サウンド面でいえば、これまでのシンセサイザーやピアノを主体とした楽曲を基調としつつも、さらにサックスの味わい深い響きやフルートの軽やかな広がりが加わった。——これまでのThe fin.の音楽性に、ソウル、R&B、ジャズ、ファンクが組み合わさり、成熟された奥行きを感じる。その変化の背景には、首謀者で、作詞・作曲からセルフプロデュースまで手掛けるYuto Uchinoが30代半ばに差し掛かり、内面を深掘りして制作した前作『Outer Ego』(2021年)を経て生じた内面の変化に大きく起因しているという。
ここ数年の心境の変化や30代の音楽家としてのライターズブロックの乗り越え方、そしてAI時代におけるアートの価値などに話が及んだ。
The fin.
2012年結成の Yuto Uchino(Vo/Gt/Synth)と Kaoru Nakazawa(Ba/Synth)によるバンド。Yuto Uchinoがバンドの音楽を作り上げ、ソングライティングからレコーディング、 ミックス、 プロデュースまでを手がけている。 これまでにイギリスやアメリカ、 ヨーロッパ、 アジアでもライブ活動を行う。2023年に行った中国ツアーでは 25都市以上を回った。
—前作『Outer Ego』から4年。この間にどんな変化がありましたか?
Yuto Uchino(以下、Yuto):コロナで自分1人と対峙する時間の中で『Outer Ego』を完成させて。そこからツアーを回っていたんですけど、その中で今まで自分がやりたいと思っていた音楽の像が「一周したな」という気がしたんですよね。音楽を作って、ツアーして、そしてまた生活に戻る中で生まれた感情みたいなサイクルにいい意味で慣れてきたなかで、自分が持ってた音楽像やThe fin.らしさがある種完成しちゃったというか。
─よかれ悪しかれ、音楽的なアイデンティティが一度完結した、と。
Yuto:そうですね。実はリスナーとしても10代の頃から聴いてきたロックミュージックに対しての熱狂が落ち着いて。新しいものを求めるなかで色々と昔の音楽を遡るようになって。1つはジャズをたくさん聴くようになって。そこからソウルも聴き始めたし。50年代~70年代の音楽でもロック方面だったところから、それ以外に深掘りしていく時期でした。
—だからこそ管楽器がフィーチャーされた曲がたくさん出てくるんですね。ドラムのスウィングするようなテンションとカラフルな感じと開放感が印象的でした。
Yuto: 今振り返って考えると、ロンドンに住んでいた時代も街中で聴いてハッとする音はジャズだった。自分のスタイルを気にするあまり掘り下げないように、無意識にしていたところがあった。自分は「インディーロックの奴やから」って(笑)。
でも『Outer Ego』ツアー以降、そういうエゴはどうでもいいなと。もっと単純にリスナーとして心が動く方に行った方が楽しいし、今まで自分が音楽で触れなかった感情や心の動きがそういうジャンルの音楽の中にたくさんあることに気づいて。そこから実験し始めたのが、このアルバムっていう感じです。
—具体的なきっかけはありましたか?
Yuto:これに関してはジャズじゃないけど、中国ツアーしてる時に、Earth, Wind&Fireをずっと聴いてたんですよ。特に飛行機に乗ってる時にEW&Fばっかり聴くみたいな時期があって。浮遊感がすごい楽しくて。EW&Fの音楽を聴いてると、未来に向かっていくポジティブなエネルギーがすごいあるなっていうのを感じて。それはアートとして強いのはもちろん、単純に元気もらえるなと。今まで自分が創作してたものとは違うエネルギーを取り入れていきたいなって思ったのが、ひとつのきっかけでした。
ー確かにポジティビティはこのアルバムの歌詞やサウンド面から顕著でした。『沈み込む感覚を大事にしていた』という過去のインタビューで話してくれたので大きな変化ですね。
Yuto:ノスタルジーとか、過去を懐かしむメランコリックな質感というのは今まで通りあるけど。
—アルバムの曲順も「Home」で心の旅を終えて、内省的に着地するかと思いきや、「Wonder Why」の音像でもう一度開けた印象で、そのアルバム全体を通じた起伏やダイナミズムが心地よかったです。
Yuto:気づいてくれて嬉しいです。過去の自分に触れて、もう一回開けるっていうのが、今の自分っぽいなと。自然とそういう曲順になりました。振り返って終わりじゃなくて、またここから始まっていくんだと思います。最近音楽家として長い目で遠くを見ていて、大きな変化をするきっかけ、第一歩のアルバムだと自分では捉えてます。
感覚が先に行きすぎた——悪戦苦闘した1年間のライターズブロックを経て
本作でオープンで自由で開けた新しい音楽的語彙を獲得したYutoだったが、その変化は創作において大きな苦しみをもたらすことになる。感覚の変化に、ミュージシャンとしての技術が追いつかない——そんな乖離に苦しんだ1年間があったという。
—制作はスムーズに進みましたか?
Yuto:いや。それが、実は結構戦いましたよ。自分にとって音楽制作は、「今の自分だな」って思えることが個人的なゴールで。
─ライターズ・ブロックのようなスランプですね。
Yuto:そう。事件です(笑)。自分が感じてる感覚が先に行き過ぎてて、ミュージシャンやプロデューサーとしての自分の技量が追いつかない。完成しないみたいな苦しい時期が結構あって。
『Outer Ego』から2、3年ぐらいかけて自分が変わっていって。その変化の速度が速すぎて、追いついていかないという……。その乖離は結構苦しかったですね。自分の変化を許容する上でいいきっかけになりましたけど。
—感覚と技術の乖離……。
Yuto:創作面では、大きな変化としてピアノを買って、作曲方法をDTM中心からピアノに切り替えて。それに関してだけは楽曲制作において唯一作為的だったかもしれないです。前作で制作のクオリティは一旦DTMでできる範囲ではやり切ったなと。その上で、すべての自分の作品がDTMのワークフローの中で収斂していくのはなんか嫌やなと。ちゃんと自分が弾いてて気持ちいい音を見つけるというやり方に回帰させる必要があった。
ーそのプロセスを踏まえて聴くと、「Alone in the Sky」のイントロのピアノのパッセージはナマの自分らしさの回復のためのプロセスの音に聴こえたりしますね。
Yuto:個人の生活レベルでは図書館に通いつめてましたね。一日一冊ペースで。狂ったようにインプットしている時期でした。
ーその中でとりわけ記憶に残った本があれば教えてください。
Yuto:助けになったのは、感覚を開くという意味でレイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』。それから、めちゃめちゃドラッギーなんですけど、オルダス・ハクスレーの『知覚の扉(原題:The Doors of Perception)』という本。
ーそこの突破口が1曲目の「Swans」だったりしたんですか?
Yuto:それもありますし、個人的には「Nebula」は結構象徴的でしたね。自分の中でずっと頭の中で鳴り続けて、止まらなくて。新しいフェーズに入ったなっていう曲。あと「Somewhere Between」はThe fin.らしさもありながら、新しい次元にいけたなっていう感覚がある。
今まで自分を纏っていた鎧を脱ぐ——30代のアンラーニング
音楽的な変化の背景には、Yuto自身の人生観の変化がある。30代半ばに差しかかる中で、自分を守るために身につけてきた「鎧」が、逆に邪魔になってきたという。ラーニング(学習)ではなく、アンラーニング(忘却)——それが今のYutoのテーマだ。
—アルバムには内省的な曲と開放的な曲が気持ちよく共存していますね。そして全体的にポジティブな質感がある。そのきっかけはなんですか?
Yuto:個人的に今は自分という人間が形成され尽くした中で、また新しい景色が見えてくる開けたとこにきていて。ここ数年は大人になるまでの今まで自分を守ってくれていた鎧みたいなものを一枚ずつ剥いでいく、アンラーニングというのをテーマに生きてて。
—鎧を脱ぐのって、大人になればなるほど難しいですよね。
Yuto:鎧を着るのは生存戦略として必要なんです。でもその鎧が逆に大きく重くなりすぎると、本当の自分の声が小さくなる副作用もある。30代に入ってから違和感をすぐに感じはじめて。アーティストとしてはもちろん、普段生活する上でも。
—だからこそラーニングではなく、アンラーニング。
Yuto:そう。もう一回忘れていく、手放すみたいなことをテーマにしてて。その中でもう一度自分のキーになる感覚や感情、記憶みたいなものを、このアルバムではもう一回リビジット(再訪)するプロセスを描いてる。でもノスタルジックなだけじゃなくて、それを前に進むエネルギーとして表現したかった。
—だからこそ過去、現在、未来を俯瞰で見る中での自分らしさを確かめるみたいな楽曲が続くんですね。ステージに立つ意識も変わりましたか?
Yuto:『Outer Ego』のツアーの時に、「見られてることを自覚してる状態」が窮屈に感じはじめた。例えば、『もっとうまく演奏しようとか、良く見せようとか。ライブをよくしたい』とか。そういうエゴが湧いてくる。
その違和感を掘り下げるとどういう音楽を届けたいのかと自分に対する質問がツアーをする中で浮かんでは消えて。ツアーを通じて無意識に心の中でセッションをやっていたんでしょうね。
だからこそ今は素直に自分が生活していく中で音楽を自然と享受して、いいと思ったものを自然に音にして、それを人に聴いてもらって、人がそれでいいなと思ってくれたら嬉しいなと思えるようになった。仮にThe fin.の音楽を聴いて何も感じないなら感じないでいいし、嫌いなら嫌いでいいやって、ちょっと思い始めたのかも。
—今作では、バンドメンバーとの関わり方も変わりましたか?
Yuto:今、The fin.は5人体制でライブをやっていて、本当に信頼してるメンバーが集まってる。曲ができてデモができた段階で、もう頭の中で誰が鳴らしたらいいのか浮かんでて。「この曲のドラムは中澤だな。この曲のドラムはイギリス人のTomだな。この曲はHinataにフルートとサックスが鳴っていてほしい」みたいに。あと長いことライブを一緒にやってるKazuyaに、「Spiral」という曲でギター入れてもらったんですけど、実はレコーディングに入ってもらうのは今回が初めて。そういうふうにライブを意識した体制と個人の作曲が噛み合ってきたところもありますね。
─プロデューサーとして最初から「誰の音か」が明確に見えている状態になれたのは大きな変化ですね。
Yuto:そう。しかも一方通行じゃなくて。スタジオでの音作りの仕方も”会話的”で。実際に演奏してもらうと、自分が想像してたものを超えてくる。それがすごく楽しかったんですよね。昔はもっと自分でコントロールしたい気持ちが強かったけど、今は任せられるようになった。もしかしたら、それもアンラーニングの一部かもしれない。
Photo by 吉松伸太郎
生の声、人の質感——AI時代に問う「何のための正解?誰のための音楽」
アルバム制作の終盤、Yutoはひとつの実験をした。歌の音程を完璧に整えたバージョンと、生の歌のままのバージョンを比較したのだ。結果は明白だった。
—今作では歌の処理も変わったそうですね。
Yuto:はい。「Somewhere Between」の後半の楽曲はボーカルを編集してないですね。最後にできた「Home」に関しては特に。ピアノをポロンって弾いて、歌を重ねて。『はい、出来上がり』と。アルバムの中で一番コアな自分の記憶に戻っていく曲なんですけど、過去の自分に戻ってるだけじゃなくて、今の自分として戻っていける感覚があるんですよね。
ーそれはどうして?
Yuto:音程をビチッって合わせたバージョンと、生歌のバージョンを比較して聴いたら、生の歌のバージョンの方が気持ちよかったんですよ。じゃあ後でわざわざ処理して「音程が合ってる」方を選ぶというのは、誰のなんのための正解かって。それでもボーカルは12トラックくらい重ねてはいるんですけど、エディットしないんです。もちろんピッチもいじらない。リズムが寄れてても、それを意図して作るのは難しい。だから聴いてて気持ちがいいならやりすぎない範囲で、ロウな質感の方がよいなと。
だって昔のアーティストの音源とか聴いてたら、普通にめっちゃ歌とかずれてるじゃないですか。
—Joy Divisionのイアン・カーティスの歌唱って言ってしまえば不安定ですもんね。
Yuto:それでもイアン・カーティスのあの歌は、彼にしか歌えない。真似はできないし。それこそがアートの価値なんじゃないか。そういう風に音楽の元々のところに立ち返っていく時期にきているのかもしれないです。
—確かに。少し話は飛躍しますけど、AI時代における人間だけが生み出す音楽の質感や価値について、どう考えますか?
Yuto:今は本当に音楽を作るのが簡単になってしまったんですよね。サンプルパックの音を切って貼ってしたら誰でも生成できるようになるんですよね。その消費の仕方は裾野を広げる上でいいけど、その反面チープにもなっていきかねない。「それってほんとにアートなの?」って。でも60年代、70年代の音楽とか、19世紀のクラシックとか制作の現場はもっとクレイジーで、クリエイティブで、おどろおどろしかった。
だからこそ「その人が今弾きました。バンドでいっせーので録りました。聴いてください」が1番なのかも。というか、本当は音楽ってそもそもそうだったよね? というところに戻りたいモードになってるのかもしれない。
ーそれはまたきっかけが?
Yuto:実は今年のイギリスツアーから同期なしでパフォーマンスをやるようになって。今まではイヤモニにクリックが流れてたけど、それもなし。そしたらめちゃくちゃライブが楽しくなって。今の自分はそういう生の質感をリスナーに届けたいなって思ってます。その流れなのかわからないですけど、クラシックを意識的に聴くようになったり、生のピアノで弾いてみたり。そういう意識のあらわれなのかもしれない。
—このアルバムはどんな風に聴かれてほしいですか?
Yuto:今までThe fin.の音像って、ホリゾンタル(水平・横)な音楽だったと思うんですよ。固有のビートがしっかりあって、それを軸に水平に流れが進んでいく。でも今作から、バーティカル(垂直・縦)な要素ができてきた。もう少し立体的に、歌詞とか音楽を自分が捉えられるようになってきて。その発想から過去とか現在とか未来みたいなものを3Dに捉えて、いろんなエネルギーを音楽の中に込められるようになったのかなって思ってます。まだまだ新しい音楽の要素を出したばかり。だから理想の音楽を目指す上でこれはあとで振り返って長いキャリアで見たら、転換点になるきっかけのフェーズのアルバムになるのかなって。そういう視点で聴いてもらってもいいかもしれない。
ー個人的にはベルリンのSバーン(環状線)に乗りながら、景色を眺め移動するなかでフルでアルバムを聴くのが本当に心地よくて。世代も近いからなのか、自然と転機の時期が重なってくるのか、このアルバムの質感と歌詞のテーマがしっくり来ました。自分らしさとは何かを振り返るきっかけになったり。忘れてたことを思い出したり。これはあくまで質問ではなくて感想なんですけど。
Yuto:最初期から取材してもらってる冨手くんにそういう風に聴いてもらえた時点でもうこのアルバムを作ってよかったなと思いますね。
そういえば先日モネとゴッホ展を見に行ったんです。印象派の作品が昔から好きで知識がないなりに見てるんです。その中で「見てて気持ちいい絵と気持ちよくない絵」と「見てていろんなことを考えさせられる絵・素通りする絵」ってあったんですよね。自分の音楽もそういう意味で気持ちよかったり、考えさせられる音楽でありたいと思って。5秒でもいいから「なんだろう、これ」と何か音から感情をぽっと生み出すことができたり、考えてくれるきっかけを作れれば、自分のミュージシャンとしての役割は達成されるのかなと思えるんですよね。刺さる人にとって人生のあるフェーズの1ページのBGMになれたらなんて思ったり……。でもまあ、なんでも好きに聴いてもらえたら嬉しいです!
『Somewhere Between』
The fin.
配信中
https://thefin.lnk.to/SomewhereBetween
Tracklist:
1. Swans
2. Midair
3. Nebula
4. Somewhere Between
5. Towards the Sun
6. Echoes
7. Thirst of Life
8. Spiral
9. Alone in the Sky
10. Home
11. Wonder Why
https://bio.to/thefin
”Somewhere Between Japan Tour 2026”
■ 東京
2026年3月19日(木)@ LIQUIDROOM
OPEN 18:00 / START 19:00
■ 大阪
2026年3月22日(日)@ 梅田Shangri-La
OPEN 17:30 / START 18:00
◯チケット先行受付情報
・オフィシャル先行(一次)
受付期間:2025年11月26日(水) 20:00 ~ 11月30日(日) 23:59
先行URL(チケットぴあ): https://w.pia.jp/t/thefin/
・一般発売
2025年12月13日(土)10:00~
プレイガイド:
ぴあ: https://w.pia.jp/t/thefin/
e+: https://eplus.jp/thefin/
ローソンチケット: https://l-tike.com/thefin/


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