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彼らが発表する個別のアルバム群には「Legend Has It」というプロジェクト名が授けられ、2025年末までにまたがる大きな一つの企画として発信した。
ー今回の企画「Legend Has it」を立ち上げたきっかけを教えてください。
この企画は、ごく自然な形で生まれたんです。2025年のリリース・プランを立てていた際、偶然にもニューヨークを代表するレジェンドたちによる7つの素晴らしいプロジェクトが並んでいたことに気が付いて。それぞれが独自のかたちでヒップホップに大きな影響を与えているわけですから、「これをもっと大きなムーブメントにできるのでは?」と閃きました。単に1作品ずつリリースしていくのではなく、彼らをまとめて称えるチャンスになればいいなと。「Legend Has It」は、彼らのレガシーに敬意を表し、その影響力を新しい世代へと再び灯しつつ、彼らの物語と音楽にふさわしいスポットライトを当てていこうという試みです。そこに、一貫性と力強さを加えて進行していこうと思っています。

©Mass Appeal
ープロジェクトにはレイクォンやゴーストフェイス・キラーといったレジェンドに加え、1999年に急逝したビッグ・Lらの名前もあります。こうしたラインナップはどのように決めていったのでしょうか。
実は、プロジェクトの大半は何年も前から構想されていたんです。弊社のCEOであるピーター・ビッテンベンダーは、「Legend Has It」というアイデアが生まれるよりも前から、アーティストのチームと話し合いを重ねていました。彼は、アーティストたちのレガシーを守り、広げていくことの大切さを早い段階で理解していて、さらに一貫した取り組みを続ける中で、Mass Appealこそがその音楽を命あるものとして届けられる最適なパートナーであることを証明してきた人物でもあるのです。そして、2020年にはMass Appealからビッグ・Lのショートドキュメンタリー『Foul Child: The Legend of Big L』を公開しました。その時点で、これはもっと大きなプロジェクトの始まりになりそう、という予感がしていて。今回、アルバムを発表することで、彼に対してのトリビュートが正当に継承されているという実感があります。
そしてモブ・ディープ(2017年にメンバーのプロディジーが他界)に関しては、彼らはずっとMass Appealファミリーの一員のような存在でした。特にナズにとっては、その結びつきは非常に深いものですし、そうした関係性があるからこそ、今回のパートナーシップは自然で、リアルな絆に根ざしたものだと感じています。

ゴーストフェイス・キラー ©Mass Appeal

レイクォン ©Mass Appeal

スリック・リック(Photo by Jonathan Mannion)
ーアニー・チェンさんご自身の役割を教えていただけますか?
私はこのプロジェクト全体のマーケティングを統括している立場で、それぞれのアルバムが個別にしっかりと注目を集めると同時に、全体としても統一感のあるキャンペーン・ストーリーを形成できるように心がけています。Mass Appealの目標は、すべての作品がデジタル配信プラットフォームや各種コンテンツ、PRやライブ・イベントなどを通して確実に「見られ」「聴かれる」状況をつくることなんです。「Legend Has It」は、まさにチーム全体の総力戦の企画ですね。クリエイティヴ・ディレクション、コンテンツ戦略、広報、パートナーシップ、リリースの段取りに至るまで、私だけではなく関わるすべてのメンバーがヴィジョンの実現において重要な役割を担っているんです。
ー2025年にこれだけのレジェンドたちのアルバムをリリースする、という企画はかつてのヒップホップ黄金期と現在とを繋ぐブリッジのような役割を果たすのかな?と感じました。こうした時代のコントラストに関して、どのように考えていらっしゃいますか?
まさに、このシリーズはヒップホップの黄金時代へのトリビュートであると同時に、その原点となる物語を現代のリスナーたちとつなぐための架け橋でもあります。私たちMass Appealのスタッフの大半が、実際にレイクォンやモブ・ディープたちの音楽を聴いて育ちました。そうしたレジェンドたちは、今、私たちが知っているヒップホップの土台を築いた存在であり、その影響はカルチャーの奥深くにまで根づいています。私たちは、彼らのレガシー、音楽、その影響にも敬意を表しつつ、若い世代にも、シーンのレジェンドたちがヒップホップの形成に果たした重要な役割をしっかりと伝えたいと思っています。なので、このプロジェクトは、ただ過去を振り返るだけではなく、「時代を超えて通用するもの」として文化を祝し、守っていくための試みでもあるんです。
ービッグ・Lは、この世を去って以来、さらなる未発表音源の発表などが待ち望まれていた存在でもあります。同時に、死後、彼の音源を扱うことは非常にセンシティヴでもあったと思うのですが、どのように制作を進行していったのでしょうか。
そうですね。ビッグ・Lのプロジェクトに関しては、「彼のレガシーに対してクリエイティヴなアプローチでリスペクトを表す」という機会がまさに訪れた、と感じました。同時に、彼の未発表の音源を扱うことは、これまでとは異なる視点で考えるきっかけにもなったんです。それは、「既存の映像がない中で、どうすればこれらの楽曲に”ビジュアル”と”カルチャー”としての命を吹き込むことができるのか?」ということ。
ーそうだったのですね。そして、ナズとDJプレミアのコラボ・プロジェクトも、ファンたちが長く望んでいたものですよね。
はい。両者のコラボレーションはヒップホップ史上もっとも待ち望まれたプロジェクトのひとつだと思います。いよいよ今年、その作品を世界に届けられることを誇りに思っています。この企画が実現したのは、CEOであるピーター・ビッテンベンダーの熱意と献身のおかげ。全ての功績は彼のおかげ、といってもいいくらいです。
Mass Appealを動かす原動力、グローバル・レガシーの可能性
ーMass Appealの共同オーナーとして、ナズはこのプロジェクトにどの程度関わっているのですか?
ナズはMass Appealの共同オーナーであるだけでなく、私たちには欠かせないクリエイティヴィティと原動力をもたらしてくれる存在でもあるんです。彼の影響は、まさに会社のDNAに組み込まれていると言えるほど。このプロジェクトの構想段階から、ナズはカルチャーへのリスペクトを保ちつつ、ヒップホップの形成に重要な役割を果たしてきたアーティストたちへの敬意も忘れないよう、ヴィジョンづくりに携わってきました。そして今もなお、音楽面からアーティストのセレクトやリリース戦略に至るまで、あらゆるプロセスに直接ナズ本人が関わっていて、アイデアを出し続けてくれています。
ーナズとともに、ヒップホップのレガシーを継承して伝えていくということは、カルチャー全体においても非常に重要なことだと感じます。
Mass Appealが成長を続ける中で、私たちのレガシーもまた、ナズのヴィジョンと歩調を合わせる形で進化していると思います。その核にあるのは、ヒップホップの歴史を保存し、カルチャーを前進させ、そしてそれをグローバルに拡張していくという信念なんです。ナズはいつも”目の前の成果”だけでなく、”意味のあるストーリーテリング”への投資や、”目的を持ったクリエイション”を私たちに問いかけてくれている。私たちは、世界中の人々の心に響くようなカルチャーの瞬間を生み出し、そこに込められた物語やアーティストたちを、これまで届かなかった新しいオーディエンスにも紹介していきたいと考えています。
ー今後、Mass Appealとしての取り組みは何か決まっていますか?
「Legend Has It」のプロジェクトがひと段落した後は、このシリーズをさらに広げていきたいと考えているんです。たとえばウエスト・コーストやサウスなど、ローカルなレジェンドたちにもフォーカスを当て、ヒップホップのレガシーをより幅広く網羅していくことが目標です。地域ごとにそれぞれ固有のアイコンやストーリー、カルチャーへのインパクトがありますから、そうしたナラティブが正当に評価されるようにしていきたいと思っています。
同時に、Mass Appealのグローバル展開も加速しています。これまでもインドでの活動を続けてきたのですが、今後はアフリカやアジアなど、さらに多くの地域に広げていく予定です。そしてもう一つ大事にしているのが、次世代のアーティストたちにスポットを当てること。トーチを受け継ぎ、ヒップホップの物語をさらに拡張していく若き才能たちの存在を、世界中に届けていきたいと思っています。
ーグローバル展開といえば、日本のマーケットはどのように見ていらっしゃいますか? 日本は、世界でも屈指の熱意あるヒップホップ・ファン層を持っている国の一つです。
私たちは常に、そこに存在する深い結びつきに感謝してきました。「Legend Has It」は、ヒップホップのルーツの本質にしっかりと根ざしながら、ジャンルの形成に大きな影響を与えたレジェンドたちについて、ファンがさらに深く知ることのできる場をつくり出すプロジェクトです。だからこそ、日本のファンにも強く響くはずだと信じています!
ーちなみに、アニーさんも昨年日本を訪れたと伺いました。
子どもの頃、家族と一緒によく日本を訪れていたんですが、その時の体験が自分にとって大きな影響を与えてくれたと思います。当時はJ-POPにとってもハマっていて、8cmシングルのCDやファッション誌、手に入るものは何でも集めていました(笑)。本当に幼い頃から、日本のカルチャーにどっぷり浸かっていたんです。そして今、音楽業界で働くようになり、昨年再び日本を訪れてヒップホップのライヴにも足を運んでみたんです。そうした体験は、自分にとって一周回って戻ってきたような感覚でした。エネルギーもものすごくて、観客の集中力も圧巻でしたし、「ヒップホップってやっぱりこんなにも力強くて、国境を超えるものなんだ」と改めて実感させられました。
ーそうだったのですね。ぜひ、日本でもMass Appealのコラボレーションが実現することを楽しみにしています。
もちろんです! 日本は私たちにとって、とても特別な場所なんです。Mass Appealとしても、日本のマーケットに向けてコンテンツやコラボレーション、イベントを直接届けるための方法を積極的に模索しています。今後の発表に、ぜひご期待ください!

ゴーストフェイス・キラー(Ghostface Killah)
ニュー・アルバム『Supreme Clientele 2』配信中
配信リンク:https://ghostface-killah.sng.to/sc2
レーベル:Mass Appeal