ジェイムス・ブレイクは、ロンドンの自宅に戻り、再びそこでの生活に馴染みつつある。
最新アルバム『Trying Times』のプロモーション活動でニューヨークに滞在している彼は、今、音楽的に最も自信に満ちた状態にある。このアルバムは、私たちが生きる世界を内省的な視点で捉えた楽曲集だ。サウンド面では、2013年の出世作『Overgrown』に見られた物憂げでスケールの大きなバラードから、2023年の『Playing Robots Into Heaven』におけるアンビエントな実験性まで、彼がキャリアを通じて示してきた音像と直感の間を軽やかに往来している。
コラボレーターとしてのブレイクが放つ調和の取れたボーカルには、独特の引力がある。それはどんな音の環境においても、感情的な重みをもたらすことができるものだ。ヒップホップ、R&B、オルタナティブといったジャンルの垣根を越え、彼は自身の音楽を進化させるのと同様に、他のアーティストのサウンドを形作る面でも多作なキャリアを築いてきた。それでもなお、彼が指摘するように、日の目を見ることのないであろう共作音源が何時間分も存在する。しかし、ブレイクにとってそれは日常の一部に過ぎない。「誰かのトラックに参加することを、手柄のように考えたりはしない」と彼は言う。「ただ、その音楽が良いものであれば、それだけでいいんだ」
通算7枚目のスタジオアルバムにして、自身のレーベル〈Good Boy Records〉からインディペンデントとしてリリースされる初の作品でもある『Trying Times』は、アーティストとしての自律を宣言する作品でもある。
—『Trying Times』について。このアルバムの制作過程を教えてください。
ブレイク:作り始めてから数年が経つ。実はパンデミックの最中に着手した曲もいくつかあるんだ。それから本当にいろんなことがあった。信頼できる、いわば「音楽的な家族」とも呼べるごく少数のメンバーと一緒に書いていったんだ。ドム・メイカー(マウント・キンビー)、ジャミーラ、ボブ・マッケンジー、ジョシュ・スミス。彼らは長い間、僕の曲作りを支えてくれている中心的な存在だ。
—タイトルが印象的ですね。私たちはまさに「困難な時代(Trying Times)」を生きています。何がきっかけでその方向を見つめるようになったのですか?
ブレイク:「Trying Times」というのは、かなり控えめな表現なんだ。イギリスでは、本当に地獄のような状況に直面しているときでも「大変な時期だね(Trying times)」なんて言ったりする。だから、あえて控えめに表現したつもりだよ。このタイトルを目にした人は、誰もが同じように感じるんじゃないかな。
—あなたの音楽は非常にロマンティックなことが多いと感じますが、「Death of Love(愛の死)」という正反対のような曲があるのは興味深いです。
ブレイク:いや、これは別れの曲ではないんだ。そう聞こえるかもしれないけれどね。この曲を書いたのは、オンライン上の議論から共感というものが決定的に欠如し始めていた時期だった。自分の存在を認めてもらいたいという欲求のせいで、他人の姿が見えなくなっているように感じたんだ。
ある企業の内部リークメールを読んだことがあるんだけど、そこには「エンゲージメントを最大化しろ。最大の怒りを引き出せ。怒りを煽るネタが必要だ」という主旨のことが書かれていた。これらは企業の指針なんだ。だとすれば、それは一体いつから始まっていたのか? 僕たちが見てきたもののうち、どれだけが真実だったのか? 「Death of Love」ではそういった概念を扱っている。答えに辿り着けたかどうかはわからないけれど。
—前作はキャリア初期のような電子音楽のルーツに回帰していましたが、今作の楽曲の多くは、ギターなどトラディショナルな楽器で書かれているようですね。
ブレイク:僕はエレクトロニック寄りのミュージシャンとして知られているだろう? いつも自分の声を加工して、肉体から切り離されたエイリアンのような響きにしてきた。でも今は、どんな音楽もそんなふうに聞こえる。制作技術のせいで、たとえナチュラルに聴かせようとしても、どこか空虚で非人間的な質感が混じってしまうんだ。そうなると、新しさは失われる。
—前作ではモジュラーシンセを多用していましたが、今回はそれと同じようなアプローチを、いわば「手作業」で再現しているような感じでしょうか?
ブレイク:前作『Playing Robots Into Heaven』で使っていたモジュラーシンセは、コントロールするのが難しいことで有名だし、再現性も低い。同じことをもう一度やるのは至難の業なんだ。パッチの組み方や、それぞれのモジュールがどう反応し合っているかという問題だから、正直に言って二度と同じ音は出せない。でも、もし簡単に再現できるものだったら退屈だし、誰も使わないだろうね。そこがモジュラーの魅力でもあるんだ。
ただ、今回のアルバムではモジュラーシンセはほとんど使っていない。その代わりに、「Rest of Your Life」のような曲では、一風変わったシーケンスをたくさん取り入れた。
—偶然生まれてきた即興的なサウンドをそのまま採用する、という感じですかね?
ブレイク:そうだね。僕はほとんどいつも何かを即興で演奏して、それを切り刻んだり、そこから何かを構築したりする。これまで本当にたくさんの機材を試してきたよ。市場に出回っているシーケンサーやそれに類するものは、自分に何ができるかを確かめるために、おそらく一つにつき最低でも数時間はじっくり向き合ってきたと思う。そうやって機材を試せるのは恵まれた環境だと思っているよ。別に(使い終わった機材を)売ったりはしないから。ただ買って、そこに置いてあるだけなんだ。
—それらの機材は、すべてどこに保管しているのですか?
ブレイク:一種の「溜め込み癖の極致」みたいな、ひどい状態のストレージに入っているよ。ちょうど今、そこを片付けている最中なんだ。
「仕事の95%は無報酬だった」
—ジャミーラ・ジャミルとは長年連れ添っていますが、彼女はクリエイティブな面でどのようにあなたを支えているのでしょうか?
ブレイク:彼女はエグゼクティブ・プロデューサーであると同時に、各トラックの制作にも関わっている。それらはある種、異なる二つの役割なんだ。基本的にはアルバムに参加している他のプロデューサーと同じ役割を担っているけど、アレンジやリファレンスの提示、そして楽曲のポテンシャルを最大限に引き出すという点において、彼女との関係は始まった。
彼女はいつも曲に対して非常に鋭い指摘をくれるんだ。「どうすればゴールに辿り着けるかわからない」と僕が悩んでいるときに、彼女がクリエイティブな突破口を開いてくれる。それは『The Colour in Anything』(2016年)の頃まで遡るよ。目的地まで導いてくれるような洞察力と知識を彼女が備えているのは、とても特別なことだ。人生のパートナーであり、音楽のパートナーでもある彼女がそばにいてくれることを、幸運に思っているよ。
—私たち(ローリングストーンUS版)が注目する「Future of Music」表紙スターの一人にローラ・ヤングがいます。あなたたちも共作しているそうですが、いかがでしたか? 出会いのきっかけは?
ブレイク:確か、僕から連絡を取って「一緒に仕事がしたい」と伝えたんだったと思う。彼女は本当に素晴らしいよ。まさに特別な声の持ち主だ。先日も話していたんだけど、声というものに対しては誤解がある気がする。ただ「声を持っている」というだけではないんだ。生まれ持った声に少し磨きをかけるというレベルではなく、声は時間をかけて「刻まれていく」ものだと思う。身体的なものだからね。頭蓋骨の中で声がどう共鳴するか、他にもいろんな要素が絡み合っている。
声というものは、伝えたいメッセージがあるからこそ、その形に削り出され、そこに到達するものだと思う。受け取った、あるいは発信しようとするメッセージに適応するためにね。精神的に受け取ったものを伝えるために、声が進化していくんだ。ローラを見ていると、まさにそれが起きているのがよくわかる。彼女の声を聴くたびに、単なる要素の集まり以上の何かを感じるんだ。稀にそういう声の持ち主がいるけれど、あの若さでそれを備えているのは本当にユニークだよ。彼女のことは人間としても大好きだし、いつも成功を願っている。心から応援しているよ。
Photographs by SACHA LECCA
—今回のアルバムでは、楽器の演奏や技術をリアルタイムで学び直すような感覚はありましたか?
ブレイク:僕は勉強するよりも、実際に試しながら学んでいくタイプなんだ。でも、曲がそれを求めていると感じたら「よし、やってみよう」となる。「Just a Little Higher」などはまさにそうだね。終盤のセクションで、ストリングスが非常に心地よく調和のとれた、いわば「原色」のような甘いハーモニーから、角張ったコードチェンジを伴うカオスでドラマチックな瞬間へと移り変わるんだ。あの部分は、このアルバムの中でも特にお気に入りの瞬間の一つだよ。かなり苦労したけれど、それだけの価値はあった。
—今作は通算7枚目のフルアルバムですね。
ブレイク:まったく、とんでもないよ。
—日の目を見なかったボツ案は、どれくらいあるのでしょうか?
ブレイク:それを考えると泣きたくなってしまうな。僕が心から尊敬するアーティストたちと作った、少なくともアルバム3枚分に相当する音源がリリースされずに眠っているんだ。
—憧れのアーティストから声がかかり、何時間もかけて作業して、あとは期待して帰るだけ……というプロセスは、一体どのような心境なのですか?
ブレイク:そうだね。僕がこれまでやってきた仕事の99パーセント……いや、95パーセントは無報酬だったと言っていい。
—無報酬、ですか?
ブレイク:ああ。
—どうしてそんなことが起きるのでしょう?
ブレイク:プロデューサーというものは、壁にペンキを投げつけて、何がうまく馴染むかを見極めるような仕事だからね。世に出なかったり、ハードドライブの中で長い間眠っていたりするものは山ほどある。ちなみに、それは僕自身の曲も含めての話だよ。もし自分のボツ曲まで入れたら、その割合はもっと高くなるだろうね。「1万時間の法則」なんて言葉があるけれど、何かの熟達に必要とされるその膨大な時間を、僕はただ「リリースされないもの」を作るために費やしてきた。冷静に考えると、正気の沙汰じゃないよね。
でも、これは別に不満を言っているわけじゃないんだ。プロデューサーが時給で支払われないというのは、この業界の仕組みそのものだから。誰かのトラックに参加することを「手柄を立てる」ようには考えない。ただ、その音楽が良いものであれば、それだけでいいんだ。リリースさえされなかったなんて、統計的に言えば少し恥ずかしいことのように聞こえるかもしれない。でも実際には、費やした時間そのものに意味があるんだ。一つの楽曲に何時間も費やした後に、アルバムの方向性が変わってしまうこともある。それは僕自身にも起こりうることだ。ある日目が覚めて、「まずい、間違った方向に進んでいた」と気づく。そうすると、5曲から10曲くらいが一瞬で消えてしまうんだ。
—それは過酷ですね。
ブレイク:でも、そんなことは日常茶飯事だよ。音楽を作るというプロセスの一部なんだ。曲というものは、作った瞬間の自分を象徴している必要があるけれど、同時にアルバムを出す時の自分も象徴していなければならない。その間に多くのことが変わってしまうんだ。人生を左右するような大きな変化を経験することもあるしね。報酬の仕組みや時間の報われ方という意味では、確かに特殊な業界だとは思う。こうした数字のゲームに立ち向かうには、音楽を作ることへの純粋な執着心が必要なんだろう。
坂本龍一への後悔「もっと時間があると思い込んでいた」
—「Death of Love」は2020年に書き始めたとおっしゃっていましたが、その間にあなたは3枚ものアルバムをリリースしています。プロジェクトごとにどうやって頭を切り替えているのですか?
ブレイク:ADHDのおかげかな。僕はその……切り替えがすごく得意なんだ。おかしいよね。ADHDというのは、多くのことを同時にこなす高い能力を授けてくれる一方で、一つのことを長期間、深くやり遂げる能力を奪ってしまう。実は今年、僕の最大の目標は「自分の脳を整えること」だったんだ。物事に集中できるようになりたかったから、それには本気で取り組んだよ。このアルバムに集中したかったんだ。これまで僕が「ただ音楽を作り続けてきた」のは、一つのことを最後までやり遂げられなかったからだとも言える。アルバムを作って、その瞬間はすごく盛り上がるんだけど、すぐに「よし、これはもう終わった」となってしまう。そしてプロモーションもしない。あれだけの資金と時間を投じておきながら何もしないなんて、普通に考えれば狂っているよね。
一つのことに長期間心血を注ぐ方法がわからなかったんだ。タイラー・ザ・クリエイターが「2、3年経ってもまだこのアルバムをプロモーションしている」と言っているクリップを見たことがあるけれど、あれはアーティストにとって素晴らしいアドバイスだよ。いつどこで火がつくかわからないんだから、粘り強く、人々の目の前に差し出し続けて、「この新しい音楽を聴いてくれ」と言い続けるべきなんだ。多くの人は早く諦めすぎてしまう。僕なんて、基本的にはリリース初日に諦めていたよ。「よし、インタビューもいくつか受けたし、次の曲を作ろう」ってね。
—あなたのキャリア全体を振り返っても、大々的にプロモーションをするタイプではなかったように感じます。
ブレイク:ああ、してこなかったね。もちろん、今日みたいにすごく楽しんでやっている日は別だけど……それにしても、プロモーションというのは凄まじく過酷だよ。みんながやりたがらない理由もよくわかる。でも、山の上に向かって岩を押し上げているような感覚があって、自分が愛し、誇りに思っているものを人々に届けたいという思いがあるから、ある意味では報われる作業でもある。だから今回は頑張っているんだ。今の自分は、いわば「壁に跳ね返るほど落ち着きがなくて何にも集中できない子供」を抱えているようなもの。もしそんな子がいたらどうするか? 砂糖は控えるし、加工食品も食べさせない、運動もさせるだろう。だから今は自分自身に対して、「僕は5歳児だ。今の僕ならどうすべきか?」と問いかけながら生活している。正直、それが一番のライフハックになっているよ。
—もし、存命・故人を問わずコラボレーターを一人選べるとしたら誰がいいですか?
ブレイク:本当に共作したかったけれど、亡くなってしまったのは……坂本龍一だ。
—それは意外な気もしますが、納得もできます。二人はとても近い場所にいたように感じていました。
ブレイク:本当に悲しいよ。こちらから連絡しようと思っていたけれど……もっと時間があると思い込んでいた。ああいう(才能ある)人たちは、永遠に生き続けるような気がしてしまうんだ。だから、もし僕とコラボしたいと思っている人がいたら、早めに連絡してほしいね。
From Rolling Stone US.
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価格:3,300円(税込)
再生・購入:https://virginmusic.lnk.to/JBTryingTimes
<トラックリスト>
1. Walk Out Music
2. Death Of Love
3. I Had A Dream She Took My Hand
4. Trying Times
5. Make Something Up
6. Didnt Come To Argue (ft. Monica Martin)
7. Days Go By
8. Doesnt Just Happen (ft. Dave)
9. Obsession
10. Rest Of Your Life
11. Through The High Wire
12. Feel It Again
13. Just A Little Higher
14. Landslide (フリートウッド・マックのカバー)ボーナス・トラック


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