「ドリームワールド:グレイテスト・ヒッツ・ライヴ」より「It's a sin」
いま、ペット・ショップ・ボーイズにとって最高の瞬間が訪れている。80年代を象徴する究極のシンセポップ・デュオが、代表曲「West End Girls」の40周年を迎えたタイミングで再評価の波に乗っているのだ。彼らの最新アルバム『Nonetheless』は、21世紀に入ってから最も勢いのある作品であり、キャリア史上でも屈指の名盤といえる。さらに映画『Saltburn』や『異人たち』で彼らの音楽に触れる新たなリスナーも増えている。そして極めつけは、ドレイクが許可なく「West End Girls」を引用して楽曲「All The Parties」を制作したことで、いまや今日のステータス・シンボルともいえる”ドレイクとのビーフ”まで手に入れた。
ニール・テナントとクリス・ロウは40年以上にわたって音楽的パートナー関係を続けており、互いを嫌いになったり、解散したり、マンネリに陥ったりすることもなかった。ロンドン出身のこのデュオは1980年代にブレイクし、「Rent」「Opportunities (Let's Make Lots of Money)」「What Have I Done To Deserve This?」といったセックスやマネーを題材にした風変わりなヒット曲を次々と送り出した。おしゃべりなボーカル担当ニールと、無表情なシンセ少年クリス。その対照的なコンビネーションが魅力となり、ライザ・ミネリやダスティ・スプリングフィールドといったディーヴァたちをポップシーンへと呼び戻した。
彼らは『Please』『Actually』『Introspective』というエレクトロ・スリーズ三部作を完成させ、1993年にはカミングアウトをテーマにしたアルバム『Very』でそれを凌駕する成功を収める。この作品はクィア・ポップの金字塔として知られる。そして、カーディ・Bは生涯を通じて彼らの熱烈なファンであることを公言している。
80年代の名曲たちが再び脚光を浴びている──『Saltburn』でバリー・コーガンがカラオケで「Rent」を歌うあの名シーンを、誰が忘れられるだろう? そんな今こそ、ペット・ショップ・ボーイズにとって完璧な復活のタイミングだ。彼らの最新作『Nonetheless』は、パンデミック下で遠隔制作されたアルバムであり、「Loneliness」や「Dancing Star」といったキラーチューンを収めた強力な一枚となっている。
2人とも驚くほど会話上手だ。絶えず笑い声をあげ、軽口を交わし、理屈を語り、好きなポップスターをネタにジョークを飛ばし、そうでない相手にはケラケラと笑う──ニールとクリスはまるで英国の古典的コメディ・デュオのような乾いたユーモアの持ち主である。彼らは本誌との取材で、新作アルバムやアーティストとしての長寿の秘訣、ドレイクとの”騒動”、「チープな音楽こそ最高」だという信念について語った。また、「West End Girls」の制作秘話、オスカー・ワイルドやカーディ・Bへの愛、映画で自分たちの楽曲を耳にする喜び、ハリー・スタイルズを楽しむ理由、テイラー・スウィフトをそうでもないと思う理由、80sスリーズの美学、ジョン・ムレイニー、「アルバムは45分を超えるべきではない」という持論まで、多岐にわたる話題で盛り上がった。
「West End Girls」が永遠の名曲となった理由
ー新作アルバムの完成、おめでとうございます。どうやってそんなにも長く創作意欲を保ち続けているのでしょうか?
ニール:あまり深く考えないようにしている。意識すると消えてしまいそうだからね。でも、結局のところ僕たちがやっているのはソングライティングなんだ。それが本質であり、常に楽しみのためにやっている。必ずしもアルバムのために書くわけではない。
クリス:ロックダウン中はやることがなくて、ただ気晴らしに曲を書いていた。それは純粋に楽しみのためだった。正直、アルバム制作を始めていたなんて全く思っていなかった。ある日ニールが、それまで作った曲を並べたプレイリストを送ってきて、「これが次のアルバムだ」と言ったときは、本当に驚いた。
ニール:クリスは曲を量産するのがうまい。僕たちはずっと、子どものような遊び心を失わずにいられた。ロックダウンの頃は、午後に散歩するか、夕食を作るか、それくらいしかやることがなかったから、曲を書くしかなかった。クリスから新しいトラックが添付されたメールが届くたびにワクワクした。
ーこの持続力を自分たちで予想していましたか? 80年代には「長く続けること」を目指すロックスターをよく茶化していましたよね。
ニール:今でも長寿を目指す姿勢は笑いの種にしている。
クリス:「長く続けようとする」という考え方そのものをね。
ニール:僕たちは長くやるために音楽をやってきたわけじゃない。ただ結果的に続いているだけなんだ。
クリス:そもそも”使い捨てのポップ”こそが、最も長く残るものだと思っている。
ニール:それは80年代からずっと言ってきたことだ。60年代の”使い捨てポップ”にも同じことが言える。重要性を意識して作られた曲ほど、時が経つと古びてしまう傾向がある。逆に、”軽く”作られたポップソングこそが人々の生活を彩り、記憶に残っていくんだ。
クリス:あのノエル・カワードの言葉、なんだっけ?
ニール:「チープな音楽のなんと力強いことか(Strange how potent cheap music is)」──彼は”チープな音楽”の本質をよくわかっていた。そして彼の曲はいまでも演奏され続けている。
ー「West End Girls」は”チープだ”と思われていたけれど、40年経った今もクラシックとして愛されていますね。
ニール:今回のアルバムを作り始めたとき、「West End Girls」からちょうど40年だということに気づいた。でもそれは偶然なんだ。
カーディ・Bや若い世代からの支持について
ー今回のアルバムはどのように構成したのでしょうか?
ニール:僕たちはかなり多作なほうで、いつもB面曲がたくさんできる。アルバムに入れる曲は慎重に選んでいて、すべて”同じサウンドの世界”の一部であるようにしている。アルバムに入る曲は、その座を得るだけの価値がなければならない。B面であっても同じだ。
クリス:それに、アルバムが長すぎるのは好きじゃない。20曲入りの冗長なアルバムなんてごめんだ。最初から最後まで一気に聴けるアルバムがいい。映画は90分、レコードは45分──それくらいがちょうどいいんだ。
ー『Nonetheless』は43分ですよね。あなたたちはいつも捨て曲のないアルバムを作ってきたように思います。
ニール:それは単純に集中力の問題だと思う。90年代にはアルバムが65分くらいあるのが普通になったけれど、あの時代のアルバムを最後まで通して聴く人がどれだけいたんだろう? たとえばマドンナの『Erotica』。終盤にもいい曲はあるけど、そこまで辿り着く人はどれだけいた? 43分にまとめた方がずっと良いアルバムになったと思う。ハリー・スタイルズのアルバムは車の中でよく聴いているけれど、最後まで聴けるんだ。ちゃんと作品全体の流れを感じられる。聴き終えて「いまの、なんだったんだ?」と思い、もう一度再生したくなるようなアルバムこそ、本当に成功したアルバムだと思う。
ーそれにしても、「アルバムという形式はもう死んだ」なんて言われてましたよね。
ニール:そう、アルバムが死んだって言われてた頃があったよね。クリス、君はそもそもアルバムが死んだことすら知らなかったけど。
クリス:そういう流行りの話題は追っていないからね。
ニール:ロック批評家の言うことにも興味がない?
クリス:ほとんどシングルしか聴かない。僕の音楽の聴き方はいつもそうなんだ。最新のシングルを聴く。それに、僕は昔から、僕たちのアルバムを”シングルの集合体”として捉えている。
ー2022年、ニューヨークでニュー・オーダーとのツアーを拝見しました。マディソン・スクエア・ガーデンでのヘッドライナー公演、どんな気分でしたか?
クリス:規模感を考えると、ビリー・ジョエルはあそこで100回もやっているんだよ。マディソン・スクエア・ガーデンで100回! ハリー・スタイルズも16回やってた。それに比べて僕たちは……ようやく1回だけ、なんとか実現できた。やっとね。
ー若い世代のファンが多いことに、違和感を覚えることはありますか?
ニール:うん、少し不思議な感じがする。ステージから見ていてもわかるんだ。ツアーで世界各地を回ると、土地ごとに客層がまったく違う。ドイツではもっとメインストリーム寄りの観客が多いし、ラテンアメリカでは若い人が多い。サンフランシスコでは、ものすごくゲイな雰囲気になる。場所によってまったく違うんだ。
ーカーディ・Bはあなたたちの熱烈なファンとして知られていますね。
ニール:僕たちもカーディ・Bが好きだよ。彼女の場合はお母さんの影響なんだろうね。あれは最高の瞬間だった。2018年の『ザ・トゥナイト・ショー』で、アメリカのコメディアン、ジョン・ムレイニーに向かって「あなた、ペット・ショップ・ボーイズみたいね」って言ったんだ。しかも本当に、僕が『Discography』のジャケットで着ていたようなシャツとネクタイ姿で、ちょっと似てたんだよ。たぶん、彼女の母親が『Discography』を持っていたんだと思う。あれは素晴らしい瞬間だった。でも、まだ彼とのコラボは実現していないんだ。
ーあれこそジョン・ムレイニーですよね。本当にペット・ショップ・ボーイズの一員みたいに見えました。
ニール:だよね。一員である僕から見ても、そう思ったよ(笑)。
ーあなたたちとカーディ・Bのコラボを世界中が待っていると思います。
ニール:たしかにね。でも、次の動きは彼女次第だと思っている。
映画を通じての再評価、ドレイクとのビーフ秘話
ー最近は、映画を通じてあなたたちの音楽に触れる新しいファンも増えていますね。
ニール:そうなんだ。最近では『Saltburn』と『異人たち』の2本の映画で曲が使われて、それが少し注目を集めるきっかけになった。『Saltburn』では「Rent」を歌うカラオケのシーンがあるけど、あれは単なる挿入ではなく物語の一部なんだよね。彼と屋敷の男との関係性を皮肉たっぷりに描く場面で、曲がそのテーマを補強している。『異人たち』では「記憶」を題材にした作品の中で、「Always On My Mind」という”記憶”の歌が使われている。
普通、僕たちの曲は映画の中で「80年代後半のゲイ・クラブの場面」を示すために流されることが多い。もうウンザリしていてね。そういう用途ではもはやライセンスを出さないようにしている。安易すぎるから。でも、この2作品での使われ方は本当に美しく、物語に深く関わっている。知的で、曲の意味をしっかり理解して使ってくれていると思う。
ー『Saltburn』のあのシーン、衝撃的でした。バリー・コーガンがサビで〈I love you, you pay my rent.(愛してる、君が僕を養ってくれてる)〉と歌うあのくだり。あの曲はアメリカではヒットしなかったから、多くの人たちがあそこで初めて耳にしたかもしれません。
ニール:そうだね。でも一応、『Club MTV』でダウンタウン・ジュリー・ブラウンと一緒に演奏したことはあるんだよ。
クリス:あの人、最高だったよね! たしか彼女もイギリス人だったよね?
ー『異人たち』で自分たちの音楽を聴いたときは、どんな気持ちでしたか?
ニール:まず、ゲイ・クラブのダンス・シーンで『Introspective』収録の「I Want a Dog」が流れるんだ。これが本当に素晴らしかった。あの曲は[伝説的ハウスDJ]フランキー・ナックルズがプロデュースしてくれたから、もともと完成度が高いんだけどね。当時、僕たちはニュージャージーまで行って、フランキーが仕上げたその深みのあるクラブ・トラックのカセットを車で持ち帰ったんだ。まさに本物のサウンドだった。
映画の舞台は1987年のクリスマスで、ちょうど僕たちの「Always on My Mind」が全英1位になっていた頃。登場人物たちがその曲を歌い出し、同時に僕たちがテレビに映るシーンがある。自分たちの曲がそんな風に使われるのは本当に嬉しかった。とても美しくて、胸を打つ音楽の使われ方だった。
ードレイクとのビーフも話題になりました。彼が「West End Girls」を使っていると知ったのは、どうやって?
ニール:スーパーから車で帰る途中に兄から電話がかかってきたんだ。兄の息子──つまり僕の甥がドレイクのファンで、「ニールはドレイクの新作に『West End Girls』が入ってるって知ってるの?」って言ったらしい。それで車を停めて、Spotifyで再生してみたんだ。僕たちはいろんな使用依頼を受けるから、「もしかして許可していたのかも?」と思ったんだけど、さすがにそんなことを忘れるはずがないよなって。
それでマネージャーにメールしたら、「いいえ、そんな合意はしていません」と返ってきた。だからSNSで投稿したんだ。そのほうが一番早く、みんなに知らせられると思って。そしたら15分以内にドレイク側から連絡が来て、すごく丁寧に謝罪してくれた。実際、「ドレイク本人が直接話したいと言っている」とまで言われたけど、最終的には話すことはなかった。それでも出版関係の処理はすべて解決したよ。ただ、彼の歌い方は好きなんだ。あの曲自体も気に入っている。
クリス:ドレイクがあのボーカル・サウンドをどう作っているのか知りたいね。ニールにもああいう声で歌ってほしい。
ニール:あれは僕たちにはどうしても出せない音なんだよ。トリックを教えてほしいくらい。どうやってるんだろうね? 少しオートチューンっぽいよね?
クリス:そうだね。でも、あの声にはちゃんと哀愁がある。
─もうひとつ、世界が待ち望むデュエットですね。
ニール:いや、それはどうだろうね(笑)。
ーテイラー・スウィフトの『1989』には、あなたたちを思わせる曲もありますよね。
ニール:ロックダウンの時期に、僕は本格的にテイラー・スウィフトを聴いていたんだ。実は彼女のアルバムを3枚続けて買ったんだよ。特に『Lover』に収録されている「The Archer」が大好きで、あの曲は何度も聴いた。素晴らしい曲だと思う。それから、彼女がザ・ナショナルと一緒に作ったアルバムも買ったけれど、正直なところ、そこからはあまり強く感じるものはなかった。
個人的には、ハリー・スタイルズのアルバムのほうがずっと楽しめたかな。『Harrys House』では、彼の参照点がよくわかるし、メインストリームのポップスターでありながら、少し奇妙な存在であろうとしているのが伝わってくる。「Japanese Restaurant Theme」みたいな曲──ああ、そう、「Music for a Sushi Restaurant」だね。あの感じがすごくいい。ポップが”何かを試みている”ときこそ、いちばん輝くと僕は思っている。
テイラーについては、正直言うと100%理解できているわけではない。でも彼女が非常に多作であることは確かだし、初期アルバムを再録して、それを買い取った相手を怒らせているところなんて最高だと思う。むしろ、ああいう反骨的なやり方は、僕たちだったら同じ立場でやりそうなことだよ。
ラストソングへの思い入れ
ー新作のラストを飾る「Love Is The Law」は壮大なエンディングですね。あなたたちはいつも、アルバムを締めくくる曲選びが秀逸です。どのように決めているのでしょうか?
ニール:僕たちはラストソングというものが好きなんだ。たいていの場合、最後の曲には「もうこれでアルバムを作るのはやめよう」とか、「これで終わりだ」と感じさせる雰囲気を持たせる。そういう曲ばかりを集めたコンピレーション──『The Last Songs on Pet Shop Boys Albums』なんて出したら面白いと思う。
「Love Is The Law」は、ロックダウン前に出たオスカー・ワイルドの大部な伝記を読んでいたときに着想を得た。彼は刑務所を出たあと、フランス南部のニースで[著名な海岸遊歩道]プロムナード・デ・ザングレに座り、通りで行われる”性的な取引”を眺めていたそうなんだ。
クリス:たぶん、本人も参加していたんじゃない?(笑)
ニール:お金がなかったから、それはちょっと難しかったかもしれないね(笑)。でも、その情景がこの曲のインスピレーションになっている。そしてやっぱり、”最後の曲”の雰囲気があるんだ。
ー『Actually』のラスト曲「Kings Cross」を思い出します。
ニール:あれは僕たちのベストソングのひとつだ。「Rent」のMVはロンドンのキングス・クロスで、監督のデレク・ジャーマンと一緒に撮影した。でも、今のキングス・クロスはあの頃の場所じゃない。今ではGoogleの本社やテック企業が立ち並んでいて、昔のような”スリージーな地獄”ではなくなってしまった。
クリス:僕たちはその地獄のほうが好きだったんだけどね(笑)。(2人、やたら長く笑う)
ニール:数週間前にアンドリュー・リッジリー(ワム!)にばったり会ったんだ。僕は以前ライブで一度会ったことがあったけど、クリスは初対面だった。とても感じのいい人だったよ。彼はキングス・クロスのソニー・レコードに、ワム!関連のミーティングで来ていたらしい。一緒に写真を撮ったんだけど、あれが僕たちのInstagram史上、ぶっちぎりでいちばん”いいね”がついた写真になったんだ。
ー個人的に好きな曲があるんです。1990年の『Behavior』に収録されている「The End of the World」。あの曲はいまだに”その瞬間”を待っているように感じます。
ニール:もしかしたら、いつか映画の中で脚光を浴びる日が来るかもしれないね。ちなみに、あの曲を好きだったのがジョージ・マイケルなんだ。面白いことに、僕自身はあの曲を特別に優れているとは思っていなかった。というのも、”girl”と”world”という韻をもう一度使ってしまっていて──もちろん「West End Girls」でも同じ組み合わせを使っていたから、ちょっと自分でも手抜きだなと思っていたんだ。でも、あれは10代特有の癇癪を描いた曲なんだよ。誰だって経験があるだろう?
クリス:僕はいまでもその真っ最中だよ。
ニール:そうだね。僕もまだこじらせてる(笑)。
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rockin'on sonic 2026
2026年1月4日(日)幕張メッセ国際展示場
開場12:00/開演13:30
公式サイト:https://rockinonsonic.com/
ペット・ショップ・ボーイズ
「ドリームワールド:グレイテスト・ヒッツ・ライヴ」
2026年1月6日(火)東京ガーデンシアター
2026年1月9日(金)兵庫 神戸 ワールド記念ホール
開場18:00/開演19:00
詳細:https://www.creativeman.co.jp/artist/2026/01petshopboys/
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