今年の6月20日に、Netflixは、ソニー・ピクチャーズ アニメーション製作のオリジナル長編アニメーション映画『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』を配信開始した。ほとんどプロモーションもなかったが、口コミであれよあれよという間に評価を集め、2025年を代表する一大文化現象となった。
『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』は、これまでのハリウッド・ミュージカルアニメを見事に刷新しただけでなく、成績も凄まじい。〈Netflixオリジナルアニメーション作品として史上最多視聴を記録(一部報道では91日間で3億2500万回再生を超えたとも)〉〈北米劇場公開において、Netflix作品として初めて 週末興行収入1位を獲得〉〈サウンドトラックが Billboard 200アルバムチャートに初登場トップ10入り〉〈作品中の架空グループ「HUNTR/X」 が全米Billboard Hot 100で1位〉〈サウンドトラックがRIAAよりプラチナ認定〉〈シングル「ゴールデン」がダブルプラチナ達成〉〈全世界40か国以上のNetflix映画部門で1位獲得〉〈批評・観客双方から高評価を獲得しNetflixオリジナル作品として「最高総合評価」を更新〉等々、映画、音楽の両面で今年一番のチャートアクションを引き起こした。もちろん、アニメーション長編、オリジナルソング部門でアカデミー賞ノミネートの可能性が報じられるほか、グラミー賞にもノミネートされるなど、今年から来年にかけての映画・音楽の賞レースにおける台風の目になるとも目されている。
加えて本作は、『スパイダーバース』(2018年の『スパイダーマン:スパイダーバース』、2023年の『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』、2027年公開予定の『スパイダーマン:ビヨンド・ザ・スパイダーバース』の三部作の総称)、『ミッチェル家とマシンの反乱』といった傑作を世に問うてきたソニー・ピクチャーズ アニメーション(以下、SPA)の評価を決定づけ、SPAがピクサーやディズニーの覇権に取って変わって、向こう10年のアニメ業界を牛耳ることになるだろうとの予測まで生むにいたっている。『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』の成功の秘密はいったいどこにあったのか、SPAの躍進の駆動力になったのは何だったのか。ハリウッドアニメのゲームチェンジャーとなったSPAのプレジデント、クリスティン・ベルソンに(「なぜ日本では『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』がヒットにいたっていないのか」も含めて)聞いてみた。
クリスティン・ベルソン(Kristine Belson)
2015年にソニー・ピクチャーズアニメーションに入社。それ以前は約10年間、ドリームワークス・アニメーションに在籍し、アカデミー賞にノミネートされた長編作品『クルードさんちのはじめての冒険(The Croods)』のプロデューサーを務めた。同じくアカデミー賞ノミネート作品『ヒックとドラゴン(How to Train Your Dragon)』では製作総指揮を担当。
アニメの「新しい領域」を開拓
―『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』の大成功、おめでとうございます。社内ではどのように受け止められていますか?
クリスティン:ありがとうございます。本当に、スタジオ全体が喜びに包まれています。ソニー・ピクチャーズには実写とアニメーションの2つのキャンパスがありますが、どちらのチームからも「やった!」という声が上がりました。特にアニメーションキャンパスでは、何年もこの作品に関わってきたメンバーが多く、感慨もひとしおでした。制作期間はおよそ7年。最後のエンドクレジットでは「制作期間中に誕生した赤ちゃんの数」まで紹介されるほど、長い年月を共にしたチームです。
アニメーションスタジオは一種のコミュニティです。何年も毎日関わる人もいれば、数ヶ月だけ関わる人もいますが、作品が成功すると全員が自分ごとのように喜ぶ。今回はその喜びが社内全体に広がりました。そして外に出れば、誰もが「大好き」「5回観た」「15回観た」「音楽が頭から離れない!」と話してくれます。
―ここまでのヒットとなった要因は何だとお考えですか?
クリスティン:ヒットは予測できるものではありませんが、でも改めて分析してみると、いくつかの要因があります。まず、この映画はとても個人的な物語です。監督・脚本を務めたマギー・カンとクリス・アペルハンスは、「恥」について語る作品を作りたかったと語っています。人に見せられない自分、隠してしまう部分。でもその「恥」をも受け入れることができたとき、人は本当の意味で自分を愛せるし、他者からも愛される。このメッセージが、世界中の誰もが共感できる普遍的なテーマになりました。
次に音楽です。素晴らしい楽曲を作るのは本当に難しいのですが、彼らは見事に成功しました。映画のヒットを後押ししたのは間違いなく音楽です。そしてもちろん、作品そのものの完成度。
第68回グラミー賞で最優秀楽曲など4部門ノミネートした「GOLDEN」
―最近では「ソニー・ピクチャーズアニメーション(以下SPA)がディズニーやピクサーの王位を奪った」と言われています。この評価についてはどう感じていますか?
クリスティン:そういう声があるのはとても光栄です。10年前には、SPAがディズニーやピクサーと並んで語られるなんて誰も思っていませんでしたから。ディズニーもピクサーもこれまでに素晴らしい作品を数えきれないほど生み出してきた偉大なスタジオです。業界は常に循環していて、どのスタジオにも好調な年とそうでない年がある。ですから、率直に言えば「誰が王座にいるか」を語ることに、さほど意味があるとは思ってはいません。
とはいえ、『スパイダーバース』、『ミッチェル家とマシンの反乱』、そして『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』の成功によって人びとが「ソニーは違ったことをやってくれる」と期待してくれるようになったのは間違いないと思います。私たちは最初からディズニー的な物語を再現しようとはしておらず、むしろ「アニメーションで何ができるか」を広げたいと考えてきました。ディズニーやピクサーと比べられることは嬉しいことですが、「王位を奪う」というより、私たちはただ「新しい領域」を開拓しているだけだと考えています。
『スパイダーマン:スパイダーバース』
―キャラクターの造形においても、『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』は、ディズニーがこの間採用してきた「ガールボス」路線とは、方向性が違いますね。
クリスティン:この映画では、登場人物の全員が「とにかく美しく、セクシーであること」が大きなテーマとしてまずありました。制作の初期段階から「これはファッション誌のような映画にしよう」と話していました。監督たちは毎回レビューのたびに「もっとホットに! もっと美しく!」と口にしていました。キャラクターのアイデアが出るたびに、「まだ十分にセクシーじゃない」「もっと輝かせて」「VOGUEのファッション写真のようにして」と。髪は完璧に、肌は艶やかに、メイクも照明もすべてが理想的であること。全てのカットを「ビューティショット」として扱う姿勢でした。
その一方で、マギー・カン監督がこだわったのは、「完璧さの裏側を見せること」でした。彼女たちは確かに美しく、クールですが、同時にドジでおかしくて、恥ずかしい瞬間もたくさんある。そうした人間らしい部分も含めた両面を見せることが、観客がキャラクターを愛する最大の理由になったと思います。
また、私はこの映画を一種のロマンス映画として捉えたいと思ってもいました。私はロマンス映画が大好きなんです。これまで多くのアニメーション映画を手がけてきましたが、正直なところ、ファンタジーの中でここまでメロドラマ的な恋愛を描いた作品はあまりありませんでした。
『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』(C)2025 Netflix
突拍子もない企画が新しい可能性を開く
―SPAが他社と違っている点は何だと言えるのでしょう?
クリスティン:私たちは「監督のビジョンを最優先する」ことを徹底しています。他のスタジオでは、制作の最終判断を経営陣が下す場合もありますが、私たちは違います。もし監督と私の間で意見の違いがあっても、最終判断は監督に委ねます。スタジオの役割は、導くことではなく支えること。コメントはしますが、それはあくまで「あなたの物語をどうすればより良く伝えられるか」を一緒に考えるためのものです。
また、私たちは「安全運転をしない」ことを大切にしています。『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』のアイデア──「K-POPスターが悪魔と戦う」なんて、普通に考えたら奇抜で笑ってしまうような設定ですよね。でも、そんな突拍子もない企画こそが新しい可能性を開くことにつながります。怖がらずに挑戦する勇気、それこそが私たちのDNAだと考えています。
―現在のSPAのスタイルが確立されていく上で、『スパイダーバース』の成功は、やはり大きな転機になったと言えるのでしょうか。
クリスティン:まさにそうです。私がスタジオに入った10年前、「フィルムメーカー主導のスタジオにしたい」と宣言しましたが、それを証明したのが『スパイダーバース』でした。あの作品は業界の常識を覆しました。アニメーションの美学を変え、観客の期待を変えた。スタジオとしても世界からの見られ方が大きく変わりました。「ソニーは違ったことをやってくれる」と言われるようになり、その成功が「リスクを恐れず新しいことをやる」自信につながりました。『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』も、『ミッチェル家とマシンの反乱』も、同じ流れの中にあります。アニメ映画はかつて「家族向けの狭いジャンル」でしたが、今はもっと幅広い層に届くようになっています。
また、ここで付言しておきたいのは、ゲンディ・タルタコフスキー監督についてです。タルタコフスキー監督は、私たちのスタジオにとって重要なフィルムメーカーです。というのも、『モンスター・ホテル』シリーズの成功が、今日のソニー・アニメーションを支えていると言っても過言ではないからです。あの作品は、当時の他社のアニメーションとはまったく異なるビジュアルスタイルを打ち出し、動きや演出の面でも非常に実験的でした。ゲンディは常にアニメーションという表現を、「どう動かすか」という視点から拡張してきた人で、後の多くのアニメーターにも影響を与えました。
―『スパイダーバース』がもたらした革新の底流として、『モンスター・ホテル』があった、と。
クリスティン:はい。『スパイダーバース』がアニメーション表現を新しい次元に押し上げたのは確かですが、その根底にはゲンディ作品で培われた「スタイルの自由さ」がありました。『Primal: Tales of Savagery』(※日本未公開)を観ていただけるとわかると思いますが、彼は今もその創造性は進化し続けています。
『ミッチェル家とマシンの反乱』
『モンスター・ホテル』
―『スパイダーバース』の脚本家/プロデューサーである「ロード&ミラー」との協働は、会社全体に大きな影響をもたらしたとも言われていますが、彼らから学んだことがあるとすれば、どんなことでしょう?
クリスティン:彼らは本当に特別な才能の持ち主です。彼らと仕事をして強く学んだのは、「怖いと感じる決断こそ正しい」ということでしょうか。安全な選択をしているときは、たぶん何も新しいことをしていない。もうひとつは「完璧は存在しない」という厳しい教えです。『スパイダーバース』の制作中、私が「もう十分いい」と思っても、彼らは「いや、まだ始まったばかりだ」と言うんです。納期が迫っても、彼らは最後の一秒までクオリティを磨き続ける。その姿勢はスタジオ全体に影響を与えました。
IPは戦略ではなく結果として生まれる
―ソニーはこの間、ハードウェア企業からIP企業へと変貌していますが、強いIPを生み出すための方程式のようなものはあり得るのでしょうか?
クリスティン:これについては、残念ながら「方程式は存在しない」とお答えするしかありません。私たちができるのは、「人の感情を動かす映画をつくること」だけなんです。笑って、泣いて、踊りたくなるような感情体験を届けることがまずは大前提です。その意味では、IPは戦略ではなく結果として生まれるものです。素晴らしい脚本と情熱的なクリエイターたちがいれば、自然に世界がそのキャラクターや世界観を愛するようになります。
―新しい才能の発掘についても同じことが言えるのでしょうか。
クリスティン:これにもやはり公式はありません。私たちが重視するのは「意見を持つ人」です。自分の考えをはっきり伝えられる監督や脚本家。スタジオ幹部と議論して、「あなたは間違っている」と言える人。そういう強い視点を持った人が、結果的に面白い作品を作る。だからこそ、彼らが安心して意見を言える環境をつくることが、私たちの仕事です。
―『スパイダーバース』と『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』の成功を受け、プレッシャーはありますか?
クリスティン:多少はあります。でも、それ以上にチャンスが広がったと感じています。この成功によって「ちょっと変わった企画」でも社内でGOサインを出しやすくなりました。『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』のように、家族向けとは思えないほどスタイリッシュで洗練された作品がヒットしたことは、アニメ映画の可能性を広げたと思います。『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』の直後にリリースしたのは、『Fixed』(※日本未公開)という2Dアニメーションの作品でした。これはアニメ映画としては珍しいR指定の作品で、監督は先ほどお話したゲンディ・タルタコフスキーです。内容も対照的で、犬たちがかなりキワドイやり取りを繰り広げる大人向けのコメディなんです。
『Fixed』
―制作開始当初は、K-POPも欧米では今ほど巨大化してはいなかったように思うのですが、K-POPを映画の主題に据えるというのは賭けではなかったですか?
クリスティン:制作の初期段階でも、すでにBTSやBLACKPINKが既に人気を得ており、かなり大きなマーケットになってはいましたので、少なくともK-POPファンを惹きつけることはできるだろうとは思っていました。ただ、K-POPは、ある意味、極端なジャンルなんです。熱狂的なファンがいる一方で、まったく興味がない人も多い。特に男性の中には「アイドル映画は自分向けじゃない」と感じる人も多くいたと思います。ですから当初は、「少なくともK-POPファンには届くだろう」という想定で進めていました。でも実際には、K-POPファンだけでなく、全くの無関心層まで巻き込むことができました。それは、音楽とドラマの力が「ジャンルの壁」を超えたからだと思います。
―クリスティンさん自身もK-POP好きでいらっしゃる?
クリスティン:ファンと言っても、BTSやBLACKPINKといった知られたグループをなぞるくらいで、とてもファンと言えるほどではなかったのですが、監督のマギー・カンやプロダクションデザイナーのヘレン・ミンジュ・チェン(ティム・バートンの『フランケンウィーニー』、ディズニーの『ベイマックス』『ラーヤと龍の王国』などを手がけた)、それに共同監督のクリスは本物のK-POPファンでしたから、彼女たちに「NewJeansを聴いて!」「このMVを見て!」と盛んに勧められたことでだいぶ詳しくなりました(笑)。何度かコンサートに足を運びましたし。その過程で、K-POPが単なる音楽ではなく「みんなの自己表現のプラットフォーム」であることを理解しました。
「型を持たない」ことがアイデンティティ
―先ほどの会社のスタンスの話に戻るのですが、ピクサーやディズニーには一定のフォーマットがあってそれが強みになってきましたが、SPAはあえてそうしたフォーマットをつくることを避けています。スタジオのアイデンティティという観点からすると、リスキーな戦略のようにも思えますが、どうなのでしょう。
クリスティン:アイデンティティということでいえば、私たちはあえて「型を持たない」ことをアイデンティティにしたいんです。ディズニーやイルミネーションは、ひと目で自社作品だとわかるスタイルを確立しています。でも私たちは、『EMOJI(絵文字の国のジーン)』の翌年に『スパイダーバース』を出すようなスタジオ。つまり、毎回まったく違うものをつくることをアイデンティティとしています。これはリスクも伴いますが、それが強みになるところもあります。観客が「これはSPAの映画だ」と感じるのは、10分ほど経ってからになりますが、そこで「なにかが違う」と思ってもらえれば成功だと考えます。
―監督主導の制作スタイルや、固定した作品のスタイルを持たないということでいえば、例えば「A24」のようなあり方を思い浮かべたくもなります。もちろん制作する作品の規模も、ターゲットもまったく違いますが。
クリスティン:A24は私も大好きですし、尊敬しています。ただ私たちが手がけるのは「インディ映画」ではなく、あくまでも「メジャー」ですから、できるだけ世界中の観客に届く作品を作ることが使命となります。もっとも、今日の映画界ではインディとメインストリームの境界はどんどん曖昧になっています。『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』も、モチーフはある意味ニッチで特定の文化的な背景を持っていますが、にもかかわらずメジャーな現象になりました。つまり、「マスに届くためにはオルタナティブな視点が必要」ということなのかもしれません。
―監督の自由を尊重するなかで、スタジオ幹部の役割とは何でしょうか?
クリスティン:基本的には「対話者」であることだと思います。スタジオが上に立って命令するのではなく、横に並んで話す関係でいられるかどうかが重要です。私たちの役割は、まず作品の問題点を発見することで、「第2幕の後半が少し冗長だ」といった分析はできます。ただし、その解決法を提示することはできません。私たちが出した指摘が妥当なものだったとしても、それをどのように修正し軌道修正するのかを決めるのは、あくまでも監督であるべきです。要するに、私たちは観客の代表として意見を伝えることになりますが、それよりも手っ取り早いのは、完成前でもストーリーボード段階で試写を行って、観客のリアルな反応を聞くことです。スタジオ内部の声より、観客の声を信じるというのも、私たちの大事なポリシーのひとつとなっています。
―今後の展望を教えてください。
クリスティン:まず、NBAの大スター、ステフィン・カリーがプロデューサーを務めたアニメ映画『GOAT』という新作が2026年2月に劇場公開されます。その後、2027年夏に『スパイダーバース』の第3作を予定しているほか、『ミッチェル家とマシンの反乱』の続編も進行中です。シリーズでは『ゴーストバスターズ』の新アニメをNetflix向けに制作中です。
―ストリーミングと劇場の振り分けは、どのように決まるのでしょう?
クリスティン:これは劇場向け、これはストリーミング向け、とあらかじめ決めて制作に入ることは基本ありません。判断基準は、その作品が「どこで最も輝くか」です。『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』については「劇場公開すればよかったのに」と言われることもありますが、私はNetflixでの配信がベストの選択だったと思っています。というのも、『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』は繰り返し観るファンが多く、それこそが成功の鍵となったからです。劇場公開だったら、ここまでの波及効果は望めなかったようにも思います。
『GOAT』
日本での不人気に思うこと
―『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』は結果的にNetflixで最も視聴された映画作品になっただけでなく、間違いなくグラミーでも何らかの賞を獲ることになりそうな勢いで、まさに「現象」と呼ぶに相応しいものですが、残念ながら日本ではほとんど話題になっていません。なぜだと思いますか?
クリスティン:本当に不思議な現象ですよね。日本はアニメーション文化がとても豊かで、アメリカとはまったく違う文脈を持っています。ですから、まず大前提として「日本の観客は西洋アニメーションを特別視していない」という点があるのかもしれません。もともと日本には、長い歴史と高い完成度を誇る自国のアニメーション産業があり、スタジオジブリを筆頭に、アニメは日常文化の一部になっています。だから「海外のアニメ作品を観なければ」という動機が、他の国ほど強くないのかもしれません。
―なるほど。
クリスティン:かつてドリームワークスに勤めていたときに関わった『ヒックとドラゴン』でも同じことが起きました。アメリカでもヨーロッパでも大ヒットしたのに、日本ではそれほど響かなかったんです。当時、監督のディーン・デュボアと私は「これは絶対日本の観客に届くぞ」と、かなり期待を寄せていたのですが、結果はやはり厳しかった。つまり、日本の観客はアニメーションを「外から来た文化」としては受け取らないということなのかもしれません。それだけ自国の作品への信頼と誇りがあるということなのか、と思ったりもしますが、逆に、あなたはどう思います?
―ディズニー作品は日本でも一定の成功を収めてきましたし、『アナ雪』は、それこそ「現象」といっていいほどの人気でした。ただ、そこにはやはり西洋的な世界観への憧れが強く作動していたような気もします。一方の『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』は、アジアを主題にした欧米映画だという若干複雑な回路を通して受容することになりますので、コミットしにくさがあったのかもしれません。
クリスティン:たしかに。『アナと雪の女王』や『美女と野獣』のような作品は「西洋のプリンセス像」や、ある意味古典的なミュージカルの魅力がありましたよね。一方で『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』は、アジア的な感性やK-カルチャーを前面に出した作品ですから、日本の観客にとっては「私たちがすでに知っている文化を、アメリカが解釈したもの」と見えてしまうのかもしれません。
いずれにせよ、世界中でこれだけの「現象」になっているにも関わらず、日本だけはどこ吹く風というのも、日本らしいと思いますし、そうであればこそ日本はリスペクトされているのだとも思います。もちろん日本でも、ぜひブレイクして欲しいとは思っていますが(笑)。
『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』
Netflixで独占配信中
https://www.netflix.com/jp/title/81498621
おそらく誰もこれほどまでのヒットになるとは予想していなかったのも無理はない。この映画は、タイトルそのままに「K-POPアイドルが悪魔退治をする」という、一見して鑑賞欲をそそらない作品だったからだ。だが、蓋を開けてみると、映像、音楽、キャラクター設計は斬新で目覚ましく、ストーリーやそこに込められたメッセージは広い共感を集める、繰り返し観たくなる傑作だった。
『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』は、これまでのハリウッド・ミュージカルアニメを見事に刷新しただけでなく、成績も凄まじい。〈Netflixオリジナルアニメーション作品として史上最多視聴を記録(一部報道では91日間で3億2500万回再生を超えたとも)〉〈北米劇場公開において、Netflix作品として初めて 週末興行収入1位を獲得〉〈サウンドトラックが Billboard 200アルバムチャートに初登場トップ10入り〉〈作品中の架空グループ「HUNTR/X」 が全米Billboard Hot 100で1位〉〈サウンドトラックがRIAAよりプラチナ認定〉〈シングル「ゴールデン」がダブルプラチナ達成〉〈全世界40か国以上のNetflix映画部門で1位獲得〉〈批評・観客双方から高評価を獲得しNetflixオリジナル作品として「最高総合評価」を更新〉等々、映画、音楽の両面で今年一番のチャートアクションを引き起こした。もちろん、アニメーション長編、オリジナルソング部門でアカデミー賞ノミネートの可能性が報じられるほか、グラミー賞にもノミネートされるなど、今年から来年にかけての映画・音楽の賞レースにおける台風の目になるとも目されている。
加えて本作は、『スパイダーバース』(2018年の『スパイダーマン:スパイダーバース』、2023年の『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』、2027年公開予定の『スパイダーマン:ビヨンド・ザ・スパイダーバース』の三部作の総称)、『ミッチェル家とマシンの反乱』といった傑作を世に問うてきたソニー・ピクチャーズ アニメーション(以下、SPA)の評価を決定づけ、SPAがピクサーやディズニーの覇権に取って変わって、向こう10年のアニメ業界を牛耳ることになるだろうとの予測まで生むにいたっている。『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』の成功の秘密はいったいどこにあったのか、SPAの躍進の駆動力になったのは何だったのか。ハリウッドアニメのゲームチェンジャーとなったSPAのプレジデント、クリスティン・ベルソンに(「なぜ日本では『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』がヒットにいたっていないのか」も含めて)聞いてみた。
クリスティン・ベルソン(Kristine Belson)
2015年にソニー・ピクチャーズアニメーションに入社。それ以前は約10年間、ドリームワークス・アニメーションに在籍し、アカデミー賞にノミネートされた長編作品『クルードさんちのはじめての冒険(The Croods)』のプロデューサーを務めた。同じくアカデミー賞ノミネート作品『ヒックとドラゴン(How to Train Your Dragon)』では製作総指揮を担当。
ドリームワークス以前は、ジム・ヘンソン・カンパニー、コロンビア・ピクチャーズ、ターナー・ピクチャーズ、20世紀フォックスなどで、実写およびアニメーション映画の開発・制作に15年以上携わった経験をもつ。
アニメの「新しい領域」を開拓
―『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』の大成功、おめでとうございます。社内ではどのように受け止められていますか?
クリスティン:ありがとうございます。本当に、スタジオ全体が喜びに包まれています。ソニー・ピクチャーズには実写とアニメーションの2つのキャンパスがありますが、どちらのチームからも「やった!」という声が上がりました。特にアニメーションキャンパスでは、何年もこの作品に関わってきたメンバーが多く、感慨もひとしおでした。制作期間はおよそ7年。最後のエンドクレジットでは「制作期間中に誕生した赤ちゃんの数」まで紹介されるほど、長い年月を共にしたチームです。
アニメーションスタジオは一種のコミュニティです。何年も毎日関わる人もいれば、数ヶ月だけ関わる人もいますが、作品が成功すると全員が自分ごとのように喜ぶ。今回はその喜びが社内全体に広がりました。そして外に出れば、誰もが「大好き」「5回観た」「15回観た」「音楽が頭から離れない!」と話してくれます。
私自身これまでにもヒット作は経験してきましたが、これは”現象”と呼ぶべきもので、初めての感覚でした。本当に楽しく、幸せな経験です。
―ここまでのヒットとなった要因は何だとお考えですか?
クリスティン:ヒットは予測できるものではありませんが、でも改めて分析してみると、いくつかの要因があります。まず、この映画はとても個人的な物語です。監督・脚本を務めたマギー・カンとクリス・アペルハンスは、「恥」について語る作品を作りたかったと語っています。人に見せられない自分、隠してしまう部分。でもその「恥」をも受け入れることができたとき、人は本当の意味で自分を愛せるし、他者からも愛される。このメッセージが、世界中の誰もが共感できる普遍的なテーマになりました。
次に音楽です。素晴らしい楽曲を作るのは本当に難しいのですが、彼らは見事に成功しました。映画のヒットを後押ししたのは間違いなく音楽です。そしてもちろん、作品そのものの完成度。
ストーリーは面白く、感動的で、映像は息をのむほど美しい。何度でも観たくなる理由はそこにあります。
第68回グラミー賞で最優秀楽曲など4部門ノミネートした「GOLDEN」
―最近では「ソニー・ピクチャーズアニメーション(以下SPA)がディズニーやピクサーの王位を奪った」と言われています。この評価についてはどう感じていますか?
クリスティン:そういう声があるのはとても光栄です。10年前には、SPAがディズニーやピクサーと並んで語られるなんて誰も思っていませんでしたから。ディズニーもピクサーもこれまでに素晴らしい作品を数えきれないほど生み出してきた偉大なスタジオです。業界は常に循環していて、どのスタジオにも好調な年とそうでない年がある。ですから、率直に言えば「誰が王座にいるか」を語ることに、さほど意味があるとは思ってはいません。
とはいえ、『スパイダーバース』、『ミッチェル家とマシンの反乱』、そして『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』の成功によって人びとが「ソニーは違ったことをやってくれる」と期待してくれるようになったのは間違いないと思います。私たちは最初からディズニー的な物語を再現しようとはしておらず、むしろ「アニメーションで何ができるか」を広げたいと考えてきました。ディズニーやピクサーと比べられることは嬉しいことですが、「王位を奪う」というより、私たちはただ「新しい領域」を開拓しているだけだと考えています。
『スパイダーマン:スパイダーバース』
―キャラクターの造形においても、『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』は、ディズニーがこの間採用してきた「ガールボス」路線とは、方向性が違いますね。
クリスティン:この映画では、登場人物の全員が「とにかく美しく、セクシーであること」が大きなテーマとしてまずありました。制作の初期段階から「これはファッション誌のような映画にしよう」と話していました。監督たちは毎回レビューのたびに「もっとホットに! もっと美しく!」と口にしていました。キャラクターのアイデアが出るたびに、「まだ十分にセクシーじゃない」「もっと輝かせて」「VOGUEのファッション写真のようにして」と。髪は完璧に、肌は艶やかに、メイクも照明もすべてが理想的であること。全てのカットを「ビューティショット」として扱う姿勢でした。
その一方で、マギー・カン監督がこだわったのは、「完璧さの裏側を見せること」でした。彼女たちは確かに美しく、クールですが、同時にドジでおかしくて、恥ずかしい瞬間もたくさんある。そうした人間らしい部分も含めた両面を見せることが、観客がキャラクターを愛する最大の理由になったと思います。
また、私はこの映画を一種のロマンス映画として捉えたいと思ってもいました。私はロマンス映画が大好きなんです。これまで多くのアニメーション映画を手がけてきましたが、正直なところ、ファンタジーの中でここまでメロドラマ的な恋愛を描いた作品はあまりありませんでした。
通常、アニメーションではコメディの要素が中心になりがちです。でもこの映画は、恋愛や感情の揺れを真正面から描いていて、それが観客にとって新鮮に映ったところもあったように思います。
『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』(C)2025 Netflix
突拍子もない企画が新しい可能性を開く
―SPAが他社と違っている点は何だと言えるのでしょう?
クリスティン:私たちは「監督のビジョンを最優先する」ことを徹底しています。他のスタジオでは、制作の最終判断を経営陣が下す場合もありますが、私たちは違います。もし監督と私の間で意見の違いがあっても、最終判断は監督に委ねます。スタジオの役割は、導くことではなく支えること。コメントはしますが、それはあくまで「あなたの物語をどうすればより良く伝えられるか」を一緒に考えるためのものです。
また、私たちは「安全運転をしない」ことを大切にしています。『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』のアイデア──「K-POPスターが悪魔と戦う」なんて、普通に考えたら奇抜で笑ってしまうような設定ですよね。でも、そんな突拍子もない企画こそが新しい可能性を開くことにつながります。怖がらずに挑戦する勇気、それこそが私たちのDNAだと考えています。
―現在のSPAのスタイルが確立されていく上で、『スパイダーバース』の成功は、やはり大きな転機になったと言えるのでしょうか。
クリスティン:まさにそうです。私がスタジオに入った10年前、「フィルムメーカー主導のスタジオにしたい」と宣言しましたが、それを証明したのが『スパイダーバース』でした。あの作品は業界の常識を覆しました。アニメーションの美学を変え、観客の期待を変えた。スタジオとしても世界からの見られ方が大きく変わりました。「ソニーは違ったことをやってくれる」と言われるようになり、その成功が「リスクを恐れず新しいことをやる」自信につながりました。『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』も、『ミッチェル家とマシンの反乱』も、同じ流れの中にあります。アニメ映画はかつて「家族向けの狭いジャンル」でしたが、今はもっと幅広い層に届くようになっています。
また、ここで付言しておきたいのは、ゲンディ・タルタコフスキー監督についてです。タルタコフスキー監督は、私たちのスタジオにとって重要なフィルムメーカーです。というのも、『モンスター・ホテル』シリーズの成功が、今日のソニー・アニメーションを支えていると言っても過言ではないからです。あの作品は、当時の他社のアニメーションとはまったく異なるビジュアルスタイルを打ち出し、動きや演出の面でも非常に実験的でした。ゲンディは常にアニメーションという表現を、「どう動かすか」という視点から拡張してきた人で、後の多くのアニメーターにも影響を与えました。
―『スパイダーバース』がもたらした革新の底流として、『モンスター・ホテル』があった、と。
クリスティン:はい。『スパイダーバース』がアニメーション表現を新しい次元に押し上げたのは確かですが、その根底にはゲンディ作品で培われた「スタイルの自由さ」がありました。『Primal: Tales of Savagery』(※日本未公開)を観ていただけるとわかると思いますが、彼は今もその創造性は進化し続けています。
『ミッチェル家とマシンの反乱』
『モンスター・ホテル』
―『スパイダーバース』の脚本家/プロデューサーである「ロード&ミラー」との協働は、会社全体に大きな影響をもたらしたとも言われていますが、彼らから学んだことがあるとすれば、どんなことでしょう?
クリスティン:彼らは本当に特別な才能の持ち主です。彼らと仕事をして強く学んだのは、「怖いと感じる決断こそ正しい」ということでしょうか。安全な選択をしているときは、たぶん何も新しいことをしていない。もうひとつは「完璧は存在しない」という厳しい教えです。『スパイダーバース』の制作中、私が「もう十分いい」と思っても、彼らは「いや、まだ始まったばかりだ」と言うんです。納期が迫っても、彼らは最後の一秒までクオリティを磨き続ける。その姿勢はスタジオ全体に影響を与えました。
IPは戦略ではなく結果として生まれる
―ソニーはこの間、ハードウェア企業からIP企業へと変貌していますが、強いIPを生み出すための方程式のようなものはあり得るのでしょうか?
クリスティン:これについては、残念ながら「方程式は存在しない」とお答えするしかありません。私たちができるのは、「人の感情を動かす映画をつくること」だけなんです。笑って、泣いて、踊りたくなるような感情体験を届けることがまずは大前提です。その意味では、IPは戦略ではなく結果として生まれるものです。素晴らしい脚本と情熱的なクリエイターたちがいれば、自然に世界がそのキャラクターや世界観を愛するようになります。
―新しい才能の発掘についても同じことが言えるのでしょうか。
クリスティン:これにもやはり公式はありません。私たちが重視するのは「意見を持つ人」です。自分の考えをはっきり伝えられる監督や脚本家。スタジオ幹部と議論して、「あなたは間違っている」と言える人。そういう強い視点を持った人が、結果的に面白い作品を作る。だからこそ、彼らが安心して意見を言える環境をつくることが、私たちの仕事です。
―『スパイダーバース』と『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』の成功を受け、プレッシャーはありますか?
クリスティン:多少はあります。でも、それ以上にチャンスが広がったと感じています。この成功によって「ちょっと変わった企画」でも社内でGOサインを出しやすくなりました。『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』のように、家族向けとは思えないほどスタイリッシュで洗練された作品がヒットしたことは、アニメ映画の可能性を広げたと思います。『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』の直後にリリースしたのは、『Fixed』(※日本未公開)という2Dアニメーションの作品でした。これはアニメ映画としては珍しいR指定の作品で、監督は先ほどお話したゲンディ・タルタコフスキーです。内容も対照的で、犬たちがかなりキワドイやり取りを繰り広げる大人向けのコメディなんです。
『Fixed』
―制作開始当初は、K-POPも欧米では今ほど巨大化してはいなかったように思うのですが、K-POPを映画の主題に据えるというのは賭けではなかったですか?
クリスティン:制作の初期段階でも、すでにBTSやBLACKPINKが既に人気を得ており、かなり大きなマーケットになってはいましたので、少なくともK-POPファンを惹きつけることはできるだろうとは思っていました。ただ、K-POPは、ある意味、極端なジャンルなんです。熱狂的なファンがいる一方で、まったく興味がない人も多い。特に男性の中には「アイドル映画は自分向けじゃない」と感じる人も多くいたと思います。ですから当初は、「少なくともK-POPファンには届くだろう」という想定で進めていました。でも実際には、K-POPファンだけでなく、全くの無関心層まで巻き込むことができました。それは、音楽とドラマの力が「ジャンルの壁」を超えたからだと思います。
―クリスティンさん自身もK-POP好きでいらっしゃる?
クリスティン:ファンと言っても、BTSやBLACKPINKといった知られたグループをなぞるくらいで、とてもファンと言えるほどではなかったのですが、監督のマギー・カンやプロダクションデザイナーのヘレン・ミンジュ・チェン(ティム・バートンの『フランケンウィーニー』、ディズニーの『ベイマックス』『ラーヤと龍の王国』などを手がけた)、それに共同監督のクリスは本物のK-POPファンでしたから、彼女たちに「NewJeansを聴いて!」「このMVを見て!」と盛んに勧められたことでだいぶ詳しくなりました(笑)。何度かコンサートに足を運びましたし。その過程で、K-POPが単なる音楽ではなく「みんなの自己表現のプラットフォーム」であることを理解しました。
「型を持たない」ことがアイデンティティ
―先ほどの会社のスタンスの話に戻るのですが、ピクサーやディズニーには一定のフォーマットがあってそれが強みになってきましたが、SPAはあえてそうしたフォーマットをつくることを避けています。スタジオのアイデンティティという観点からすると、リスキーな戦略のようにも思えますが、どうなのでしょう。
クリスティン:アイデンティティということでいえば、私たちはあえて「型を持たない」ことをアイデンティティにしたいんです。ディズニーやイルミネーションは、ひと目で自社作品だとわかるスタイルを確立しています。でも私たちは、『EMOJI(絵文字の国のジーン)』の翌年に『スパイダーバース』を出すようなスタジオ。つまり、毎回まったく違うものをつくることをアイデンティティとしています。これはリスクも伴いますが、それが強みになるところもあります。観客が「これはSPAの映画だ」と感じるのは、10分ほど経ってからになりますが、そこで「なにかが違う」と思ってもらえれば成功だと考えます。
―監督主導の制作スタイルや、固定した作品のスタイルを持たないということでいえば、例えば「A24」のようなあり方を思い浮かべたくもなります。もちろん制作する作品の規模も、ターゲットもまったく違いますが。
クリスティン:A24は私も大好きですし、尊敬しています。ただ私たちが手がけるのは「インディ映画」ではなく、あくまでも「メジャー」ですから、できるだけ世界中の観客に届く作品を作ることが使命となります。もっとも、今日の映画界ではインディとメインストリームの境界はどんどん曖昧になっています。『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』も、モチーフはある意味ニッチで特定の文化的な背景を持っていますが、にもかかわらずメジャーな現象になりました。つまり、「マスに届くためにはオルタナティブな視点が必要」ということなのかもしれません。
―監督の自由を尊重するなかで、スタジオ幹部の役割とは何でしょうか?
クリスティン:基本的には「対話者」であることだと思います。スタジオが上に立って命令するのではなく、横に並んで話す関係でいられるかどうかが重要です。私たちの役割は、まず作品の問題点を発見することで、「第2幕の後半が少し冗長だ」といった分析はできます。ただし、その解決法を提示することはできません。私たちが出した指摘が妥当なものだったとしても、それをどのように修正し軌道修正するのかを決めるのは、あくまでも監督であるべきです。要するに、私たちは観客の代表として意見を伝えることになりますが、それよりも手っ取り早いのは、完成前でもストーリーボード段階で試写を行って、観客のリアルな反応を聞くことです。スタジオ内部の声より、観客の声を信じるというのも、私たちの大事なポリシーのひとつとなっています。
―今後の展望を教えてください。
クリスティン:まず、NBAの大スター、ステフィン・カリーがプロデューサーを務めたアニメ映画『GOAT』という新作が2026年2月に劇場公開されます。その後、2027年夏に『スパイダーバース』の第3作を予定しているほか、『ミッチェル家とマシンの反乱』の続編も進行中です。シリーズでは『ゴーストバスターズ』の新アニメをNetflix向けに制作中です。
―ストリーミングと劇場の振り分けは、どのように決まるのでしょう?
クリスティン:これは劇場向け、これはストリーミング向け、とあらかじめ決めて制作に入ることは基本ありません。判断基準は、その作品が「どこで最も輝くか」です。『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』については「劇場公開すればよかったのに」と言われることもありますが、私はNetflixでの配信がベストの選択だったと思っています。というのも、『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』は繰り返し観るファンが多く、それこそが成功の鍵となったからです。劇場公開だったら、ここまでの波及効果は望めなかったようにも思います。
『GOAT』
日本での不人気に思うこと
―『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』は結果的にNetflixで最も視聴された映画作品になっただけでなく、間違いなくグラミーでも何らかの賞を獲ることになりそうな勢いで、まさに「現象」と呼ぶに相応しいものですが、残念ながら日本ではほとんど話題になっていません。なぜだと思いますか?
クリスティン:本当に不思議な現象ですよね。日本はアニメーション文化がとても豊かで、アメリカとはまったく違う文脈を持っています。ですから、まず大前提として「日本の観客は西洋アニメーションを特別視していない」という点があるのかもしれません。もともと日本には、長い歴史と高い完成度を誇る自国のアニメーション産業があり、スタジオジブリを筆頭に、アニメは日常文化の一部になっています。だから「海外のアニメ作品を観なければ」という動機が、他の国ほど強くないのかもしれません。
―なるほど。
クリスティン:かつてドリームワークスに勤めていたときに関わった『ヒックとドラゴン』でも同じことが起きました。アメリカでもヨーロッパでも大ヒットしたのに、日本ではそれほど響かなかったんです。当時、監督のディーン・デュボアと私は「これは絶対日本の観客に届くぞ」と、かなり期待を寄せていたのですが、結果はやはり厳しかった。つまり、日本の観客はアニメーションを「外から来た文化」としては受け取らないということなのかもしれません。それだけ自国の作品への信頼と誇りがあるということなのか、と思ったりもしますが、逆に、あなたはどう思います?
―ディズニー作品は日本でも一定の成功を収めてきましたし、『アナ雪』は、それこそ「現象」といっていいほどの人気でした。ただ、そこにはやはり西洋的な世界観への憧れが強く作動していたような気もします。一方の『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』は、アジアを主題にした欧米映画だという若干複雑な回路を通して受容することになりますので、コミットしにくさがあったのかもしれません。
クリスティン:たしかに。『アナと雪の女王』や『美女と野獣』のような作品は「西洋のプリンセス像」や、ある意味古典的なミュージカルの魅力がありましたよね。一方で『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』は、アジア的な感性やK-カルチャーを前面に出した作品ですから、日本の観客にとっては「私たちがすでに知っている文化を、アメリカが解釈したもの」と見えてしまうのかもしれません。
いずれにせよ、世界中でこれだけの「現象」になっているにも関わらず、日本だけはどこ吹く風というのも、日本らしいと思いますし、そうであればこそ日本はリスペクトされているのだとも思います。もちろん日本でも、ぜひブレイクして欲しいとは思っていますが(笑)。
『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』
Netflixで独占配信中
https://www.netflix.com/jp/title/81498621
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