ブラジル音楽の豊かな歴史を引き受け、モダンな形で昇華する作家として、フーベル(Rubel)は現在最も重要なシンガーソングライターのひとりと言えるだろう。

ボン・イヴェールをはじめとしたUSフォークから影響を受けた素朴な歌唱で名声を得たデビュー作『Pearl』からはじまり、オルタナティブR&Bとブラジリアン・ヒップホップをベッドルーム由来のなだらかな音響で統合した『Casas』、そしてサンバやフォホーからバイレ・ファンキに至るまでブラジル音楽の100年を長大なボリュームで編み上げた『As Palavras Vol.1 & 2』と、これまでに発表した3枚のオリジナル・アルバムはどれもキャラクターが立っている。
ボブ・ディランやスフィアン・スティーヴンスがアイロニカルな視線を合衆国に投げかけるように、フーベルもブラジルとの距離を測りながら、多彩なアレンジで文化の多様性を寿いでいる。本国でもその評価は高く、ミルトン・ナシメントやガル・コスタといったレジェンドのみならず、マリーナ・セナやバーラ・デゼージョの面々といったMPB新時代の担い手もリスペクトを捧げている。

そんな彼の最新作『Beleza. Mas agora a gente faz o que com isso?』は、これまでのキャリアでも異色な自伝的フォーク・アルバムとなった。インティメイトなチェンバー・ポップの系譜にありながら、さりげないボサノヴァやサンバからの引用を挟み、ラストではレディオヘッド「Reckoner」のカバーすらも披露している。同曲のストリングス・アレンジを手掛けているのは、長谷川白紙やハイエイタス・カイヨーテもラブコールを送るブラジリアン・レアグルーヴの巨匠、アルトゥール・ヴェロカイだ。

今回は国内盤の発売に合わせて、フーベルにインタビューを敢行。11月には「Festival de FRUE 2025」での初来日公演も控えている、貴重な機会となるのでぜひ足を運んでいただきたい。

現代ブラジル音楽の代弁者・フーベルが語る円環のようなキャリア、ジョアン・ジルベルトへの憧憬、そして美しき最新作

Photo by Bruna Sussekind

―まず、あなたのキャリアはビデオアートや脚本など、さまざまなアートへの関心から始まったとお聞きしました。最初のアルバム『Pearl』をオースティンで作る前、どのような芸術に触れていましたか?

フーベル:文学、特に映画かな。というのも、僕の夢は脚本家と映画監督になることだったんだ。ある意味では、今も自分はミュージシャンという仕事をしている脚本家だと感じているよ。映画に基づいた手法で楽曲やアルバムを構想しているんだ。


フーベルが名声を得るきっかけとなった「Quando Bate Aquela Saudade」のビデオ。映像監督も自ら務めている

―音楽を作り始めた頃は何を聞いていましたか?

フーベル:まず影響を受けたのはボブ・ディランとボン・イヴェールだね。MPBとかボサノヴァも大好きだったんだけど、当時の僕のスキルでは出来なかったんだ。だから少ないコードで演奏するフォーク・シンガーみたいに、飾らなくて素直な気持ちを表現するのが一番いい方法だと思ったんだ。ボブ・ディランの作品を聞く時はいつも気持ちが最高潮に達していたよ。あの頃の僕にとって、彼は神様のような存在だったんだ。

―1stアルバム『Pearl』からは、スフィアン・スティーブンスやニュートラル・ミルク・ホテルのようなインディーフォークの影響も感じられました。当時、このアルバムを制作する上で、どのような全体像を思い描いていましたか?

フーベル:そうだね、ニュートラル・ミルク・ホテルは大好きだよ。『Pearl』は僕がテキサス大学のオースティン校で映画について学んでいた頃に制作したもので、当時はプロのミュージシャンなんて目指していなかったんだ。その時の、ありのままの真実を捉えることが一番の目的だったから、アルバムの仕上がりにはあまりこだわっていなかったんだよね。ほとんどの曲は一発録りで録音して、楽器やボーカルの編集も一切していない。ほぼライブレコーディングみたいな感じで、そういう意味ではニュートラル・ミルク・ホテルとか、ボン・イヴェールの『For Emma, Forever Ago』に似ているかもしれない。
あの頃の僕は、生粋のインディー少年だったんだ。

―2ndアルバム『Casas』(2018)では、ヒップホップやベッドルームポップの影響を受けた、よりカラフルな雰囲気を感じました。制作環境やクリエイティブなプロセスに何か変化があったのでしょうか?

フーベル:大学を卒業してからロサンゼルスに移った後、20代後半になってからブラジルへ戻ってきたんだ。大学生から大人になるまでの変化はちょっと大変だった、特にロスでの生活だね。とても厳しい街だったよ。

その頃、僕はヒップホップに夢中になった。フランク・オーシャン、チャンス・ザ・ラッパー、ケンドリック・ラマー、そしてブラジルのエミシーダやクリオーロとかだね。彼らのサウンドや歌詞に惹きつけられたんだ。それと同時に、ライブレコーディングのような、あまり完成されていなくて生々しいアルバムはもう通用しないと感じ始めた。だからこそ、音楽の制作プロセスや音色の一つ一つ、そしてアルバムの美学に対して徹底的に厳しくならなければと思ったんだ。

そして、当時の僕は何か新しいものを世界に見せたかった。MPBとヒップホップに影響を受けた楽曲を、これまでになかった形で融合させること。
ある意味、『Casas』でその野望は成功したと感じているよ。

―『Casas』のツアーの後、世界はパンデミックに入りました。その後にリリースした2021年のシングル「Homem da Injeção II」は、より伝統的なサンバのサウンドで、歌詞では当時の大統領であるジャイール・ボルソナロにも触れられています。このシングルの制作過程はどのようなものでしたか?

フーベル:確かに、「Homem da Injeção II」は現実の話題にインスパイアされているね。政治的なイシューへの感情と、MPBにおいて伝統的なプロテスト・ソングを作りたいという気持ちが強かったんだ。

というのも、パンデミックの間に当時のブラジル大統領だったボルソナロ(ちょうどクーデター未遂で有罪判決を受けたばかりだね)は、何ヶ月にもわたってワクチンの購入を拒否し、薬の効果を否定していた。他の国々がすでに国民へのワクチン接種を進める中、ブラジルだけ時間が止まったままのようだったんだ。

この状況に抗議して、あるリオの活動家が、リオデジャネイロの広場にある元帥の像に裸でよじ登り、「ワクチンを打ってもらうまでここから降りない」と訴えたんだ。それは抗議であり、アート的なパフォーマンスでもあった。この曲は、その出来事をベースに一つのファンタジーを作り上げている。美学としてはシコ・ブアルキ流の古いサンバを意識した。僕自身の探求活動における番外編のような作品で、あらゆる意味で括弧(「」)に囲まれているような曲であり、『Pearl』や『Casas』とは全く方向性が違うものなんだ。


―3作目のアルバム『As Palavras Vol.1 & 2』(2023)では、ミルトン・ナシメント、ルエジ・ルナ、BKといった豪華なアーティストたちが多数参加しています。このアルバムであなたが表現したかったコンセプトは何ですか?

フーベル:『As Palavras Vol.1 & 2』は、現代のMPBシーンを刺激したいという思いから作ったんだ。というのも、色々な意味で今のMPBは、時代が止まっていて過去に囚われすぎているように感じてね。このアルバムを通してMPBというムーブメントと、ブラジルにおけるその他の現代的なジャンル―例えばラップやバイレ・ファンキとか―とフォホーやパゴーヂを融合させてみたかったんだ。実際、今のブラジルではこういうジャンルが国民に愛されているわけで、MPB自体はますますニッチなものになっているんだ。

結果的に『As Palavras Vol.1 & 2』はブラジルの文化とその多様性、そして歴史へのラブレターのような作品になった。2022年半ばの時代精神を捉えることも目指したね。個人的な経験だけではなく、当時の社会的/政治的な文脈にも目を向けたかった。ブラジルは美しい国だけど、暴力的で混沌としていて……そういった側面も表現したかった。この国の成り立ちを語る上で欠かすことのできないニュアンスや矛盾も作品に落とし込みたかったんだよね。

―ここまであなたのキャリアを振り返ってきました。サウンド面では、デビュー作から比べてプロダクションが豊かになってきた印象ですが、最新作『Beleza. Mas agora a gente faz o que com isso?』では一転して静かなアレンジに回帰したように感じたんです。


フーベル:そうだね。多くの音楽的な経験を繰り返して、原点に戻る時が来たと感じたんだ。飾り気のない、剥き出しの歌。そしてアコースティック・ギターによる、ほとんど宅録に近いシンプルなアルバム。そういうプライベートなものをリスナーが懐かしがっているのは知っていたし、僕自身もそう感じていたんだ。でも『Beleza. Mas agora a gente faz o que com isso?』は、10年前に作った『Pearl』とは全く別物だと思うよ。ありがちな映画の脚本のように、僕は最終的に原点へと戻ってきたけど、以前とは違う自分になった感覚があるんだ。

現代ブラジル音楽の代弁者・フーベルが語る円環のようなキャリア、ジョアン・ジルベルトへの憧憬、そして美しき最新作


―『Beleza. Mas agora a gente faz o que com isso?』がリリースされる際に残したコメントで、あなたは自身の”アイドル”からの影響を語っていましたね。具体的に、どのような存在から影響を受けたのでしょうか?

フーベル:ジョアン・ジルベルトにカエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジル、ガル・コスタ。特にジョアン・ジルベルトかな、このアルバムは『Amoroso』から強烈に影響を受けているんだ。

―あなたの世代のブラジルのミュージシャンたち―例えばチン・ベルナルデスやバーラ・デゼージョなど―は、20世紀のブラジル音楽の再解釈を共に探求しているように感じます。そのような潮流に、自身はどのようなアプローチで臨んでいると思いますか?

フーベル:僕たちは1970年代のMPBに夢中なんだ、その点は共通していると思うよ。
だけど、僕たちは過去の音楽をリバイバルさせて再演しようと思っているわけではない。というか、そもそも不可能なことだしね。後ろへ引かれた弓が前へ放たれて突き進んでいくように、僕らは未来に向かって進もうとしているんだよ。

僕の話に限れば、音楽家としての哲学はアルバムごとに大きく変わっている。『Casas』や『As Palavras Vol.1 & 2』では過去のスタイルを根底から覆し、前例のないものを提示したいと思っていた。一方で『Beleza. Mas agora a gente faz o que com isso?』では、ジョアン・ジルベルトの美学へと純粋に近づき、その清らかで泉のような音から学び、恐れることなく自分のストーリーを語りたかったんだ。

―では、このアルバムを通じて伝えたかったメッセージは何でしょうか?

フーベル:「メッセージ」という考え方は、詩や表現が持つ無限の可能性を狭めたり、平坦にしてしまう可能性があるから、あまり好きじゃないんだ。でも、もし一つそれを選ばなければならないとしたら、「人生の中で、どうすれば死という存在に打ち勝つことができるか?」というところかな。死はいつかやってくる。だけど、生きている間にどうやってその事実を打ち負かして、それに負けない生き方をするかということさ。

現代ブラジル音楽の代弁者・フーベルが語る円環のようなキャリア、ジョアン・ジルベルトへの憧憬、そして美しき最新作

Photo by Bruna Sussekind

―アルバムに収録されている「Feiticeiro Gozador」や「Azul Bebê」では、サンパウロやバイーアといった特定の地名が出てきます。こういった曲の歌詞を書くときには、それぞれの場所の具体的な風景を思い浮かべながら書いているのですか?

フーベル:そうだね。このアルバムの歌詞は全て自伝的であり、そのアイデアのほとんどは実際にバイーアで起こった出来事をベースにしているよ。

―また3曲目の「Ouro」は、アレンジにおけるダイナミクスがあります。ミュージックビデオと合わせて、アルバムの前半におけるハイライトであるように感じました。この曲とアレンジに込めたアイデアは何ですか?

フーベル:この曲は、僕の友人に捧げた曲なんだ。彼女はとてもクレイジーで反骨精神があって、だけどとても魅力的で、まさに黄金(Ouro)のような存在。

アレンジはマーヴィン・ゲイ『What's Going On』からインスピレーションを得ている。ジョルジ・ベンとマーヴィン・ゲイが音楽の中で出会ったらどうなるかを想像して作ったんだ。ギターはジョアン・ジルベルトやジョルジ・ベンを彷彿とさせるけど、ビートは完全にマーヴィン・ゲイ、みたいな。異なる世界がぶつかり合っていて、その出来栄えにはとても満足しているよ。

―「Pergunta ao Tempo」では、ジャヴァンとアルジール・ブランキという、MPB史において非常に重要な人物たちの名前が登場します。なぜ彼らを引用したのでしょうか?

フーベル:ジャヴァンは言葉遊びだね。ジャヴァン(Djavan)に似た言葉としてデジャヴ(Déjà vu)を並べたんだ(笑)。(編注:「Um Djavan? Não, acho que é um déjà-vu」という一節)

アルジール・ブランキは「Resposta ao Tempo」(時間への返事)という美しい歌を書いている。曲の中で、彼は時間を家に招き入れ、ボトルを開け、互いにからかい、議論を始めている。僕はそのアイデアが面白いと思って「Pergunta ao Tempo」(時間への問いかけ)という歌詞を書いた。それがタイトルになったんだ。この曲は、神秘的な「時間」という存在を目の前にして、人間が謙虚になりながらも、好奇心を持ってそれと向き合う様子を歌にしたんだ。

―また「Carta de Maria」では、『Casas』から引き継がれていた「モダンなスタイルでサンバを表現する」という試みが結実したような印象を受けました。

フーベル:ありがとう、嬉しいね。ブラジル音楽というジャンルの中で、何か新しいことを達成できたと認めてくれるなんてたまらないよ。ブラジルの音楽はとにかく美しく、広大で、そして複雑だ。そんな城に、まだ投じられてない石を投げ入れられたという感覚は、ブラジル人アーティストとして光栄なことだと思うよ。

現代ブラジル音楽の代弁者・フーベルが語る円環のようなキャリア、ジョアン・ジルベルトへの憧憬、そして美しき最新作


―『Beleza. Mas agora a gente faz o que com isso?』を一本の映画とした場合、エンディングはレディオヘッド「Reckoner」のカバーになります。なぜこのカバーを録音しようと思ったのですか?

フーベル:「Reckoner」は、10代の僕にとって大切な曲だった。アルバムに収録されている他の曲が持つ、ある種の希望に満ちたメランコリーみたいなものを、この曲も共有していると感じているんだ。それに、今まで一度もやったことがなかったファルセットに挑戦する良い機会でもあったんだよね。

―「Reckoner」ではアルトゥール・ヴェロカイがアレンジで参加しています。サンバやボサノヴァではなく、あえてレディオヘッドのカバーで彼を招いた意図は何ですか?

フーベル:僕が思うに、ヴェロカイの音は信じられないほどブラジル的でありながら、外国風の訛りが入っている。その独特なアレンジのスタイルが、レディオヘッドのメランコリックな世界観と僕のギターの持つシンプルな響きが一緒になったら、絶対に美しいものが生まれるだろうと直感したんだ。

―ありがとうございます、一層11月のライブが楽しみになりました! どんなライブを予定していますか?

フーベル:アコースティック・ライブになるよ。ギターと声だけで、僕のアルバムからも何曲かやるし、MPBの有名曲もやろうかな。

―最後に。もし、あなたの音楽をきっかけにブラジル音楽に興味を持った日本のリスナーがいたとしたら、どのアルバムをおすすめしますか?

フーベル:やっぱりジョアン・ジルベルトの『Amoroso』。ハハッ、人類が作れる最も美しいアルバムと言っても過言じゃないね。

現代ブラジル音楽の代弁者・フーベルが語る円環のようなキャリア、ジョアン・ジルベルトへの憧憬、そして美しき最新作

フーベル
『Beleza. Mas agora a gente faz o que com isso?』
発売中
詳細:https://diskunion.net/latin/ct/news/article/0/132855

現代ブラジル音楽の代弁者・フーベルが語る円環のようなキャリア、ジョアン・ジルベルトへの憧憬、そして美しき最新作

Festival de FRUE 2025
2025年11月1日(土)、2日(日)
静岡県掛川市つま恋リゾート彩の郷
詳細:https://festivaldefrue.com/
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