2025年にもっとも鮮やかなブレイクスルーを果たしたのは、イギリス出身のシンガーソングライター、オリヴィア・ディーン(Olivia Dean)だ。既に本国では脚光を浴びていた彼女だが、今年9月にリリースされた2ndアルバム『The Art of Loving』で一気にグローバルな成功を手にしている。
同作はイギリスやオーストラリアなど複数の国で1位を獲得し、アメリカではキャリア初のチャートインにして最高5位まで上昇。Spotifyではシングルの「Man I Need」がアメリカとイギリスのトップソングスで同時に1位の座に就いた。テイラー・スウィフトや大ヒットアニメ『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』の曲がチャートを席巻する中で、この結果は特筆すべきものがある。

無論、欧米メディアの年間ベストには多数ランクイン。そして第68回グラミー賞では、主要部門のひとつである最優秀新人賞にノミネートされた。オリヴィアはいま、一番勢いに乗っているアーティストの一人だと言っても過言ではない。

では、なぜ彼女はこんなにも世界中を魅了してやまないのか? その理由を10個のポイントから解説しよう。

大ヒット曲「Man I Need」の和訳MV

1. ソウルと70年代的な「歌」の融合、その原点

オリヴィア・ディーンの音楽性の根幹にあるのは、キャロル・キングのような70年代シンガーソングライターに通じる「歌」と、ネオソウルやモータウンなどの豊かな土壌に根を張った軽やかなソウルポップ・サウンド。それは良く晴れた朝の空気のように爽やかで、春の陽だまりのように心地よい。オリヴィアの音楽は奇抜さよりも親しみやすさで人々を惹きつけるタイプだと言っていいだろう。

そんな彼女の音楽性を養ったのは、生まれ育った家庭環境だ。ジャマイカとガイアナにルーツを持つ母親は「根っからのR&B好き」で、家ではローリン・ヒル、ジル・スコット、アンジー・ストーンといったネオソウルのアーティストをよく流していたという。
そしてイングランド人の父親は、レゲエやキャロル・キングなどを愛聴していた。ディーンはまさにその二人の嗜好を併せ持った存在なのである。

ちなみに両親がローリン・ヒルを愛するあまり、ディーンにはローリンというミドルネームがついている。つまり彼女のフルネームは、オリヴィア・ローリン・ディーンだ。

キャロル・キング「You've Got a Friend」を歌うオリヴィア・ディーン

2. 洗練と広がりを併せ持つモダンソウルへの進化

ソウルポップ/70年代シンガーソングライターを血肉化したディーン固有の音楽性は、デビューアルバム『Messy』(2023年)の時点で顕在化していた。しかしそれは2nd『The Art of Loving』で飛躍的な進化を遂げている。特に目を見張るのは、ソウルを軸としつつも、音楽的参照点が大きく広がったことだ。

例えば「Nice To Each Other」にはフリートウッド・マックを思い出させる甘く切ないギターサウンドがあり、「So Easy (To Fall In Love)」はボサノヴァの軽快なリズムで彩られている。そして「Man I Need」の胸が弾むシャッフルビートは、本人曰くマイケル・ジャクソンにインスパイアされたものだという。

この2ndには、アデルやジャスティン・ビーバーなどを手掛けてきたトバイアス・ジェッソ・Jr.、サブリナ・カーペンターやROSÉなどの仕事で知られるエイミー・アレン、そして前作に引き続き参加となるアクアラングのマット・ヘイルズといった面子を筆頭に、強力なコラボレーターたちが集結している。何より大きいのはオリヴィア自身の成長だが、脇を固める優秀な音楽家たちとの化学反応が彼女のポテンシャルをさらに引き出したところもあるだろう。

「Nice To Each Other」MV

3. 名門校が生んだ英国女性シンガー新世代、そのトップランナー

近年はイギリスから女性ポップシンガーの新世代が台頭している。
その中核を成すのがレイ(RAYE)、ローラ・ヤング、そしてオリヴィア・ディーンだ。彼女たちは皆、イギリスの芸術学校の名門であるブリット・スクール出身。アデルやエイミー・ワインハウスなどの後輩に当たる。

2010年代にデビューしたイギリスの女性ポップスターと言えば、チャーリー・XCXやデュア・リパが真っ先に挙げられる。彼女たちはイギリスのクラブミュージックとポップを掛け合わせることで、世界的な成功を収めてきた。しかしいま台頭している新世代は、アデルやエイミーのようにクラシックなソウルやR&Bを現代的なポップへと再定義することで支持を集めている(ローラ・ヤングはよりエクレクティックだが、基盤にはソウルがある)。そしてそんな英国フィメールシンガーの「新たな波」の先頭を走っているのが、オリヴィア・ディーンなのである。

4. 同世代の共感を呼ぶ、現代的なエンパワーメントソングの名手

オリヴィアが紡ぐメロディやサウンドには幅広い世代を惹きつけるタイムレスな魅力が宿っているが、その歌詞は現代的で新鮮だ。そしてその絶妙なバランスこそが、彼女がこれほどまでの人気を集める最大の理由だろう。

具体例を挙げてみよう。「So Easy (To Fall In Love)」は、デートで相手に気に入られるかどうかばかり考えるのではなく、自分は相手が簡単に恋に落ちてしまうくらい魅力的な存在だと自信を持とう、というエンパワーメントソング。とは言え、「私は世界一魅力的!」と声高に叫ぶような押しの強さはなく、オリヴィアの言葉を借りれば「初デートに向かうあなたの背中を軽く押す一言」のようなささやかさを持っているのがポイントだ。


そんなこの曲の魅力をもっともわかりやすく体現しているのは、「私には土曜日の夜のワクワク感と、一生を共にする安心感があるの」という歌詞のフレーズ。自分の魅力にしっかりと自信を持ちながらも、洒落ていて、不必要に攻撃的なところがない──この絶妙なバランス感覚が、いま若い世代から多大な共感を集めている。

「So Easy (To Fall In Love)」和訳MV

5. 母から受け継いだフェミニズムと、自立した恋愛

ディーンはフェミニストを自認しているが、それは母親の影響も大きいという。弁護士でもある母クリスティーンは、イギリスのフェミニスト政党である女性平等党(活動期間は2015~2024年)でも活躍。イギリスの政党では初めて、黒人女性の副党首にもなった。ディーンは事あるごとに、そんな「自立した強い女性」である母親からの影響を公言してきた。

だからこそ彼女の曲では、女性の自立と恋愛というテーマが頻出する。かつての彼女は、女性として育つなかで刷り込まれる「パートナーがいなければならない」「パートナーがいると自立や自分自身が失われる」という考え方に捉われていたという。だがある時点で、彼女は自立と恋愛の両立は可能だと気付く。そしてその学びの過程で生まれたのが、1stの『Messy』だった。

象徴的なのは、同作を代表する名曲「Dive」。これは、キャロル・キングやアレサ・フランクリンに影響を受けた美しいコード進行に乗せて、新しい恋に飛び込む(=dive)ことの戸惑いと高揚感を歌った曲だ。
自立心をしっかりと持ちつつ、恋に落ちることも自分に許す──この曲の考え方は、次作『The Art of Loving』へと引き継がれ、さらに発展している。

6. アートとの出会いが導いた「愛する技法」という主題

『The Art of Loving』は、「愛する技法」というタイトルが象徴するように、自分自身や他者の愛し方を様々な形で探求した作品だ。

このテーマを掘り下げるきっかけとなったのは、アフリカ系アメリカ人のヴィジュアルアーティスト、ミカリーン・トーマスの展覧会「All About Love」をLAで見たことだった。この展覧会は、フェミニスト理論家であるベル・フックスの著作『オール・アバウト・ラブ:愛をめぐる13の試論』への応答。この本を愛読していたディーンは、本の中に「自分の人生を愛する技法」についての記述があることを思い出し、アルバムを『The Art of Loving』と名づけたという。

ディーンはこのアルバムで取り上げた「愛する技法」というテーマについて、Rolling Stone UKで以下のように説明している。

「どういうわけか、愛って神秘的で触れられないものみたいに扱われてきた。自分で試してみて理解しろ、みたいな感じで。『オール・アバウト・ラブ』でベル・フックスが書いていたのは、小学校で感情学みたいな授業があったらどうだろう?っていうこと。そうすれば私たちはお互いにエチケットを教え合えるし、どうすればお互いをケアする気持ちで満たせるかも学べるはずだって。私はただ愛について深く掘り下げたかった。なぜ私はこんなふうに人を愛するのか、そしてどんな風に人を愛しているのかを理解するためにね」。


ミカリーン・トーマスの展覧会「All About Love」の紹介映像

7. ファッション業界も惹きつける新時代のアイコン

オリヴィアはキャリア初期からファッション業界の熱い注目を浴びてきた。シャネルはデビューアルバム発売前に彼女をアンバサダーに大抜擢。アディダスとはカプセルコレクションを発表し、今年に入ってからはバーバリーのフレグランス「Her」のキャンペーンモデルにも就任している。

エレガントでクラッシーな佇まいに加え、同世代の女性たちに響くリアルな言葉とサウンドも持っている──そんなオリヴィアを老舗メゾンやグローバルスポーツブランドがアイコンとして起用したくなるのは当然のことと言える。

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8. ミックスとしての誇りと、祖母への家族愛

ディーンにとって愛というテーマは、恋愛の話だけに留まらない。友情や家族愛もまた、愛のひとつの形だ。それを体現する曲のひとつが、『Messy』の最後に収められていた「Carmen」だろう。

この曲は、ウィンドラッシュ世代の一人としてガイアナからイギリスに渡ってきた祖母に捧げられている。ガイアナで盛んなソカの要素を取り入れたサウンドで、若くして異国の地で人生を切り開いた祖母を称える「家族愛」の歌だ。

なおディーンは、祖母に敬意を表し、自分のミックスとしてのルーツを誇るために、幼い頃からの夢であったグラストンベリーフェスティバルに出演した際、祖母カルメンの顔写真が胸元にあしらわれた衣装でステージに立っている。

9. 個人の物語を聴き手に開く「ぼやけた肖像」

1stアルバムと2ndアルバムのジャケットには、どちらも少しぼやけたオリヴィアの顔写真が使われている。これが意味するところは、二作ともオリヴィア自身の物語が歌われているということ。
と同時に、輪郭を曖昧にすることで、聴き手が楽曲に自分を投影する余地も残したいという意図もある。

これは本人がインタビューで度々語っているエピソードだが、『Messy』ツアーのある公演で「Carmen」を歌ったとき、前列にいた男性が「あなたのおかげで、自分がミックスであることを誇りに思えるようになった」と書かれたスマホの画面を見せてきたことがあったという。それこそまさに、オリヴィア個人の物語が聴き手一人ひとりの物語にも重なった美しい瞬間のひとつだろう。

10. オリヴィアの美学が凝縮された大ヒット「Man I Need」

現時点で最大のヒット曲である「Man I Need」には、オリヴィアの魅力が余すところなく凝縮されている。

基本は彼女が得意とする爽やかなソウルポップ。特筆すべきは、スキップの如く軽やかなシャッフルビートだろう。新しい恋の予感に胸が高鳴っているような、純粋な喜びの感覚に溢れている。

そして「私に必要とされる男性になってよ」という歌詞にも、オリヴィアの恋愛/人生観がわかりやすく表現されている。ここで歌われているのは、あなたのことが大好きで、私を必要としてほしいが、それだったらあなたにも私に必要とされる存在になってもらいたい、ということ──つまり、大事なのは対等な関係であることだとオリヴィアは言っている。そしてそんな関係を築くにあたって、誰かを揶揄したり、自分を卑下したりする必要はない。ただお互い自分に自信を持ち、高め合い、前向きに恋愛を楽しむことが奨励されているのだ。

この曲の大ヒットによって、オリヴィアは一躍、時の人となった。そしてその勢いはいまも衰える気配を見せていない。実際に彼女の躍進はまだ始まったばかりなのである。クリスマスソングがチャートを席巻するフェスティブシーズンが過ぎれば、さらに存在感を強めていくことはほぼ確実だ。この先、そのセンセーションがどこまで大きくなるのかは未知数。だが、2026年2月1日に授賞式が行われるグラミー賞で最優秀新人賞を手にするようなことがあれば、その快進撃に一層の拍車がかかることは間違いない。

オリヴィア・ディーン、UKの歌姫が世界中を魅了した10の理由

オリヴィア・ディーン
『The Art of Loving』
再生・購入:https://umj.lnk.to/OD_TAoL

国内盤:2026年1月23日(金)リリース
価格:3,300円 (税込)
<日本盤仕様>ソフトパック仕様、歌詞対訳付き、ボーナストラック3曲収録、フォトカード封入(CD初回生産分のみ)
購入:https://umj.lnk.to/OD_TAoL_JP

【収録楽曲】
1.The Art of Loving (Intro) /ジ・アート・オブ・ラヴィング(イントロ)
2.Nice To Each Other /ナイス・トゥ・イーチ・アザー
3.Lady Lady /レディ・レディ
4.Close Up /クロース・アップ
5.So Easy (To Fall In Love) /ソー・イージー(トゥ・フォール・イン・ラヴ)
6.Let Alone The One You Love /レット・アローン・ザ・ワン・ユー・ラヴ
7.Man I Need /マン・アイ・ニード
8.Something Inbetween /サムシング・インビトゥイーン
9.Loud /ラウド
10.Baby Steps/ベイビー・ステップス
11.A Couple Minutes /ア・カップル・ミニッツ
12.I've Seen It /アイヴ・シーン・イット
13. Man I Need (Live from Brooklyn Paramount)/マン・アイ・ニード (ライヴ from Brooklyn Paramount)*ボーナストラック
14. Nice To Each Other (Live from LOlympia, Paris)/ナイス・トゥ・イーチ・アザー (ライヴ from LOlympia, Paris)*ボーナストラック
15. Lady Lady (Live from Shepherds Bush Empire)/レディ・レディ (ライヴ from Shepherds Bush Empire) *ボーナストラック
オリヴィア・ディーン、UKの歌姫が世界中を魅了した10の理由

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