本国ローリングストーン誌の年間アルバム/ソング・チャートをモチーフに、ポップ音楽と社会、それぞれの変化と関係を炙り出す毎年恒例の当企画「YEAR END SPECIAL」では、この1年の微細な変化に目をこらすことになるだろう(※この記事は12月25日発売の『Rolling Stone Japan vol.33』に掲載されたものです)。
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田中宗一郎(以下、田中) 毎年恒例のローリングストーン誌(以下RS)の年間アルバム・チャートとソング・チャートを見ながら、今年2025年のポップ・シーンと社会の関係を振り返ってみましょう。ただ俺は夏に大腿骨を派手に骨折して以降、年の3分の1を病院のベッドで過ごしたので、ちょっとだけ浦島太郎です。
天野龍太郎(以下、天野) そんなわけで、私のフェイバリットでもあるオサマソンの『Jump Out』(66位)やビリー・ウッズの『GOLLIWOG』(17位)、オーケールー『choke enough』(47位)辺りは聴いてないんだ、と。
田中 RSチャートにも入ってるレコードだと、年の前半は、ピンクパンサレスの『Fancy That』(23位)とか、ウェット・レッグの『moisturizer』(63位)とかは楽しく聴いてたんだけど。で、どう? RSの年間チャート。
天野 かなり順当なチャートだと思いました。
田中 いいよね、凄く。で、まずアルバム・チャートのリード文には「世界中のあらゆる場所、あらゆるスタイルで、音楽はこれまで以上に奇妙でワイルドなかたちへと変異し続けた。今年のベストアルバムを生み出したアーティストたちは、大きな賭けに出ており、過去の成功をなぞることなどしていない」と書いてある。つまり、音楽的にはとても冒険的なアルバムがたくさんリリースされた、というのが今年のRSのパースペクティブなわけだよね。
天野 妥当な視点だと思います。実際、これまでのRSのチャートは長年のテイラー・スウィフト贔屓も含めて、明らかに保守的だと思われてたわけですけど、今年のチャートは以前なら顔を見せなかったような、アンダーグラウンド寄りの作品がとにかく目立つ。特にヒップホップを筆頭に。
田中 インディ・ロックもそうだよね。実際、2025年のメインストリームは退屈だった。個人的にも2012年辺りから月に3、4回はチェックしてたビルボード・チャートをほぼ見ないようになっちゃった。
天野 一方、ソング・チャートのリード文では「今年は音楽界にとって激動の年でした。故オジー・オズボーンが言ったように、『狂乱の列車』でした。2025年には、次のお気に入りの曲がどこからやってくるのか、全く予想もつきませんでした」と書かれてます。
田中 オジーの引用、必要だったのかな?(笑)
天野 このステイトメントって、「すみません、まとめきれませんでした」って告白だと思うんですが(笑)。でも実際、ホントに中心や軸がますますなくなって多極化の様相を呈してたのが2025年でした。
田中 とは言え、アルバム・チャート第1位にバッド・バニーの『DeBÍ TiRAR MáS FOToS』、第3位にロザリアの『LUX』がチャートインしてる。
天野 プエルトリコとスペインのアーティスト2組がトップ3なわけですからね。
田中 つまりこれは、英語圏において今年2025年を定義するようなアルバムは生まれなかったというステイトメントなわけだよね。
天野 確かにそうですね。オーケールーだってフランス出身ですし。この連載でも数年前から北米圏、英語圏がポップ音楽の中心地だった時代は終わりつつあるなんてことをずっと言ってたわけですけど、RSの年間チャートにもそういうサインが刻まれている。
田中 その間に挟まれた第2位はレディー・ガガの『MAYHEM』。これについては?
天野 なんでこんなに欧米で評価が高いんでしょうか(苦笑)。確かに音楽的には以前より洗練されてるし、紆余曲折を経ての原点回帰作だし、彼女のキャリアの集大成でもあるんだろうし、熱量や情報量が半端ないのはわかるんですけど。
田中 このアルバムのプレミアでもあった春のコーチェラでのパフォーマンス/演出も英語圏のメディアでは手放しの大絶賛だったわけだけど、俺とかはあまりの情報量の多さに胃もたれしちゃってさ(苦笑)。
天野 あの超シアトリカルなパフォーマンスは楽しく見ましたよ。めちゃくちゃ大変そうでしたよね。
田中 なのでレディー・ガガの観客には誠に申し訳ないんだけど、今現在、北米圏/英語圏のポップが置かれてる難しさ、困難さの象徴なのではないか?と。
天野 でもそうやって挑戦を重ねてる枠として、RSは彼女のレコードに栄誉を与えたんじゃないか、と。
田中 ただ4位から6位までの3枚の並び——ディジョンの『Baby』、ギースの『Getting Killed』、クリプス16年ぶりのアルバム『Let God Sort Em Out』——というのは、とにかく納得だよね。今年のR&B、インディ、ヒップホップというそれぞれのジャンルを代表する作品だし、どれも今年を定義するレコード。
天野 僕もこの3枚の並びには納得です。ただ個人的に、ここ数年は英語圏のメインストリーム・ポップを追っかけるのに疲れたんですよ(笑)。私が好きなスペイン語圏のコリードはだいぶ落ち着いたなって思いましたし、ほかのジャンルもそうですね。また、あとで詳しく話しますが、今年は英国音楽の復活というアングルもあって。
田中 てことは、特に北米圏メインストリーム音楽全般に食傷気味だったってこと?
天野 はい。RSのリード文にもあった「今年のベストアルバムを生み出したアーティストたちは、大きな賭けに出ており、過去の成功をなぞることなどしていない」という視点が当てはまるのも、アメリカ以外のアーティストだと思います。で、その象徴がロザリアですよね。
田中 本人はそんなつもりはないだろうけど、彼女の年明けのシングル「Manchild」はアメリカの政権が共和党になった2025年に最適化した曲だとは思ったな。「馬鹿なのに何故こんなにセクシーなの?」という秀逸なラインが象徴的だと思うんだけど、良くも悪くも有害な男性性を告発する時代は終わったという気がする。
ヒップホップの産業的失墜、文化的隆盛
天野 今年は、チャートや売上的にはヒップホップの凋落ってことがさらに強く言われてますね。Geminiに聞いたら「かつてのロックミュージックのような道を歩んでいる」と言われて、どの時代のロックのことを言ってるんだろうって気になったんですが(笑)。
田中 ただ、俺はそういうことじゃないと思っていて、ほら、ドレイクが先頭を切って2010年代初頭からラップという文化を良くも悪くもポップの一形態として押し上げてきたわけでしょ。そういうポップとしてのラップの終焉ということでしかないと思うの。それにビルボード・チャートを見ても、プレイボーイ・カーティとか一部の作品を除けば相変わらず2010年代のラップ・アルバムが何枚もずっと居座っててさ、そういう作品がノスタルジアの対象として消費されてるのを感じるし。
天野 そうですね。今年のApple Musicでグローバルに最も聴かれたアーティストはドレイクだったそうです。
田中 10数年前の曲がクラシック化してて、みんな思い出に浸って聴いてるってことだね。
天野 日本はまた状況が違うので一緒に出来ませんが、タイラー・ザ・クリエイターやトラヴィス・スコットの来日公演も盛り上がってましたし、文化としての定着や一般化を感じるのは、やっぱりヒップホップが主流化した2010年代があったからこそだと思います。
田中 Yeが飛び入りセットを披露したトラヴィス・スコットの日本公演の時もさ、入院中のベッドでまずはsetlist.fmをチェックして、終盤に「Antidote」と「goosebumps」の2曲を続けて演ってるのを見つけて、TikTokでこの辺りの動画ばっか観てたんだよね。
天野 2010年代メインストリーム・ラップをノスタルジア消費してるのは、宗さんじゃないですか(笑)。
田中 ただRSのアルバム・チャートが凄くいいと思うのは、ヒップホップ作品がかなり入ってて、しかも大半がアンダーグラウンド作家のアルバムだってところ。
天野 ヒップホップ作としてはクリプスに続く2番目に高順位なプレイボーイ・カーティ『MUSIC』(10位)に始まり、アール・スウェットシャツ『Live Laugh Love』(14位)、ビリー・ウッズ『GOLLIWOG』、マイク『Showbiz!(54位)』、さらに私が好きなオサマソン『Jump Out』とか。この辺りもRSらしからぬ感じだなって思います。
田中 だからラップ音楽にまつわる今の状況にしても、このチャートにしてもヘルシーだと思うの。そもそもヒップホップってアンダーグラウンド発祥のハードコアな文化なわけで、ドレイク以降の10年を経て、ヒップホップという文化が本来あるべきところに立ち返ってるって見方も出来る気がするんだよね。
天野 そうなんですよ。80~90年代に一気に商業化した歴史が大前提になってますが、もっと遡ったらブロンクスのブロック・パーティが起源なわけで、そこを忘れちゃダメですよね。
田中 今の2025年的状況って、ある意味、例のドレイクとケンドリック・ラマーのビーフが呼び水になったのかもしれないよね。良くも悪くも。
『SWAG』と『Baby』とミック・ギー
田中 ではディジョンの『Baby』と、20位のジャスティン・ビーバー『SWAG』に行きましょう。この2枚はどちらも、昨年のインディにおける最重要ギタリストでもあるミック・ギーが参加した独自のプロダクションという共通点からして、双子の作品と言えなくもない。さっき天野くんと俺の今年のフェイバリット・アルバムをそれぞれ5枚持ち寄ったら、共通してたレコードが唯一この『Baby』だった。
天野 ディジョンの2ndソロ『Baby』は今年もっとも評価された作品の一つで、とにかく冒険的なプロダクション。だから、ジャスティン・ビーバーが『SWAG』にディジョンとミック・ギーというエッジーな才能を登用したことはホントに旬な選択だったなって思います。
田中 俺、20代半ばの頃、プリンスの『Parade』がリリースされた当時、ホント衝撃でさ。「こんなプロダクションのレコード聴いたことない!」って。で、デッドな質感と密室的というか親密なサウンド・プロダクションという意味で、『Baby』と『Parade』って共通点があると思うんだけど、今の20代のユースが『Baby』を聴いたら、同じように腰抜かしちゃうんじゃないかと思って。ただ、ディジョンとミック・ギーのプロダクションって汎用性なくない? ほら、EDMとかトラップって様式がはっきりしてるから、誰もが真似出来たせいで、あっという間に広がったわけだけど、これは誰もがやれるわけではないよな、と思って。
天野 そうかもしれませんね(笑)。ディジョンが拠って立つ参照点の一つに80sサウンド、特にプリンスの音楽があって、プリンスのあのサウンドって頑張れば真似は出来るんですが、アクと記名性が強すぎて、どうしてもプリンスのエピゴーネンになってしまう問題があります。もちろんディジョンはプリンスのエピゴーネンではないわけですが、彼のサウンドは基本的にプリンスほどフォーマット化されてないですよね。個性はありますが、もっと流動的。あとディジョンの大きな特徴は音の質感や音響の加工・操作・編集にありますが、例えば今年亡くなったディアンジェロの『Voodoo』のビート感覚みたいに多くの人に共有されるフォーミュラになるとは言いがたい。ただ「音作り」って意味では今後、いろんなプロデューサーがインスパイアされていきそうだなと。
英国は燃えているか?
天野 一方で今年は、英国の音楽が国外で高い評価を得た年でもありました。RSのチャートにもUKものが結構入ってますね。
田中 その筆頭が19位のオリヴィア・ディーン『The Art of Loving』ってこと?
天野 はい。オリヴィアの音楽ってR&Bに限らず、ボサノヴァやダンス・ポップなどいろんな要素が混じってて、レトロで温かい質感で英国的な折衷主義だなって思います。軽やかというか、アメリカからはあんまり出てこない音楽性ですね。
田中 「Man I Need」のヒットはどういう理由によるものだって見てるの?
天野 これ、女性が男性に「私にとって必要な男になってよ」ってあれこれ強いる、要求するワガママな歌なんですよね。2010年代だったら「お互いのことをもっと尊重しましょう」って自制的なムードが強かったと思うんですけど、相手を自分好みに変えようと試みる曲が流行るのが今なのかなって。SZAの歌詞なんかも象徴的ですが、だいぶ空気が変わりましたよね。オリヴィアのブレイク要因をChatGPTに聞いたら、「今の世代にとってちょうどいい存在だったから」となかなか酷い答えが返ってきたんですけど(笑)。
田中 同じ英国では、『black british music (2025)』(38位)というかなり大文字のステイトメントを掲げたジム・レガシーもRSだけじゃなく複数のチャートに入ってる。
天野 ジム・レガシーはフレッド・アゲインやセントラル・シーとコラボしてきた人で、そのミックステープはXLからリリ-スされてます。ダンス・ミュージックからアフロビーツ、ロック、UKドリルまでを横断する才能で、グライムやUKベースが一緒くたになってた2000年代を思い出させる音楽性なんですよね。だから「black british music」は伊達じゃないというか、彼も米国からは出てこなさそうな感じのUKらしいエクレクティックな音楽家なんです。
俺たちインディ・キッズの未来、ギース
田中 じゃあ、5位のギース『Getting Killed』に行きましょう。実際、俺たち世界中のインディ・キッズはこのレコードに両手を挙げて興奮してるわけだよね。
天野 いやいや(苦笑)、宗さん、この間の宇野維正さんとのトーク・イベントで、「ギースはフォンテインズD.C.と違って、スタジアム・クラスのステージに立つ姿が想像できない」って言ってたじゃないですか!(笑)
田中 いや、むしろギースみたいなバンドはそれだからこそいいと思ってるの。入院中にTikTokやInstagramで”オエイシス”とその後のレディオヘッドのツアーの動画をずっと見比べてたんだけど、クソつまんないオエイシスのスタジアム規模のライブに比べて、アリーナ・サイズのレディオヘッドのライブがとにかく良くてさ。オエイシスと違って、毎回セットリストも変えちゃうし、ツアー前半は演奏も全然おぼつかなくて(笑)。オエイシスの場合、こりゃTikTokやYouTubeのオーディエンス・ショットで十分だと思うんだけど、レディオヘッドの場合は、これは現場で何度も体験したいなって思うわけ。だからギースっていうのは、そんな俺みたいな価値観を持った連中のバンドなんじゃないかな。で、フォンテインズD.C.とギースの両方が存在する2025年というのはエキサイティングだと思う。
天野 そもそもギースは、ブルックリンの比較的裕福な家で育った高校の同級生たちが家の地下室で演奏を始めたことがきっかけになってます。恵まれた中産階級出身のレディオヘッドとは似てる部分がありますね。ナイジェル・ゴッドリッチのライブ・ビデオ「From the Basement」にも出てたし、アルバムごとに模索と実験をしてるし。
田中 ギースに対する天野くんの評価ポイントは?
天野 バンドが広く知られるようになった実質的な1stアルバム『Projector』は、2010年代後半のサウス・ロンドンの潮流から思いっきり影響を受けたポスト・パンク・レコードだったんです。で、2ndの『3D Country』になると、タイトル通りアメリカン・ロックをアイロニカルに変形させたストレンジな音楽にいきなり向かった。『Getting Killed』は、そのさらに上を行くアメリカン・ロックの解体と創造的な再構築。そうやって不思議な自己否定を重ねながら、先鋭的な実験を重ねてる姿勢に惹かれてます。本人たちはノスタルジーを否定することについても語ってて、ノスタルジーが支配的な今の風潮に反旗を翻してるところも好きですね。
田中 RSのチャートには、そのギースのフロント・パーソン、キャメロン・ウィンターのソロ・アルバム『Heavy Metal』(32位)も入ってる。
天野 『3D Country』がそんなに評価されず、バンドが停滞して落ち込んでたキャメロンが作った作品です。スコット・ウォーカーやニック・ケイヴになり損ねたようなバリトン・ボイスで朗々と歌ってるのが面白いんですが、そこでソングライティングやアレンジの力がついて、『Getting Killed』はその成果から生まれてるそうです。ちなみに、ピッチフォークはキャメロンの「Love Takes Miles」を今年のベスト・ソング1位に選んでます。その流れでRSらしいなって思ったのが、7位とめちゃくちゃ高順位に置かれたタイラー・チルダース『Snipe Hunter』ですね。自分は聴いてなかった……っていうか、そもそも知らなかったのでチェックしてみたら、これがまた結構いいアルバムで。ハマりました。
田中 RSのコメントを読むと、これ、要は超スピリチュアルなレコードってことだよね?
天野 「ケンタッキー流の”義なるゴスペル”」ですから、そのようですね(笑)。「ヒンドゥー教の経典について歌い」「『Tom Cat and a Dandy』では、ハレ・クリシュナの詠唱が冒頭を飾る」とまで書いてあります。チルダースはカントリー・シンガーで、このアルバムも思いっきりカントリー。ハートランド・ロックっぽさも強いし、フォークを歌わせても上手いし、ザック・ブライアンをさらに宗教的にしてアクを強めた感じというか。
田中 このチョイスもそうだけど、天野くんのアングルからすると、文化的にも商業的にもUSでは相変わらずアメリカーナ強しってこと?
天野 カントリー・ブームは2023~24年に比べて明らかに停滞しました。ビルボード・ホット100の上位にもそこまで入らなくなってきてますし。とは言えモーガン・ウォーレンは未だに売れ続けてるし、RSのチャートではカーター・フェイスやチャーリー・クロケットのアルバムが選ばれてるし、沈静化は全然してないですね。
田中 ソーシャル・メディア・インフルエンサー上がりで英米両方のチャートで「Ordinary」がNo.1ヒットを成し遂げたアレックス・ウォーレンにしても、無理やりアメリカーナの枠にはめることも出来るかもね。エレクトロニクスを使った彼のプロダクションは、ごく普通にはポップの範疇なんだろうけど、本当はガチのフォーク・シンガーなのにポップ・プロダクションを纏ったおかげで一般的にはポップということになってるエド・シーランのアメリカ版という見方も出来るかもしれない。ほら、BLACKPINKのROSÉとのデュエット曲「On My Mind」のMVでも、ROSÉは星条旗柄のスタイリングだったし。みんなアメリカが好きなんだね。
天野 茶化さないで下さい(笑)。ギースも「アメリカン・ロック的なるもの」「アメリカらしさ」の捉え直しをやってると思うので、無関係ではないと思うんです。
インディの意匠をハックした白人イケメン男子
天野 記事の最初の100位にソンバー『I Barely Know Her』が置かれてて、カマしてきたなって思いました(笑)。
田中 チャートの最後尾って、わざとポピュラーなものを置くっていうのは常套だから(笑)。ソンバーの音楽って要は、ハリー・スタイルズが最初にやった「男前の男性ソロ・シンガーがインディ・ロックをポップにやる」って手法が一般化した結果だと思うんだよね。
天野 その通りですね。バンドじゃなくて、あくまでソロ・シンガーだってところがポイントで。
田中 俺が今年のベスト・ソングに選んだロール・モデルもそう。
天野 ただ、こういったマイナーなスタイルがメジャーに吸収される際の常で、これをインディ・ロックのフックアップと取るか、搾取と取るかは難しいところですが。自分は面白い存在だって思ってます。
田中 新世代のポップ・アクトがロックやインディの意匠を取り込むのは必然だと思う。今やオリヴィア・ロドリゴの存在って、ロックやインディの意匠をティーンに知らしめる最大の触媒になったじゃない?
天野 おまけに彼女、ジャック・ホワイト辺りからすっかり新たなロック伝道師のお墨付きをもらったりもしてますからね。
田中 デヴィッド・バーンやロバート・スミスをステージに呼び込んだり、フォンテインズD.C.の地元ダブリンのライブでわざわざ彼らの代表曲「I Love You」をカバーして、観客に合唱させたりもしてる。デュア・リパも今年のツアー中、ロックやメタルのクラシックを何曲もカバーしてたり。ロックと言えば、Tシャツのことだった時代がようやく次に進んだんじゃないの?
天野 皮肉なのか、本気で言ってるのか、よくわからないんですけど(笑)。
田中 BLACKPINKのROSÉも、今年のツアーでチリ・ペッパーズだけじゃなくて、シャム69とかREOスピードワゴンのTシャツを着てたし、低く見積もっても今年はロックの年なんじゃないかな?
天野 これは皮肉だとわかります(苦笑)。それと、宗さんがTikTokばかり観てるのもよくわかりました。
資本の思惑の渦の中、K-POPはどこへ?
田中 じゃあ、今年のK-POPは? BLACKPINKのJENNIEのソロ『Ruby』が第29位にランクインしてる。
天野 う~ん、NewJeansにまつわるHYBEとミン・ヒジンの裁判が泥沼化してるのもありますが、第3・4世代に興奮した記憶が第5世代に塗り替えられてないこともあって、興味は失いつつありますね……。BIGHIT MUSICのCORTISとか、面白い新グループがデビューしつつはありますが。
田中 数年前のスクーター・ブラウンの会社の買収とかも含めて、結局、ポップ音楽の世界も投資の対象でしかないという現実を突き付けられたよね。KATSEYEのドキュメンタリーとか観てても、いまいち乗れない。
天野 KATSEYEのサマソニでのパフォーマンスは最高でしたよ。でも宗さん、「JUMP」がリリースされて以来、5、6年ぶりにBLACKPINK熱が復活したって騒いでませんでしたっけ?
田中 うん。リリース以前に、今回のDEADLINEツアーの韓国公演初日の模様をTikTokで観て以来、特にこれまでまったく視界にも入れてなかったROSÉの熱狂的なウォッチャーになってしまい、思わず彼女のTシャツを6枚ほど買ってしまいました。
天野 (笑)。「JUMP」はもはややけっぱちというか、かなり笑える曲とMVだったから、私も嫌いじゃないですけど。
田中 元々ディプロがメジャー・レイザー用に書いてた曲なんでしょ? 最高だよね。「エンニオ・モリコーネとトランスの出会い! しかも、脳みそツルツル!」とか、何度もInstagramストーリーズにポストしてたよ。
天野 でもROSÉって、かつてはグループ内でもっとも目立たない存在だったのに、ブルーノ・マーズとの「APT.」以降の1年と少しの間に、西洋圏でもっとも有名なエイジアンになっちゃいましたね。
田中 小津安二郎や三船敏郎よりも有名?
天野 意味不明の愛国者ボケはやめて下さいよ。
田中 でも中東だと、重信房子や岡本公三の方が有名だよ。
天野 今度は極左ボケ(苦笑)
田中 TikTok民じゃない天野くんは見てないだろうけど、北米圏で来年のグラミーに向けての「APT.」とROSÉのプロモーションが今年後半すごいのよ。ハワード・スターンの番組で、彼女がブルーノ・マーズに送った「APT.」のデモを聴かせたりさ。いつTikTokやInstagramを開けてもROSÉの動画だもん。
天野 それはパーソナライズされてるだけ(笑)。K-POPと言えば、私は未見なんですが、Netflix制作のアニメーション映画『KPOPガールズ!デーモン・ハンターズ』が配信記録を塗り替えたとか。RSのソング・チャートにも、劇中のグループHUNTR/Xの曲「Golden」がなんと第3位にチャート・インしてます。
田中 「Golden」もそうだし、他の劇中歌も悪くないよ。どの曲もBLACKPINKのプロデューサー、テディ・パクを始めガッチリとした布陣で固められてて、K-POP自体を対象化した作りっていうか、実によく出来てる。
天野 Saja Boysの「Soda Pop」もヒットしましたしね。アニメの方はどうなんですか?
田中 面白いよ。韓国的な意匠をぎりぎりパロディになりすぎないくらいの塩梅で取り込んだビジュアルにしても、「とにかく飯を食うのが大好き」みたいなメンバーのキャラ演出も絶妙な塩梅だし、主要3人のキャラクターも少しばかりティピカルとは言え、きちんと描き分けられてる。映画全体のナラティブにしても、仲間を信じることとか、血統主義の否定、正義と悪の位相や反転だったりと、すごくシンプルかつ不特定多数の共感を得られるものなんじゃないかな。
天野 こうなると、3次元のグループである必要性が揺らいでしまいますよね。
田中 でもK-POPグループのメンバーがみんな2次元キャラになったら、メンバーに対するハラスメントが起こることもないだろうし、むしろいいのでは?
天野 読者の皆さん、これは皮肉でしょうか?(笑)。たださえ過酷なアニメ制作現場へさらに負担が集中して疲弊するだけじゃないですか!
キャラクターとナラティブの時代
田中 俺もずっと原作とアニメの『呪術廻戦』に夢中だったりするから実感としてもそうなんだけど、それぞれのアートの形式がどうだとか、その作品が形式的に優れてるかどうか以上に、結局のところ、キャラクターとナラティブなんだよね、重要なのは。今更言うことでもないけどさ。
天野 う~ん、でもそれって、それこそロラン・バルト的に内容よりも形式を重視する態度をずっと貫いてた宗さんとしては、敗北感とかないんですか?
田中 なくはない。でも、現状それって受け入れなきゃなんない絶対的な事実だとも思うの。でさ、やっぱり今年の顔は誰だったかって言うと、アディソン・レイだと思うの。
天野 私もそう思いますね。彼女も、そもそもはインフルエンサー。TikTokすべてのアカウント中で上から5番目だとか。でも彼女のアルバム『Addison』って、音楽的にY2Kとか、トレンド後追い的じゃないですか? そこがサウンドの心地よさにも繋がってるんですが。
田中 俺、TikTokとかInstagramの動画しか観てないからな(笑)。でも、1曲ごとのリリックとビジュアルのナラティブはどれも練り込まれてるわけじゃない? 世の中は魅力的なキャラクターと、時代や世代をきちんと射抜いたエッジのあるナラティブを求めてるんであって、曲というのはそれを運ぶためのビークルでしかないってことだと思うの、今は。
天野 う~ん、理解は出来ても、新しいサウンドを常に期待してる音楽好きとしてはちょっと納得し難いなー。
田中 ほら、チャペル・ローンが年明けにリリースした「The Giver」にさ、俺、去年から盛り上がってたじゃん。でも、商業的な結果としてはかなり不発だったの。
天野 そうなんですか?
田中 わりとすぐにチャートから消えちゃって。むしろ5年前のシングル「Pink Pony Club」がロングランして、キャリア最高位第4位まで到達したっていう。
天野 RSのソング・チャートでも「The Giver」は入ってないけど、その後の「The Subway」は第10位ですね。
田中 「The Subway」は「The Giver」よりもずっと前からライブ・レパートリーだったのね。でも、こんな地味なバラッド、シングル向きじゃないよなあと思ってたら、商業的にも批評的にも「The Giver」に優ってしまった。
天野 つまり、その成否を分けたのが、それぞれの曲のナラティブだった、と。「The Giver」のナラティブは、男よりも女の方が性的な満足感を与えられる点では優れてるっていう尖った内容ですよね。
田中 でも「Pink Pony Club」のナラティブは、誰しもが今までの自分とはまったく違う新しい誰かに生まれ変わる瞬間があるってことだし、「The Giver」は普遍的なハートブレイク・ソングだよね。しかも、曲の最後にほぼ同じ発音の「Shes got a way≒彼女には独特の魅力がある」と「She got away≒彼女は行ってしまった」という言葉を交互に切り返すことで観客に狂おしい喪失感をオファーしてる。
天野 う~ん、自分的には「The Giver」が今年のベスト・ソングだけど、「The Giver」よりも「The Subway」や「Pink Pony Club」のナラティブの方が不特定多数の観客に訴えかける普遍性を持ってたってことかー。
田中 特にアメリカの政権が共和党トランプになった今ではね。残念ながら。だから、チャペル・ローンが今から5年後にならないと、2ndアルバムは作らないって発言したのも腑に落ちるところがある。彼女はリリックだけじゃなく曲も書くソングライターだから。
天野 なるほど。そんなこともあり、キャラクターとナラティブの時代という意味で今年はアディソン・レイの年だった?
田中 ポップ音楽という文化がそういう方向に向かっているのは間違いないと思う。まあ、それだけじゃないんだけど。でもアリアナ・グランデはツアーを引退するっていうし、リアーナもフランク・オーシャンも10年近くアルバムを作ってないわけじゃない?
天野 去年の顔だったチャーリーxcxはむしろ映画制作に明らかに軸足を置こうとしてますしね。話してて暗い気分になってきたので、そろそろ終わりましょう(笑)。じゃあ宗さん、最後に一言お願いします。
田中 RSのアルバム・チャートの87位にランクインしてる田中最愛のR&Bシンガー/プロデューサー、アンバー・マークの2ndアルバム『Pretty Idea』が10月にリリースされていたのを昨日知りましたが、やはり最高でした!
ESSENTIAL SONGS
ROLE MODEL「Sally, When the Wine Runs Out」
Chappell Roan「The Subway」
BLACKPINK「JUMP」
JISOO「earthquake」
PinkPantheress「Illegal」
ジャングリーなギター・ストロークと稚拙なスライド・ギター。少しだけカントリー風味のごく普通のインディ・ソング。だが、誰もがこの曲に取り憑かれた理由は、悪い噂もなくはない泥酔した女性サリーと、彼女とバーで出会ったこの曲のナレーター2人の物語にある。20世紀ならごく普通に一線を越えてしまっただろうに、その直前でむしろそこから逃げ出したくなってしまうナレーターの独白。90年代ナードとはまた違う、だがやはり意気地のない、極めて今日的な男性像。その90%は間違いなくティーン・ガールだろう観客が「Aw, shit, here we go again」から始まる曲後半のブリッジを大合唱する縦動画を何度追いかけたことか。映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』は遠くになりけり? だといいよね。 (田中宗一郎)
Chappell Roan「The Giver」
Ryan Davis & The Roadhouse Band
「New Threats from the Soul」
Ariana Grande「twilight zone」
Chrystel「BISOUS」
AiScReam「愛♡スクリ~ム!」
チャペル・ローンが今年投じた2つのシングルは、前年からライブで披露されていた曲だった。リリースされる前から宗さんが「すごい!」と騒いでいた「The Giver」については、「そんなに?」と訝しみながらリリックを読み、Geniusの注釈を見てみたら、かなり驚いてしまった。要約すれば、この曲でチャペルは、しょうもない男どもは女のあなたを性的に満足させられないけれど、私ならできる、と歌っている。ここにきてチャペルは、パティ・スミスやシンディ・ローパーやリズ・フェアのレズビアン・バージョンとなった。フィドルとバンジョーが歌い踊り、GとDとA、たった3つの和音を繰り返すだけのこの曲は、「カントリー男子」への攻撃でもある。これ以上に見事なポップ・ソングは今年、他に見当たらない。 (天野龍太郎)


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