さらに、ソフィー・エリス・ベクスター「Murder on the Dancefloor」、クランベリーズ「Linger」、のカバー曲をきっかけに注目を高めるなか、グラストンベリーをはじめ数多くのフェスティバルに出演。今年のフジロックに出演すると、最新アルバムから「moody」、「Car」を披露し、夕暮れ時のWHITE STAGEを甘酸っぱいムードで包んだ。大盛況を納めた日本での初来日ステージは、オーディエンスとの交流を挟みつつ飄々と活動を続ける彼ららしさが垣間見えていたと思う。ロイエル・オーティスの二人に、結成からこれまでの歩みと影響を受けた音楽、そして8月22日に発売された最新作『hickey』について話を訊いた。
マイナーな曲を交換し合って意気投合
―2019年にボンダイ(シドニー東部)のミュージックシーンで別々に音楽活動をしていた二人が、出会ったきっかけは何ですか。
オーティス :本当に偶然って感じだよね。共通の友人がいたり、ボンダイ周辺の同じ店とかバーに通っててちょいちょい顔を合わせるうちに、音楽の話をするようになったんだ。
ロイエル:ボンダイってすごく狭い世界だからね。一度ボンダイのサークルの中に入っちゃうと、そこから抜け出すのは不可能みたいなくらいに狭い世界だから、その周辺にいる人達はみんな繋がってるみたいなノリになるんだよね。まあ、普通に現実ってやつだよ(笑)。
―オーティスさんがロイエルさんにデモテープを渡したことが結成のきっかけになったかと思いますが、何か特別なシンパシーを感じての行動だったのでしょうか。
オーティス :その場面に関しては映画のシーンみたいな感じかも……前は自分の音楽を人に聴かせるとか緊張しすぎて無理って感じだったよね。
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―当初、共通の趣味やマニアックなアーティストの話で意気投合したそうですね。具体的にどういったカルチャーやアーティストが話題に挙がりましたか。
ロイエル:そこまでマニアックって感じでも……たぶん一番ニッチなので、アレッシー・ブラザーズぐらいじゃないかなあ。とくに「Seabird」って曲と、あとJohn Mausとか。
オーティス:アリエル・ピンクとか。
ロイエル:それもあるね。あとシドニーのバンドでSardine Vの「Stuck on You」って曲があって、Spotifyにもないくらい超マイナーなバンドで、YouTubeでしか聴けないはず。これは音楽好きならマジでチェックすべきだよ! マジでいいから。
―ロイエル ・オーティスのサウンドは、ビーチ・ボーイズ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、初期のザ・キュアー、2010年代のインディーポップまで様々な影響源を感じさせます。そもそも、二人が音楽に興味を持ち始めたきっかけは何でしょう。
ロイエル:今、ビーチ・ボーイズ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、初期のザ・キュアーって言ったよね? もうそれで正解でいい(笑)、マジ完璧すぎる(笑)!
オーティス:今言った人達のダメなバージョンでも満足なくらい(笑)。
ロイエル:いや、もうガチでそこを狙ってるでしょ。
オーティス:そう、ものすごく初期の頃の話で、うちの実家が音楽好きな一家で。自分が子供の頃は父がギターを弾いてたりもして。それで10歳くらいの頃、親友と一緒に放課後にギターのレッスンを受け始めたのがきっかけ。それからシドニーの街中にある店とかコンビニの前とかで自作の曲だったりカバーだったりを演奏するようになって、それが自分の生活の一部に組み込まれていったみたいな。とりあえず学校が終わったら家に直帰してひたすらジャムるっていう生活で、自分の人生において音楽が大部分を占めてなかった時期のほうが思い出せないくらい。
―気がついたときには音楽が自然に自分の人生の一部になっていた?
オーティス:ほんとそんな感じ。自分自身と対話するための方法というか、しかも、部屋にずっと一人で引き籠ってても、曲書いてるならまわりから変人扱いされることもない(笑)。立ち止まって自分を見つめ直すための空間みたいな。
ロイエル:セラピーみたいなもんだよな。
―ロイエルさんのほうはどうですか?
ロイエル:自分はバスキングするほど歌に自信はなかったけど、父親がボンダイのレストランで働いてたので、その店の隅で演奏させてもらってたり。それは単純に金稼ぎのためというか、当時、父親と一緒に暮らしたかったから。こう言うとちょっとヘンに思われるかもしれないけど、父親と住むための家賃を払うためにそのレストランの隅でギターを弾いてたんだ。
転機をもたらしたカバー、2000年代インディーロックへの共感
―ご自身のライブでソフィー・エリス・ベクスターの「Murder on the Dancefloor」、ザ・クランベリーズの「Linger」をよく取り上げてますよね。この2曲をカバーすることにした背景を教えてください。
オーティス:その場の思いつきに近いよね。まさに直前で決めて、たまたまその曲を選んだって感じ。両方とももともとすごく好きな曲だったけど、「カバーするなら絶対この曲!」的なノリは一切なくて。
ロイエル:そうだね、どっちも超ノスタルジック感ハンパないっていうか、聴いたときに「うわ、これ懐かしー!」ってなる人が多いんじゃないかな。 自分なんかまさにそうで、とくに「Linger」に関しては子供の頃の思い出と直結してる。母親がシングルマザーで自分達兄弟を育ててくれたんだけど、家の掃除をしながらクランベリーズとかシネイド・オコナーをいつも爆音で流してたっていうのが自分にとってのまさに実家のイメージなんだよね。ただ、オリジナル版があまりにも完璧すぎて決して手をつけてはいけない聖域みたいに感じてる曲の一つだったんだけど、あれに関してはパニック状態になって勢いでカバーしちゃったって感じ。
―『meet me in the car』という今度のツアー名は『Meet Me in the Bathroom』を想起させられますが、ザ・ストロークスなどが活躍した2000年代初頭のインディーロック、もしくはIndie sleazeと呼ばれる時代にはどんなシンパシーを抱いていますか?
オーティス:もう、大好きなんでね。ストロークスにしろ、ヤー・ヤー・ヤーズも。
ロイエル:ストロークスはマジ外せないよね。ブロック・パーティも。ブロック・パーティに関してはとにかく1stだよね。それ以外の作品を否定するわけじゃないんだけど、1stは何しろ自分にとって特別な一枚なんで。
オーティス:その時期、自分はヤー・ヤー・ヤーズにめっちゃハマってた。
ロイエル:ほんとそんな感じ。実は前にオーストラリアのシドニーの繁華街のキングス・クロスで、カレンのバックでギターを演奏したことがあるんだよ。すごく即興的なライブで、カレンが何かのライブかイベントでオーストラリアに来てるときで、キーボードの人が急遽出演できなくなったとかで自分が助っ人に駆り出されることになってさ。だから、厳密にはヤー・ヤー・ヤーズのライブではなかったんだけど、「実は俺、昔、ヤー・ヤー・ヤーズのバッグで演奏したことがあって……」ってことにしときたい!(笑)
―すごい話ですけど、それも成り行きで?
オーティス:まさに成り行きにしてタナボタ的な。そこから特別な何かが生まれるとか一切なく、たまたま自分がそこに居合わせてたっていうだけで、その場にいなかった可能性だってあるんだから(笑)。それでも相当特別な思い出であることは間違いないよ。

ダン・キャリーとの邂逅、これまでのハイライト
―2024年のデビューアルバム『Pratts & Pain』は、Speedy Wondergroundのオーナーでもあるダン・キャリーと制作しています。このとき、どういった理由でダンと制作をすることを選択しましたか?
オーティス:その何カ月か前にUKで何人かのプロデューサーと一緒に作業して……5、6人くらい試したかなあ。でも、ダンと一緒にやってみて、なんか「いいな」って。
ロイエル:一家全員そうなんだよね。奥さんもお子さんもめちゃくちゃ才能あって、あとはキャリー家の愛犬が、カリスマにして美声の持ち主でね(笑)。しかもダン自身が相当のジャンルを多岐にまたがってるからね。自分はカイリー・ミノーグの大ファンで、ダンが手がけてる「Slow」はとくに好きな作品なんだ。そんな人がフォンテインズD.C.とかまで手がけてるわけで、めちゃくちゃリスペクトしまくってるよ。共通の友人を通して繋がって、とりあえず試しに何か一緒にやってみようって流れになって、それが見事にハマった。ノリも合ったしね。
―これまでのリリースを振り返って、ハイライト的な出来事をあげるとしたら?
オーティス:それこそ最初2枚のEP『Bar and Grill』『Sofa Kings』、その次のLP『Pratts & Pain』をレコーディングしたときかな。(ソングライター/プロデューサーの)クリス・コリンズとも一緒にね。曲を書いて出さなきゃっていうプレッシャーもあったけど、それでもやっぱり楽しかった。今振り返ってみてもすごく良い思い出。あの頃めっちゃ楽しかったなあ……!っていう。
ロイエル:そうそう。食事のときみんなで外でバーベキューしたりとかさ、ビール飲んだりして。普通に楽しかったよね。
オーティス: 理想的なペースだったよね。いい感じの進み具合でさ。最終的にはアルバムを作って完成させるっていう目標がありつつも、そんなに焦ってもないし、逆にダラダラしすぎてるわけでもなく。他にもハイライトってことで言えば、いくつかのフェスに出演したとき、グラストンベリーなんてまさに象徴的だったし。あの現場の空気にしろエネルギーにしろ、とにかく圧倒されまくった。
ロイエル:あれはマジでキテたよね! アムステルダムのフェス「Down the Rabbit Hole」にしてもそうだしさ。まさか自分達が立つことになるなんて想像もしてなかったようなステージに立たせてもらって。毎回、自分達にとってのハイライトを更新し続けてるみたいな。
最新作『hickey』での飛躍
―ニューアルバムの『hickey』について。いつ頃からどういう構想のもとに制作を開始しましたか?
ロイエル:コンセプトみたいなものはとくになくて、ただ普通にアルバムを完成させたっていう感じ。その前に1年間、丸々ツアーしてて、コンセプトだの何だのについてじっくり考えてる余裕もなく、何て言うか、溜まったものを吐き出す作業みたいな。
オーティス:後からコンセプトがついてきたみたいな形だよね。
―音楽はすでにできあがってて、クリエイティブなビジョンを重ねていったみたいな感じですかね。
ロイエル:そうそう、まさにそんな感じで、相当な数の曲が貯まってたからね。逆にそこからカットしていかなくちゃいけなかったぐらいで……だから、何も考えてなかったというか、テーマ的な部分で、会いたいのに会えないとか、誰かを恋しく思う気持ちだの愛することについて意識して書こうとしたわけじゃなくて。結果、そういう内容のアルバムになってるとはいえ。
―時間軸として、いつ頃から音作りに入りましたか?
オーティス:厳密には『Pratts & Pain』の頃に遡るんだけど……あの時期に作ったけどボツにした曲があって。「っていうか、この曲嫌いなんだけど」って歌詞から始まる曲なんだけど、それが今回のアルバムのオープニングという(「i hate this tune」)。とはいえ、丸ごとじゃなくて歌詞の部分だけ『Pratts & Pain』時期に書いた曲から拾ってきたってパターン。あと「jazz burger」も去年のうちに少しだけレコーディングしてたし。ただ、今言った以外の曲は今年の初めから作業を開始した感じ。
―ってことは2025年に入ってからってこと?
ロイエル:そうだね。2024年中ずっとツアーしてたから。まとまった時間を儲けて曲作りする余裕とかなくて。もちろん、ボイスメモとかスマホに断片的に録ってたりはしたけど。
―今回ボーカルをはじめバンドサウンド、シンセサイザーなど音の広がりを感じました。サウンド面で意識して取り組んだ試みはどのようなことですか。
オーティス:自然にダンサブルな方向にいったというか、とくにジャングルのジョシュ・ロイド・ワトソンとリディア・キットーと一緒にやった曲(「come on home」)なんかに関しては、別に最初からそういう方向を狙ってたわけじゃないけど、やっているうちに気がついたらそっち方向に進んでた。『Pratts & Pain』とはまた違った方向というか。
ロイエル:今回は音のレイヤーが減った気がする。それこそ一番最初に出したEPのあのノリと比べたら、ほらあれ……。
オーティス:『Campus』ね。
ロイエル:そう、『Campus』(笑)。あの頃はこれでもかって暗い音を重ねまくる音に次ぐ音の応酬みたいな。ただ、今回はそのノリとはまた違ってて。というか、『Pratts & Pain』のときですら……いや、ダンと一緒にやったのもめちゃくちゃ楽しかったしさ。何しろマッドサイエンティストみたいな人で、それこそシンセを何台も並べてさらにその上にズラーッと並んでる大量のボタンを操作して、こっちには何がどうなのかさっぱりわかんないみたいな世界っていうか(笑)。それが今回はあくまでもギター中心に、ギターとドラムとベースとボーカルっていうシンプルな構成になってる。もしかしたら過去一ラウドに聴こえる音になってるかも。
―そのラウドな音っていうのは曲作りの過程で自然にそうなっていった? それとも、最初からそういう意図が多少なりともあったんですか?
オーティス:実はシンプルな音ほど逆にバーーンって入って来ることない? それでいつも思い出すのはT・レックスの曲で、ほら、あれ……。
ロイエル:もしかして「Cosmic Dancer」のこと?
オーティス:もうまさに「Cosmic Dancer」! あれこそシンプルでありながら壮大にしてビッグなんだけど実はシンプルな曲の代表格みたいな。すごくスケールが大きくて壮大に感じられるんだけど、実際に中身としてはすごくシンプルなんだよ。音数も限られている上に、派手な展開があるわけでもなく、だからこそ逆に一つ一つの音がクリアに大きく聴こえるんだよね。そういうことってあると思う。
ロイエル:とりあえず、いつもできるだけシンプルに削ぎ落とした形にしようとは心がけてる。ただ、現場で盛り上がるとついつい「これ足してみよっか」「これもよくない?」ってなってくる。まあ、それはそれでありだよね。それでうまくいくこともダメになるケースも両方あるから。
―これまでもハッピーサッドを感じるメロディが特徴的でしたが、「car」ではこうしたフックをどの程度意識して制作していきましたか。
オーティス:まあ、どこかで意識してたんじゃないかなあ。車の中で別れを告げる、あるいは終わりを迎えることについて歌ってる曲だから。そもそもの設定自体がもうすでに切なさを含んでいるわけで。メロディ的にもやっぱりどこか切ない感じで。
ロイエル:オマール・フェディ(※)がきっかけじゃなかったっけ? オマールがなんかチョロっと弾いたのにオーティスが乗っかったところから始まったって記憶が。ただ、今言ったことに関しては、わりと毎度そうだよね。曲自体はハッピーだけど歌ってる内容自体は切ないとか、逆に曲は切ないけど歌ってる内容自体は超ハッピー、毎回そんな感じ。そういう、音と意味が逆になってる曲が好きなんだ。対になってるっていうか。
※ソングライター/プロデューサー:ザ・キッド・ラロイ&ジャスティン・ビーバー「STAY」、リル・ナズ・X「Montero (Call Me by Your Name)」などに参加
オーティス:要するに、対比だよね。
ロイエル:そう、逆のものがセットになってる感じにやっぱり惹かれるんだよなあ。意外なところからのサプライズというか、歌詞の内容を知って「え、こんなこと歌ってたの?」みたいなギャップが好きなんだよね。
―アルバムタイトルの『hickey』について、「愛は世界中で最も強い感情であり、その痛みは他の何物にも勝るから」と明かしています。こうしたパーソナルかつ普遍的なテーマに多くのコラボレーションを迎えたことは、どのような意図を込めてのことだったのでしょう。
オーティス:うん、これに関してもそうだけど、全部が自然に出てきた感じ。曲ごとに毎回新たにスタートを切るみたいな感覚で作ってるというか。だから、どの曲もその場のノリで作っていくみたいな。それがノートのメモとか日記みたいな感じで、自分達がその時に感じたことをそのまま曲として記録してる。ほんとに流れに任せるみたいな感じで、あんまり深く考えることもなく、今日はちょっとこういう気分かな?って方向に流れていった。「car」に関してはテーマ的なものが多少なりともあったかもしれないけど、アルバムの他の曲に関しても、その日スタートしたところから始まって自然に着地していったっていう。「torn jeans」にしても 「jazz burger」も。


フジロックでのライブ写真(Photo by Masanori Naruse)
―最後に。今回初めての日本だと思うので、日本で好きなアーティストとかカルチャーで興味あることなどありますか?
ロイエル:めっちゃあるよ。佐藤博が好きで、「Say Goodbye」って曲がとくに好き。自分はマジでめっちゃ日本好きで、東京がすごく好き。とくに下北沢が大好きで、あの辺の空気が超好きすぎる。普通に街をぶらぶら歩いたり、飲みに行ったり、うまいもん食って、良い音楽に出会ったりするのが最高に好き。しかも会う人会う人みんな超絶いい感じだしさ。ほんと歓迎してもらってるよなあって感じで。
オーティス:日本人って優しくて礼儀正しいって話は聞いてたけど、実際に日本に来てみたら、すごく温かく迎え入れてくれてるのを感じて。今こうしてインタビューを受けてても質問が丁寧に練ってあって、すごく気にかけてもらってるんだなっていうのを感じる。
―(笑)。
ロイエル:いや、マジでそうだよ、気持ちが入ってるっていうか。別に他の国にまごころが足りないだの努力してないだのってディスってるわけじゃないんだけど(笑)。正直「もうちょっとちゃんと曲を聴いてから質問考えてきてよね?」って言いたくなることもある(笑)。
オーティス:自分はフィッシュマンズのファンで、一時期めっちゃハマってたよ。あと、Harumiっていうアーティストを昔よく聴いてたんだ。「We Love」っていう曲がすごく好き。
ロイエル:あと、「Yama Yama」って曲があって(Yamasuki)、それがめっちゃキテるんだけど、今日もこっちに来るまでの間、ずっとリピートして聴いてた。
オーティス:あれは相当キテるよね! タランティーノが日本で撮った映画のサントラにあの曲を使うべきだったよね!

ロイエル・オーティス
『hickey』
発売中
再生・購入:https://umj.lnk.to/RO_hickey