フライング・ロータス(Flying Lotus)の新作『BIG MAMA』は、彼が長年在籍した〈Warp〉を離れて自身のレーベル〈Brainfeeder〉からリリースというだけでなく、これまでの作品とは明らかに何かが違う。『Cosmogramma』以降、ときにジャズ・ミュージシャンらと手を組みつつ、サウンドを研ぎ澄ませてきた過去作とは一線を画す内容で、とりわけ『Flamagra』で到達した作曲面での向上を、あえて手放しているようにも見受けられた。
音色やテクスチャーもこれまでと違うし、機材や楽器にも大きな変化があったであろうことは明白で、シグネチャー的な音作りを意図的に封印している作品だとまず思った。

その辺りの経緯について、資料にはこう書いてある。「制作期間は約2カ月。従来の”曲単位”の制作ではなく、まず金属的で複雑な音色や、変化し続ける音の質感を探求するソフトウェア・シンセ、中古のドラムマシンを駆使し、音そのもののアイデアを書き留めるスケッチブックを作ることからスタートした。その後、1日に10~15秒分の音楽を丹念に積み重ね、最終的に13分に及ぶ、テンポやジャンルに縛られない意識の奔流のような作品へと結実させている」

取材中、フライング・ロータスことスティーヴン・エリソンはすごく楽しそうだった。そして、いつになく饒舌だった。自分が作った音楽のことを気に入っているし、その音楽を作ったプロセスがいかに楽しかったのかをうれしそうに語っていた。これまでも彼は自信満々で、いつだって前向きだったのだが、これまでとは全く異なるモードのように感じた。こんなにも朗らかで、やわらかい雰囲気で話すフライローを僕は初めて見た。それはトリッキーで遊び心で溢れている『BIG MAMA』のあり方そのものだとも思った。

ちなみに、彼は取材日の数日前、Xでこんなポストを投稿している。「音楽を作るのって、本当に心が満たされるよ。
たとえプロを目指していなくても、才能がないと感じていても、みんな一度は挑戦してみてほしい。だってマジで楽しいから!」

以下のインタビューでは、こういった現在の心境について大いに語られている。言葉を交わしながら僕が考えていたのは、「音楽を作ること」そして「音楽家であること」の本質的な意味について。彼の話はいつだって示唆に富んでいる。

コンフォートゾーンを抜け出すために

―前作『ASH』の話から始めさせてください。SFスリラー映画『アッシュ ~孤独の惑星~』のサウンドトラックで、ラップトップとコントローラーだけを使い、ほぼ一人で完成させたと資料にありました。これまでの制作とは色々違ったのかなと思いますが。

フライロー:まず、サントラの大半はニュージーランドで作ったんだ。ロサンゼルスでも少し録音したけど、ほとんどはニュージーランドでやった。自分のスタジオにいなかったし、いつもの機材も全部は持っていなかった。だからまず、その新しい場所で作業するということ自体が、すでに一つのチャレンジだったんだ。

俺は、自分のスタジオで作業するのが本当に好きなタイプで、機材も全部、自分なりに完璧にセッティングしてある。
だから、そういうコンフォートゾーンから一歩外に出て、新しい環境で作業するというのは、自分にとって初めてのことだった。でも、いつもの機材や環境に頼らずに音を作っていくのは、本当に楽しかった。自分にしかできないようなもの、自分一人でできるようなサウンドを見つけようとしたんだ。結果的には、音楽を作るためにもっといろんな場所へ行ってみようという自信にもつながった。自分のスタジオに頼るだけじゃなくて、時には原点に戻るのも大事だなって。活動当初みたいに、最低限の機材だけで作業する、あの頃のやり方に戻るような感覚だった。

―『ASH』で使った機材は、具体的にどんなものでしたか?

フライロー:基本的にはAbletonを使っていて、あとはソフトシンセをたくさん使った。Kontaktのライブラリとか、そういうものだね。その他はコントローラーだけで、本当に最低限のセットアップだった。作業している間は、映画音楽を作っていた頃のジョン・カーペンターみたいに考えようとしていたんだ。彼はすごく限られた機材、限られた時間の中で音楽を作っていた。自分も作業している間はそういうマインドになろうとしていたんだ。


―『ASH』はこれまでの作品とかなりサウンドが違うので、制作に関して変化があったことがそこから伝わりますよね。

フライロー:そこが気に入っているんだ! 制作プロセス自体は、そこまで大きく変わったとは思わない。ただ、この映画がどんな音を必要としているのか、映画そのものが教えてくれるような感覚があった。実際に映画を観ていると、ある方向性みたいなものが自然と見えてくるんだ。自分のサウンドに映画を当てはめようとするんじゃなくて、「この映画は何を語ろうとしているんだろう?」「何を必要としているんだろう?」「どんなヴァイブが合うんだろう?」と考えながら作業していった。自分のやりたいことを押しつけるんじゃなくて(笑)、映画が語ろうとしていることを汲み取る、映画の声を聴くというか。音楽とサウンドデザインのバランスや調和を探りながら、映画そのものに語らせるという感覚かな。今回は自分が監督もしていたから、すべてに近い距離で関わっていた。だからこそ、音楽でどんな感情を伝える必要があるのかを見極めるのは、むしろやりやすかったんだ。

―『ASH』での経験は、その後のあなたにどんなインスピレーションを与えてくれましたか?

フライロー:あれを完成させたことがきっかけで、『BIG MAMA』みたいな作品に取り掛かる流れになっていった。というのも、今の世界のカオスを反映したようなものをやりたいと思ったし、同時に『ASH』で作っていたサウンドとはまったく違うことをやりたかった。映像を必要としないものを作りたかったんだ。
あの作品に取り組んだあとだったからこそ、もっと自由にやれる気がした。もっと楽しいもの、特定のコンセプトに縛られないものを作れるんじゃないかって。もう一度、初心に返るような感じで、ただ音を録っていく。そんな感覚でやっていたら、気づけばどんどん深くのめり込んでいったんだ。

学び続ける「永遠の生徒」であること

―そんな『BIG MAMA』のコンセプトを教えてください。

フライロー:音楽面に関して言うと、すごく密度が高くて(dense)、カオティックで、マキシマリストなものを捉えようとしていた。自分らしいサウンドでね。アプローチとしては、グルーヴとかメロディとかコーラスといったものを考えるより、どちらかというとサウンドデザイン的な発想で音楽に向き合っていた。曲とかシングルとか、ダンスフロアとか、そういうことを考えるんじゃなくて、もっと自由な感じのものを作りたかった。いわば音の旅路(sonic journey)みたいなものというか。とにかく高密度で、生きているような音楽の塊みたいなものを作りたかったんだ。

―とはいえ、ダンスミュージック的な要素も強いかなって思いましたが。


フライロー:いや、誰かを踊らせようとしていたわけじゃない。ただ、自分が感じていたカオスなエネルギーを捉えたものを作りたかったという感じかな。とにかく、先の展開が読めないものにしたかった。曲の流れが見えてきたなと思った瞬間、その目先を変えて、別物へとひっくり返して、自分自身も驚くようなものにしたかったんだ。それはすごく意識していた。自分でも「これいいな!」と思えるようなものを作ろうとしていたというか(笑)。自分の作品に対して、そういう反応を自分で感じるのって、なかなか難しいんだけどね。

―『BIG MAMA』で使った機材はどんなものでしたか?

フライロー:とにかくいろんな音を録音していった。基本的には録音した音を素材にしていて、MIDIはほとんど使っていない。キーボードを少し弾いたくらいかな。録った音の多くは、FMシンセシスとかグラニュラー・シンセシスから作ったものだ。AbletonのGranulatorも使ったし、Machinedrumも使った。
あと、Monomachineだったかな、あれも使ったよ。Elektronのボックスをいくつか使って、そこから音を録っていた。1カ月くらい、ただひたすらノイズみたいな音を録ることに時間を使っていたんだ。すごく楽しかったけど、「これを曲にしよう」と考えないようにするのが大変だった。ただ音を録るだけ。ループも使わず、ただ生のノイズを録って、それで何ができるか試していたんだ。

―その機材というのは使い慣れたものですか? それとも買い足したものですか?

フライロー:ほぼ今回のプロジェクトのために手に入れた。FM系の音を録ってみたくて、どんな音が出せるのか試してみたかったんだ。それまでFMシンセシスは使ったことがなかったから。今回のプロジェクトで一番大きく違うのは、そのFMのノイズをいろいろ弄ってみたことだと思う。実際に手で操作できるハードウェアとして、いろいろ探れる面白い機材だと思った。基本は試行錯誤の連続だったよ。正直、いまだにそのマシンの使い方をちゃんとわかっているわけじゃない。でも、それで音を削り出していくことはできるし、実際そうやって作っていった。まずはそこで音の種みたいなものを作って、それをAbletonに持ち込み、そこからさらにめちゃくちゃに弄る、という感じだった。

―使い慣れていない機材の使い方を学び、手探りで自分らしい音や使い方を生み出すことは、どんな意味があったと思いますか?

フライロー:自分のことは、学び続ける永遠の生徒だと思っている。常に何かを学ぼうとしているし、成長して、自分の能力を磨き続けたいと思っている。とにかく少しずつでも上手くなっていきたい。そのためには、新しいツールやテクノロジーを試してみることも必要なんだと思う。今回も、買った機材からどんな音が出せるのか、とにかく試してみたかったんだよ。音楽制作を始めてもう20年以上になるけど、それでもやっぱり、自分にとって面白いものにしていかなきゃいけないから(笑)。

―あなたのようにキャリアも長く、確立された立場にある人が、使い慣れていない機材を使って、手探りで作品を制作し、それを発表するのは勇気のいることだったのでは?

フライロー:そんなことないよ! ただ退屈だっただけ(笑)。これは楽しいことなんだ。そういうことは気にしてない。ただ自分が楽しいと思うことをやっているだけ。とにかく、この一連のことを楽しもうとしているんだ。何でも考えすぎるのは簡単だからね。でも結局のところ、自分がそういうことをやったのは楽しいからなんだよ。そして、自分が楽しいと思えるものを世に出したい。ただそれだけなんだ。

―ここまで聞きながら、ジェフ・パーカーに取材したとき「使い慣れない楽器を、一から使えるようにして演奏することは 自分にとってヒーリングみたいな感覚がある」という話をしてくれたのを思い出しました。

フライロー:その感覚はわかる気がする。自分にとって音楽を作ることは、ある意味スピリチュアルな体験なんだ。エゴとは別のどこかから湧いてくるような感覚があって、もっと自由で正直なものなんだよね。そこにたどり着けるなら、どんな方法でもいいと思っている。機材はそこまで重要じゃない。機材が重要だったことなんて一度もない。自分にとっては、探求したり、楽しんだり、物事をちょっと変にしてみたり、もう一度新鮮に感じられるようにするための手段の一つに過ぎない。結局、機材そのものは本質じゃないんだと思う。大事なのは、今も学ぼう、成長しようとしていること。そういう状態にいられる限り、あの楽しくてスピリチュアルな感覚がずっと続いていくんじゃないかな。

地道な練習が広げた、音楽家としての可動域

―「音そのもののアイデアを書き留めるスケッチブックを作ることからスタートした」と、資料に書いてありました。たくさんフレーズを作って記録しておいたということですよね?

フライロー:そう、それがいわゆるスケッチブックみたいなものなんだ。

―『BIG MAMA』ではあなたらしいフレーズやリズムもあれば、あなたが書きそうにないものもあります。ここまで大量のアイデアを生み出すためにどんなことをしましたか?

フライロー:Abletonの使い方を、これまでとは違うふうに考えてみたんだ。曲単位で作るとか、そういう直線的な考え方じゃなくて、真っ白なキャンバスみたいなものとして捉える感じかな。グリッドもないし、区切りもない。以前はグリッドとかループとかブロックみたいな感覚で考えていた。画面に見えるものでもあるからね。でも、そういう見方をやめて……というか、いっそ画面を見るのをやめて、もう一度「聴く」ことに集中すると、まったく違う作業のように思えてくる。いろんな制限があるように見えていたものが、ただの真っ白な状態に感じられるようになるんだ。

―だから「スケッチブック」という表現を使ったんですね。

フライロー:そう。これって要するに、考え方の切り替えなんだよ。曲とかループとか構造を考えるんじゃなくて、ただ自分が何を聴いているのかに意識を向ける。簡単そうに聞こえるけど、実はそんなに単純でもないんだ。今は音楽を作るとき、画面を見ながら作ることが多いからね。バーがあって、グリッドがあって、いろんな視覚的情報がある。そういうものを取り払うと、最後に残るのは「聴こえてくる音」だけなんだ。少なくとも自分にとっては、そうやって取り組むと(曲作りのプロセスが)まったく違うアプローチになるんだ。

―そもそもフライング・ロータスの音楽は、ひとつの作品の中に膨大なアイデアが詰め込まれている印象がありました。これまではそんなに書き留めたりはしていなかった?

フライロー:というか、今回は初めて、すべてが一つの勢いの中で一気に起きた感じだった。昔みたいに、ここに古いトラックがあって、あそこにも古いアイデアが使われている、みたいな作り方じゃなかったから。今回は全部、ある意味で一直線に進んでいった感じだった。基本的には、いろんなサウンドをひたすら録音して、それらを全部使った。EPはそれで完成した。録音した音は、間違いなく全部使っているよ。

―大量に作ったスケッチを緻密かつ大胆に組み合わせ、余すことなく使い切ったと。

フライロー:その通り。

―それは『Los Angeles』の頃のビートメイカー的な作り方とも、『Youre Dead!』や『Flamagra』の頃のコンポーズ的な考え方とも異なるものなのかなと。今回の楽曲制作を言葉にすると、どんなものだと言えそうですか?

フライロー:そうだな……とにかく速い。速くて、エレクトロニックで、勢いがある感じ(fast, electronic, pizzazz...?)……いや、わからないな。むしろ教えてよ!(笑)

―僕も新しい言葉が必要だなと思いました(笑)。資料で気になったのは「1日に10~15秒分の音楽を積み重ね、最終的に13分に及ぶ作品に結実させた」のくだりです。具体的にどんな作業だったんですか?

フライロー:たぶん、傍目にはものすごく退屈で地道な作業だと思うよ。俺はただ、1~2小節くらいの音楽を作っていった。それをすごくダイナミックで、常に変化していて、かなり複雑に感じられるようにするんだ。俺は複雑なコード進行を書いたりするから、そこだけで何時間もかかることもある。でも実際に(曲を再生して)流れるのはほんの一瞬、15秒とかだったりする。しかも、コードを書いたり、ベースラインを作ったり、その下で鳴っているサウンドデザインを全部作ったりするから、その15秒に丸一日かかったりするんだ。

だから作業としては、同じ小節を何度も繰り返しながら作り込んでいく感じだね。それが終わったら次の小節に移って、また同じことをする。アイデアをたくさん録音して、止めて、録り直して、そのアイデアをさらにリサンプリングしたりする。とにかくリサンプリングをたくさんやったかな。

―気が遠くなる作業ですね。最初に出てきたシンプルなアイデアが、最終的には進化してひとつの曲になった、みたいなこともあったんじゃないんですか?

フライロー:そうだね。「CAPTAIN KERNEL」はすごく気に入ってるし、「PINK DREAM」も「IN THE FOREST - DAY」もすごく好き。俺の中では全部合わさってひとつの作品みたいな感じで、このプロジェクト全体が気に入っている。もう2年くらいずっとこの音源を聴いているけど、それでもまだ楽しめているくらいだ。それはいい作品になったということだと思う。

『Flamagra』の頃にインタビューしたとき、「音楽理論を学び直した」という話をしてくれましたよね。今回の制作はそういった「学び」から離れるような感覚もあったんじゃないでしょうか?

フライロー:この作品では、いろんなルールから外れてみたかったから、実際にそうなった部分も多い。でも同時に、ミュージシャンが聴けば「ああ、こういう感じね」ってわかるような要素もたくさんあるんだ。つまり、音楽的にオーソドックスな部分も残っているということ。

特にこのプロジェクトでは、いくつかのコード進行はジョージ・デュークからかなり影響を受けているし、間違いなくジャズ的な要素も入っていると思うよ。特にソロを弾いてる部分がそうかな。キーボードのソロがたくさん入っているけど、音楽を始めた頃の俺には絶対できなかったと思う。今は演奏やサウンドメイクで表現できる幅も増えているし、それだけ音楽的な語彙力もすごく広がっていると思う。

―個人的にも一番驚いたのはソロ演奏でした。資料を見なかったら、あそこのソロがあなた自身によるものだと思わなかったです。

フライロー:ありがとう。そう言ってくれるのはすごく嬉しい!

―たとえば「CAPTAIN KERNEL」にはかなり長いソロが入ってますが、あそこまでソロが弾けるようになるためにどんなことをしてきたんですか?

フライロー:とにかく練習だよ。とにかく弾くこと。同じスケールやエクササイズをひたすら繰り返した。正直ちょっと退屈なことばかりだけどね。それから、すごく気に入った曲が見つかったら、それをピアノで弾けるようにするんだ。そうやってキーボードの演奏を少しずつ身につけてきた。でもやっぱり、もっともっと練習しないといけない。

2026年3月、プレイヤーとしてスナーキー・パピーと共演

イノセンスを取り戻し、自分らしい作品に

―今作のようなDIYでパンクでエクスペリメンタルな制作では、あなたのように洗練された音楽家は、自分の技術や経験を一旦手放して、もっと無邪気になることも必要なのかなと思いました。

フライロー:その通りだね。もう一度あの頃の無邪気さに戻るというか、ただ純粋に楽しむ感覚に戻るというか。それから、ちょっといたずらっぽい感覚で考えてみたりね。今回の作品は、ある意味ではカオスの反映でもあると思う。それと同時に、音楽制作をどこかアルゴリズム的に進めてしまうやり方から、あえて離れてみようという意識もあった。もっと予測できない感覚のものを作りたかったんだ。

おかげで制作はとにかく楽しかった。今までやったことのないような感じだったから、すごく新鮮に感じられた。朝起きてすぐにレコーディングを始めるのがすごく楽しみだったよ。

―「あえてイノセンスなことをする」って、かなり意識的に取り組まないと難しいような気がするんですよね。

フライロー:テーマとしてはシンプルだけど、形にするのはやっぱり難しい。俺自身も「こうするべきなんじゃないか」とか、考えすぎてしまうことはあるんだよね。そんなとき、いつも自分に言い聞かせているのは、俺が楽しんでいるかどうかは、ちゃんと聴き手にも伝わるということ。俺が本当に楽しんでいるとき、そのフィーリングは聞き手にも伝わると思う。だからこそ、自分の作品にはいつも楽しそうであってほしいと思っている。

―過去にもそんなふうに、あえて洗練されない、完成されすぎないことを意識的にやろうとしたこともあるんですか?

フライロー:『Spirit Box』(2024年のEP)を作ったときもそうだったかな。あのときは、もう少しグルーヴを中心にしたものを意識的に作ろうとしていた。昔の曲を思い出すような雰囲気というか。でも今は、そういうことをあまり考えたくない(笑)。当時は当時でそういう気分だったというだけで、今はまた違うからね。とはいえ、明日また目が覚めたらグルーヴィーなものを作りたくなるかもしれないし、結局はその日の気分次第なんだよ。

先月もいろいろ音楽を録音したんだけど、そのとき録ったものは本当にバラバラで、ジャズっぽいものもあればヒップホップっぽいものもあるし、グルーヴィーなものもある。もしかしたら、それが次のアルバムになるかもしれないけど、どうなるかはまだわからない。自分としてはすごく楽しみにしているよ。

―あなたのキャリアの中で、『BIG MAMA』はどんな意味を持つ作品になりそうですか?

フライロー:自分にとっては、音楽を作ることの楽しさとカオスを象徴している作品かな。実際に演奏してみても、今あらためて聴いてみても、すごくワクワクする。もう2年前に作った作品だけど、それでもまだ興奮できるんだ。それはすごくいい感覚だと思う。この先どうなるのかはまだわからないけど、この作品について後悔はまったくない。すごく複雑で、中身の詰まった作品になったと思うし、制作工程もかなりチャレンジングだった。それに、とても自分らしい作品でもある。同じものは、たぶん誰にも作れないんじゃないかな。

「音楽を作るのはマジで楽しい」フライング・ロータスが語る、永遠の生徒として学び続ける喜び

フライング・ロータス
『BIG MAMA』
発売中(Vinyl国内仕様盤/輸入盤)
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15637
配信リンク:https://flyinglotus.lnk.to/bigmama

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