スマスイより大きい存在になるのが今後の目標

──大鹿さんに初めて出演して頂いたのが、去年の4月2日にあった京都水族園のイベントでしたよね。

大鹿:その日は客席に水族園関係の人たちがぎょうさんおったね。

──下村さん(京都水族館・元館長)のことをよく喋る面白い人だと思っていたのですが、大鹿さんはそれ以上によく喋る面白い人だなと感動しました。

大鹿:水族園関係者の人は寡黙な人が多いもんね。その中で言うたら、よく喋るベスト5には入るやろね(笑)。

──そこから是非イベントをしましょうということで話をしてたら、生物のシモの話を堂々としたいということで「生物たちの性なる話」もやりましたよね。

大鹿:生物のことを語る時には繁殖のことが一番面白い。進化の過程なんかも。ここはそういったことを自由に出来るっていう印象だったのでやらせてもらえたらなぁと。

──テレビなどではなかなかできないですもんね。

大鹿:チンチンの写真も持って来て出してたし、深夜のテレビでもちょっと無理やろうね。でも、やっぱり動物って言ったら繁殖っていうのは切っても切れないもんなんですよ。

──大鹿さんはテレビやラジオも出られてますよね?

大鹿:たまたまね。でも、今回これで肩書きがなくなったら呼ばれなくなるんかなとか思ってますよ。

──今回スマスイの建て替えがあって、大鹿さんも退社されるんですよね。

大鹿:神戸市立須磨海浜水族園(スマスイ)が開業して32年。水族園には30年問題というものがあって30年も経つと設備や建物が厳しい状態になるんですよ。海水を建物の中でジャンジャン使ってるしね。それで建て替えの話が出て、スマスイの3代目を作るという計画のコンペでインバウンドを意識したものが評価をされて、東京にある水族園の誘致になったんです。

──実際お客さんには外国人の方って多いんですか?

大鹿:全然。ゼロです。

──だからこそ、そこを意識したということですかね。

大鹿:その辺り神戸市は、大阪京都に乗り遅れてて、神戸の都市の人はインバウンドというのを大阪京都に追い付け追い越せと言わんばかりの判断をしてるかも知れないけども…でも一緒にすることはないよね。

──インバウンド以外の他の形でやっていくっていう案は無かったんですか?

大鹿:それこそ海遊館という素晴らしい水族園ができてからも、スマスイがなぜやってこられたかというと、海遊館の大きな水槽やそれに象徴されるジンベイザメに対して、スマスイはローカル色溢れる純粋な水族園、牽いては社会教育施設として棲み分けができていたところやと思っています。エンターテイメント性を求めて海遊館と同ジャンルになると、この先どうなっていくのかっていうのは分からないですよね。

──もともとの良さが消えてしまうということですよね。

大鹿:それで今、反対運動なども起きてるんだけど、実は何もないところに今回のシャチをメインにした水族園を建てていれば問題は起きてないんじゃないかという話も出ていて、スマスイを潰して、全然違う水族園になってしまうということが問題になっているように感じます。

もう62年もやってるので、神戸市の一つの文化になっていて、それをなくすっていうのは結構大きなことだとは思いますよね。

──2回目のイベントをしていただいた時が、ちょうどその発表の後でしたよね?

大鹿:怒りと悔しさととまどいで、気分的にもふわふわしてました。

──その時は京都水族館元館長の下村さんも一緒でしたよね。

大鹿:そうですね、彼には新しいスマスイをやってもらうために、京都水族館の館長を辞して来てもらってたんで、尚更ね。僕らの目標やった新しいスマスイっていうのがなくなってしまったんで、何とも言えない気持ちでした。

──次に出演してもらうときは肩書きのない状態ですもんね。

大鹿:元っていう肩書きをこれから人生で初めて使うんだけど、どこまで使えるんかって思ってます。息子が4月に小学校に入学するんですけど、それと同時に親父が無職になるっていう(笑)。

──でも、大鹿さんあまり落ち込んだりしなさそうですよね。

大鹿:いやいやいや、落ち込んだよ。3ヶ月くらい意味不明な病気になったりしたしね。述べ25年くらいやから僕の人生の半分くらいはスマスイあで過ごしたしね。

今、働いてる職員たちはどうなるんだろうとか、いろんなプレッシャーもありますね。

──今はちょっと前向きに進んでますか?

大鹿:いや、やるしかないっていう感じやね。息子のランドセルも買わなあかんし(笑)。

スマスイを舞台に作られた映画『スマスイ』

──今回、映画を作られたんですよね?

大鹿:今が2代目スマスイなんですが、その前ってどんなんやったか資料で調べたいんやけど、なにも映像が残ってなくて…。今回、建て替わるってなった時に、それやったら映像で残そう! っていう話から始まったんです。たまたまその前年に神戸の映画好きが集まって映画を撮ってたんですよ。

──それは水族園とは関係ないやつですか?

大鹿:そう、『大災獣ニゲロン』っていう特撮もんでね。大災獣なんで、震災から逃げろっていう意味の啓発映画を子供たちにも見てもらえるように作ったんです。ただただ映画が好きっていうとこから自分たちで撮りたくなって、その一本を取るのに映画用の何十万もするカメラをポンと買ったり、他にも機材を揃えたり、大人の本気の遊びは凄かったんですよ。

──それは映画好きの素人さんが集まって、ということなんですか?

大鹿:それがね、もともと映画監督になりたくて上京したけど全然ヒットしなくて神戸に帰ってきてふさぎ込んでるニートの元監督とか、中にはプロの脚本家がいたりとか、ひとづてにいろいろ繋がって集まったメンバーで、それなりのものが撮れたんですよ。で、そのメンバーに僕が映像を残したいって言ったら、それやったらただの映像じゃなくて映画を撮ろうって言いだして。スマスイをロケ地にしてそれぞれの場所をいろんなシーンで撮っていったら面白そうじゃないかっていう話を飲みながらしてたら、なんと次の日からバリバリ動き出して、一週間くらいで本当に映画を撮ることが決まりました。

──撮影期間はどれくらいだったんですか?

大鹿:最初は2週間くらいの予定が、懲りすぎて1か月半くらい撮ったんちゃうかな。

──大鹿さんも出演されてますよね?

大鹿:「発起人の大鹿も出とかなあかんで」って言うて、気遣ってって書いてくれたんやろうけど、思いのほか良い役をいただきまして。

──演じてみてどうでしたか?

大鹿:役者っていうのは本当になんて能力の高い職業なんや…って思いましたね。決められたことを喋る、演技するってあんな難しいことはない。でも、映画作りに神戸市民の人をはじめ、関係者の人も喜んで協力してくれたんで非常に有難かったです。

──今回、第一部ではその映画を上映してくれるということで楽しみにしてます! それではイベントへの意気込みをお願いします。

大鹿:ここのイベントの素晴らしいところは、意気込まなくていいとうところやから(笑)。打ち合わせがほぼゼロで出たとこ勝負なのを、お客さんも受け入れてくれるっていう非常に有難い場所ですよ。

──是非25年の集大成を見せてほしいです。

大鹿:水族園の裏話って結構あって、それこそ酒を飲んだ時しか喋られへんのちゃうかっていうようなこともいっぱいあるのよ。楽しくってキレイで…っていうイメージかもしれないけど、それとは反対の裏暴露トークみたいなのも出来たら面白いですね。プレゼントでアナコンダの皮とか出しましょかね。

大鹿達弥(須磨海浜水族園 飼育教育部部長)- 神戸市にある水...の画像はこちら >>

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