第68回グラミー賞の授賞式が、米ロサンゼルスのクリプト・ドットコム・アリーナにて、現地時間2月1日にいよいよ開催される。やはり誰もが気になるのは主要部門の行方だろう。
最優秀アルバム賞はケンドリック・ラマーとバッド・バニーの一騎打ち? K-POPが初の主要部門受賞? 等々、注目ポイントは枚挙に暇がない。

そんな中でも今回着目したいのは、主要部門のひとつである最優秀新人賞だ。前回はチャペル・ローンとサブリナ・カーペンターが候補者の中でも突出した存在だったが、今回はどの候補者も甲乙つけがたく、いい意味で混戦が予想される。そしてその結果によっては、男性アーティストの史上最年少記録や、ガールズグループ初の快挙が生まれることになる。今年度のグラミー賞でもっとも見応えがあり、話題性の高いカテゴリーのひとつだと言えるだろう。

そこで、この記事ではそんな見どころ満載の最優秀新人賞にスポットを当て、各候補者がこの一年でどんな活躍を見せてきたのか、なぜノミネート・受賞に値するのか、そして受賞したらどんな意義があるのか、といったことを紐解いていく。では、候補に選ばれた全8組を紹介しよう。

ロック/インディ系の台頭──sombrとThe Marias

sombr
2025年前半に破竹の勢いで世界的ブレイクを果たしたのが、ニューヨークはロウアーイーストサイド出身の20歳、ソンバー(sombr)ことシェイン・ブースだった。ハリー・スタイルズやオリヴィア・ロドリゴなど、近年はロック的なテイストをポップミュージックに持ち込むアーティストが増えているが、ソンバーはまさにその系譜に連なる存在。全米最高10位を記録した彼のデビューアルバム『I Barely Know Her』には、90年代~現代までのインディロック/ポップをTikTok世代の感性で再解釈した、飛びきりキャッチーでアンセミックなポップロックがぎっしりと詰まっている。

彼の名を一躍世に知らしめた名曲「back to friends」は全米最高7位まで駆け上がり、Spotifyの「トップ50 – グローバル」では1位を奪取。一般的には特定の曲にバズが起き始めたらその曲のプロモーションにしばらく注力するが、しかしソンバーは「back to friends」が全米トップ100に入った翌週には次なる新曲「undressed」をリリース。
その2曲の相乗効果で話題を広め、結果的に2曲とも大ヒットへと導いたのは見事だった。既にこの時点で、彼は「一発屋」というレッテルを免れることにも成功したのだ。

昨年のサマーソニックでの初来日でも証明したように、そのライブパフォーマンスは既に堂に入ったもの。モデルのような長身と甘いマスクもあって、ステージでの存在感も抜群だった。海外のツアーではチケットの需要が高まるあまり、各地で会場が次々にサイズアップされたが、それは彼がライブで確かな実力を見せてきたからでもあるだろう。

そして昨年10月にはテイラー・スウィフトがSiriusXMのインタビューにて、ソンバーのことを「素晴らしい」と称賛。四つ葉のクローバーのネックレスを彼に送ったというエピソードもある。テイラーは今後影響力を持ちそうなブレイクスルー・アーティストにお墨付きを与え、良好な関係を築こうとする傾向にある。つまり、いまやソンバーは、テイラーから見ても無視できないレベルの存在感を持ち始めたということだ。

11月には老舗番組「Saturday Night Live」に出演し、グラミー賞のノミネートも決定。ブレイク1年目をこれ以上ないほど理想的な形で締めくくっている。最優秀新人賞の下馬評でも、ソンバーを推す声は根強い。


もし彼が受賞すれば、男性アーティストとしては史上最年少という大快挙。男性アーティストが受賞すること自体も、2017年のチャンス・ザ・ラッパー以来、実に9年ぶりとなる。そして2022年のオリヴィア・ロドリゴに続き、ソンバーも最優秀新人賞を獲得すれば、ロックの意匠を取り入れたポップミュージックの勢いは一層加速することになるだろう。

The Marias
近年は影響力の低下も囁かれているコーチェラだが、それでも毎年、そのライブ中継で一段と評価を上げるアーティストは後を絶たない。プエルトリコ出身、米アトランタ育ちのマリア・ザードヤがフロントウーマンを務めるLA拠点のバンド、ザ・マリアス(The Marias)は2025年のコーチェラでのライブパフォーマンスで視聴者を唸らせたアクトの一組だろう。いわゆるドリームポップに分類され、雰囲気重視と誤解されかねない彼らだが、そのパワフルでタイトな演奏はバンドの基礎体力の高さを十分に証明。決して「幸運な一発屋」ではないことを印象づけていた。

ザ・マリアスと言えば、2024年後半からジワジワと人気を集め、全米最高22位まで上り詰めた「No One Noticed」。だが実は、既にグラミー賞にはノミネート経験がある。彼らはバッド・バニー『Un Verano Sin Ti』にフィーチャリング・アーティストとして参加しており、2023年には最優秀アルバム賞にノミネートされていた。以前のルールであれば、それで最優秀新人賞へのノミネート資格を失う。最新アルバム『Submarine』とヒット曲「No One Noticed」も2024年のリリースなので、今年度のグラミーの選考対象外だが、近年はグラミーのルールも柔軟になり、2025年に顕著な活躍を見せた新鋭ということで、最優秀新人賞にノミネートされた。


『Submarine』は、静かな海の底で独り、ブルーな感傷に浸っているようなドリームポップのアルバム。だがファンク/ディスコ寄りのビートを搭載した曲や、レゲトンなどラテン音楽のフレイバーを取り入れた曲もあり、そのサウンドは豊かな広がりを持つ。英語でもスペイン語でも歌うマリアのボーカルも面白い。『Submarine』はインディとラテン音楽の橋渡し役と位置づけることも出来るし、ラテンをルーツに持つアクトの多様性を伝える作品だとも言えるだろう。

同作の中でも「No One Noticed」は比較的静かな曲で、元々シングルカット候補ではなかったという。しかし2024年の夏頃、この曲のブレイクパートがTikTokでヴァイラルし、ビリー・アイリッシュがこの曲を口ずさむ動画をインスタグラムのストーリーに投稿。それを契機に”サマータイム・サッドネス”のアンセムとして広まり、リリースから長い時間をかけてのヒットに繋がった。ちなみに「No One Noticed」は、マリアス単独名義では初の全米トップ100入りを果たした曲だ。

もし彼らが最優秀新人賞の栄冠に輝いた場合、2013年のファン以来、グループでの受賞は13年ぶり。そして女性がフロントを務めるグループとしては、2004年のエヴァネッセンス以来、22年ぶりになる。2012年のボン・イヴェールという例があるとは言え、ザ・マリアスのようにインディ的な志向を持つギターバンドが受賞するのはかなり異例。果たして彼らはその偉業を成し遂げることが出来るだろうか?

ソーシャルメディア世代の躍進──Alex WarrenとOlivia Dean

Alex Warren
ビルボードで2025年のソング・オブ・サマー1位の栄冠に輝いたのは、アレックス・ウォーレン(Alex Warren)の「Ordinary」だった。
この曲は2025年の夏、通算10週にわたって全米1位を独占。ポップ系ラジオ局のエアプレイでも顕著な存在感を見せた。毎年5月末から9月初旬までのシングルチャートやストリーミング/エアプレイ回数を基に決まるソング・オブ・サマーで、「Ordinary」がトップの座に就くのは当然だろう。ちなみに、これまで同ランキングの1位は、ドレイク、ハリー・スタイルズ、リル・ナズ・X、BTSなど、錚々たる面々が獲得。アレックス・ウォーレンは彼らに肩を並べるサマーヒットを飛ばしたということになる。

元々ウォーレンは、ソーシャルメディアのクリエイター集団Hype Houseの共同創設者の一人。Hype House出身で音楽家に転じたという点では、同じく今年度の最優秀新人賞にノミネートされたアディソン・レイと同じ出自を持つ。TikTokなどのソーシャルメディアが現代のポップミュージックに与える影響の大きさは今さら説明不要だが、最優秀新人賞の候補8人のうち2人がインフルエンサー出身となれば、いよいよグラミーのような伝統的な権威もその影響力を無視できなくなったということでもある。

ウォーレンは幼少期に父親を亡くし、高校ではいじめを経験。17歳のときにはアルコール依存症の母親から家を追い出され、ホームレスとして車中生活を余儀なくされるという、非常に辛い生い立ちを背負ってきた。そのため彼が作る音楽には、そんな人生の試練を乗り越えようとする力強さとダイナミックさが宿っている。カントリー/アメリカーナ的なフレイバーを持つパワーバラードの「Ordinary」は、平凡(=ordinary)な日常を特別なものに変えてくれた、愛する妻に捧げるロマンティックなラブソング。
ウォーレンはクリスチャンということもあり、情熱的なボーカルとともに、ゴスペル的な色彩が強いコーラスがどこまでもエモーショナルに曲を高揚させていく。人生の苦渋を舐めてきた彼が、最愛のパートナーとの出会いによって、雲ひとつない青空に飛び上がっていくようなカタルシスに満ちた楽曲だ。

なお、アメリカのRolling Stoneに掲載された記事では、ウォーレンが最優秀新人賞を受賞するのではないかと予想されている。そこに掲載されたSpotifyのグローバル・ヒッツ部門でエディトリアル・リードを務めるセシリア・ウィンターの意見は、次のように語っている。

「ウォーレンは、愛や渇望、失恋、苦痛を全身全霊で歌う男性ヴォーカリストの系譜に連なる存在です。そうした感情から目を背けないタイプのアーティストは、歴史的に見てもグラミー賞で高く評価されてきました」

ウォーレンのようなアーティストこそ、グラミー好みだという読みである。この予想は見事的中となるか?

Olivia Dean
2025年後半を象徴するブレイクスルー・アーティストと言えば、オリヴィア・ディーン(Olivia Dean)を置いてほかにいない。マイケル・ジャクソンを意識したという、思わずステップを踏みたくなるようなビートが特徴の「Man I Need」は、昨年9月に全米チャートに初登場し、11月末には最高4位を記録。クリスマスシーズンに一度順位を落としたものの、(2026年)1月17日現在、再び4位に返り咲いている。トップ100には7曲が同時ランクイン中という凄まじい勢いだ。そして洗練されたソウルポップが詰まった最新アルバム『The Art Of Loving』も、最高位の3位をキープしている。現時点での勢いでは誰も彼女に敵わない。
下馬評で急激に人気を高めているのも納得だろう。

改めて言うまでもなく、オリヴィアはアデルやエイミー・ワインハウスの系譜に連なるUKソウルの正統後継者。そして、ブリルビルディング系の洗練されたポップメロディとネオソウルの融合というアプローチによって、その血脈を更新している。注目したいのは、彼女の先達であるアデルとエイミーは、どちらもグラミーの最優秀新人賞を獲得していることだ。オーセンティックなソウルやR&Bをベースにしたその音楽性は、グラミー賞と相性がいいのである。その点も踏まえると、今年度はオリヴィアの頭上に栄冠が輝いたとしても不思議ではない。

KATSEYE
近年はだいぶ変化してきたとはいえ、いまだに伝統的/保守的な価値観を重んじる傾向にあるグラミー賞では、ガールズグループは決して有利とはいえない。実際、これまでガールズグループが最優秀新人賞を受賞したことはなく、そもそもノミネート自体がかなり珍しいという状況だ。だからこそ、K-POPの巨頭HYBEと米大手ゲフィンが手を組んで送り出したグローバルガールズグループ、KATSEYEのノミネートにファンは手放しで喜んでいいだろう。

王道K-POPの「Touch」、ハイパーポップの破壊的なエナジーを取り込んだ「Gnarly」、そしてラテンの空気を孕む「Gabriela」など、メンバーの多様性とシンクロするように、曲ごとに異なる側面を打ち出しながら快進撃を続ける彼女たち。現在全米最高21位につけている「Gabriela」を筆頭に、計3曲がトップ100にランクイン中だ。2025年のLollapaloozaでは昼公演の動員記録を塗り替え、GAPのグローバルキャンペーンにも抜擢されるなど、この一年の実績も申し分ない。受賞予測ではダークホースと目されているが、逆転劇を起こせば歴史的な快挙となる。

実力派の下克上──Lola Young、Leon Thomas、Addison Rae

Lola Young
最近はオリヴィア・ディーン、レイといった英国の女性シンガー新世代が次々とアメリカでもブレイクしているが、その先鞭をつけたのがローラ・ヤング(Lola Young)である。TikTokで火がつき、全米最高14位をつけた代表曲「Messy」は、ローラ本人曰くADHD(注意欠陥・多動性障害)アンセム。「私は痩せてないし、隔週でブリトニーみたいな状態になる(略)だって私はとっ散らかりすぎだし、それでいてクソ潔癖にもなるの」と歌われるこの曲は、ADHDを抱える自身の在り方を率直に歌ったもの。不完全な自分をありのまま受け入れようというメッセージがZ世代を中心に大きな共感を呼んだ。

オーバーナイトセンセーションを手にした彼女だが、その実力は折り紙つきだ。6歳からピアノ、ギター、ボーカルのレッスンを受け、14歳で名門ブリットスクールに入学。15歳で9000人が参加するオープンマイクに挑戦し、そのハスキーでパワフルな歌声を武器に見事優勝を勝ち取っている。エイミー・ワインハウスを最後に誰も手掛けてこなかったマネージャーが、その声に惚れ込んで担当することになったというエピソードも有名だ。

彼女が最優秀新人賞を受賞すれば、女性ソロアーティストの受賞は9年連続。イギリスの女性ソロアーティストとしては、2019年のデュア・リパ以来、7年ぶりとなる(オリヴィア・ディーンが受賞しても同じ記録)。

Leon Thomas
ノミネーションの発表直後から、今年度の最優秀新人賞の有力候補として推す声が多く聞かれるのが、このレオン・トーマス(Leon Thomas)だ。代表曲の「Mutt」は、1977年のソウルクラシックであるエンチャントメント「Silly Love Song」を下敷きにしたミディアムテンポのR&Bバラード。レオン自身は「Mutt」を制作していた時期にマジックマッシュルームを少量摂取していたと語っており、そのせいかサウンドにはうっすらとサイケデリックな質感も感じられるだろう。2024年にリリースされた曲だが、2025年2月に初の全米トップ100入り、同年11月に最高6位を記録するロングヒットになっている。

「Mutt」で自身初の全米トップ100入りを果たしたレオンだが、そのキャリアは20年近くにわたって積み重ねられてきた。現在33歳の彼は13歳からブロードウェイミュージカルに多数出演。その後はベイビーフェイスやボーイ・ワンダに師事し、タイ・ダラー・サインとモータウンによるジョイントベンチャーEZMNYと契約した。アリアナ・グランデ、ドレイク、ケラーニなどの曲にもソングライター/プロデューサーとして参加しており、2024年にはシザ「Snooze」の共作者の一人としてグラミーを受賞している。

長年の裏方・下積み生活を経て、ようやくソロとしても日の目を浴びたという点では、2024年の受賞者であるヴィクトリア・モネの姿と重なる。この苦労話はグラミーが好みそうなストーリーだ。オーセンティックな音楽性もグラミー好みであり、それが彼が有力候補の一人と目される所以でもある。

Addison Rae
2025年の年間ベストで各メディアからもっとも評価された女性ソロアーティストはロザリアだったが、その次に支持を集めたのがアディソン・レイ(Addison Rae)だ。TikTokで世界第5位のフォロワー数を誇るインフルエンサーだったという過去から甘く見られがちだったが、チャーリー・XCX「Von Dutch」のリミックスに参加してから状況が一変。2025年に送り出したデビューアルバム『Addison』(全米最高4位)は、PitchforkやThe Guardianといった気難しい批評メディアも認めざるを得ないオルタナティブポップの逸品として称賛された。

そのサウンドは、ブリトニー・スピアーズやマドンナからラナ・デル・レイやチャーリー・XCXまでを想起させるドリーミーなシンセポップ。退廃的とまでは言えないものの快楽主義的であり、ノスタルジックな甘さを湛えているという点では、ラナのパスティーシュと位置づけられる。ラナやチャーリーがポップの最左翼だとすれば、アディソンは中庸のやや左寄り。サブリナ・カーペンターやオリヴィア・ディーン、ソンバーといった”安全なポップ”がもっとも高い支持を集める2025~2026年において、アディソンもまた時代の空気を象徴する存在なのだろう。チャート実績では他の最優秀新人賞候補に一歩引けを取る彼女だが、どこまで健闘することが出来るだろうか?
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