雑誌の特集やディスクガイドのように
たしか小山田圭吾(Cornelius)の勧めだったと思うが、大学生だった2001年にシュギー・オーティス『Inspiration Information』のCDを購入した。これが自分にとって最初のLuaka Bop作品だった。

『Inspiration Information』Luaka Bopリリース時のジャケット写真
同じ頃、僕はブラジル音楽にのめり込み、カエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルといったトロピカリア周辺や、ミルトン・ナシメントらミナスの人脈にも手を伸ばした。行きつけのジャズ喫茶ではエルメート・パスコアルやエグベルト・ジスモンチがよくかかり、カバンには常にブラジル音楽のディスクガイド『ムジカ・ロコムンド』を入れていた。そんな志向にぴったりだったのが、Luaka Bopが1989年に発表した編集盤『Brazil Classics 1 - Beleza Tropical』だった。僕が中古で入手したのは2000年代に入ってからだが、当時の主流だったボサノヴァ中心のカフェ系、もしくはロンドンのクラブで人気を集めたダンサブルなコンピレーションとは一線を画す、サイケデリックでひねりのある楽曲に強く惹かれた。

『Brazil Classics 1 - Beleza Tropical』新装・日本語帯付LP、オリジナルライナーノーツの対訳付
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この編集盤がシリーズものだと気づいた僕は、続編の『Brazil Classics 2: O Samba』も入手した。Luaka Bopを意識するようになり、トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンが創設したレーベルと知ったのもこの頃だ。『Brazil Classics 2』にはククラ・ヌネス、ベッチ・カルヴァーリョ、マルチーニョ・ダ・ヴィラといった歌手たちの曲が収録されている。ちょうどサンバの名盤を集め始めていた当時の僕にとって、この編集盤は最良のガイドになった。改めて聴くと、アフリカ系ブラジル人の信仰であるカンドンブレに由来する要素が含まれていることにも気づかされる。さらに第3弾『Brazil Classics 3 - Forró Etc.』では、ブラジル北東部のフォホーに踏み込んでいる。
その後、ブラジルの奇才トン・ゼーの音源集を挟み、1998年にシリーズ6作目としてリリースされた『Brazil Classics 6 - Beleza Tropical 2. Novo! Mais! Melhor!』は決定的な一枚だと思う。ここまで歴史を掘り下げてきた先に提示されたのは、シコ・サイエンス、レニーニ、ダニエラ・メラクリ、マリーザ・モンチといった90年代当時の「現代ブラジル音楽」だ。そこでは多様性やカンドンブレ、北東部文化といった文脈を受け継ぐ、同時代の重要人物たちがまとめて紹介されていた。
Luaka Bopのコンピレーションは、まるで雑誌の特集やディスクガイドのように、歴史や背景を整理してリスナーに届けてきた。今聴き返しても、ブラジル音楽を理解するための有効な手がかりが詰まっていることがわかるだろう。ちなみに2007年には、9年越しのシリーズ続編『Brazil Classics 7: Whats Happening In Pernambuco: New Sounds of the Brazilian Northeast』を通じて、ブラジル北東部のハイブリッド・サウンドを届けている。
Beleza Tropical 2: Novo! Mais! Melhor! - Brazil Classics 6 Luaka Bop
「歴史」と「今」を並列に提示する
1988年の設立以来、沖縄の喜納昌吉、南インドのヴィジャヤ・アナンドからナイジェリアのウィリアム・オニェイバーまで、世界各地の音楽を紹介してきたLuaka Bop。文脈提示の的確さは、ブラジル以外のリリースでも同様だ。
キューバ音楽を紹介する『Cuba Classics』シリーズでは、1960年代に起きた民衆の歌のムーブメント「ヌエバ・トローバ」の重要人物シルヴィオ・ロドリゲスの編集盤『Los Grandes Exitos』を皮切りに、60~70年代のダンス音楽を集めた『Dancing With The Enemy』、そしてブラジル同様ハイブリッドに進化した90年代の音源を含む『Diablo Al Infierno』をリリースしている。
ほかの地域でも同様で、アフリカ系ペルー音楽を集めた『Afro-Peruvian Classics: The Soul Of Black Peru』と、その流れを汲む歌手スサーナ・バカの諸作品。もしくは、アフロビートを含む西アフリカのサイケデリック・グルーヴ集『World Psychedelic Classics, Vol. 3: Loves A Real Thing』と、アフリカ音楽とネオソウルを融合させたザップ・ママの『Ancestry In Progress』というふうに、歴史をまとめた編集盤と新録アルバムを対で提示する手法は、Luaka Bopの大きな特徴だ。
こうして並べてみると、作品の多くにアフリカ、あるいはアフリカン・ディアスポラの要素が含まれていることに気づく。世界中のポピュラー音楽に息づくアフリカ由来の要素を尊重し、その文脈を丁寧に提示する。そして、そこに少しひねりを加え、スタイリッシュにまとめる──それもレーベルの重要なポリシーの一つであり、サントメ、アンゴラ、カーボベルデなどにルーツを持つアフリカ系ポルトガル人の音楽にフォーカスした『Adventures In Afropea 3: Telling Stories To The Sea』も、そんな姿勢で編まれた傑作のひとつだ。
アニー&ザ・コールドウェルズとゴスペルの追求
2010年代に入ると、Luaka Bopは北米の音楽文化に目を向けながら、再びアフリカン・ディアスポラの文脈に取り組み始めた。まず「World Spirituality Classics」シリーズを立ち上げ、その第1弾としてジャズ・ピアニスト/ハープ奏者のアリス・コルトレーン『The Ecstatic Music Of Alice Coltrane Turiyasangitananda』をリリース。アメリカのゴスペルやジャズに加え、彼女が傾倒していたヒンドゥー教やインド音楽の要素が織り込まれたこの作品は、アリスの「開かれたスピリチュアリティ」を体現していた。
さらに、アフリカ系アメリカ人コミュニティにおける「スピリチュアル」を探求するため、Luaka Bopはサックス奏者ファラオ・サンダースの文脈も掘り下げていく。2021年にはフローティング・ポインツとのコラボで制作された新録にして遺作『Promises』を発表。2023年には長らく入手困難だった1977年作『Pharoah』を再発している。Luaka Bopはジャズにおける「スピリチュアル」を知るうえで欠かせない音源も揃えてみせた。
そして近年は、アリス・コルトレーン作品に含まれていたもう一つの文脈、ゴスペルを熱心に掘り下げている。2019年には、70年代の埋もれたゴスペル音源を集めた『The Time For Peace Is Now (Gospel Music About Us)』をリリース。
今年のLuaka Bopを象徴するリリースとなった、アニー&ザ・コールドウェルズ『Cant Lose My (Soul)』も、そういった文脈が今日に受け継がれていることを示すものだった。ステイプルズ・ジュニア・シンガーズのメンバーを中心とする南部ミシシッピの家族バンドが、地元教会の屋根裏で録音した音源集。ファンクやディスコに傾倒したサウンドに、女性ならではの視点で信仰を歌う姿は、『The Time For Peace Is Now』の収録曲とも地続きにある。「過去」と「現在」を並列に提示する──これこそがLuaka Bopの真骨頂だろう。
アニー&ザ・コールドウェルズ:ミシシッピ州を拠点に活動する家族バンド。家族の絆と信仰、深い感情をディスコとゴスペルに昇華させた「魂の音楽」を奏でる。10月に初来日(※詳細は記事末尾にて)
Luaka Bopのすごさは、こうした教育的とも言えるリリースを設立から30年以上、自らのペースで継続している点にある。しかも、それらの文脈は一過性のトレンドではなく、時代を超えて有効な普遍性を備えている。再発レーベルは世界中にいくつも存在するが、歴史的編集盤と同時代の作品を常に対で提示し続けるレーベルは他にそうないはずだ。
そんなLuaka Bopを立ち上げるきっかけとなったのが、冒頭で触れた『Brazil Classics 1』だったという。

Annie & The Caldwells JAPAN TOUR 2025
2025年10月19日(日)静岡・朝霧JAM '25
2025年10月20日(月)東京・duo MUSIC EXCHANGE
詳細:https://smash-jpn.com/live/?id=4501
Luaka Bop関連カタログ一覧:https://www.beatink.com/products/list.php?artist_id=2887
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"It's a beautiful day ASAGIRI JAM'25"
2025年10月18日(土)19日(日)富士山麓 朝霧アリーナ ふもとっぱら
※アニー&ザ・コールドウェルズは10月18日(土)出演
公式サイト:https://asagirijam.jp
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