中です。特にTAEHYUNとは音楽談義が深いですし、YEONJUNやBEOMGYUとも制作を進めています。
Hitman BangやA&Rチームとも頻繁に方向性を話し合っています。

ーTXTの今後について。

今は過渡期であり、変化を反映しつつTXTらしさを守っています。次回カムバックは大きく雰囲気を変えます。最近は国際的プロデューサーとも積極的にコラボしています。

ー最も困難だった制作は?

2024年1月1日。「Deja Vu」と「Magnetic」を同時に仕上げていて非常に過酷でしたが、両曲の核心がその日に完成しました。練習生JamesやMartinとコラボできたのも印象深いです。

ー隠れた名曲は?

ENHYPENの「Moonstruck」です。ストーリー性が美しく反映されています。

13(SCORE & Megatone)

HYBEの音楽プロデューサーたちが語る BTSとK-POPの未来をつくる現場から

(C)SOURCE MUSIC

代表的な10作品

BTOB「Ill Be Your Man」(2016年)
GFRIEND「Hear the Wind Sing」(2017年)
Soyou & Baekhyun「Rain」(2017年)
Jonghyun「Shinin」(2018年)
Wanna One「One Love」(2019年)
Golden Child「Burn It」(2021年)
LE SSERAFIM「UNFORGIVEN (feat. Nile Rodgers)」(2023年)
Huh Yunjin「Raise y_our glass」(2023年)
KATSEYE「Tonight I Might」(2024年)
LE SSERAFIM「HOT (English version) (feat. JADE)」(2025年)

ー「13」のユニット名の由来は?

SCORE:偶然同じアパートの13階に住んでいたんです。「13」という数字の神秘性も気に入りました。


ー「Hitman」Bangに見出された経緯は?

Megatone:LE SSERAFIMのティーザー公開時、ファンの期待の高まりを感じました。ついにステージに立つ彼女たちを見たときは胸が熱くなりました。

ー制作のインスピレーション源は?

SCORE:3年以上LE SSERAFIMと共に作業してきたことで、互いのビジョンが自然と一致してきました。常に最新トレンドをグループの個性に合わせて取り入れています。

ージャンルによるアプローチの違いは?

SCORE:10年以上のフリーランス経験で、ジャンルや国籍を問わずアーティストごとの個性を尊重する重要性を学びました。

ーK-POPの今後について。

Megatone:グローバル競争が激化する中、世界基準と独自性を兼ね備えた音楽が求められています。

ーお気に入りの楽曲は?

Megatone:「CRAZY」はLE SSERAFIMの個性を完璧に捉えた作品です。「ANTIFRAGILE」も現在地を築く上で重要でした。

Armadillo

HYBEの音楽プロデューサーたちが語る BTSとK-POPの未来をつくる現場から

(C)BELIFT LAB

代表的な10作品

2AM「Love Actually」(2014年)
15& & Kanto「Love Is Madness」(2015年)
Stray Kids「Hellevator」(2017年)
Suzy「Pretend」(2017年)
Chung Ha「Everybody Has」(2020年)
NMIXX「DICE」(2022年)
UP10TION「Angel」(2022年)
BOY STORY「ENOUGH」(2023年)
ENHYPEN & JVKE「XO (Only If You Say Yes) (English version)」(2024年)
ENHYPEN「Loose」(2025年)

ープロデューサー名の由来は?

自分のペースを大切にし、地に足をつける姿勢から名付けました。

ーキャリアの節目は?

Suzyの「Pretend」です。初のタイトル曲でチャート1位も獲得しました。

ー現在の制作ルーティンは?

朝5時起床、ランニング後に午前中は制作。午後はサウンドデザインやミキシングのスキル磨きに集中しています。

ーHYBEプロデューサーの仕事の特徴は?

ENHYPENのリードプロデューサーとして、アルバム制作からコンサート音源まで幅広く関わっています。

ー最近のインスピレーションは?

足し算より引き算を重視し、曲の核の強度に集中しています。アナログの質感にも惹かれています。

ー新人アーティストへのアプローチは?

まずアーティストの感情やストーリーを深く理解し、それを寝かせてから作曲に入ります。長年温めた曲が思わぬアーティストにぴったりはまることもあります。

ー最も困難だった経験は?

所属先がなかった頃、地下駐車場の車内で作曲していました。暑さも気にならないほど音楽に没頭していました。「自分の音楽を愛してくれる誰かがいる」──その思いが支えでした。

ーお気に入りの楽曲は?

Suzyの「Pretend」です。キャリアのターニングポイントとなった大切な作品です。これからもサウンドデザインを深掘りし、世界とつながる楽曲を作りたいです。
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