2024年、K-POPアイドルグループ「LOONA(今月の少女)」のメンバーとして知られていたYvesは、韓国の気鋭プロデューサーMILLICが率いるPAIX PER MILとの専属契約を発表し、ソロアーティストとしての活動へ踏み出した。同年5月には韓国のフィメールラッパーLil Cherryをフィーチャリングした表題曲を引き下げデビューEP『LOOP』をリリース。
UK Garageとハウスを取り入れたサウンドでそれまでのファンを驚かせたかと思えば、11月にリリースしたセカンドEP『I DID』では収録曲の「DIM」がTikTokの「Viral50」で1位にランクインし、K-POPアイドル出身のアーティストとして独自の存在感を放ってもいる。

昨年末からはヨーロッパや北米、ラテンアメリカを巡るワールドツアーを敢行し、今年8月にはサードEP『Soft Error』を発表。Y2Kリバイバルを牽引するPinkPantherssやメキシコの若手シンガーソングライターBrattyを起用するほか、海外を中心にLGBTQ+コミュニティから熱烈な支持を集めるなど、その活動や作品はますます広がりを見せている。

そんなYvesの活動は一見順風満帆に思えるが、その実、常に孤独に苛まれ、苦悩のなかでもがいてきたという。「外見上は問題ないように見えても、内面は壊れている状態」を示す「Soft Error」というEPタイトルは、そんな彼女の不安を示すものでもあるだろう。トレンドが目まぐるしく移り変わり、常に変化を求められつづける韓国の音楽シーンのなかで、彼女は何を思い、いかなるアーティスト像を提示しようと考えているのか。今月から始まったAPACツアーのために東京へ滞在していたYvesのもとを訪れると、彼女は一つひとつ丁寧に言葉を選びながら、その胸中を明らかにしてくれた。

キャリアとともにファンも変化

─Zepp Diversityでのライブ、お疲れ様でした。今月から「COSMIC CRISPY TOUR」と題して日本や台湾、フィリピン、オーストラリアを回るツアーが始まりますが、日本でパフォーマンスを披露するのは久々ですよね。

Yves:日本での公演は3年ぶりでしたから、最初はとても心配だったんです。ファンだった方々も、もう来てくれなくなってしまうんじゃないかと思って。でも、いざ始まってみたら、さまざまな方が集まってくれて嬉しかったですね。
なかには懐かしい方もいましたし、初めて見る方もたくさんいらっしゃって、ありがたかったです。私と一緒に歌ってくださる方も多くて感動しました。

─Yvesさんのファンはたくさんいると思うんですが、顔も覚えているものなんですね。

Yves:私は記憶力がいい方なので、顔を覚えているファンの方もたくさんいます。あるファンの方はデビューした頃から私の活動を追いかけてくださっているんですが、ライブやイベントでお会いするたびに彼氏ができたことを教えてくれたり、近況をいろいろ聞かせてくれたりしていて、今回のライブでお会いしたときはその彼と結婚したと教えてくれました(笑)。ファンの方からそんなお知らせを聞けるのもうれしいですね。

Yvesが孤独と苦悩を経て捧げる祈り「私はみんなに堂々と生きてほしい」


─日本に来ること自体も久々ですか?

Yves:プライベートでは何度か来ています。2年前に東京に遊びに来たり、1カ月ほど前には北海道の帯広にも行きました。

─帯広、いいですね。じゃあ日本には定期的にいらっしゃってるんですね。

Yves:日本に来るといろいろと勉強になる気がするんですよね。日本に来るとどこに行ってもみんな親切で、相手に対する配慮の気持ちを感じることが多いです。


─音楽やアニメ、ファッションなど、日本のカルチャーにも関心はありますか?

Yves:意識的に「日本のカルチャー」に触れようと思っているわけではないものの、結果的に触れる機会が増えているように思います。YouTubeやInstagramのようなSNSってユーザの閲覧・検索履歴に応じてアルゴリズムが表示するコンテンツを決めていますが、自分が好きなものを見ていると、必ず日本の音楽やファッションに行き着くんです。だから自然と日本のカルチャーを好きになっていってるのかもしれません。ちなみに、一番好きな日本の食べ物はすき焼きです(笑)。

憂鬱や挫折を制作が解消してくれる

─今回のライブでは、8月にリリースされた新作『Soft Error』に収録された曲もいくつか披露されていましたね。このアルバム名は「外見上は問題ないように見えても、内面は壊れている状態」を意味していて、Yvesさんが直面してきた困難やご自身が抱えている悩みが反映されているものだと伺いました。

Yves:2024年にYvesとしてソロデビューしてから、いろいろと不安を感じることが多かったんです。ソロアーティストとして活動するにあたって所属する事務所を探していたときも、さまざまな会社の方とお話する機会があったんですが、どこに行っても「あなたはグループアイドルでなければ活動できない」とか「あなたがもっている”数字”から判断すると、絶対にソロ活動は向いていない」とか言われるんですよ。いまの会社に所属してデビューしてからも、「Yvesは早くグループアイドルに戻れ」とコメントをつけられたりして、傷つくことが多かったですね。私の作品はそんな悩みから生まれていることが多いかもしれません。

─作品をつくることで、自分が抱えている悩みや不安と向き合うということでしょうか。

Yves:もちろん嬉しさや喜びを楽曲で表現することもありますが、憂鬱さや挫折感みたいなものも含めて正直に詰め込むようにしています。
そうすることで、だんだん悩みが解消されていって、強くなれている気がします。

そういった感情を作品に込めることで、自分自身を受け入れて認められるようになるんですよね。作品へと昇華するなかで、それまで不安に思っていたことも大した心配事ではないんだ、私が乗り越えられる小さな問題だったんだ、と思えるようになる。いろいろなことが大丈夫になっていく感覚というか。

─そんな悩みや不安が『Soft Error』にも反映されている、と。MILLICやIOAHなどプロデューサーの方々と一緒に作品をつくっていくときも、ご自身の内面を起点に考えていくことが多いんですか?

Yves:そうですね。悩みや不安に限らず、日常のなかでインスピレーションを感じたことを文章にして、プロデューサーの方々に「私がいま考えているこういうことを楽曲で表現したいです」と伝えて一緒に曲をつくっていったり。あるいは、ある日映画を観ていた際に突然思い浮かんだメロディーなどからプロデューサーのみなさんと曲をつくっていくこともあります。

Yvesが孤独と苦悩を経て捧げる祈り「私はみんなに堂々と生きてほしい」


ファンがつないだPinkPantheressとの共作

─作品について、ご自身からやりたいことを提案していくことも多いわけですね。いまの事務所で活動を始める際も、自分でPowerPointを使って資料をつくられていたと聞きました。

Yves:いまも毎回PowerPointで資料をつくってプロデューサーの方々と議論するわけではないんですが、当時はデビューを控えている状況だったので、私が表現したいビジュアルやファッション、音楽のジャンルをPowerPointでまとめてプレゼンしていました(笑)。事務所に指示されたことをそのままやるのは嫌だったんです。
自分のやりたいことは明確だったので、ビジュアルのムードボードをつくったりコンセプトをテキストで説明したり、数ページのスライドをつくっていましたね。

─結果として、いまのK-POPシーンを見ていても、Yvesさんの作品や活動は独自性の高いものになっているように思います。デビュー時にリリースした「LOOP」は2 STEP/UK GARAGE調のビートを採用しつつ、88risingなどのフェスでも注目されるフィメールラッパーのLil Cherryをフィーチャリングしたことが話題となりましたし、今作ではY2Kムーブメントのなかでも注目されているイギリスのPinkPantheressやメキシコのシンガーソングライター、Brattyとコラボレーションしていますね。

Yves:さまざまなアーティストの方々とコラボレーションできるのはとても嬉しいです。なかでも、PinkPantheressさんは以前から個人的にも好きなアーティストで、インスピレーションを受けていましたから。

なにより今回のふたりとの制作は、驚きと学びの連続でした。私たちの方から細かく依頼するというより、なるべく自由の余地を残したまま一緒に楽曲をつくっていったんですが、当初私たちがなんとなく考えていたメロディとはぜんぜん異なるものが送られてきて、こういうふうなメロディの考え方もあるんだなとインスピレーションをいただけました。

Yvesが孤独と苦悩を経て捧げる祈り「私はみんなに堂々と生きてほしい」


─今回はなぜPinkPantheressをフィーチャリングすることになったんですか?

Yves:実はファンのみなさんとやりとりする際にPinkPantheressさんが好きだとよく話していたら、あるファンの方がPinkPantheressさんのファンミーティングに参加して「ぜひYvesとコラボレーションしてほしい」と本人に伝えてくれたそうなんです。そのことがきっかけとなって私の存在を知ってもらえるようになり、今回のコラボレーションへとつながっていきました。

─すごいですね、ファンがコーディネートしてくれたとは。Brattyも近年注目されているアーティストですよね。

Yves:今回はぜひラテンアメリカのアーティストをフィーチャリングしたいと思っていたので、私たちの方からいろいろなアーティストをリサーチするなかで、Brattyさんとのコラボレーションへとつながっていきました。


文章を書くことは治癒でもある

─なんでラテンアメリカのアーティストに注目されたんですか? 今年はラテンアメリカでもライブを行われていましたし、ファンも多いんでしょうか。

Yves:それもあるんですが、Brattyさんをフィーチャリングした「AIBO」という曲はオルタナティブ・ロック調で自由奔放なテイストだったので、ラテンアメリカのアーティストの方がハマるんじゃないかと思ったんです。

─韓国のアーティストであるYvesさんがメキシコのBrattyとコラボした曲のタイトルが「AIBO」というのも、いろんな文化が混ざっている感じがしますね。オルタナティブ・ロックというジャンルもYvesさんの新しい一面を見せているように思われました。

「AIBO」はメロディこそ楽しげな曲ではありますが、一方通行の愛がテーマになっていました。AIBOの持ち主はお互いに愛し合っていると思っていたけれど、ふと振り返ってみると、ただ一方的にロボット犬へ愛を注いでいただけだったときの寂しさ。Brattyさんに参加いただいてアッパーな曲になった分、その寂しさが際立ったんじゃないかと思います。

Yvesが孤独と苦悩を経て捧げる祈り「私はみんなに堂々と生きてほしい」


─「AIBO」に限らず、今回の作品ではYvesさんのボーカルにフィルターが多くかけられていて、グリッチーな印象を与えるパートが多いですね。

Yves:個人的にエレクトロニック・ミュージックが好きなのもあるんですが、K-POPの規範を破りたい気持ちもありました。K-POPではしばしば声を綺麗に表現することが何より重要だと言われるんですが、今回はむしろそんな考えに抗って、声のピッチを無理やり上げてしまったり、オートチューンをかけて声を壊すような手法を多く取り入れています。

─その結果、Yvesさんの声がボーカルというより曲の一部になっているような印象も受けますし、ひび割れたような質感が物悲しさを生み出しているような気もします。歌詞を読んでいても、Yvesさんの作品にはいつもどこかに寂しさや孤独感が漂っている感じがしますよね。


Yves:私はなにかと文章を書く方で、モノや人について書こうと思ってその対象を見ているとよく没入してしまって、対象が抱いている感情を考えていくと最終的に少し寂しい気持ちが残っていくんですよね。それで私の作品には寂しさがよく表れるのかもしれません。

─文章を書くのはお好きなんですか? YvesさんはNAVERでブログも書かれていますよね。

Yves:好きですね。いつもiPhoneのメモ帳にいろんなことを書き留めていて、そこからブログの原稿を書くことが多いです。

─いまはInstagramなどSNSで発信する人が多いので、ブログを書いているアーティストは珍しい気もします。Yvesさんの日常や思考の断片が記録されていて、等身大の姿が伝わってくるブログですよね。

Yves:改めて読み返されると恥ずかしいですね(笑)。文章を書くことは、一種の治癒だと思っていて。文章を書いて、それを読みなおしていると、自分が慰められているような感覚になっていく。私の音楽を聴いて癒やされたと言ってくださる方もいるのですが、文章でも同じことができたらと思って、ブログを書くようになったんです。

─自身で文章を書くだけではなくて、本を読むことも多いんでしょうか。

Yves:小説なども読みますが、一番好きなのは詩ですね。なかでも好きなのは韓国のイ・ジェニです。彼女はモノをすごく繊細に見つめていて、あるモノが感じたであろう感情を丁寧に表現されているので、彼女の詩を読んでいても、自分の中のどこかが慰められているような気分になります。

─今回の作品のなかだと、お気に入りの歌詞はありますか?

Yves:「Do You Feel Like I Touch」です。この歌詞はそのまま曲のタイトルになっていて、言葉や行動に左右されるのではなく、自分の感情をきちんと感じられているか問いかけるものです。それは私自身への問いかけでもあるし、曲を聴いている人への問いかけでもある。そんな重層的な響きをもっているのがとても不思議なんです。

海外クィアコミュニティからの熱烈な支持

─Yvesさんは過去のインタビューで、デビュー作の『LOOP』は10点満点中で5点、ファーストアルバムの『I DID』は8点だと言っていましたね。今回の『Soft Error』は何点ですか?

Yves:今回は9点ですね。十分よくできているのですが、次のアルバムでは私自身が作曲した曲を収録するつもりなので、そのときに1点追加する余地を残しておこうと思います(笑)。

─オーディエンスやまわりの方々からの評判はいかがでした?

Yves:今回は前作よりもさらに幅広いジャンルや表現を取り入れたので、ファンの方々から拒否反応があるんじゃないかと心配だったのですが、むしろいろんな音楽に触れられて嬉しいという声が多くて、安心しています。

─Yvesさんのファンは韓国や日本だけでなく欧米にもたくさんいて、ラテンアメリカのツアーも盛り上がったと聞きました。

Yves:昨年末からのツアーではヨーロッパや北米だけでなくブラジルやアルゼンチンなどラテンアメリカも多く回っていたんですが、海外公演を行うと自信が湧いてきます。日ごろ韓国のスタジオに篭っていると、自分がとても小さな存在に感じられるし、何の役にも立てていないような気がすることもあるので、世界中のファンの方々に会えるのは楽しいです。ブラジルやアルゼンチンではイヤモニを突き抜けて私に届いてくるくらい、みなさんが一緒に歌って踊ってくださっていたのも驚きでした。

─海外ではアーティストとしての受け取られ方や見られ方も変わるものなんでしょうか。

Yves:海外だと、能動的で自信のある、かっこいい女性アーティストとして見られている気がします。他方で、韓国だともう少しかわいい存在だと思われていますね(笑)。多分韓国だとチャットサービスを通じてファンの方々に日常的なメッセージを送る機会が多いので、Yvesだけでなく素のハ・スヨンとしての姿が伝わっているのかもしれません。逆に海外だと作品に基づいてアーティスト像が形成されているように思います。

─とくに海外だと、YvesさんはLGBTQ+コミュニティから熱狂的に支持されてもいますよね。海外公演の写真を見ていると、客席でレインボー・フラッグやレズビアン・フラッグが掲げられていることもあったり。

Yves:そうですね。私は以前LOONA(今月の少女)というグループに所属していたときからいまに至るまで、決まった枠組みや偏見に囚われることなく自分のやりたいことをやるべきだと伝えたいと思っているので、そのメッセージが多様な人々に届いているのかもしれません。LOONAというグループ自体、「少女」のイメージを破るためにつくられたようなものでしたし、活動を重ねていくなかで、偏見に立ち向かうような気持ちが自分のなかでも自然に強まっているのだと思います。

Yvesが孤独と苦悩を経て捧げる祈り「私はみんなに堂々と生きてほしい」


どんな人も堂々と生きてほしい

─他方で、音楽シーンに限らず韓国はいまも規範的な意識が強いようにも思います。アイドルはこうあるべきだという考えも根強いかもしれません。実際、ファンのなかにはアイドル的な活動を期待している方もいる気がします。

Yves:昔は気にしていたこともあったんですが、ソロ活動を始めてからは気にしないよう努力しています。いまの事務所の代表を務めているMILLICさんからも「自分のやりたいことをやるために事務所に入ったんだから、そんなことをいちいち気にしてたら何もできなくなってしまうよ」と言われて、他人の顔色を伺うのは辞めようと思うようになりました。

私は自分の曲を聴いてくれる人にも、同じように堂々と生きてほしいし、自信をもってほしいんです。だから作品をつくるときもブログを書くときも、ただ幸せで前向きな感情だけを表現するのではなくて、憂鬱な気持ちや悩みも素直に打ち明けることが大事だと思っています。

─Yvesさんの活動にはアイドル的な側面もある一方で、アーティストとしての独自性も高まっていて、独特なポジションを築いている気もします。目指しているアーティスト像などはあるんですか?

Yves:毎年ロールモデルが変わっちゃうんです(笑)。以前はフィギュアスケート選手のキム・ヨナや、G-DRAGONさん、IUさん、テヨンさんなどたくさんのアーティストの方々がロールモデルだったんですが、最近は予測がつかないアーティストになりたくて、あまりロールモデルを設定しないようにしています。

次のアルバムでは自分で作曲した曲を収録するつもりなのですが、将来的には自分ですべての曲をプロデュースするアーティストになれたらと思いますし、デビュー前から演技を学ぶ機会もあったので、映画のようなMVをつくってみたいとも思います。

─今後の展開が楽しみですね。今日お話を伺っていて、ソロアーティストとして独自性のある活動を追求されている一方で、ファンの方々をはじめ、周囲の人々への思いを語られていたのも印象的でした。

Yves:私はいつも、お祈りをするんですよね。ファンや家族はもちろんのこと、私のまわりで生きるすべての人に、幸せになってほしいって。ここで言うみんなというのは、「みんな」なんですよね……世界平和と言ってもいいかもしれません。みんなの幸せが、私の幸せでもある。みんなが幸せになってくれなければ、私も幸せになれませんから。

Styling: Kim Jieun of IBAEKILHO
Hair & Make: Hitomi Matsuno
Interpretation: Chusei
Text, Photograph & Edit: Shunta Ishigami

Yvesが孤独と苦悩を経て捧げる祈り「私はみんなに堂々と生きてほしい」

Yves
EP『Soft Error』
配信:https://Yvesjp.lnk.to/soft_error
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