3月18日、PinkPantheressの待望の初来日公演が開催された。SNS世代を象徴するアーティストとして語られることの多い彼女だが、その音楽的背景は決して刹那的なものではない。
幼少期からピアノを学び、ロックバンドでボーカルを務め、10代でGarageBandを使った制作を開始。ダンスミュージックやK-POPなど多彩なジャンルを吸収してきたキャリアの持ち主であり、その歩みはケント大学から名誉音楽博士号を授与されるほどの評価へと結実している。

そんな彼女が放った最新ミックステープ『Fancy That』と、そのデラックス版『Fancy Some More?』は、自身の”純粋に好きなもの”とUKミュージックへのリスペクトを、これまで以上に率直に打ち出した作品だ。重厚なダンスサウンドへの志向、ベッドルーム録音への回帰、そして信頼する仲間たちによる再解釈。そこには、PinkPantheressが愛してきた音楽の美学がはっきりと刻まれている。

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PinkPantheressの最新プロジェクトであるミックステープ『Fancy That』、そしてその拡張版である『Fancy Some More?』は先述の通り、彼女自身の嗜好がよりはっきりと反映された作品だ。制作を始める前の段階で、すでに方向性は定まっていたという。今回の来日時に話を聞くことができた。

「最初から自分が作りたいものがはっきりしていました。重めのダンスミュージックをたくさん作りたいと思っていたので、そういったジャンルにバックグラウンドを持つプロデューサーたちを集めて制作を始めました。ビートの多くはこれまでと同じように自分で作り始めたんです。デモは全て自分で作って、それをプロデューサーとともにアレンジしていく流れですね」

以前のインタビューで、好きな楽曲を頭の中で別のジャンルやBPMに変換し、新曲のアイデアを得ることがあると語っていた彼女。
その姿勢は今作でも変わらない。

「普段から、自分の好きな曲のテンポやピッチを操作しながら別のものへと変えていく、サンプリング的な手法を使うことは多いです。そうしたやり方は今回のプロジェクトでも使っています」

Underworldの「Dark and Long (Dark Train)」を再構築した「Illegal」などに象徴されるように、本作には彼女の音楽的ルーツへのリスペクトと遊び心が随所に刻まれている。アルバムというよりミックステープという形式を選んだことも、自由度が高く、遊び心のある実験精神と相性が良かったのだろう。

音楽性がより大胆になったことで、初期の匿名的なムードが薄れたと感じるリスナーもいるかもしれない。しかし彼女自身は、今作を”よりDIYな作品”だと語る。前作ではプロ仕様のスタジオでボーカルを録音していたが、今回はすべて自宅で制作したという。

「今回は、より削ぎ落とされた、DIYな形の作品にしたいと思いました。だからすべて自宅、文字どおり自分のベッドルームで録音したんです。ある意味、前作とは逆のアプローチですね」

録音環境も含め、試行錯誤を重ねながら自分の手の届く範囲で構築していったという。重厚なダンスサウンドを志向しながら、制作環境はむしろ親密でカジュアルに。そのコントラストこそが、PinkPantheressらしい選択とも言える。


彼女の楽曲は、サウンドだけでなく歌詞のリアリティも印象的だ。恋愛に溺れ、視野が狭くなってしまう人物の視点。あるいは、誰かの最期を見つめる当事者の語り。そこには独特のストーリーテリングがある。

「すごく具体的な視点から物語を語るのが好きなんです。ときには、他の人から見れば退屈に思えるようなテーマさえも曲にしたいと思っています。例えば誰かが死にゆく瞬間、その当事者の視点から描きたいと考えることもあります」

出来事を逐一描写するスタイルは、英国のポップスやラップに通じる伝統でもある。

「イギリスでは、そうしたリリシズムはわりと一般的です。例えばThe Streetsのラップは、まるで日常会話をしているように淡々としています。一見すると退屈なくらい。でも、その”退屈さ”が逆に強い感情を生むんです。Lily Allenも似たタイプですね。
平凡さ、つまり”mundane”の中から感情が立ち上がってくる。それが魅力だと思います」

派手さよりも、日常の細部に宿る感情をすくい上げること。そこには、UKミュージックへの深いリスペクトがある。そのリアルさが若年層から幅広く共感を集める部分であるとも感じる。

PinkPantheressが語る『Fancy That』の美学──好きなものだけを、素直に

Photo by Maciej Kucia

『Fancy That』のリミックス版『Fancy Some More?』には総勢22組のアーティストが参加し、オリジナル楽曲を再構築している。リミックス版の構想は、当初からあった。

「『Fancy That』を制作した段階で、リミックス版は作りたいと考えていました。最初のミックステープのときもリミックス版を作りましたし、それがとても気に入っていたんです。私はプロデューサーでもあるので、他の人が自分の曲をどう変化させるのかを聴くのが好きなんです」

ゲスト選びの基準は明確だ。

「何らかの形で自分に関係性のある人たちを選びました。以前からファンだったり、個人的に友人だったり。すでに自分が好きな人、リスペクトしている人にお願いしたかったんです」

ラッパーのJTとのコラボレーションも、その延長線上にある。
JTはアメリカのマイアミをベースに活動するラッパーだが、元々City Girlsという二人組のフィメールラップデュオとして知られていた。現在はソロアーティストとして活動する彼女だが、よりオルタナティブな方向に進み高い評価を得ている。今回「Noises + JT」で、ジャングル調のトラックに挑戦するという彼女の新たな試みも、彼女の好奇心と信頼関係があってこそ実現した。

「私は彼女のビート選びやスタイルが好きなんです。City Girls時代も好きでした。彼女とは友人でもありますし、『ジャングルに乗ったら面白いだろう』と思って声をかけました。(彼女は)最初はどうやって乗ればいいか分からないと言っていましたが、トラックをいったんハーフタイムに落としてラップを書き、それから再びスピードを戻したんです。そうやって完成させました」

プロデューサーとしてゲストのポテンシャルを引き出そうとする、いい意味で諦めの悪い部分も彼女ならでは。ハーフタイムに落としてからヴァースを書いて、倍のスピードでラップする手法はなかなかの強行手段だが、それによってJTの新しい一面が見られたことにリスナーとしては感謝でいっぱいだ。

さらに、今回の作品にSEVENTEENが参加していることからも分かるように、K-POPアーティストとの共作も同様。かつてBTSやRed Velvetを好んで聴いていたという彼女にとって、異なるシーンのアーティストとの対話は刺激になっているという。以前「CRAZY (feat. PinkPantheress」で共演したLE SSERAFIMについてもこう語った。


「LE SSERAFIMのHUH YUNJINとは以前一度会ったことがあり、英語でたくさん話しました。彼女のこれまでの人生や今の立場などについて聞くのはとても興味深かったです」

ヘヴィなダンスミュージックへの傾倒、ベッドルーム録音というDIYな環境への回帰、そして”好きな人”たちによる再解釈。『Fancy That』と『Fancy Some More?』は、PinkPantheressというアーティストの現在地を素直に示す作品だった。それは単なるサンプリングの巧みさでも、トレンドの横断でもない。UKのリリシズムへの敬意と、自身の嗜好を隠さず差し出す潔さ。その両方があるからこそ、彼女の音楽は軽やかでありながら確かな芯を持っている。

インタビューを行ったのは、初来日公演の前日だった。

「正直、まだ数日先だと思っていました(笑)。とても楽しみです。観客がどう反応してくれるのか、歌ってくれるのか、それともじっと聴いてくれるのか。そういう空気を体感するのが楽しみですね」

迎えた3月18日。会場には、楽曲の細部まで耳を澄ませるファンもいれば、友人と肩を揺らしながら踊る観客もいた。
クラブのような熱気と、音楽へのリスペクトが同時に存在する空間。それはまさに、彼女の作品そのもののようだった。

”好き”を貫きながら、ダンスフロアと日常のあいだを行き来する。その姿勢が、あらゆるリスナーをひとつの空間に引き寄せる。PinkPantheressの音楽が持つ強さは、そこにある。

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PinkPantheressが語る『Fancy That』の美学──好きなものだけを、素直に

Photo by Maciej Kucia
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