ポップでストレート。まさかバー・イタリア(bar italia)の作品をこう形容する日が来るとは夢にも思わなかった。
最新作のタイトルは『Some Like It Hot』。『お熱いのがお好き』の邦題でも知られるマリリン・モンローの主演作と同じタイトルを冠し、まつ毛の長い眼がウインクする純白のジャケットを着飾った本作は、ミステリアスな雰囲気を放っていたバンドのパブリック・イメージからの脱皮を声高に主張している。

2023年に〈Matador〉よりデビューを果たし、『Tracey Denim』と『The Twits』というふたつのアルバムを立て続けに発表した彼らは、その後のワールドツアーでの経験から自信と勢いを得たという。ディーン・ブラントの〈WORLD MUSIC〉よりリリースを重ね、モノクロームに身を包んでいたロンドンの3人組は、その美学のコアこそ簡単には露わにしないものの、素直なクリエイティブを追求する道を選んだ。

『Some Like It Hot』はいかにして生まれたのか。もっと言えば、『Some Like It Hot』のような作品は、いかにしてバー・イタリアにとって「アリ」になったのか。来年1月に再来日も決まっている3人に、制作のプロセスについて訊きつつ、アルバムの気になるポイントを掘り下げた。

ー2023年に2枚のアルバムを発表してからツアーを回り続けた約2年間は、バンドにとってどのような期間でしたか?

サム・フェントン(以下、サム):ずっとツアーをしていたんだ。その後は『Some Like It Hot』のレコーディングに専念していた、マジでハードだったよ(笑)。

ーミステリアスな雰囲気だった前作までと比べて、『Some Like It Hot』はある意味で素直なアルバムのように感じました。デビューからの2年間で、バンドの在り方が徐々に変わっていったのではないかと。

ニーナ・クリスタンテ(以下、ニーナ):うん、まさにそう。
ツアーを続けてきたことはバンドの在り方を変えた。アーティストとして、パフォーマーとして、そして人間としても成長することができたんだよね。それは確実に『Some Like It Hot』にも影響を与えている。

それに加えて、今回は初めて本格的なスタジオを使ってエンジニアと一緒に仕事をしたの。『Tracey Denim』もスタジオでレコーディングしたけど、あの時はサムと私で何日もかけて配線をやらなければ作業を開始できなかったような場所だったんだよね。バンドで演奏すると椅子がガタガタ動いてしまうくらいの環境(笑)。でも、今回は初めて設備が充実したスタジオを使用して、二人の素晴らしいエンジニアと一緒に作業した。これはサウンドの質だけじゃなくて、部屋に入ってすぐに作業ができるっていう面でも大きな影響を与えてた思う。

しかも、ライブでドラムを担当してくれているリアム・トゥーンも参加してくれた。アルバムの中では2曲だけサムと私がドラムを担当しているけど、残りはほぼ全てリアム。それも大きかったかな。

bar italiaが語る、いまだ謎多きバンドが手に入れた「ポップ」の奔放なエネルギー

Photo by Rankin

ーディーン・ブラントの〈WORLD MUSIC〉から作品を発表し、〈Matador〉からデビューして『Tracey Denim』と『The Twits』という2枚のアルバムをリリースした頃、バー・イタリアはよく「ローファイ」と形容されていました。
その点『Some Like It Hot』は輪郭がはっきりした作品に仕上がっているように聞こえたのですが、これにはどのようなアイデアや制作プロセスの変化が影響しているのでしょうか?

ニーナ:それは今の話に繋がると思う。というのも、『Some Like It Hot』の制作でサムとジェズミは自由に使えるギターが10本くらい用意されていたし、ピアノをはじめバー・イタリアがこれまで触れてこなかった楽器や機材がたくさん周りにあった。しかもスケジュールを管理してくれるスタッフがいるわけで、私たちはただ実験的に曲を作り、それを形にすればいいだけだった。『Tracey Denim』の頃は出来たばかりのスタジオでセットアップが万全じゃなかったし、マヨルカ島のハウス・スタジオで録音した『The Twits』には防音設備とかエンジニアが存在していなかったからね。

サム:そうだね。『Some Like It Hot』を作り始めた時、本当にワクワクしたのを覚えてる。部屋に入ってギターを弾き始めるだけで良い、そんな環境で作業するのは初めてだったからね(笑)。前はギターを弾きながらEQとかプラグインのことを考えなければいけなかったんだけど、そのせいで曲のアウトプットを後回しにしなきゃいけなかったんだ。今回は信頼できるエンジニアのおかげで、曲作りと演奏だけに集中することができたんだよ。そのおかげなのか、最初の3日間でかなりの量を書き上げることができた。3曲のリードシングル(「Fundraiser」「rooster」「Cowbella」)も、全てこの3日間で書いたものなんだ。あの瞬間に強烈な創作へのエネルギーが爆発したんだ、最高だったよ。


ジェズミ・タリック・フェフミ(以下、ジェズミ):曲を全く書かずに演奏を長い間続けていても、別にソングライティングの能力が上がるわけじゃないんだよね。同じ曲を何度弾き続けていても、その演奏が上手くなるだけで新しいことを学ぶ機会はないんだ。正直、イライラしてくるよね(苦笑)。だから『Some Like It Hot』では新しい曲を書けること自体にまずワクワクしたよ。

ーポスト・プロダクションやエンジニアリングの面で、具体的に意識して前作までと差異化を図った点はありますか?

サム:今回は最初に録ったテイクをたっぷり使ったんだ。エンジニアのおかげで、そのまま使えるくらい最初のテイクから音のクオリティが良かったんだよね。あれは有り難かった。思考がシンプルになったというか、色々とやり直す必要が少なくて済んだからね。結局、最初のアイデアって100テイクやっても再現できないようなエネルギーがたくさん詰まってるんだ。完璧に仕上げようと努力することも素晴らしいけど、思考やインスピレーションの流れを再現することは本当に難しい。

ジェズミ:『Some Like It Hot』のポスト・プロダクションの時間ってめちゃくちゃ短かったよね? 修正作業がほとんど必要なかったんだ、最高だよ。

サム:そうそう。
前はポスト・プロダクションでのエフェクトについてもっと考えていたけど、学習を進めていくうちに、アンプと部屋のアンビエンスで理想の音を作り出すことの素晴らしさに気づいたんだ。そこには、何か特別なものがある。だからエフェクトからは少し距離を置くようになった。自分の耳がリアルな音に多く触れる機会を得て、たくさんのライブを経験し、より多くのスタジオで作業していくうちに耳が変わってきたんだと思う。一度その音を聴いてしまうと、もう元には戻れないんだ。

ー〈WORLD MUSIC〉からリリースしていた時期と比べ、3人のキャラクターは世界中のファンに広く知られるようになりましたよね。その過程でバンドは「正体不明のカルトスター」から一組の激しいロックバンドへと評価が変わっていったように傍目からは感じました。

ニーナ:評価が変わったのか、サウンドが変わったのか。どちらが先かは判断が難しいけど、そういう声は嬉しい。個人的には、謎めいた実験的なバンドというより、単にロックバンドとして認識される方が断然嬉しいんだよね。

ー主にバンドの見せ方として、『Some Like It Hot』の制作中に外からの評価は意識しましたか?

ニーナ:実はバー・イタリアってコンセプト重視では動かないバンドなんだよね。次にどんな作品を作ろうか、みんなで座って話し合ったりはしないの。
どちらかと言えば、ツアーで忙しかったから、限られた時間の中で自然に湧いてきたアイディアで音楽を作っていっただけ。それが今回のアルバムのようなサウンドになったんだと思う。

ーカルト的な存在感やローファイなサウンドなど、ベールのように覆い被さっていたものが徐々に剥がれていく中で、改めて他のバンドにはないバー・イタリアのらしさとは何だと思いますか?

ニーナ:それが何かを説明したいけど……”私たち”は”私たち自身”がその一部だから、自分たちで理解するのは難しいんだよね。

ジェズミ:うん。言葉では説明できないけど、大事なのは僕たちのキャラクターじゃないかな。僕たちの個性や好きなものは、自分たちが書くものにも表れていると思う。同じ手法を僕たちではない3人でも再現できるかもしれないけど、僕たちらしくはならないと思うね。

ーなるほど。今回は静と動のコントラストがこれまで以上に強調された作品であるように感じました。リファレンスにしたものはありますか?

サム:僕らは違うものをそれぞれ聴いていたんだ。君が具体的なタイトルやアーティスト名を求めているのはわかってるけど、色々ありすぎてさ……ごめん(笑)。あ、個人的に『グリース』っていうミュージカルには少し影響されたかも。


ーニーナとジェズミはどうですか?

ニーナ:私はアメリカとイタリアの、1950年代~60年代の音楽かな。

ジェズミ:僕は子供の頃に好きだった音楽をたくさん聴いていたかな。

めざしたのは「エネルギーが溢れてる感じ」

ータイトルにもなっている映画『Some Like It Hot』はbar italiaと同じ構成の3人組の話ですよね、なぜここから名前を取ったのでしょうか?

サム:あれはただセクシーに聞こえるなと思ってそのタイトルにしたんだ(笑)。

ー(笑)。

サム:そう、だからあの映画を意識していたわけじゃない。そのタイトルの映画があることはわかっていたけど、意識まではしてないかな。最近まであの映画を観たことさえなかったし、映画の出来事とアルバムは全然関係ないんだ。

ージャケットについても教えてください。とてもポップな印象で、バー・イタリアにとってある意味で異色のデザインであるように感じたのですが、どのような経緯で決まったのでしょうか?

ジェズミ:ニーナが夢であのイメージを観たんだろ?(笑)

ニーナ:違う違う(笑)。打ち合わせをして、それで決まったんでしょ? 白状すると、今回のアルバムにコンセプトがなかったわけじゃないんだよね。ちょっと小生意気、ポップでストレートな感じにしたいっていうのは考えてた。『Some Like It Hot』は過剰に演出された作品にしたくなかったんだよね。だからポップって思ってくれたのはすごく嬉しい。確かにポップだよね、私たちはそのストレートな感じを求めていたの。

bar italiaが語る、いまだ謎多きバンドが手に入れた「ポップ」の奔放なエネルギー

『Some Like It Hot』アートワーク

ーその狙いもあってか、アルバムはポップで激しい「Fundraiser」から始まりますよね。冒頭から『Some Like It Hot』を象徴しているかのようです。

サム:そう、最初の3日間で作ったリードシングルの一つだね。ドッグレースのスタートみたいな感じで、僕らには一貫したエネルギーがあった。ゲートが開いて勢いよく犬が飛び出す瞬間みたいな、飢餓感とスピードに満ちた、あの感じ。さらに、僕らは少し内省的ですらあった。あの3日間で自分たちの中にあるものを一気に吐き出せたから、その後のレコーディングで内省的な曲へと広がっていくことができたんだ。つまり、リードシングルのおかげで、それとは対照的なものを作るルートが開けたんだよね。だから「Fundraiser」にアルバム全体のエネルギーが表れていると感じてくれたのは嬉しい。

ーアコースティックや内省という点では、「bad reputation」や「Plastered」のようなラウンジ・ミュージック風の歌謡曲はバンドの新境地であるように感じました。どのようなテーマを念頭に置いたのでしょうか?

サム:新境地、まさにそうだね。個人的に、僕はバンドメンバー同士の繋がりのことを考えていたんだ。というのも、僕らは曲の世界観やテーマをいつの間にか共有していることが多いんだよね。作曲をスタートして、その流れの中で各々がその曲の方向性に気づき始める。意見が分かれる時もあるけど、何かに気づいて皆が興奮し始める時もある。「bad reputation」とか「Plastered」とかでは、かなり奇妙で新しい何かが生まれつつあるのをバンド全体で感じたんだ。それはリスクを伴うもので、昔だったら「恥ずかしいかな」とか「ダサくない?」って思っちゃうようなアレンジだったんだ。でも、その感覚を押し通すような快感があったんだ。そういう瞬間があったからこそ、今回のアルバムは唯一無二のものになったんだと思うよ。

ーまた「I Make My Own Dust」や「rooster」、さらに「omni shambles」でのニーナの力強いボーカルも新鮮でした。ボーカルとしての在り方はここ数年でどのように変化しましたか?

ニーナ:大きく変わったと思う。実はデーン・シャルフィン(Dane Chalfin)っていうボーカル・コーチと一緒に仕事をしているんだよね。というのも、スタジオなら大きくなくても普通の声で歌えるけど、ライブでは声が出なくなると誰も聴いてくれないし、無理をするとトーンが崩れたり叫び声みたいになってしまう。だから、デーンと一緒にライブで歌う方法を学んだんだよね。前回のツアーでは声が出なくなる問題が頻繁に起こっていたんだけど、デーンのおかげで声の使い方を学んで、その経験をレコーディングに活かすことができた。それに、さっきサムが話していたように、スタジオでのセッティングとかに縛られなかった分、ちょっと自由な気分になったんだよね。以前は声をセーブすることが特定の美学を生み出していたと思う。でも今回はその制限を無くして、違うアプローチを選べたの。

ーなるほど。個人的に、「Eyepatch」でのストレートなダンスパンクには驚きました。歌詞も相まって一段と疾走感のある曲に聞こえたのですが、どのようなイメージで制作を進めたのでしょうか?

サム:ダンスパンク、いいね。正確な表現だと思う。僕らって、ハードなパンクを作るのには少し抵抗があるんだ。僕らはパーティーが大好きすぎて、ついつい楽しい気分ばっかり追い求めちゃうから、生々しいパンクをストレートに作る気には中々なれないんだ。でも僕らがパンクを聴いてきたのは事実。だからその2つのバランスを取ろうとしたんだ。

ニーナ:「Eyepatch」が形になった時は本当に嬉しかったね。曲を作っている時からライブで演奏することを考えていたの。アルバムには美しい曲もあるけど、ライブで最高に盛り上がる曲もある。「Eyepatch」はライブで演奏したら絶対楽しいだろうなって思いながら作ったんだよね。みんな踊れるし、パンクでもある。

ー「Eyepatch」でのハンドクラップはどのようなアイデアで入れることになったんですか?

サム:(2人に)これは僕のアイディアってことでいいかな? あのハンドクラップを入れた時は、さっき話した『グリース』ってミュージカルのことを考えていたんだ。というか、ミルクシェイクが飛び交うダイナーみたいな感じだね。ウェイターやウェイトレスがローラースケートで動き回るMVを考えたんだ、まさにバックで手拍子が鳴っているようなね。ニーナのボーカルラインもそのイメージにマッチしてる。ニーナとジェズにはライブでハンドクラップをやらせようとしているんだ、ライブできっと見れると思うよ(笑)。

bar italiaが語る、いまだ謎多きバンドが手に入れた「ポップ」の奔放なエネルギー

Photo by Rankin

ー過去のインタビューで「ポップソングを作りたい」と度々発言していた3人にとって、『Some Like It Hot』はその試みがとても高いレベルで達成されたものだと思います。制作を終えた今、どのような心境ですか?

ジェズミ:良い意味で達成できたと感じてる。バー・イタリアにとって最もポップな作品を作れた、間違いなく誇りに思っているよ。

サム:うん。正直、もし売れなかったとしても、僕は『Some Like It Hot』には誇りを持っている。評価されなかったら、きっとそれはリリースする時期を間違えたんだ(笑)。時代を先取りしすぎたか、それとも時代遅れなのか、そのどっちかだ(笑)。

ニーナ:まぁどちらにせよ、どう評価されても私たち自身が満足できていればそれでいいよね。

ーでは、このアルバムを通じて伝えたいフィーリングはなんですか?

サム:それを一言でまとめるのは難しいな。あえて言うなら、このインタビュー全体がその答えだと思う。こんなふうに長い会話で説明することはできるけど、一言や一文で表現するのは厳しいね。

ニーナ:加えるなら、イタリア語で「exuberance(=奔放さ)」っていう言葉があるんだけど、それかな。エネルギーが溢れてる感じ。私が話したワールドツアーの後の心境の変化にも通じるし、サムが話したドッグレースみたいな瞬間にもそれは通じる。このアルバムには、とにかく大量のエネルギーが詰まっているの。

bar italiaが語る、いまだ謎多きバンドが手に入れた「ポップ」の奔放なエネルギー

bar italia
『Some Like It Hot』
発売中
日本盤ボーナストラック追加収録
Tシャツ付きセットも販売
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15295

bar italiaが語る、いまだ謎多きバンドが手に入れた「ポップ」の奔放なエネルギー

BAR ITALIA
SOME LIKE IT HOT JAPAN 2026
2026年1月21日(水)東京・LIQUIDROOM
2026年1月22日(木)大阪・Shangri-La
前売:8,400円 (税込 / 別途1ドリンク代 / オールスタンディング) ※未就学児童入場不可
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15327
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