日本では精神科医で翻訳家の神谷美恵子による翻訳が広く知られ、彼女の解説が添えられた訳書は多くの人に親しまれている。また、学生時代から深い親交のあった美智子皇后(現上皇后)が愛読していたことでも知られている。
ジブラーンの詩を読むと、人種や宗教の違いを理由に争いや軋轢が絶えない今だからこそ、心に響く部分が多いことに気付かされる。少なくとも自分はそう感じた。そんなジブラーンに魅了され、その詩を引用し音楽をつけたのが、モンゴルにルーツを持ち、現在LAに暮らすシンガーソングライター、アミ・タフ・ラ(Ami Taf Ra)だ。彼女はパートナーでもあるカマシ・ワシントンと共に、『預言者』と『狂人』という二冊の著作からインスピレーションを得て、アルバム『The Prophet and The Madman』を〈Brainfeeder〉から発表した。
引用された詩の力は言うまでもないが、アミ・タフ・ラのソングライティングとカマシのアレンジの見事さには驚かされる。サウンドは一聴してカマシ・ワシントンそのものだが、同時にこれまでの彼にはなかった開放感がある。中東や北アフリカの音楽的要素がアミ・タフ・ラによってもたらされているのがその理由だろう。本作はカマシのベストワークのひとつと言っても過言ではない。
さらに、ハリール・ジブラーンの詩が驚くほどカマシの哲学と共鳴している。
カマシと紡ぐサウンドの背景
―レーベルコピーを見るとあなたの名前はファティマ・ワシントンで、Ami Taf Raはまた別の名前なのかなと。この二つの名前について聞かせてください。
アミ・タフ・ラ(以下、A):これはパンデミックのときにカマシと一緒に思いついた名前で、ファティマを逆さにしただけ。FATIMA → AMI TAFという感じ。私のミドルネームはゾーラ(Zora)なんだけど、ゾー(Zo)を略して、最終的にアミ・タフ・ラという名前になった。プライベートではファティマ・ワシントンという名前を使っていて、アーティスト名としてはアミ・タフ・ラ。ただ、響きがカッコいいかなと思っただけ。
―なるほど(笑)。
A:初めて知ったのは、本じゃなくて音楽を通して。レバノンのアイコン的存在、ファイルーズ(Fairuz)に、ジブラーンの詩を元にした曲「El Nay We Ghanny」というのがあったの。その曲の詩に「ネイ(アラブの笛)をちょうだい、そして歌わせて」というフレーズがあって、私はずっとその曲を歌っていた。でも、当時はそれがジブラーンの詩だということを知らなかった。だから、私にとってジブラーンとの出会いは、若い頃から音楽を通してだったけど、本を読んで知ったわけじゃなかった。年を重ねるごとに、だんだん彼の詩を読むようになった。中東のアーティストたちは、彼の詩を音楽に使ってることも多いし、そういう流れで本にも触れるようになった。だから、ファイルーズのおかげ。彼女は私にとって一番のアイコン。(※ジブラーンの詩集『Al‑Mawākib(行列)』に収録)
―あなたの周りでは、ジブラーンはよく知られている詩人なんですか?
A:北アフリカとかアラブ圏では、ジブラーンはものすごく有名な存在。でもアメリカの友達に話すと、知っている人もいれば、意外と知らない人もいる。『預言者』は、世界の歴史上においてもトップクラスに売れている本で、ジブラーン自身もすごく売れている作家のひとりなのに、それでも知らない人がけっこういる。
―ジブラーンの著作は中東からヨーロッパ、アジアまで、いろいろな思想が自由に混ざり合っているように思います。あなたもモロッコ、北アフリカ、ヨーロッパ、アフリカ、中東の文化が混ざっているような場所で生まれたわけですよね。そういうルーツや育った環境、文化のあり方が、今の自分の表現に繋がっているところはあると思いますか?
A:もちろんあると思う。カマシとこのプロジェクトを始めたとき、私はずっと「自分自身のアイデンティティに忠実でいたい」と思っていた。このアルバムは、単なる楽曲の集合ではなく、私自身という人間そのものを表している。曲を聴いてもらえれば、カマシのルーツの影響も感じられるし、私自身の背景――たとえばクラシック音楽の要素が入っている曲もあれば、モロッコのグナワ音楽をベースにした曲もある。それは私の愛する故郷モロッコへのオマージュでもあるの。それに、トルコで暮らした経験も反映されていて、歌唱法の中にトルコの音楽的アプローチや発音、即興のスタイルが自然に混ざっている。『預言者』と『狂人』というジブラーンの2冊の本からインスピレーションを受けた作品であるのと同時に、私自身が旅を重ねてきた人生そのものが反映された音楽でもあるの。
―このアルバムには、これまでカマシが見せてこなかった要素もたくさん入っている気がします。
A:アムステルダムで足止めされていた間、私たちはアラブ音楽をたくさん聴いていた。
レコーディングの際にも、彼はあえて「カマシ・ワシントンらしさ」から少し離れて、私というアーティストの背景や音楽性を前面に出すことを意識してくれた。だから、このアルバムは私自身の音でもあるけど、同時に「カマシの新しいサウンド」でもあるの。まさに私とカマシ、ふたりの感性が新しい形で融合した作品になったと思う。
―音楽的なインスピレーションを与えてくれたアーティストについて教えてください。
A:ファイルーズの他には、マイケル・ジャクソンに今でも夢中(笑)。子どもの頃からずっと大好きで、母親が私の誕生日にチケットをプレゼントしてくれて、彼の「History Tour」を観に行ったの。マイケルの泊まっていたグランド・ホテルの前にファンの仲間と一緒に行って、外で1日中歌ったりしたこともある。私の声が大きかったから、マイケルが窓から出てきて「グッド・ジョブ!」って声をかけてくれたの(笑)。忘れられない思い出ね。
西洋の音楽ではマイケルが特別だけど、中東圏ではやっぱりファイルーズ。彼女はジャズとアラブ音楽のフュージョンを最初に教えてくれた人。エジプトのウンム・クルスーム(Umm Kulthum)、アムル・ディアブ(Amr Diab)やターメル・ホスニー(Tamer Hosny)も大好きだし、モロッコのサミーラ・サイード(Samira Said)、ナイマ・サミ(Naima Samih)、シリアのアサーラ(Assala)、チュニジアにも優れたアーティストがたくさんいるし、アルジェリアのワルダ(Warda Al-Jazairia)など、ポップス系のアーティストもよく聴いていた。この辺りは全部、母の影響ね。母がいつもリビングでアラブ音楽を流していて、その音楽が私の原点になっている。
最近はジャズにも深く影響を受けていて、ビリー・ホリデイやエラ・フィッツジェラルド、ニーナ・シモンも大好き。カマシと一緒にいるから、ジョン・コルトレーンやエリック・ドルフィーもよく聴くようになった。カマシはいつもドルフィーの曲をすごい音量でかけてるの。私の妊娠中も、娘が生まれたあとも。最初はちょっと大変だったけど(笑)、今では娘もすっかりファンになった。
―コルトレーンの研究本によると、実は彼もジブラーンを愛読していたみたいですね。このアルバムにはコルトレーン的な要素もある気がしますが、どうですか?
A:そうね。
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ジブラーンの詩を音楽へと昇華する試み
―ここからはハリール・ジブラーンや『預言者』と『狂人』への見解を詳しく聞かせてください。まず、彼のどんなところに惹かれたのでしょうか?
A:私はパンデミック中に妊娠していて、そのときジブラーンの作品にすごく惹かれるようになった。妊娠8カ月のころ、アムステルダムで足止めされたことがあった。私はLA在住なんだけど、その時はイスタンブールにいて、カマシはNYにいた。そして、ふたりでオランダで合流して、そこにしばらく滞在していた。娘を出産する前後、数カ月間はロックダウンで家にこもりっきりだったから、映画やドラマをいろいろ観ていたんだけど、あるときカマシに『預言者』の話をした。それで「久しぶりに一緒にこの本を読もう」となって、読み返すことにした。あの本は、何年かおきに読み返したくなるような作品だから。
それで今度はまだ読んだことのない、ジブラーンの『狂人』という本を読んでみようということになって、ふたりで読んだ。そしたら読んでいるうちに、「あ、この「狂人」って、実は「預言者」のことなのでは?」と、2つの本の繋がりに気がついた。狂人は、ものすごい知恵と深い知識を持った人物で、まわりからは「おかしい人」だと思われている。でもそれは、彼だけが「仮面」をつけていないから。まわりの人たちはみんな仮面をつけている。『預言者』のキャラクターもフィクションではあるけれど、すごくたくさんの光と知恵を持っている。それに『狂人』は1917年に出版されていて、『預言者』より前に書かれているから、『預言者』の前段階というか、そういう位置づけなのかなとも思った。それで、その2つの本の間にある対話みたいなものを音楽で表現したいと思って、それぞれの本からいくつかの詩を選んで、曲を作っていこうというアイディアが生まれた。それがこのアルバムの最初のコンセプト。

Photo by Sol Washington
―『預言者』のどんなところに惹かれたのでしょうか?
A:『預言者』の中で特に心に残っているのは、「Children(子どもたち)」の詩。最初にこの本を読んだとき、私はまだ母親ではなかったんだけど、その後に出産して親になってから読み返すと、その詩の意味がまったく違うものに感じられた。「あなたの子供は、あなたの子供ではありません。彼らはあなたを通して生まれてくるけれどあなたから生まれるのではありません」──そんなふうに書かれていて、最初に読んだときは少し怖さすら感じたんだけど、母親になった今は、とても深く共感できるようになった。人生のフェーズが変わると、言葉の意味も変わってくる。この詩は以前、ミュージシャンたちとアラビア語でパフォーマンスしたことがある。そのときともまた違った意味に感じられた。だから今でも、この「子どもについて」の詩が一番心に響いている。
―では、『狂人』は?
A:アルバムに取り入れた詩のひとつに「神」についてのものがあった。私たちはよく神を探そうとしたり、外に求めたりするけど、実は神というものは、自分の内側にいる存在なんだという考え方がすごく美しいと思った。それから「友」について書かれた部分も、とても美しいと感じた。私たちは誰かと一緒にいるとき、必ずしも100%の自分でいられるわけではなくて、人によって見せる自分の一面が違っていたりする。そういう人間関係の複雑さや深さが描かれているところに惹かれた。だから『狂人』からは「神」と「友」についての詩を選んで、アルバムに取り入れたの。
―『預言者』から「The Prophet」という詩を選んだ理由を教えて下さい。
A:それは『預言者』の冒頭部分だから。物語の最初の数ページで、オルファリーズという街の人々が、預言者の言葉を求めて泣き叫んでいる。彼が街を去ろうとしているから、その前にどうか愛について、子どもについて、生きるということについて語ってほしいと懇願する場面。だからアルバムでも、そこから始める必要があった。実際には『狂人』の方から始めていて、「預言者」が「狂人」へと変化していくような流れにしているんだけど、アルバムの冒頭にはその2曲を並べていて、聴く人がその物語を感じ取ってくれたら嬉しいなと思ってる。「狂人」は「預言者」でもある、という構造だから。
それに『預言者』の冒頭は、とても多くのことを語っているから、最初の曲にふさわしいと思った。詩自体も長くて、どの部分を歌に取り入れるか選ぶのが本当に難しかった。でも、カマシと一緒に、歌として美しく響く言葉やフレーズを選んで、音楽の構成にもきれいに溶け込むようにしていった。朗読ではなく、あくまで歌として伝えるから、メロディとの相性も大事だった。
―僕も実際に『預言者』を読んでみましたが、思っていたよりひとつの詩が長かったので、その中から歌詞を抽出して考えるのは大変だったんだろうなと思いました。
A:それが一番大変だったところかもしれない。どの部分を詩から抽出して、歌にしてもちゃんと意味が伝わるようにするかというのが、本当に難しかった。詩自体が長いから、どこを切り取っても、全体のメッセージがきちんと伝わるようにしたかった。この作業は、どちらかというとカマシの力が大きかったと思う。彼がアルバムのプロデューサーだから。でも、最終的にはうまくできたと思っている。詩から選んだ部分と、曲としての仕上がり、どちらにもちゃんと意味を持たせることができたと思う。アルバムの最初の5曲は、ジブラーンの作品の中でも特に象徴的な詩を選んで使っている。メッセージを伝えるということが、やっぱり一番大事だと思っている。
―ジブラーンが考える「Love」というのは非常に深いものです。『預言者』から「Love」を選んだ理由は?
A:ジブラーンが書いた「Love」という詩は、本当に美しい。『預言者』の中でも象徴的な詩のひとつで、最初に読んだときは、すごく感動した。でも、そのあとに彼が実際の恋人宛てに書いた「Love Letters」という本に出会って、さらに驚かされた。これはフィクションじゃなくて、本当にジブラーンが人生で経験した愛の話だった。彼はニューヨークに住んでいて、エジプト出身の女性作家と、20年間手紙のやりとりをしていた。お互いに本気で恋をしていたのに、一度も会うことがなかったってこと! まるで夢みたいな話でしょう? この手紙は1914年頃から書き始めたもので、『狂人』の執筆時期と重なっていると思う。まだ飛行機も電話も、もちろんZoomもなかった時代だから、彼の想像力や言葉の力で、愛を伝えるしかなかった。しかもそれが、お互いに触れていない、純粋で、手の届かないような愛。とても神聖で、美しいもの。だから今、『預言者』の「Love」という詩を読み返すとき、以前とはまったく違った気持ちで読むようになった。あの詩を書いた背景には、そんな純粋で、触れられることのなかった愛があったんだと思うと、本当に胸がいっぱいになる。
―たしかにそうですね。
A:私も夫のカマシのことを心から愛しているけど、それとはまた別の形で、ジブラーンが経験した「触れられない愛」というものは、本当に美しくて尊いものだと思う。彼がその愛からインスピレーションを受けて『預言者』を書いたというのが、ますますこの作品を特別なものにしていると思う。それで「Love」の詩をアルバムに入れることにした。これを聴いたら、ぜひ『Love Letters』という本も読んでみてほしい。20年間に渡って書かれた25通か30通くらいの手紙が収められているんだけど、本当に素晴らしくて、言葉を失うくらい感動的だから。
「分断」ではなく「Unity」のために
―先ほど話してくれた「Children」も非常に興味深いです。ジブラーンが考える子供観について、あなたがどう感じたのかをもう少し聞かせてもらえますか?
A:まず第一に、『預言者』の中でも「Children」の章は特に有名な部分のひとつだと思う。子どもって、本当に純粋で無垢な存在でしょう? 人生における「無垢さ」の象徴だと思う。だからこそ、この詩をアルバムに入れることには大きな意味があった。子どもたちとは、私たち全員にとっての存在であって、誰かひとりの所有物ではないのだと思う。親だからといって、自分のものだとは言えない。子どもは「すべての人の子」であって、そこには「一体性(Unity)」や「つながり」というメッセージが込められていると感じる。私自身、まだ母親になる前にこの詩を読んだときは、今とはまったく違う受け取り方をしていた。でも今は実際に自分の子どもがいて、その子を育てながら、世界に送り出している。彼女が持っている考えや感じ方、愛情や知識は、私だけのものじゃなくて、世界と共有されるべきものだと思っているの。だから、子どもって、親だけのものじゃなくて、みんなの存在なんだと改めて感じている。そういう意味で、この「Children」という詩はすごく大切なものだと思った。
―その「Children」ではなぜギターの弾き語りのアレンジにしたのでしょうか?
A:最初に「Children」を録音したときは、実は大人数のオーケストラとクワイアを使った壮大なアレンジだったの。でも私は「少ない方がより多くを伝えられることもある(less is more)」と思った。この詩は、本当に繊細で親密。歌詞のひとつひとつがとても壊れやすくて、静かに心に響く。だから私からカマシに、「もっとシンプルにしてみない?」と提案した。声とギターだけにして、親密さを大事にするアプローチに変えたほうがいいんじゃないかと思って。そのほうが、かえってこの曲のメッセージが強く伝わると思ったの。大きなサウンドやクワイアに包まれるよりも、言葉そのものが人の心にダイレクトに届くんじゃないかって。
―『狂人』から「How I Became a Madman」を選んだ理由を教えて下さい。
A:それは『狂人』の冒頭の詩だから。アルバムを作るのなら、ただ曲を並べるだけじゃなくて、作品としての流れやメッセージをちゃんと伝えたいでしょう? だからこそ、オープニングにはその意図を込めた曲を置きたかった。「How I Became a Madman(私が狂人になったわけ)」という詩では、主人公が「誰かに仮面を盗まれてしまった。そしてそのとき初めて光を見た。私は賢くなった」と語っている。それがすごく象徴的だと思った。『預言者』の詩をアルバムの冒頭に選んだ理由と同じように、『狂人』でもその最初の詩を使うことで、聴く人に強い導入のメッセージを届けたいと思ったの。この詩の中には、彼がどうして「狂人」になったのかが語られていて、それがとても重要だと思った。
―『狂人』では「仮面を外す」というような言葉が象徴的に出てきます。あなたにとっての「仮面」とはどんなものだと思いますか?
A:私自身の「仮面」というものも、確かにあると思う。私はもともとすごく内向的で、繊細な性格。感情的だし、すぐに影響を受けてしまうタイプ。だからこそ、アーティストとして本当の自分を出せるのは、ステージの上だけなんだと思う。感情を自由に表現できる場所だから。本当に脆くて、たとえば自分の曲を歌っている最中にも涙が出てしまうくらい(笑)。そういう部分を、日常生活では抑えている。それが、私にとっての「仮面」なんだと思う。たとえば夫のカマシでさえ、私がどれだけ繊細で脆いか、全部は知らないと思う。母でさえ、私のそういう一面には気づいていないかもしれない。それくらい、私は「大丈夫な自分」を人に見せてきた。でも本当は、その仮面の下には、幼い頃の私がいて、今もその小さな女の子のまま、心の奥に存在しているの。これまでの人生で、たくさんの困難を経験してきて、それを心の中に秘めてきた。でもその痛みや悲しみ──とくに悲しみは、音楽を通して、ステージの上でしか表現できない。だから私にとって、ステージこそが本当の自分をさらけ出せる場所であって、日常の中でつけている「仮面」を外せる唯一の空間だと思う。
―ジブラーンが考える「神」の概念は特定の宗教に限定されないものです。『狂人』から「God」を選んだ理由を教えて下さい。
A:ジブラーン本人は、人生の後期において、無神論的な考え方に近づいていたとも言われているけれど、私が共感したのは彼が「神」を特定の宗教に縛られた存在として描かなかったところ。私が信じているのは「一体性(Unity)」。たとえば、アルバムの最後に収録した「Khalil」という曲があるんだけど、そこではアラビア語の詩を引用していて、「祈り」について書かれている。その詩の中では、私たちはそれぞれ違う場所で祈る──(キリスト教の)教会だったり、(イスラム教の礼拝堂の)モスクだったり、(ユダヤ教の集会所の)シナゴーグだったり、どんな宗教であっても。でも祈りの瞬間には、みんなが同じ時間に、同じ場所に心を重ねている、というメッセージが込められている。そういった考え方は、今の時代にとても大切だと思うし、だからこそ音楽の中でもそういうメッセージを伝えていきたいと感じているの。
カマシと出会う前、私はユダヤ系のミュージシャンたちとよく共演していて、自分のアラブ的なルーツと彼らのユダヤ的なルーツを一緒に音楽に取り入れていた。それをステージで表現するにはとても大きな挑戦だったけれど、「宗教や性別、国籍が違っていても、私たちはみんなひとつの『神』とつながっている」という想いがあったからこそ、やる意味があったと思っている。神は「分断」ではなく、「つながり」の象徴だと私は信じているし、ジブラーンもきっとそういう意図で「God」の詩を書いたんだと思う。神は外に探すものではなく、自分の内側に存在している──その考え方に、とても強く惹かれた。
―我々日本人としては想像するのが難しいのですが、ジブラーンの宗教観はかなり特殊で、過激なものだということくらいはわかります。あなたから見たジブラーンの宗教観についてもう少し聞かせてください。
A:ジブラーンの宗教観は、彼自身のスピリチュアルな視点から生まれたものだと思う。彼が文章を書くときは、特定の宗教や集団に向けて書いているんじゃなくて、「すべての人に向けて」語っているように感じる。彼はレバノン出身で、その後アメリカのニューヨークに移り住んで、フランスやイギリスにも旅をしていた。だからこそ、彼の言葉はどこか普遍的で、国や文化、宗教を超えて響くものだったんだと思う。だから彼の本は、何百万人もの人たちの心に届いたし、誰もが自分自身をそこに投影できるようなものだった。私は芸術というものが、宗教ではなかなかできない「すべての人をひとつにする」という力を持っていると思っている。宗教だと、どうしてもユダヤ教はユダヤ人に、イスラム教はムスリムに、と対象が限られてしまうところがあるけれど、芸術にはそういう境界がない。書き手として、アーティストとして、誰にでも届くものを生み出したいという想いがある。
ジブラーンも、そういう想いを持っていたんだと思う。彼はもうこの世にいないけれど、彼の作品が果たしてきた役割は本当に大きかったし、だからこそ、彼の言葉を今、音楽というかたちで世界に届けるというのは、私にとっては光栄であると同時に、とても大きな責任だと感じている。そして、このプロジェクトの発端は、私とカマシがジブラーンの作品を大好きだということ。その愛情はきっと伝わると信じている。

Photo by Audrey Wilkins
―キリスト教でもイスラム教でもユダヤ教でも強く信じている人たちがいて、それゆえに対立も起きます。にも関わらず、ジブラーンの本は幅広い人たちに読まれていて、「Unity」のために存在できている。その理由はどこにあると思いますか?
A:それは、彼の言葉が本当に真実だったからだと思う。人は、真実やオーセンシティを直感的に感じ取るものだと思うし、ジブラーンは自分の言葉を信じていただけではなく、その言葉に沿った生き方をしていたから。
―彼の言葉には嘘がなかったと。
A:それは私も音楽を通して目指していること。私はモロッコで生まれて、オランダで育ち、旅をしながら世界中を回ってきた。まるで遊牧民みたいにスーツケースひとつで暮らしていたような日々もあった。でも、そうやっていろんな文化や人々と触れ合う中で気づいたのは、私たちには違いがある一方で、たくさんの共通点もあるということだった。それがアーティストとして、そういう視点が自然と表現に出てくるんだと思う。だから私は、どんなときも自分の芸術に正直でいたいと思っている。自分の表現に対して誠実であること。それは、今回一緒に音楽を作ったカマシも同じで、何かを「こうしよう」と決めたというより、ごく自然に、お互いのアーティスティックなアイデンティティが音楽としてそのまま表れたのだと思う。結局、真実は必ず人の心に響くものだと思うの。アーティストにとっては、まわりの意見や評価が気になって、揺れてしまうこともあるけれど、それでも自分の表現に対して誠実であることが、一番大切だと思う。私は読者も、聴き手も、決してごまかせないものだと思ってる。嘘のない表現こそが、最も多くの人に届くと私は信じている。

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