メレキ(Mereki)という不思議な響きの名前を持つオーストラリア人シンガー・ソングライター(本名メレキ・ビーチ)を知る人は、現時点ではまだごく限られているのだと思う。しかし、先頃2ndアルバム『Buttercup』をリリースしたばかりの彼女のエンジェリックなソプラノ・ボイスは、誰であれ触れる者に深いインパクトを刻むに違いない。


自ら設立したレーベルから1st『Death of a Cloud』を送り出したのは2023年だが、そのキャリアは長く、ロサンゼルスで活動を本格化させたのは2010年代半ばのこと。ソングライターやバッキング・シンガーとして多数のアーティストとコラボする機会を得たという。そんな中で出会ったひとりがジョージ・ハリスンを父に持つダニー・ハリスンであり、ふたりは公私にわたるパートナーとなってお互いの作品に参加。『Buttercup』にもダニーはギターなどで関わっており(ジャケットにも登場)、同作のレコーディングは、ジョージが1970年代に自宅内に設えた伝説的なフライアー・パーク・スタジオで行われている。

ダニーのほかにも、普段はロング・ディスタンス・ランナーズの名前でバンド活動をする若いミュージシャンたちを交えて制作された『Buttercup』は、エレクトロニックな要素も用いてサイケデリックに作り込んだ『Death of a Cloud』に対し、オーガニックなインディーポップ志向で統一。そのぬくもりとナチュラルな佇まいが前述した歌声の魅力を強調する形となった。またオーセンティシティにこだわって制作されたともいうだけに、メレキというアーティストへのイントロダクションとして、むしろ1stよりも相応しいのかもしれない。

ではこのアルバムはどのように形作られ、どんな想いを託されているのか? ここに至るまでの歩みも併せて、彼女に話を訊いた。

「Sunflower Smile」日本語字幕MV

セーラームーンへの憧れ

―今は英国で生活しているあなたですが、故郷はオーストラリアなんですよね。

メレキ:ええ、東海岸のヌーサという小さな町で、海のすぐ傍で育ちました。オーストラリアのカルチャーそのものがレイドバックなんですが、すごく平穏で、のんびりとした子ども時代だったと言えますね。そんな美しい環境で過ごせたことに感謝しています。


―メレキという風変わりな名前には何か特別な意味があるんですか?

メレキ:これはオーストラリアの先住民族アボリジニの言葉で、”諍いを仲裁する人”を意味します。両親はアボリジニのカルチャーに深い敬意を抱いていて、私たちが暮らしていた土地に敬意を表したいと考えてそんな名前を選んだんです。

―音楽には幼い頃から関心があったんですか?

メレキ:話によると赤ちゃんの時から私はハミングをしていたらしく、ハッピーな時には独りで歌を歌っているような子どもだったようです。自分ではそれが歌なんだという自覚は無かったんですけど。それは今も変わっていなくて、ハッピーな時は自然に歌い出してしまうんですよね(笑)。そして文章を書くのも好きで、何十冊もの日記が残っています。ただシャイだったので、人前でパフォーマンスができるようになるまでに少し時間を要しました。「私を見て!」という外向的な人間ではなくて、どちらかというと自分の内面を掘り下げるタイプなので。

―子ども時代に聞いていたのはどんな音楽でしょう? 地元のアーティストが中心でしたか?

メレキ:ええ、ラジオで流れているオーストラリアのロックはたくさん聞きました。インエクセスとかミッドナイト・オイルとか。10代になるとジュエルやヴェルーカ・ソルトにハマって、ポップなアーティスト、シンガー・ソングライターたち、色んな音楽に触れてきました。それから、日本のメディアのインタビューを受けるということでさっき思い出したんですが、若い頃の私は『美少女戦士セーラームーン』に夢中だったんです(笑)。
番組を録画しておいて学校から帰ってきたら見るというのが日課で、『Buttercup』の収録曲のひとつ「Miracle」もセーラームーンの曲にインスパイアされました。彼女はすごくパワフルな女性だけど、同時に欠点もたくさんあった。生意気で、脆い部分があって、決して完璧な人間じゃない。そこに10代の私はすごく共感できたんです。

―その後オーストラリアを離れて、世界中を転々として生活していたそうですね。どこでも生きていける、いわゆる世界市民だと自分を見做している?

メレキ:まさにそうです! もちろん、自分が特に強いコネクションを感じる場所も世界中に幾つかあるんですけど。日本もそんな場所のひとつで、滞在中は心がすごく穏やかでした。日本のカルチャーはすごくマインドフルで美しいと思うんです。例えばお茶を呑むという行為ひとつとっても作法があって、こだわりがあって、時間をかけますよね。そういう部分が私の波長に合うんです。そしてあちこちにお寺や神社があって、スピリチャリティや安らぎを求める気持ちが日常生活に浸透しているような印象も受けました。いつかまた長く滞在したいですね。


―最終的にあなたはロサンゼルスに腰を落ち着けて、ミュージシャン活動を本格化させました。やはり音楽業界の中心に身を置くべきだと考えたのですか?

メレキ:まさかあの町で暮らすことになるとは思ってもみなかったので、自分でも驚きでしたが、ロサンゼルスに行くことが自分に必要な足がかりだと感じました。実際、私の人生において非常に重要な役割を果たす人たちとの出会いがあり、大きな意味があった。ただ、場所そのものに深いコネクションを感じることはなかったですね。

Merekiが語る幸福感あふれるインディーポップの源流、ダニー・ハリスンとの深い信頼関係

Photo by Eliza Eaton

ダニー・ハリスンとの深い信頼関係

―ダン・ニグロやアリエル・レヒトシェイドといった第一線のプロデューサーとコラボしたり、カイリー・ミノーグに曲を提供したり、フライト・ファシリティーズのツアーにシンガーとして同行したり、多彩なアーティストと仕事をしていたあなたにとって、下積み時代に得た最大の学びはどんなことでしょう?

メレキ:まず当時の私は、ソングライターとして毎日のように異なるプロデューサーや他のソングライターたちと共作していたわけですが、必ずしもそうやって書いた曲に、個人的にものすごく満足が行っていたわけではないんです。でも学ぶことは本当に多かった。例えば、自分自身からある程度切り離した視点で曲を書けるようになりました。たくさんの数の曲を書くにはそういう距離が必要なんです。だから今でも、自分が書いた曲の良し悪しを性急に判断したりしませんし、自意識過剰にならずに、自分の中から自然に流れ出るままにしてソングライティングを行なう。クリエイティブなプロセスをうまく進めるには、縛りを設けずに流れに任せるほうがいいのだということを学びました。

―そんなあなたが長年コラボ関係を維持しているのが、私生活のパートナーでもあるダニーです。彼とあなたが距離を縮める上で、やはり音楽が果たした役割は大きいんでしょうか?

メレキ:そうですね。
もう10年くらい前になりますが、私はダニーのマネージャーと知り合って、ダニーが次のアルバムのためにゲストシンガーを探しているのでボーカル音源を送って欲しいと頼まれたのが、出会いのきっかけでした。その音源を聞いたダニーは、「僕が求めていたのはまさにこの声だ!」と言ったそうです(笑)。それから実際に対面してすぐに親しくなって、彼のアルバム『IN/// PARALLEL』(2017年)に参加し、以来ずっとコラボ関係を保っています。だから、間違いなく音楽あってこそ今のふたりがあると言えますね。

Merekiが語る幸福感あふれるインディーポップの源流、ダニー・ハリスンとの深い信頼関係

メレキとダニー・ハリスン、2024年撮影(Photo by Dave Benett/Getty Images for Killik & Co)

―昨年ダニーが来日した時にも同行していたそうですが、日本滞在中に本誌と行なったインタビューの中で、あなたとダニーはものの見方が異なるゆえに、いいバランスなんだというような話を彼はしていました。

メレキ:確かに相手をうまく補完しているところがあって、お互いから様々なことを学んだ気がします。私にとってダニーは素晴らしい先生ですし、スピリチャリティの探求に熱意を抱いていることもふたりの共通項で、まさにそれが私たちの絆のベースにある。音楽的アプローチも対照的で、ダニーは今までの人生で耳にした音を全て頭の中に蓄積していて、そこから必要な要素を引き出すんですよね。他方で私のライティング・スタイルはより霊妙というか、自然に流れるままにする。だからこそ私たちはコラボレーターとしていい結果を生み出せるんです。

―では、ミュージシャン同士のカップルであることのメリットとデメリットはなんでしょう?

メレキ:メリットはやっぱり、音楽作りのプロセスをお互いに深く理解しているという点ですね。アーティストであることには様々な異なる側面があって、例えばソングライティングは非常に内向的な作業です。
答えを求めて自分の内面を覗き込み、それを曲に転換するためには、静謐なスペースが必要ですが、逆にレコーディングは、外向きの実務的作業。多数のミュージシャンを招いて、自分の内側にあったものをほかの人たちに伝わる形に変換しなければならない。そして次の段階はライブ・パフォーマンスです。大勢の人の前で自分の心をさらけ出す、ソングライティングの対極にある作業ですよね。そういったプロセスの全てを、実際に体験したことがない人に説明するのは本当に難しい。その一方でデメリットはどうでしょう? 果たしてあるのかどうか分からないんですが、アーティストであるがゆえに、ふたりともかなりエモーショナルでセンシティブだという点かもしれません(笑)。

ポジティブなラブソング集の制作背景

―さて、あなたは2014年にシングル「Blue Lake」でソロ・デビューを果たしましたが、それからファースト・アルバム『Death of a Cloud』を完成させるまで10年近くを要しましたね。それは、自分らしい表現を見出すまでに必要な時間だったんでしょうか?

メレキ:そうですね。実はシングルを発表した2014年に、すごく近しい関係にあった父を亡くしたんです。私にとっては激しく心を揺さぶられる出来事で、1stアルバムでは専ら、死や弔いの気持ちや魂といったテーマと向き合いました。家族を失う悲しみを乗り越えるには長い時間がかかりますし、私の場合もそうでしたね。それに、ソングライターとしてあまりにも多様なタイプの曲に関わっていただけに、自分のアルバムを作るにあたって改めて軸を定め、独自のサウンドを確立しなければならなかった。
そのために自分を支えてくれるコラボレーターを探し出し、満足の行くサウンドを見つけるプロセスにも時間がかかりました。私は完璧さを求めてしまうので。でも『Death of a Cloud』は大好きです。『Buttercup』とはかなり作風が違って、父とコネクトしたいという想いが強かったがゆえに、雲に乗っているかのような浮世離れしたところがある作品でした。その点、『Buttercup』は地に足がついたアルバムですね。

―しかも前作から2年で完成したわけですから、インスピレーションに事欠かなかったということでしょうか?

メレキ:ええ。『Death of a Cloud』をようやく発表できてほっとしていましたし、同時に、新しい一歩を踏み出せることにも興奮していました。普段からたくさん曲を綴っているので、『Death of a Cloud』をリリースした頃には『Buttercup』の収録曲も半数くらい書き終えていたんです。あとはいいミュージシャンを探して、曲を形にするだけでした。

―『Buttercup』は、多くのプロデューサーや共作者が参加した前作と違って、大半の曲を独りで綴りセルフ・プロデュースで仕上げましたが、着手した時はどんな作品を目指していたんでしょう?

メレキ:まずはプロデュースし過ぎないということ。そして、オーセンティックな作品を目指しました。ソングライティングからレコーディング、ヴィジュアル制作に至るまで、全プロセスをオーセンティックかつ地に足が着いたものにしたかった。完璧さは求めず、活きたサウンドを封じ込めることが重要だったんです。レコーディングのプロセスを通じて、曲の生々しい部分が失われることが多々ありますからね。曲をフラットにしてしまうというか。だから納得が行くまで作業を続けましたし、素晴らしいミュージシャンたちと出会って、全編を同じラインナップでレコーディングしたんです。彼らが備えている美しいスピリットをアルバムに反映させたくて。ライヴでもバックバンドを務めてくれているんですが、初めて一緒にステージに立った時、まるで何年も一緒にプレイしてきたかのようなケミストリーを感じました。

―あなたはそんな本作を「基本的にはラブソングのアルバム」と説明していて、ここには実際、幸福感あふれるラブソングが多数収められています。ハピネスはクリエイティビティに益しないと言われたりもしますが……。

メレキ:その意見には抗いたいですね(笑)。私はハッピーになりたいので! でも悲しい時、葛藤を抱えている時には、曲を書くことで気持ちを軽くすることが可能ですから、理解はできます。それにポジティブな内容のグッド・ソングを書くのはすごく難しい。陳腐になりかねないですからね。ポジティブだけどカッコイイ曲を書くのが私のゴールなんです(笑)。

―そもそもあなたにとって音楽作りとは、どんな意味を持つ行為なんでしょう?

メレキ:私の場合、自分自身を癒すために、そして自分を知るために音楽を作っています。アーティストとしても人間としても常に成長したいと願っていますし、高次元の私、あるいはオーセンティックな私に近付けるよう自分を高めたい。それを実現させる上でソングライティングはすごく役立つんです。それに自分を癒すことができれば、結果的に聞いている人たちにも癒しを与えられると私は考えていますから。

―そして全般的にスピリチュアルな趣が強く、自然界とのコネクションを感じさせるのも、あなたの曲の特徴ですよね。

メレキ:それは恐らく、神のような存在に近付きたいという、私が長年抱えている欲求に関係していると思うんです。ここではほかに適当な言葉がないので敢えて”神”と呼びますが、私にとっては自然の中に身を置くことが、そうした存在に最も容易にアクセスできる方法なんですよね。

―もうひとつ触れておきたいのは、本作がフライアー・パーク・スタジオで録音されたことです。音楽ファンにとっては伝説的な場所ですが、やはりスペシャルなスタジオなんでしょうか?

メレキ:ええ。本当にマジカルな場所で、こんなに素晴らしい場所でレコーディングが出来るなんて、本当に恵まれていると思います。ダニーはスタジオのスピリットを大切にしながら機材のメンテナンスをしてきましたし、アナログ機材が生むサウンドは本当に暖かいんですよね。そのぬくもりは間違いなくアルバムに反映されています。

フライアー・パーク・スタジオでのセッション映像、ギターを弾くのはダニー

―そう言えば「Bunny Soft」という曲には、東京の鉄道駅で録ったと思しきフィールドレコーディングが使われていますね。

メレキ:そうなんです! 昨年ダニーと日本を訪れた時、私の誕生日に新幹線で東京から京都に行ったんですが、その道中に携帯電話で録音しました。駅のアナウンスのトーンやサウンドが気に入ったんです。私にとって「Bunny Soft」はすごくジャパニーズな趣がある曲で、まだ公開前ですが、ミュージック・ビデオにも私が日本で撮影した映像を用いているんですよ。

―それは楽しみですね。ミュージック・ビデオと言えば、アルバムタイトルは「Tru Love」のビデオに登場するあなたの愛犬に因んでいるそうですが、どんな意味を込めたんでしょう?

メレキ:このアルバムにはたくさんのラブソングが収められていて、中には特定の人に宛てたラブソングもありますが、同時に自分自身に宛てた曲、あるいはより普遍的なラブを歌った曲も含まれています。そんなことから、愛する犬の名前をタイトルにしたいと思ったんですよね。まだ生まれて8週間の時に飼い始めた彼女はまさにラブのかたまりのような存在で、私に尽きせぬ愛情を与えてくれています。私だけでなく、自分と接する人たち全てに無条件の愛を与えている。相手の値踏みをしたりすることもなく、誰だろうとその人をありのままに受け入れて。それゆえに、このアルバムの意義を引き受けてくれる象徴として相応しいのではないかと感じたんです。

―最後に、このアルバムを通してリスナーにどんなことを伝えたいですか?

メレキ:先程言ったことにも重なりますが、リスナーそれぞれが、自己実現と癒しへの道筋を見出す手助けができたらうれしいですね。自己実現を達成して初めて、私たちは身近なコミュニティはもちろんのこと、グローバルなコミュニティにも何かを貢献できるようになるでしょうから。世界をより優しい場所にするために!

Merekiが語る幸福感あふれるインディーポップの源流、ダニー・ハリスンとの深い信頼関係

Mereki
『Buttercup』
発売中
再生・購入:https://linktr.ee/mereki

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