TOMORAの誕生前夜
―ふたりは過去にもコラボレーションをしたことがあります。ケミカル・ブラザーズのアルバム『No Geography』(2019年)の収録曲3曲にオーロラがシンガー/共作者として参加したのが最初ですが、それ以前から交流があったんですか?
オーロラ:いえ。もちろんケミカル・ブラザーズの存在は知っていました。彼らの音楽を愛していて、映画サントラなどトムがソロ名義で作っている音楽も大好きだったんですが、ある日突然メールを送ってくれたんです。
トム:僕は2016年のグラストンベリー・フェスティバルで初めてオーロラを観て、パフォーマンスに圧倒されて、何か一緒にやりたいなと思っていたんだよね。それでメールを送ったんだけど、なかなか返信がなくて心配になって「しょうがない、諦めるか」と思い始めていたんだ。
オーロラ:私がいけないんです(笑)。トムからメールが送られてきたという事実に慌ててしまって、冷静さを取り戻して返事を用意できるまでに1週間を要したんですよね。ちゃんと敬意のこもった返事をしたかったので。
オーロラが参加した、ケミカル・ブラザーズ「Eve Of Destruction」
トムが参加した、オーロラ「My Name feat. Ane Brun」
―そして、その延長でTOMORAが始まったと。
トム:僕の場合、ケミカル・ブラザーズの最新作『For That Beautiful Feeling』(2023年)に伴うツアーを終えた時点で、このまま次の作品に取り組むべきなのかなって、迷いがあった。ここでクリエイティブな充電が必要だと感じたんだ。そこで「僕が今世界で一番一緒に音楽を作りたい人は誰だろう?」と考えてみた。それがオーロラだったんだよ。
オーロラ:わーい!!
トム:というのも、『No Geography』であれらの曲をオーロラと作ったときのフィーリングは、僕にとって本当に意味深くてスペシャルなものだった。彼女にとってもスペシャルな体験だったとあとで聞いたけどね。TOMORAについても、これが新たなプロジェクトなのかどうかとか、いつまでに曲を完成させなくちゃいけないとか、そういった前提が一切ない白紙の状態で、ふたりでスタジオで刺激に満ちた時間を過ごしたいという気持ちだった。
オーロラ:そして一緒に楽しんで、グッとくる音楽を作ろうって。それは素晴らしいことで、ふたりで作った音楽には特に目的と言えるものがないんです。
トム:本当の意味でリアルな表現だよね。たまに誰かとスタジオにいて、「これはいいアイデアなのかな? 提案するべきだろうか?」と逡巡することがあるけど、相手がオーロラだとそうはならない。「いいアイデアかわからないけど、僕はこう感じていて、君に向かって今すぐに表現したい!」という感じなんだ。それって滅多にないことだよ(笑)。
―ケミカル・ブラザーズでの相棒であるエド・シモンズとの関係とはまた違う?
トム:大きく違うね。エドとの関係は僕にとって本当に大切なもので、彼と音楽を作るのはすごく楽しい。素晴らしい作品をたくさん作ってきたしね。でもオーロラとのコラボはそれとは異なる。
オーロラ:ふと気付いたらたくさん曲が出来ていたので、聞き直してみたら、どういうわけかうまくまとまっているように感じたんです。実際はバラバラなんですけど、ひとつの旅を描いているように思えて。ほら、たまに、頭で考えるまでもなく、人生が勝手に決断を下して道筋を決めてくれることってありますよね。そんな感じでした。スタジオでは直感を最優先しましたし、それもトムの素晴らしいところ。彼は常に直感に従って音楽作りをする人で、自分の芯の部分で「これはいい」と感じたら、それに従う。私もそうだし、そうやって生まれた音楽は正直なんですよね。「これは気持ちいいな」という感覚に根差しているので。とにかく楽しいから続けただけで、正式に「ふたりでバンドをやろう」と決めたのは結構最近になってからのこと。
トム:誰かと一緒なら、荷を分かち合えるからね。
―このプロジェクトが進行していることを知っていた人も、ごく限られていたんでしょうね。
オーロラ:私とトムとその家族だけかも。実際、内密にしていましたよね。
トム:誰も知る必要はなかったから。
オーロラ:私たち自身も知らない間に進んでいたんです(笑)。
相思相愛のケミストリー
―先ほどトムはタイミングに触れましたが、オーロラはどうでしょう? キャリア最大規模の、初のアリーナ・ツアーを終えたばかりですよね。
オーロラ:そうなんです。ここ2年程の体験はすごく新鮮で、「いつの間にこんなことになったの?」という感じでした。
トム:ロンドンではウェンブリー・アリーナで公演したよね。
オーロラ:私には想定外の展開で、ここまで規模が大きくなったら、次は敢えて縮小するのが得策だと思うんです。
―究極的にふたりが絆を深めた理由はどこにあるんでしょう?
オーロラ:どうでしょう? ある意味で私たちは似た者同士で、普段作っている音楽は全然違うんですが、エッセンスの部分では似たところがある。遊び心をたっぷり含んでいて、同時に強靭さがあって。そして人間としても遊び心を備えていて、すごくオープンな関係にあるし、『No Geography』のセッションではトムにすごくインスパイアされたんですよね。あれは、私のキャリアにおいて非常に重要な時期でしたから。
―ふたりは出自も世代も違うわけですが、そういった違いを意識することはありますか?
オーロラ:特にないですね。スタジオではそういったことが全て取り去られて、剥き出しの状態にあって、残っているのは私たちの魂だけ。
―トムはオーロラのパフォーマンスに圧倒されたとのことですが、過去に何人もの素晴らしい歌い手たちとコラボしていますよね。そんな中で彼女を特別な存在にしているのは、どういった点なんでしょう? 30年以上にわたるキャリアであなたがエド以外のパートナーと密に音楽を作るのは初めてでもあるので、興味があります。
トム:確かに、ノエル・ギャラガー(オアシス)とかホープ・サンドヴァル(マジー・スター)とか色んな人と組んできたけど、オーロラはとにかく僕の度肝を抜いたんだ。TOMORAのレコーディング中にも彼女の歌に泣かされたことがあったし、本当にエモーショナルな体験だった。作りかけの曲の、ほんのさわりの部分を聞かせたら、オーロラはその中から、僕自身も気付いていない微細な要素をピックアップして、膨らませて、ひとつの世界を作り上げてしまうんだ。僕が表現する術を持たないことを、見事に表せるんだよ。さっきも言ったけど、僕らは「これって正しいんだろうか?」という疑問を抱くことなく自分を表現できる。しかも彼女はインプロで歌っていながら音程やタイミングが完璧で、テクニックの面も申し分ない。限りなく自由でオープンで、同時に正確極まりないというのは、不思議なコンビネーションだよ。両方を兼ね備えている人は滅多にいないからね!
オーロラ:わあ、感激。
―ちなみに、ふたりとも大好きなアーティストっていたりするんですか?
オーロラ:そういう話はしたことがなくて……でも誰かいるはず……。
トム:僕らは自分たちが作る音楽に夢中になりすぎているからね。
オーロラ:ふたりで音楽の話をしたことがないし、一緒に音楽を聴くこともないですね。そういえば初めて会った時にトムが駅に迎えに来てくれて、車の中でジェームス・ブラウンの「I Got You(I Feel Good)」をかけていたのを覚えています。
トム:あと、君のお父さんの車の中で、ビヴァリー・グレン・コープランドの曲を聞かせてくれたよね。「これは何なんだ? めちゃくちゃいいぞ!」って思ったよ。
オーロラ:「Sunset Village」ですね。つまりTOMORAが好きな曲はたったふたつだけ。以上です!
「RING THE ALARM」が鳴らすカオス
―実際のレコーディングは、常にスタジオで膝を突き合わせて行なったんですか?
トム:うん。僕らの音楽作りにはフィジカルなリアクションが大きな役割を果たしているだけに、スタジオに一緒にいないと成立しなかっただろうね。オーロラは僕の隣に座って、こちらを見つめて歌うんだ。ほら、音楽のベースにあるのはコネクションであり、どうしたら人間は繋がれるのかってことにかかっているよね。そういう意味でTOMORAにおける最初のコネクションは、僕とオーロラの間で起きるんだ。
オーロラ:トムも私も、スタジオで独りで音楽を作ることに慣れています。ただそういう状況下では、音楽に含まれた、ごく小さくて、でもマジカルな要素を見逃してしまいかねない。その点、バンドとして膝を突き合わせて作業をすれば、それを見逃さずに済む。トムが作る音楽の、些細だけど重要なものを私が見つけ、トムも、私がやったことに面白い要素を発見したりする。つまりふたりが一緒にいることで、あらゆる細かいディテールを体験できて、そこに価値を見出せるんです。TOMORAを単なる”コラボレーション”と呼ばずに”バンド”と名乗っているんですが、それも、ふたりが一緒にいるからこそ。これからもそういうやり方を貫きます。
―役割分担はどうでしょう? 必ずしも曲作りがトム、ボーカルと作詞がオーロラというように明確に分かれているわけではない?
オーロラ:実は、TOMORAではトムも歌っているんです! 素晴らしい美声の持ち主で、すごくミステリアスで、本人は嫌がっていますが私は大好き。(日本語で)あなたはそのままで完璧です!
トム:ケミカル・ブラザーズでも僕は歌っているんだけど、奥の方に声が埋もれていて、TOMORAでも前面に押し出しているわけじゃない。あくまでシンガーはオーロラだよ。それに曲作りにしても、ふたりが共有するフィーリングに形作られる部分が多々ある。さっきオーロラの歌を聞いて泣き出したという話をしたよね。あの曲は、オーロラが「何かゼロから新しいものを作りましょう」と提案して、インプロで短時間で仕上げた。瞬間を封じ込めるというか、僕はまさにこれまでの全人生、こういう曲をなんとか形にしたいと願っていたんだよね。本当にマジカルだった。
―リリシストとしてのオーロラは、ソロで作詞をする時とは違う題材を選んでいるんですか?
オーロラ:ええ、TOMORAならではの歌詞を綴っています。というのもTOMORAでの私たちは言わば、普段の自分たちとは異なるストーリーや使命を携えたキャラクターを演じていて、キャラクターの立場から歌っているんです。だから自分ではなくそのキャラクターが何を伝えたいのかと考えながら言葉を綴っていて、全く異なる歌詞が生まれる。新しい扉を開く気分ですね。
―では、デビュー・シングル「RING THE ALARM」が誕生した経緯を教えて下さい。アラーム音に似たけたたましいノイズと、普段にも増してワイルドに放出されるオーロラの歌声で、聞き手を瞬時に覚醒させるトリッピーな一曲ですね。
トム:この曲に関してはすごくラフなアイデアが僕の手元にあって、そこに含まれていたフィーリングをオーロラが捉えて発展させたんだ。そういうフィーリングを含んでいることに僕も気付いてはいたんだけど、それをどう表現したらいいのか自分ではわからずにいたんだよ。
オーロラ:トムは私に、「僕にはこの曲から警報ベルが聞こえる」と言ったんです。それゆえにまず〈RING THE ALARM〉という言葉が投じられて、それを受けて私は戸外に飛び出して、「私と踊ってちょうだい!」と世界に頼んで、踊っていたらメロディが生まれて……。そんな感じに、すごくイージーに完成しました。一番最初に作った曲のひとつでしたよね?
トム:うん。だからすごくエキサイティングだったよ。オーロラはどういうわけか〈I dont know why I do it〉と歌い始めて、全く意味不明なんだけど、「これしかない!」と思えた(笑)。僕らの場合、ふたりの感性が一緒に着地できるすごく狭いエリアがあってね。ふたりが出会える小さなスポットというか。そのスポットでは何もかも全てが心地いいんだよ。
オーロラ:ほかの曲もみんな、いたってエフォートレスに生まれました。「あ、出来ちゃった」みたいな感じで(笑)、脳みそを介さずに、ハートと直感だけを使って。私にとってはこの上なくハッピーなことで、(日本語で)嬉しいです。
それに、「RING THE ALARM」は様々な解釈が可能な曲なんです。まず、単純にカオスを作り出すという点においても素晴らしい曲ですよね。私たちはちょっとばかりクレイジーな人間なので(笑)。もしくは、何らかの問題について行動を起こすべきだと警鐘を鳴らすこともできます。そういう意味ではアクティビズムにもつながる曲だし、とにかく私たちは目を覚まさなければならないと思うんです。「このままでいいの?」と問いかけることを忘れてしまっています。だからこの曲で警報を鳴らしているわけですが、私とトムのやり方は少々ミステリアスで、カオスを伴う。ほら、例えば仕事場で、みんながプレッシャーに苦しんでいて、退屈していて、疲れ切っていたら、私なら火災報知機を鳴らしちゃいます。そうしたらスプリンクラーが作動して天井から水が落ちてきて、みんなが一斉に部屋から走って出てくるはず。めちゃくちゃな状態に陥る可能性は高いけど、私たちはまさしくカオスを必要としているかもしれません(笑)。
トム:今の説明は完璧だね(笑)。サウンドもカオスを湛えているし、それをオーロラは自分の声を使って伝えているんだ。
―ビジュアルも重要な役割を果たすことになるそうですね。
オーロラ:ええ。アダム・スミス(ケミカル・ブラザーズと長年コラボしている英国人の映像作家。オーロラの最新ツアーでも映像制作を担当した)がTOMORAのビジュアルの世界を作る上で、大きな役割を果たしています。トムと私はビジュアルの方向性を明確にイメージできていました。まるでひとつの脳を共有しているかのようで、「うん、これだね」という感じで一致して、会話をする必要もなかった。でも複数の脳が集まれば一層いい結果になるわけですから、アダムにも参加してもらったんです。
―ふたりの共通項として忘れてならないのは、日本に熱狂的なファンが大勢いることですよね。双方のファンにTOMORAについて、何か伝えておきたいことはありますか?
オーロラ:オーロラとケミカル・ブラザーズのトムを宇宙人が誘拐し、本物とそっくりだけどちょっとだけ違うクローンを作ったと想像して下さい。それがTOMORAであり、日本がTOMORAを歓迎してくれることを願っています。TOMORAは、私たちの世界に加わりたいという全ての人たちを愛していますから。もちろんオーロラとケミカル・ブラザーズも存在し続けますが、私たちは今新しい旅に出かけようとしていて、仲間になりたい人は誰でも歓迎します!
トム:僕も今の発言に賛成だ。日本でもぜひTOMORAのライヴをやりたいね。
―最後に、TOMORAとして2026年はどんな年にしたいですか?
オーロラ: 2026年のTOMORAはもっとたくさんの音楽を作って、自由で楽しいライブの見せ方を見出したい。自分たちの活動に満たされたい。そして活動しながら楽しんで、TOMORAが今の私に与えてくれている気分をこの先もずっと持続させられたら最高ですね。でも、絶対にそうなるとわかっているんです。なぜってこれは、私たちの人生において空気の流れを一変させるプロジェクトなので。トムは何か付け加えることはありますか?
トム:あまり多くを望むと圧倒されてしまうから、それくらいにしておこうか。
オーロラ:そうですね。ひとつの脳を分かち合う、私たちが願うことはこれだけ──もっとTOMORAを!
トム:もっとTOMORAを!
TOMORA
「RING THE ALARM」
配信中
再生・購入:https://umj.lnk.to/TOMORA_RTA


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