昨年、Fred again..(フレッド・アゲイン)が米LAのMemorial Coliseumで初のスタジアム公演を成功させた――それは「親密さ」を武器に巨大空間を染め上げた、一夜限りの実験でもあった。フジロックでの熱狂を経て改めて振り返りたい、彼のライブ哲学と美学が詰まった密着ドキュメント。


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イギリスのミュージシャン=フレッド・アゲインは、”親密さをスケールさせる”音楽体験で知られている。2021年にリリースしたプロジェクト『Actual Life』では、ボイスメモやSNSの断片、他アーティストの音素材など、さまざまな音のかけらを用いてオリジナル楽曲を制作し、批評家やファンから高く評価された。このプロジェクトは、パンデミック初期という世界がデジタル空間でのつながりを模索していた時期の”日記”のようなものだったと彼は語っている。

その後『Actual Life』の続編を2作発表し、彼の拡張的なエレクトロニック・スタイルは、世界中のリアルな観客に支持されている。SNS上には、ファンが撮影したライブ映像が数多く拡散されており、Times SquareでのSkrillexとの共演、Skrillex&Four TetとのMadison Square Garden公演、Boiler Room史上でも特に再生数の多いセットなどが話題となっている。

そんなフレッドの最新プロジェクトが、2024年6月、ロサンゼルスのMemorial Coliseumで開催された初のスタジアム公演だ。7万7500人収容の会場はソールドアウトし、彼のキャリア史上最大規模の公演となった。RomyやObongjayarといったミュージシャンとともに、6つ以上のステージを使って様々な構成でパフォーマンスが行われた。中でもバズを呼んだのは、フレッドとObongjayarが観客席の中から「Adore You」を披露する映像で、熱狂的なファンに囲まれている様子が印象的だった。

この歴史ある会場――かつてPink FloydやMetallicaが公演を行ったスタジアム――でのライブのアイデアは、昨年近隣のShrine Auditoriumでのレジデンシー中に生まれた。「あの時、チームの誰かが『この会場も見てみよう』って言ったんだ」とフレッドは語る。「”大きなことをやる”というクリエイティブな挑戦として面白いと思ったし、『ここなら音響も良くできそうだ』って言われてね」

「最初のポイントは、”屋根のないスタジアム”を見つけることだった」と語るのは、フレッドのライブすべてのサウンドを手がけるJamie Tinsleyだ。
「屋根は通常、天候対策や照明設備のために設置されるけど、実は観客の歓声をピッチに反響させて”盛り上がってる感じ”を演出するための音響設計でもある。僕らにとってはそれが最大の障害なんだよ」

その点、L.A. Coliseumの開放的な設計は、フレッドたちの構想にぴったりだった。「あの場所に立った瞬間、すごく控えめで美しいと感じた。ただの赤いシートが広がっていて、広告もほとんどない」とフレッドは振り返る。「客席の傾斜もゆるやかだから、音が跳ね返らず外に抜けていくんだ」

「フレッドは”ナイトクラブのような音響”を会場全体に求めていた」とTinsleyは言う。「そのためには”スピーカーを観客に近づける”しかない。どこにいても半径60メートル以内にスピーカーがあるよう設計したんだ」。しかし、スタジアムの観客席の深さだけで100メートルもある。

フレッド・アゲインとそのチームが語る、“親密なレイヴ空間”の舞台裏

Photo by JULIAN BAJSEL

そこで導入されたのが、21個のカーディオイドスピーカーを中段に配置する手法。これにより不快な残響音を抑えつつ、ドーナツ状に配置した68基の21インチサブウーファーと、遠方用の追加サブウーファーで音を均等に拡散した。「みんなで『PAをとことん追求すれば、史上最高の音が作れるかもしれない』って盛り上がってね」とフレッドは語る。「そこから”夢の音響空間を作れるかも”ってワクワクし始めたんだ」

もちろん、サウンドだけではなかった。
彼のキャリアの核にあるのは”ファンとのつながり”だ。Corsica Studiosのような小さな会場でも、アリーナ級の大舞台でも、その本質は同じ。「この広大な空間でも、できるだけ人とつながりたいと思った」とフレッド。「だから、僕らが”堀”って呼んでる構造を作ったんだ。会場を一周できる通路を設けて、いろんなステージに移動できるようにした」

クリエイティブ・ディレクターのLucy Hicklingは、パンデミック後のナイトライフで大切にされてきた”親密さ”を失わないよう細心の注意を払った。「フレッドのショーが特別なのは、観客全員が”ひとつになってる”って実感できること。彼のキャリアがまだ始まったばかりの今、その感覚を手放すのはもったいない」と彼女は語る。「Human Personという素晴らしいデザインチームと一緒に、私たちのアイデアを全部形にしてくれたの」

この”堀”は観客を囲むように設計されており、アーティストが観客全体と関わることを可能にした。「”見せられる側”じゃなく”参加する側”として感じてもらうのが大切だった」とHickling。「アーティストと同じ空間にいるという体験を、人々は本当に求めている。スマホ越しではなく、直接目の前で」。

さらに、より複雑な楽曲用に”ミラーステージ”も設置され、そこではフレッドとTonyによるMPCバトルなどが展開された。
「フレッドは計6箇所で演奏して、スタジアムの外周も歩き回っていた」とHickling。

出演者たちにとっても、それは”親密な体験”だった。「『Strong』のパフォーマンスでは、フレッドと向かい合って歌い始める。そのアイコンタクトや空気感で、私たちだけの世界が生まれた」とRomyは語る。「周囲を360度観客に囲まれながら、それがまるで夢の中のようだった」

彼女は電子デュオThe xxのメンバーでもあるが、当初はとても緊張していたという。「でも、フレッドと一緒だと安心感があって、”一緒に乗り越えられる”って思えた。ビートが落ちて踊り始めた時、観客の反応を見ながら空間を味わえたのは本当に特別だった」と振り返る。

セットリストに関しては、綿密な構成というより「ステージを移動しやすいような流れ」を意識していたとフレッドは明かす。「中断が少なく、自然に移動できるように。5カ所で演奏しても、勢いをキープしたかった」

このショーの感覚を例えるなら、”巨大なクラブレイヴ”が近いだろう。「クラブカルチャーを模倣してるとは言いたくないけど、ダンスミュージックの経験がない人にも、その雰囲気を少しだけ届けられたら嬉しい」とHicklingは語る。「音楽的には多彩すぎて、何かに分類できるショーじゃない。
”唯一無二の体験”という表現がふさわしい」

ゴールデンヴォイスの副社長で、長年フレッドと共に仕事をしてきたJenn Yacoubianは、「これまで見たどんな大型イベントとも違った」と語る。「音響へのこだわりは最初の下見の段階から徹底されていて、いろんなサウンドエンジニアと一緒に”どうやったら1000人キャパの会場と同じ音響体験を作れるか”を真剣に考えていたのが印象的だった」

そしてこの偉業の後、チームは束の間の休息に入るが、すでに次なる挑戦も視野に入っているという。「Coliseum本番の2日前に、スタンドの一角で150人向けの小さなライブをやったんだ。昔からのファンのために、すごくシンプルなセットで。それが本当に美しい空間で……今後は、ああいう”原点回帰的なショー”もやっていけたらと思ってる」とフレッドは締めくくった。

from Rolling Stone US
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