「国籍」や「ジャンル」といったフィルターが今よりも頑強で、揺り動かし難い障壁として直立していた時代から、澄んだ瞳でポピュラーミュージック全般を見通していたレーベルが存在する。トーキング・ヘッズのデイヴィッド・バーンが80年代末に設立した〈Luaka Bop(ルアカ・ボップ)〉だ。
当時の欧米諸国にとって「未発見」であったムタンチスやトン・ゼーなどのブラジル音楽史における重要人物たち、さらにはスサーナ・バカやウィリアム・オニーバーといったアフリカ~ラテン・アメリカ圏のアーティストを〈Luaka Bop〉は積極的に紹介。ファラオ・サンダースやアリス・コルトレーンといったジャズ界の偉人たちの作品も取り扱うなど、自国であるアメリカ合衆国の語られざる一面にも光を当て続けてきた。点在している文化を自己実現の道具として扱うのではなく、ディガー的な好奇心でもって時代や土地の空気をパッキングしようとする運営方針は、近年のデイヴィッド・バーンの活動ともシンクロしている。
この度beatinkとのパートナーシップ締結が発表され、日本でのますますの展開が期待される〈Luaka Bop〉。その最新作がアニー&ザ・コールドウェルズ(Annie & The Caldwells)による『Cant Lose My (Soul)』だ。約半世紀前にミシシッピの教会でステイプルズ・ジュニア・シンガーズとして活動を開始し、各々が別の仕事をこなすかたわら週末に家族総出でゴスペルを演奏していた彼女たちは、活動初期に録音したシングルが〈Luaka Bop〉のコンピレーションに収録されたことにより、世界中の耳の早いソウル・ミュージック・リスナーから注目を集めることになる。
そして、ステイプルズ・ジュニア・シンガーズ時代のアルバムのリイシューを経て、来る2025年に新作が録音/発表される運びとなった。リード・シンガーを務める母のアニーを筆頭に、ミシシッピの教会で純粋培養された力強い歌声が鈍く響く、コシの強い作品だ。
今回は〈Luaka Bop〉とアニー&ザ・コールドウェルズの歩みを整理し、歴史の重みと共に捉え直すためのインタビューを実施。話を聞いたのは著作『魂(ソウル)のゆくえ』をはじめ、ソウル・ミュージックを広く日本のリスナーたちに紹介してきたブロードキャスターのピーター・バラカン氏だ。トーキング・ヘッズの活動をリアルタイムで観測し、欧米圏以外の音楽への見識も深い氏に、普遍的な作品の魅力を語ってもらった。デイヴィッド・バーン自身も〈Matador〉より最新アルバム『Who Is The Sky?』を9月にリリースするとのことで、その功績を辿るには絶好のタイミングだろう。
アニー&ザ・コールドウェルズは10月に朝霧JAMでの初来日も決定。溢れ出るバラカン氏の語りから、前世紀を貫いて2025年へと投射される〈Luaka Bop〉像を熟視してほしい。
※取材協力:CAFE RADIO PLANT
バラカン氏が見たデイヴィッド・バーンと〈Luaka Bop〉
ー〈Luaka Bop〉やアニー&ザ・コールドウェルズの話題に移る前に、まずは設立者のデイヴィッド・バーンおよびトーキング・ヘッズのお話から伺いたいです。バラカンさんは当時、どのように彼らの作品を聞いていましたか?
バラカン:トーキング・ヘッズはデビュー当初から聞いてはいたのですが、大きくのめり込んだのは『Remain In Light』からです。ちょうどあの年(1980年)に初めて雑誌で年間ベストアルバムを発表することになったんですけど、このアルバムを1位に選んだ記憶があります。アフリカの音楽が欧米でほとんど知られていない時代にロックへと取り入れて、あそこまでユニークなサウンドを作ったというのは、誰も予想できませんでした。プロデューサーのブライアン・イーノの功績もあると思いますが。
80年代の半ば、僕は洋楽のミュージック・ヴィデオを紹介する番組『ザ・ポッパーズMTV』を担当していました。そこで流れるトーキング・ヘッズのヴィデオはセンスに溢れていて、クリエイティヴなものばかりでした。それから80年代末の『Naked』までバンドは作品を出していました。ちょうどデイヴィッド・バーンが〈Luaka Bop〉を始めたのもこの時期ですよね?
ーそうですね、〈Luaka Bop〉の設立が1988年です。
バラカン:最初に彼のソロ・アルバム(1989年発表の『Rei Momo』)が出たんですよね。
ー当時のカタログで熱心に聞いていた作品はありますか?
バラカン:個人的にハマったのはメキシコとかコロンビアとかの、いわゆるラテンロックですね。ロス・アミーゴス・インビシーブレス(Los Amigos Invisibles)っていうバンドがいて、ラジオでも当時紹介していました。あと、とても響いたのがスサーナ・バカ(Susana Baca)っていうペルーの黒人歌手。彼女の声が好きで、一時期よく聞いていました。
ーそのような、「ワールド・ミュージック」として大きく括られていた音楽を、〈Luaka Bop〉はより広いリスナー層に紹介した印象です。
バラカン:そうですね。少なくとも、欧米ではその役割を果たせたと思います。例えば、日本ではもっと昔からブラジルの音楽が好きな人が多かったですよね。でもイギリスなんかだと、ボサノヴァで売れたレコードが2つほどあるぐらいで、僕らの世代はほとんど触れていないと思うんですよ。
ーバラカンさんの周りにいた方々の間でも〈Luaka Bop〉の作品は聞かれていたんですか?
バラカン:ミュージシャンとか、クリエイティヴな領域で仕事をしていた人は聞いていたと思います。ただまぁ、とにかく渋い。シュギー・オーティスなんかも、最初はお父さんのジョニー・オーティスのアルバムで15歳の頃にギターを弾いていたのを聞いて知っていたんですけど、その後に〈Luaka Bop〉からアルバム(『Inspiration Information』)がリイシューされて驚きました。ただ、バーンもイェールも、一貫してサイケデリックなものが好きなんじゃないかと思います。ブラジルのトロピカリアを紹介したり、ウィリアム・オニーバーにしたってそう。
ー確かにそうですね。どれも〈Luaka Bop〉らしさはあるというか。
バラカン:アニー&ザ・コールドウェルズのアルバムに関しては、正統派のソウルミュージックですよね。前身のステイプルズ・ジュニア・シンガーズの頃から、バンドの在り方自体は全然変わってないというか。僕にはもうドンピシャです(笑)。
ステイプル・シンガーズのTシャツを着たバラカン氏
ーおぉ、こんなアイテムがあるとは。
バラカン:しかも、このTシャツを知ったのはデイヴィッド・バーンのおかげなんです。彼がパンデミック中にソーシャルディスタンスでのダンスパーティーをキュレーションして。天井から等間隔のダウンライトを照らして、その中で踊るっていう企画だったんです。それについてインタビューに答えてる動画があるんですけど、その時にこのTシャツを着てたんです。僕は「え!こんなのあるの!」ってビックリして、すぐに検索して買いました。
それと、実は80年代にステイプル・シンガーズはトーキング・ヘッズのカバーをしてるんですよ。「Slippery People」ですね。メイヴィス・ステイプルズは未だにこの曲を歌っていて、先日の来日公演でも披露していました。
バラカン氏が言及しているデイヴィッド・バーンのインタビュー動画
ステイプル・シンガーズによる「Slippery People」
ーデイヴィッド・バーンとステイプル・シンガーズには浅からぬ繋がりがあるんですね。ただ、アニー&ザ・コールドウェルズの前進であるステイプルズ・ジュニア・シンガーズは、ステイプル・シンガーズの「ジュニア」ではないという。
バラカン:そうそう。「私たちはこれに影響を受けています」っていうのをわかりやすく名前で表現しているんですよね。ボブ・ディランに対するホフディランのようなものです(笑)。ステイプル・シンガーズ自体はマーティン・ルーサー・キングとの繋がりで公民権運動にも関わりながら、ゴスペルに限らないサウンドも取り込むようになっていって、独自の路線を歩んでいました。その影響でミシシッピにステイプルズ・ジュニア・シンガーズが誕生して、まさかレコードまで作っていたとは思わなかったですよ。
「半世紀以上ゴスペルを演奏している家族バンド」アニー&ザ・コールドウェルズを知る
ー『World Spirituality Classics 2: The Time For Peace Is Now』でステイプル・ジュニア・シンガーズの楽曲(「We Got A Race To Run」)が初めて取り上げられています。このシリーズの1作目がアリス・コルトレーンで、ゴスペルとスピリチュアル・ジャズを通して〈Luaka Bop〉がアメリカを掘り下げているようにも見えます。
バラカン:それはあるかもしれませんね、ある意味で今の時代のテーマというか。僕も(昨年のPeter Barakan's LIVE MAGIC!で招聘した)マシュー・ハルソールとか、そういうものを掘り下げている人に響くものを感じます。意識してるわけではないんですけど、気がつけば特定のタイプの音楽ばかり聴いているなって。
『World Spirituality Classics』シリーズの1作目と2作目
ーアニー&ザ・コールドウェルズはステイプルズ・ジュニア・シンガーズ時代から地元であるミシシッピの教会でひたすらゴスペルを演奏をしていたとのことで、それだけ独自色も強まっているというか。
バラカン:彼女たちは70年代からずっと同じことやってるんですよね。
それと、ゴスペルが最も流行ってた40~50年代はグループがアメリカ中の教会を車で回って、コンサートが終わったら次の開催地まで移動する生活を繰り返してたそうなんです。まだ差別が酷かった時代だったから普通のホテルにも泊まれず、ルーミング・ハウス(民宿)をやってる黒人のとこに行って雑魚寝をしたりしながら、人気のグループは活動をしていました。
ただ60年代になると、ゴスペルがちょっと下火になってソウル・ミュージックが流行します。そしてそれ以降、ゴスペル・グループは全国を回るツアーが少なくなり、それぞれローカルな活動をするようになるんです。特にアメリカの南部は交通の便も限られていましたから、ミシシッピの人がミシシッピで活動をするようになったんですね。
ーそれで地域ごとに独自色が出るようになると。
バラカン:ニューオリンズとかに行くと、小規模だけどもライヴの仕事がいっぱいあるから、それを毎週やっていれば、なんとか生活はできるんです。それだったらあまり移動しないでバンドをやってた方が楽しいんじゃないかと。ロックの世界でもそう。(アメリカの)地元のクラブには、誰も名前を聞いたことがなくても凄いプレイヤーがいっぱいいるんですよ。
ステイプルズ・ジュニア・シンガーズ時代のライブ動画と、アルバム『Searching』(2024年)
ーちょうど『Cant Lose My (Soul)』のリリースに合わせて発表されていたコメントで、バラカンさんはシャロン・ジョーンズの名前を挙げられていましたよね。
バラカン:そうそう。シャロンは70年代にデビューしようとしてたんですけど、その時には音楽業界の主流がソウルからディスコに移って、彼女のような雰囲気を持った歌手がちょうど必要とされていなかった時期に被っちゃったんです。それで彼女はデビューできなかった。ただ彼女は地元のクラブで歌うことによって食い繋いで、結果的に〈Daptone Records〉が発掘して21世紀にデビューすることができた。
「シャロン・ジョーンズ以来の本格的なソウル・ミュージック!シャロンと同じように数十年間南部の田舎で出番を待っていたアニー・コールドウェルは家族バンドと共に往年のゴスペル・サウンドを体現した独自のソウルを展開します。決して古くならないこの熱い歌を聞くと日常の煩わしさがすべて吹き飛んで行きます」(※バラカン氏が『Cant Lose My (Soul)』に寄せたコメント)
ーなるほど。昔ながらのスタイルを貫き続けた結果、時代を経て発見されるという点は確かに近いですね。
バラカン:機械で作った音楽が究極まで突き詰められてる時代で、むしろこういう音楽への揺り戻しがあっても不思議ではないとは思うんですよ。ただ、『Cant Lose My (Soul)』は音がちゃんとしていて、新しくも聞こえる。彼女たちはミシシッピの教会でアルバムを録音したらしいんだけど、しっかりとしたプロデューサーを入れて録るとこうも違うのかと。ラジオで今かけても違和感のない音になっていますよね。
『Cant Lose My (Soul)』の「新しくも聞こえる」サウンドに貢献しているプロデューサーは、スーダン出身のSinkane (シンケイン)ことアーメッド・ガラブ。マルチ奏者としてカリブーなどのツアーに参加するほか、自身のソロ作でもビンテージ由来のソウル~ファンクを響かせている。デイヴィッド・バーンとはウィリアム・オニーバーのトリビュート・バンドで活動を共にするなど親交が深い
ー母のアニー・ブラウン・コールドウェルがリード・ヴォーカルを務めていますが、彼女の歌声はいかがですか?
バラカン:典型的なゴスペル・シャウトですよね。アリーサ・フランクリンのような極めて独創的で唯一無二の歌声というわけではないですけど、説得力のある声。信仰心の強い人の声には、やっぱり説得力が出るんですよね。黒人教会のドキュメンタリーを見るとみんな声量があって上手い。アニーの歌にはそういう響きの良さがありますね。
ー加えて歌詞のメッセージも力強いですよね。アルバム冒頭の「Wrong」は娘のディボラによる作詞で、勢いがあります。
バラカン:そうそう、当時の恋愛関係がうまくいかなくて作った曲らしいですね。(ディボラは)世俗的な内容の曲を若い頃に歌ってたらしいんですけど、お母さんのアニーがゴスペルの方面に引っ張ってきたと聞きました(笑)。
また、終盤に「Im Going To Rise」というミディアム・テンポの曲があるんですけど、それがゴスペル的なメッセージに溢れていて。つまり、虐げられた時代に黒人たちが教会で歌っていて、希望を持って生きていくための音楽としてのゴスペル。そういうタイプの曲ですよね。アニーの夫のウィリー・コールドウェルも良いギターを弾いているし、アルバムの中でも一番好きですね。
アニー&ザ・コールドウェルズ(Photo by Adam Wissing)
ーそれと、『Cant Lose My (Soul)』には長尺の曲も収録されていますよね。特に最後の「Dear Lord」は長いことジャム・セッションして、コール&レスポンスもあって、正にゴスペルのライヴというか。
バラカン:あれはゴスペルならではですよね。というかコール&レスポンス自体がゴスペル発の文化で、ルーツはアフリカにあるし、奴隷制度の話にも関係してきます。アフリカの人たちがアメリカに連行されて、楽器すら持たせてもらえずアフリカの歌も歌えなかった中で、自分たちの教会で歌うことだけが許された。そのうちにゴスペルの元になったスピリチュアルと呼ばれる「黒人霊歌」が出てくる。そして牧師が説教する時に信者たちが答える形も確立されて、それがコール&レスポンスになっていくんです。
ーなるほど。『Cant Lose My (Soul)』でも、コーラスが一つのフレーズをとにかく歌い重ねていきますよね。
バラカン:そう、本当に古いやり方というか。今のブラック・ミュージックだとむしろ珍しいくらいですよね。だからこのアルバムを今の若い黒人が聞くかと言えば……簡単には聞かないんじゃないかと(笑)。
ーそういう人たちを〈Luaka Bop〉のようなところがサポートしているというのも面白いですよね。
バラカン:確かにそうですね。既に海外の大手メディアでも取り上げられているし、関心がある人はすぐに気づくんじゃないかな。
ーもしバラカンさんがアニー&ザ・コールドウェルズを若いリスナーに紹介するとしたら、どのような点を勧めますか?
バラカン:僕は基本的にラジオで実際に音を聞かせる立場なので、あんまり理屈を言わないんです。音が良ければ全て良し、みたいな(笑)。ただ、「ミシシッピで半世紀以上ゴスペルを演奏している家族バンド」っていうバックグラウンドを知ってもらえれば良いんじゃないかな。こういう人が未だに現役でいるっていうことは、素敵なことだと僕は思います。
UKの教会ギグイベント「Church of Sound」で披露された大迫力のパフォーマンス
アニー&ザ・コールドウェルズ
『Cant Lose My (Soul)』
発売中
CD国内盤:ライナーノーツ・歌詞対訳付き/ボーナストラック追加収録
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15012
朝霧JAM '25
2025年10月18日(土)~19日(日)
富士山麓 朝霧アリーナ・ふもとっぱら
公式サイト:https://asagirijam.jp
Luaka Bop x BEATINK特設サイト
※「パートナーシップ記念キャンペーン」も実施中
https://www.beatink.com/user_data/luakabop_campaign.php
デイヴィッド・バーン
『Who Is The Sky?』
2025年9月5日リリース
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15136
当時の欧米諸国にとって「未発見」であったムタンチスやトン・ゼーなどのブラジル音楽史における重要人物たち、さらにはスサーナ・バカやウィリアム・オニーバーといったアフリカ~ラテン・アメリカ圏のアーティストを〈Luaka Bop〉は積極的に紹介。ファラオ・サンダースやアリス・コルトレーンといったジャズ界の偉人たちの作品も取り扱うなど、自国であるアメリカ合衆国の語られざる一面にも光を当て続けてきた。点在している文化を自己実現の道具として扱うのではなく、ディガー的な好奇心でもって時代や土地の空気をパッキングしようとする運営方針は、近年のデイヴィッド・バーンの活動ともシンクロしている。
この度beatinkとのパートナーシップ締結が発表され、日本でのますますの展開が期待される〈Luaka Bop〉。その最新作がアニー&ザ・コールドウェルズ(Annie & The Caldwells)による『Cant Lose My (Soul)』だ。約半世紀前にミシシッピの教会でステイプルズ・ジュニア・シンガーズとして活動を開始し、各々が別の仕事をこなすかたわら週末に家族総出でゴスペルを演奏していた彼女たちは、活動初期に録音したシングルが〈Luaka Bop〉のコンピレーションに収録されたことにより、世界中の耳の早いソウル・ミュージック・リスナーから注目を集めることになる。
そして、ステイプルズ・ジュニア・シンガーズ時代のアルバムのリイシューを経て、来る2025年に新作が録音/発表される運びとなった。リード・シンガーを務める母のアニーを筆頭に、ミシシッピの教会で純粋培養された力強い歌声が鈍く響く、コシの強い作品だ。
今回は〈Luaka Bop〉とアニー&ザ・コールドウェルズの歩みを整理し、歴史の重みと共に捉え直すためのインタビューを実施。話を聞いたのは著作『魂(ソウル)のゆくえ』をはじめ、ソウル・ミュージックを広く日本のリスナーたちに紹介してきたブロードキャスターのピーター・バラカン氏だ。トーキング・ヘッズの活動をリアルタイムで観測し、欧米圏以外の音楽への見識も深い氏に、普遍的な作品の魅力を語ってもらった。デイヴィッド・バーン自身も〈Matador〉より最新アルバム『Who Is The Sky?』を9月にリリースするとのことで、その功績を辿るには絶好のタイミングだろう。
アニー&ザ・コールドウェルズは10月に朝霧JAMでの初来日も決定。溢れ出るバラカン氏の語りから、前世紀を貫いて2025年へと投射される〈Luaka Bop〉像を熟視してほしい。
※取材協力:CAFE RADIO PLANT
バラカン氏が見たデイヴィッド・バーンと〈Luaka Bop〉
ー〈Luaka Bop〉やアニー&ザ・コールドウェルズの話題に移る前に、まずは設立者のデイヴィッド・バーンおよびトーキング・ヘッズのお話から伺いたいです。バラカンさんは当時、どのように彼らの作品を聞いていましたか?
バラカン:トーキング・ヘッズはデビュー当初から聞いてはいたのですが、大きくのめり込んだのは『Remain In Light』からです。ちょうどあの年(1980年)に初めて雑誌で年間ベストアルバムを発表することになったんですけど、このアルバムを1位に選んだ記憶があります。アフリカの音楽が欧米でほとんど知られていない時代にロックへと取り入れて、あそこまでユニークなサウンドを作ったというのは、誰も予想できませんでした。プロデューサーのブライアン・イーノの功績もあると思いますが。
80年代の半ば、僕は洋楽のミュージック・ヴィデオを紹介する番組『ザ・ポッパーズMTV』を担当していました。そこで流れるトーキング・ヘッズのヴィデオはセンスに溢れていて、クリエイティヴなものばかりでした。それから80年代末の『Naked』までバンドは作品を出していました。ちょうどデイヴィッド・バーンが〈Luaka Bop〉を始めたのもこの時期ですよね?
ーそうですね、〈Luaka Bop〉の設立が1988年です。
バラカン:最初に彼のソロ・アルバム(1989年発表の『Rei Momo』)が出たんですよね。
ラテンの音楽をかなり独自に解釈して、なによりあの声だし……特定のジャンルで括れないような作品でした。その後のレーベルの作品も不思議で、次に何が出るかわからないような感じで。お送りいただいた資料によると、イェール・エヴェレフ(Luaka Bopオーナー)と一緒に好きなものを出しあって、気になるミュージシャンがいたら連絡先をなんとか手に入れて、とにかくナーディーな感じだったようですね(笑)。
ー当時のカタログで熱心に聞いていた作品はありますか?
バラカン:個人的にハマったのはメキシコとかコロンビアとかの、いわゆるラテンロックですね。ロス・アミーゴス・インビシーブレス(Los Amigos Invisibles)っていうバンドがいて、ラジオでも当時紹介していました。あと、とても響いたのがスサーナ・バカ(Susana Baca)っていうペルーの黒人歌手。彼女の声が好きで、一時期よく聞いていました。
ーそのような、「ワールド・ミュージック」として大きく括られていた音楽を、〈Luaka Bop〉はより広いリスナー層に紹介した印象です。
バラカン:そうですね。少なくとも、欧米ではその役割を果たせたと思います。例えば、日本ではもっと昔からブラジルの音楽が好きな人が多かったですよね。でもイギリスなんかだと、ボサノヴァで売れたレコードが2つほどあるぐらいで、僕らの世代はほとんど触れていないと思うんですよ。
だから、日本人のブラジル音楽ファンは〈Luaka Bop〉で出てるブラジルの作品を聞いても「あ、これ知ってるよ」みたいな反応だったと思いますが、僕は新鮮に聴いていました。トン・ゼーなんかは〈Luaka Bop〉のコンピレーションを通して初めて名前を知りましたよ(笑)。
ーバラカンさんの周りにいた方々の間でも〈Luaka Bop〉の作品は聞かれていたんですか?
バラカン:ミュージシャンとか、クリエイティヴな領域で仕事をしていた人は聞いていたと思います。ただまぁ、とにかく渋い。シュギー・オーティスなんかも、最初はお父さんのジョニー・オーティスのアルバムで15歳の頃にギターを弾いていたのを聞いて知っていたんですけど、その後に〈Luaka Bop〉からアルバム(『Inspiration Information』)がリイシューされて驚きました。ただ、バーンもイェールも、一貫してサイケデリックなものが好きなんじゃないかと思います。ブラジルのトロピカリアを紹介したり、ウィリアム・オニーバーにしたってそう。
ー確かにそうですね。どれも〈Luaka Bop〉らしさはあるというか。
バラカン:アニー&ザ・コールドウェルズのアルバムに関しては、正統派のソウルミュージックですよね。前身のステイプルズ・ジュニア・シンガーズの頃から、バンドの在り方自体は全然変わってないというか。僕にはもうドンピシャです(笑)。
前に出ていたコンピレーション(ステイプルズ・ジュニア・シンガーズを含む70年代ゴスペル・ソウルをまとめた、2019年リリース『World Spirituality Classics 2: The Time For Peace Is Now』)もすごい面白かったし……そう、実は今日のTシャツはステイプル・シンガーズなんです。

ステイプル・シンガーズのTシャツを着たバラカン氏
ーおぉ、こんなアイテムがあるとは。
バラカン:しかも、このTシャツを知ったのはデイヴィッド・バーンのおかげなんです。彼がパンデミック中にソーシャルディスタンスでのダンスパーティーをキュレーションして。天井から等間隔のダウンライトを照らして、その中で踊るっていう企画だったんです。それについてインタビューに答えてる動画があるんですけど、その時にこのTシャツを着てたんです。僕は「え!こんなのあるの!」ってビックリして、すぐに検索して買いました。
それと、実は80年代にステイプル・シンガーズはトーキング・ヘッズのカバーをしてるんですよ。「Slippery People」ですね。メイヴィス・ステイプルズは未だにこの曲を歌っていて、先日の来日公演でも披露していました。
バラカン氏が言及しているデイヴィッド・バーンのインタビュー動画
ステイプル・シンガーズによる「Slippery People」
ーデイヴィッド・バーンとステイプル・シンガーズには浅からぬ繋がりがあるんですね。ただ、アニー&ザ・コールドウェルズの前進であるステイプルズ・ジュニア・シンガーズは、ステイプル・シンガーズの「ジュニア」ではないという。
バラカン:そうそう。「私たちはこれに影響を受けています」っていうのをわかりやすく名前で表現しているんですよね。ボブ・ディランに対するホフディランのようなものです(笑)。ステイプル・シンガーズ自体はマーティン・ルーサー・キングとの繋がりで公民権運動にも関わりながら、ゴスペルに限らないサウンドも取り込むようになっていって、独自の路線を歩んでいました。その影響でミシシッピにステイプルズ・ジュニア・シンガーズが誕生して、まさかレコードまで作っていたとは思わなかったですよ。
「半世紀以上ゴスペルを演奏している家族バンド」アニー&ザ・コールドウェルズを知る
ー『World Spirituality Classics 2: The Time For Peace Is Now』でステイプル・ジュニア・シンガーズの楽曲(「We Got A Race To Run」)が初めて取り上げられています。このシリーズの1作目がアリス・コルトレーンで、ゴスペルとスピリチュアル・ジャズを通して〈Luaka Bop〉がアメリカを掘り下げているようにも見えます。
バラカン:それはあるかもしれませんね、ある意味で今の時代のテーマというか。僕も(昨年のPeter Barakan's LIVE MAGIC!で招聘した)マシュー・ハルソールとか、そういうものを掘り下げている人に響くものを感じます。意識してるわけではないんですけど、気がつけば特定のタイプの音楽ばかり聴いているなって。
『World Spirituality Classics』シリーズの1作目と2作目
ーアニー&ザ・コールドウェルズはステイプルズ・ジュニア・シンガーズ時代から地元であるミシシッピの教会でひたすらゴスペルを演奏をしていたとのことで、それだけ独自色も強まっているというか。
バラカン:彼女たちは70年代からずっと同じことやってるんですよね。
別に成功しようとしてるわけでもないし、音楽はほとんど趣味で普段はそれぞれ別の仕事をしているという。ポジティヴなメッセージを持っている信仰心の強い人が素朴にやっていて、それが今話題になりだしたのは面白い。
それと、ゴスペルが最も流行ってた40~50年代はグループがアメリカ中の教会を車で回って、コンサートが終わったら次の開催地まで移動する生活を繰り返してたそうなんです。まだ差別が酷かった時代だったから普通のホテルにも泊まれず、ルーミング・ハウス(民宿)をやってる黒人のとこに行って雑魚寝をしたりしながら、人気のグループは活動をしていました。
ただ60年代になると、ゴスペルがちょっと下火になってソウル・ミュージックが流行します。そしてそれ以降、ゴスペル・グループは全国を回るツアーが少なくなり、それぞれローカルな活動をするようになるんです。特にアメリカの南部は交通の便も限られていましたから、ミシシッピの人がミシシッピで活動をするようになったんですね。
ーそれで地域ごとに独自色が出るようになると。
バラカン:ニューオリンズとかに行くと、小規模だけどもライヴの仕事がいっぱいあるから、それを毎週やっていれば、なんとか生活はできるんです。それだったらあまり移動しないでバンドをやってた方が楽しいんじゃないかと。ロックの世界でもそう。(アメリカの)地元のクラブには、誰も名前を聞いたことがなくても凄いプレイヤーがいっぱいいるんですよ。
ステイプルズ・ジュニア・シンガーズ時代のライブ動画と、アルバム『Searching』(2024年)
ーちょうど『Cant Lose My (Soul)』のリリースに合わせて発表されていたコメントで、バラカンさんはシャロン・ジョーンズの名前を挙げられていましたよね。
バラカン:そうそう。シャロンは70年代にデビューしようとしてたんですけど、その時には音楽業界の主流がソウルからディスコに移って、彼女のような雰囲気を持った歌手がちょうど必要とされていなかった時期に被っちゃったんです。それで彼女はデビューできなかった。ただ彼女は地元のクラブで歌うことによって食い繋いで、結果的に〈Daptone Records〉が発掘して21世紀にデビューすることができた。
「シャロン・ジョーンズ以来の本格的なソウル・ミュージック!シャロンと同じように数十年間南部の田舎で出番を待っていたアニー・コールドウェルは家族バンドと共に往年のゴスペル・サウンドを体現した独自のソウルを展開します。決して古くならないこの熱い歌を聞くと日常の煩わしさがすべて吹き飛んで行きます」(※バラカン氏が『Cant Lose My (Soul)』に寄せたコメント)
ーなるほど。昔ながらのスタイルを貫き続けた結果、時代を経て発見されるという点は確かに近いですね。
バラカン:機械で作った音楽が究極まで突き詰められてる時代で、むしろこういう音楽への揺り戻しがあっても不思議ではないとは思うんですよ。ただ、『Cant Lose My (Soul)』は音がちゃんとしていて、新しくも聞こえる。彼女たちはミシシッピの教会でアルバムを録音したらしいんだけど、しっかりとしたプロデューサーを入れて録るとこうも違うのかと。ラジオで今かけても違和感のない音になっていますよね。
『Cant Lose My (Soul)』の「新しくも聞こえる」サウンドに貢献しているプロデューサーは、スーダン出身のSinkane (シンケイン)ことアーメッド・ガラブ。マルチ奏者としてカリブーなどのツアーに参加するほか、自身のソロ作でもビンテージ由来のソウル~ファンクを響かせている。デイヴィッド・バーンとはウィリアム・オニーバーのトリビュート・バンドで活動を共にするなど親交が深い
ー母のアニー・ブラウン・コールドウェルがリード・ヴォーカルを務めていますが、彼女の歌声はいかがですか?
バラカン:典型的なゴスペル・シャウトですよね。アリーサ・フランクリンのような極めて独創的で唯一無二の歌声というわけではないですけど、説得力のある声。信仰心の強い人の声には、やっぱり説得力が出るんですよね。黒人教会のドキュメンタリーを見るとみんな声量があって上手い。アニーの歌にはそういう響きの良さがありますね。
ー加えて歌詞のメッセージも力強いですよね。アルバム冒頭の「Wrong」は娘のディボラによる作詞で、勢いがあります。
バラカン:そうそう、当時の恋愛関係がうまくいかなくて作った曲らしいですね。(ディボラは)世俗的な内容の曲を若い頃に歌ってたらしいんですけど、お母さんのアニーがゴスペルの方面に引っ張ってきたと聞きました(笑)。
また、終盤に「Im Going To Rise」というミディアム・テンポの曲があるんですけど、それがゴスペル的なメッセージに溢れていて。つまり、虐げられた時代に黒人たちが教会で歌っていて、希望を持って生きていくための音楽としてのゴスペル。そういうタイプの曲ですよね。アニーの夫のウィリー・コールドウェルも良いギターを弾いているし、アルバムの中でも一番好きですね。

アニー&ザ・コールドウェルズ(Photo by Adam Wissing)
ーそれと、『Cant Lose My (Soul)』には長尺の曲も収録されていますよね。特に最後の「Dear Lord」は長いことジャム・セッションして、コール&レスポンスもあって、正にゴスペルのライヴというか。
バラカン:あれはゴスペルならではですよね。というかコール&レスポンス自体がゴスペル発の文化で、ルーツはアフリカにあるし、奴隷制度の話にも関係してきます。アフリカの人たちがアメリカに連行されて、楽器すら持たせてもらえずアフリカの歌も歌えなかった中で、自分たちの教会で歌うことだけが許された。そのうちにゴスペルの元になったスピリチュアルと呼ばれる「黒人霊歌」が出てくる。そして牧師が説教する時に信者たちが答える形も確立されて、それがコール&レスポンスになっていくんです。
ーなるほど。『Cant Lose My (Soul)』でも、コーラスが一つのフレーズをとにかく歌い重ねていきますよね。
バラカン:そう、本当に古いやり方というか。今のブラック・ミュージックだとむしろ珍しいくらいですよね。だからこのアルバムを今の若い黒人が聞くかと言えば……簡単には聞かないんじゃないかと(笑)。
ーそういう人たちを〈Luaka Bop〉のようなところがサポートしているというのも面白いですよね。
バラカン:確かにそうですね。既に海外の大手メディアでも取り上げられているし、関心がある人はすぐに気づくんじゃないかな。
ーもしバラカンさんがアニー&ザ・コールドウェルズを若いリスナーに紹介するとしたら、どのような点を勧めますか?
バラカン:僕は基本的にラジオで実際に音を聞かせる立場なので、あんまり理屈を言わないんです。音が良ければ全て良し、みたいな(笑)。ただ、「ミシシッピで半世紀以上ゴスペルを演奏している家族バンド」っていうバックグラウンドを知ってもらえれば良いんじゃないかな。こういう人が未だに現役でいるっていうことは、素敵なことだと僕は思います。
UKの教会ギグイベント「Church of Sound」で披露された大迫力のパフォーマンス

アニー&ザ・コールドウェルズ
『Cant Lose My (Soul)』
発売中
CD国内盤:ライナーノーツ・歌詞対訳付き/ボーナストラック追加収録
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15012

朝霧JAM '25
2025年10月18日(土)~19日(日)
富士山麓 朝霧アリーナ・ふもとっぱら
公式サイト:https://asagirijam.jp

Luaka Bop x BEATINK特設サイト
※「パートナーシップ記念キャンペーン」も実施中
https://www.beatink.com/user_data/luakabop_campaign.php

デイヴィッド・バーン
『Who Is The Sky?』
2025年9月5日リリース
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15136
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