2011年グラミー賞で、ブラー『ノー・ディスタンス・レフト・トゥ・ラン』や、ホワイト・ストライプス『アンダー・グレイト・ホワイト・ノーザン・ライツ』といった強敵を下して、最優秀長編ビデオ部門を制したドアーズのドキュメンタリー『The Doors: When Youre Strange』(旧邦題:『ドアーズ まぼろしの世界』)が、海外での一般公開から15年を経て4Kリマスター化。日本でも12月4日からTOHOシネマズ日比谷ほかで劇場公開される。


『The Doors: When Youre Strange』予告編

ドアーズ再評価のタイムライン

ドアーズの人気は世代を越えて現在まで連綿と続いているが、最初に来た再評価の大波は、ジム・モリソンやレイ・マンザレクと同じUCLA出身であるフランシス・フォード・コッポラ監督の映画『地獄の黙示録』(1976年)で「The End」が使用されたことに端を発する。1980年10月に発売されたベスト盤『Greatest Hits』は全米17位まで上昇、現在まで米国内で700万枚以上も売れ続けている。さらに1983年12月にはライヴ音源をまとめた『Alive, She Cried』が登場、これも全米23位まで上昇してゴールドディスクを獲得した。

ドアーズはなぜ神格化された? 伝説的バンドの歩みを傑作ドキュメンタリーで再検証


旧世代のバンドに背を向けたパンク/ニューウェイブ勢が例外的にリスペクトの対象としたドアーズは、ラモーンズやスージー&ザ・バンシーズ、エコー&ザ・バニーメン、ザ・キュアーなど数多くのバンドにカバーされている。初期のニューヨーク・パンク勢、パティ・スミスやテレヴィジョンに与えた影響は小さくなさそうだし、キーボード奏者を含む編成からストラングラーズもたびたびドアーズと比較されてきた。

80年代までの持続的な人気を踏まえて、オリヴァー・ストーン監督は劇映画『ドアーズ(原題:The Doors)』を製作。1991年に公開された同作はサウンドトラック盤もヒットとなり、90年代にドアーズのブームを再燃させた。元メンバーたちも驚くほどジム・モリソンになりきったヴァル・キルマーの演技が注目されたが、シナリオには脚色がすぎる部分や史実と異なるところも多く、映画としては評価が分かれた作品。ジム・モリソンのスキャンダラスな面が誇張気味に描かれており、音楽的な独創性を伝えるシーンは少なかったし、ジム以外のメンバーの扱いは添え物程度だったと言わざるを得ない。それとは違う、バンドの正史と呼べる作品を残したいというメンバーの願いを叶えたドキュメンタリーが、『The Doors: When Youre Strange』なのだ。

急激な成功とジム・モリソンの素顔

いわゆるサイケデリック・ロックの先駆的なヒット曲と言うと、ジョン・コルトレーンの影響下で生まれたザ・バーズの「Eight Miles High」(1966年3月)が思い浮かぶが。その年の夏からレコーディングに取り組んでいたドアーズの1stアルバム『The Doors』(全米2位)がリリースされたのは1967年1月。
ビートルズの大きな転換点となったシングル「Strawberry Fields Forever」や、ジェファーソン・エアプレーンの『Surrealistic Pillow』が発売されたのは翌2月だった。ピンク・フロイドの1stアルバム『The Piper At The Gates Of Dawn』がリリースされたのはもっと後で、8月に入ってから。ロック史のタテ軸に沿って見ていくと、ドアーズの”早さ”が実感できると思う。

1967年4月にシングルカットされた「Light My Fire」が全米No.1を獲得したのに続いて、同年9月には早くも2枚目のアルバム『Strange Days』(米3位)を発表。そこからの先行シングル「People Are Strange」も12位まで上昇し、ニューカマーとしては最高の滑り出しだ。しかし急激すぎる成功は、いきなりスターになってしまったフロントマン、ジム・モリソンの生活を阻んでいく。このドキュメンタリーでも触れられている通り、ドアーズを結成する以前のジム・モリソンにバンド経験はなく、ニーチェやセリーヌに心酔し、アルチュール・ランボーからウィリアム・ブレイク、アレン・ギンズバーグまで読みふける二十歳そこそこの文学青年であった。社会人としての分別など持つ機会がなかった若き詩人がマイクを持ってステージに上がり、突如予想外の脚光を浴びてしまったわけだ。

このドキュメンタリーでは、オリヴァー・ストーン監督の『ドアーズ』が細かく触れていなかったジム・モリソンの”ドアーズ以前”の背景や、実はジムの父が米海軍の士官としてベトナム戦争の最前線にいたことも明らかになっていく。衝撃的なジム処刑シーンを含む「The Unknown Soldier」のプロモ・クリップに代表される反戦の姿勢は、恐らく父への反抗心によって後押しされていた面があったのだ。プロフィールで家族について「死亡」と偽るほど、極端なまでに過去を捨て去ることで、ジム・モリソンというアーティストのペルソナは成立していた。

UCLAで映画について学んでいたレイ・マンザレク(キーボード)とジム・モリソンが出会ってから、バンドが誕生するまでの流れ、ブルースとジャズを混ぜ合わせる一方、クラシックを学んでいたレイ・マンザレクの素養が活きてくること、ロビー・クリーガー(ギター)の原点がフラメンコにあること……などなど、基本的なトピックもしっかり押さえられている。
音楽的にはジム以外の優秀なミュージシャン3人が揃ったことにドアーズの奇跡があるとも言え、まるっきり素人だったジムの思いついた曲を、彼の詞世界と呼応するドラマティックな楽曲へと高めるスキルとセンスを彼らは持ち合わせていた。

エド・サリヴァン・ショーをはじめとするテレビ出演時の映像や、代表的なライブ映像、バンドのドキュメンタリー『A Feast Of Friends』からの引用場面など、膨大なフッテージが使用された本編は、彼らの活動をわかりやすく追体験させてくれる。中でも特筆すべきはジム・モリソンが主演、共同で監督も務めた短編映画『HWY』のシーンを効果的に用いていることで、虚構と現実の狭間で翻弄された彼のキャラクターが浮き彫りになる、シュールだが印象的な編集だ。

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バンドの軌跡を「正史」として描く

人気絶頂時にありながら製作が長引いてなかなか完成しなかった4枚目のアルバム『The Soft Parade』(1969年)は、以前はジム・モリソンの素行不良が元凶というのが定説となっていたが、本作ではプロデューサーのポール・A・ロスチャイルドが度を越えた完璧主義者で、メンバーに何度も録り直しを強いてスタジオ内の空気が悪くなっていた、という証言が出てくる。ジムが酒も薬もやり放題で活動に支障をきたしていたのは本当のようだが、フロントマンひとりに全責任を背負わせるのは酷な話だ。スタッフがどこかの段階でジムを休養させて、もっと早く生活を立て直すことができていたら、悲劇的な結末を迎えることにもならなかったはず……徐々に活動が停滞していく後半の流れを見るにつけ、そう考えずにいられなくなる。

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反体制のシンボルであったドアーズが、1967年のニューヘイブン公演で警察権力から暴力的に押さえ込まれ、さらに1969年のマイアミ公演で起きたジム・モリソンの猥褻行為事件(ステージ上で性器を露出した容疑がジムにかけられたが、メンバーはそのような行為はなかったと否定)によって裁判沙汰に巻き込まれていく流れは、なんとも胸が痛む。”ドアーズ VS アメリカ”という現実に直面したジムが見せる、疲弊しきった表情が忘れられない。

そうやって徐々に追い込まれていくジム・モリソンは、友人だったビート詩人、マイケル・マクルーアの支援によって詩集を手がける間、いくらか心を癒されたようだ。その直後、他のメンバーがビュイックのCMに「Light My Fire」の使用を許可しようとしていたことを知ったジムが激怒して、巨額の契約金を提示されていたにもかかわらず御破算にしてしまった……という有名な事件も、このドキュメンタリーで紹介されている。ジムにとって創作こそが最大のモチベーションで、コマーシャルのために作品を売り飛ばすことなど論外だったのだ。その後もドアーズの楽曲は、一度もCMに使われていないという。


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晩年のジムはポエトリー・リーディングを録音、それが一時的に鬱状態から脱するのに役立った、という印象的なエピソードも語られる。生粋の詩人は、喧騒から距離を置き、そうした活動に打ち込む時間にこそ、心の平穏を見出せたのかもしれない(その時の音源は、ジムの死後に残ったメンバーがバックトラックをつけ、1978年に『An American Prayer』としてリリースされた)。ジム在籍時の最終作、『L.A. Woman』(1971年4月リリース)ではポール・A・ロスチャイルドと決別、バンドとエンジニアのブルース・ボトニックがプロデュースに当たった。創作意欲を取り戻して最後の輝きを見せたジムは、スタジオで飲酒することも少なかったと伝えられている。彼が恋人のパメラ・カーソンとフランスに渡り、パリのアパートで入浴中に心臓発作で亡くなってしまうのは、新作発表からわずか3ヶ月後のこと。まだ27歳という若さだった。

前述の通り、バンド結成からジムが亡くなるまでの歴史をまんべんなく見渡す内容になっているこのドキュメンタリーは、驚くべきレア映像を求めるマニアにはやや食い足りないかもしれないが、彼らの活動を余計なバイアス抜きで一通り知ることができる。ジョニー・デップによるナレーションが割とドライで、淡々とした口調に徹しているのは意図的なものだろう。入門編としても比較的入りやすい本作で彼らに興味を持った人は、オリジナル・アルバムはもちろん、68年7月のハリウッド・ボウル公演をはじめとする映像にぜひ触れて、ライブアクトとしての並外れた魅力をじっくり堪能して欲しい。

2025年の新録パフォーマンスも上映

さらに今回、1965年にロサンゼルスでバンドが結成されてから60年という節目の年とあって、一時は対立していた元メンバーのロビー・クリーガー(ギター)とジョン・デンスモア(ドラムス)が手を組み、音楽チャリティプロジェクト”Playing For Change”の協力を得て世界各地のミュージシャンと共演した「Riders On The Storm」の新録パフォーマンスを撮影。劇場で映画本編と共に上映される。キーボード奏者のレイ・マンザレクは2013年に他界してしまったが、その穴を今回はフー・ファイターズのラミ・ジャフィーが見事に埋め、ベースはドン・ウォズが弾いている。
ネイティブ・アメリカンのラコタ族によるレッド・クラウド・ドラム・グループの演奏から始まり、ハーモニカをマイカ・ネルソン、ボーカルをルーカス・ネルソンとシエラ・フェレルが担当。他にもオーストラリア、セネガル、スペイン、ブラジル、モロッコ、アルゼンチン、キューバでそれぞれ撮影した現地ミュージシャンたちの演奏をフィーチャーし、最後のヴァースをジム・モリソンのボーカルで締め括る構成。ジャンルに囚われることなく創造の羽を広げたドアーズらしい、興味深い再定義だ。

2025年に実現したロビー・クリーガーとジョン・デンスモアによる「Riders On The Storm」オーディエンス撮影の共演映像(※今回上映される新録パフォーマンスとは別)

ドアーズはなぜ神格化された? 伝説的バンドの歩みを傑作ドキュメンタリーで再検証


『The Doors: When Youre Strange』
2025年12月4日(木)より、TOHOシネマズ日比谷ほかにて公開
脚本・監督:トム・ディチロ
出演:ジム・モリソン、レイ・マンザレク、ジョン・デンスモア, ロビー・クリーガー
ナレーション:ジョニー・デップ
本編上映時間:約 96分
上映素材: 4K DCP ※スクリーンによって2Kになることがございます
アスペクト:FLAT
音:5.1ch 鑑賞料金:2800円
配給:カルチャヴィル
(C) 2010 Doors Music Co. and Rhino Entertainment Company, a Warners Music Group Company.

公式ホームページ:https://www.culture-ville.jp/thedoors

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