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アーティストのやる気を引き出すKOZZYのプロデュース術
──カバーの選曲はAKIRAさんが好きな曲を基準に選ばれたんですか?
AKIRA:ですし、これまで録りためたテイクもありましたし。
KOZZY:というか、もともとカバー主体のアルバムにするつもりだったし、今まで録りためたカバーをまとめようかっていうスタートだったので。途中で「オリジナルも入れてみようか?」と思い立ってやってみたらすごく良かったので、そこから作品の性質が変わったんだよね。
AKIRA:私としては「ちょっと寝かせましょう」って言いたかったんですけど(笑)。KOZZYさんの言ってることもやりたいことも分かるんだけど、一回寝ていいですか? って。
──ああ、曲を寝かせるのと、ご自身も寝たいというWミーニングだったと(笑)。
AKIRA:明け方に近い時間までスタジオに入り浸りで、そこで何度も歌詞を書き換えて唄い直して…。確か他の曲の歌入れが終わって「前にちょっと言ってた曲をやってみようか?」と「That's My Jam」を持ち出されたのかな。でもその時点ではもう正確な判断ができなくなってたし、もっと自分なりの言葉を考えたかったし、歌の表現の面でも今は100%の力を出しきれないので一度寝かせてほしいとお願いしたんです。
KOZZY:僕の“もっと、もっと”が嗜められたわけだね(笑)。
AKIRA:唄えてないことはないんだけど、「もっとノリを出して」みたいなことを延々と言われて。頭で難しく考えすぎてるってことだったと思うんですけど。
KOZZY:そんなことを朝の4時に言われてもな、って感じだよね(笑)。
AKIRA:他の曲の歌入れで魂を使い果たしてしまったので、「ああ、また次の曲か…」みたいな気持ちは正直ありました(笑)。「That's My Jam」は分かりやすい曲調だし、KOZZYさんのやろうとしてることが分かるからこそ逆に難しくて。
KOZZY:そこを僕が「こんなの簡単だろ!?」とか言うからね(笑)。
AKIRA:簡単なことのほうが難しいんですよ。シンプルなロックンロールほど唄うのは難しいし、他の曲がロックンロールすぎないのも相まって余計に難しいと感じてしまったんです。
──“That's My Jam”=“私の大好きな曲”が“大嫌いな曲”になりかけるところでしたね(笑)。
AKIRA:でもそこで冷静に考え直して、もうイヤだな、またダメって言われるんだろうな…と思いつつ唄ってみたら「キープで」って言われたので、まあ良かったんですけどね。
KOZZY:プロデューサーとシンガーという立場で関わる以上はこちらの要求も高くなるし、他の曲も含めて以前よりもずっと高い水準で歌が返ってきたし、「だったらもっといけるよね?」ってなるわけ。
AKIRA:「もっといけるよね?」とか言われたら立ち向かいたくなるんですよ。「ここで思うように唄えなかったら、別に次の機会に回してもいいけど…」とか言われると私も意地になるっていうか。「この曲も入れたいでしょ? じゃあやりますよ!」って。
──それがお父様特有のプロデュース術なのかもしれませんね。
AKIRA:唄い手の闘志を燃やすみたいな(笑)。それはありましたね。でもラヴェンダーズのファースト、セカンドを録ったときよりも楽しくやれました。ヘンな汗はまだかいてましたけど、怒られることも以前より少なくなってきたし。
──AKIRAさんの歌が格段に良くなったという厳然たる事実ゆえでは?
KOZZY:きっと自分で書いた歌詞だからっていうのもあるんじゃないかな。その思い入れの部分もあるだろうし。
AKIRA:それは確実にありましたね。カバーは過去の偉人たちがずっと唄い継いできた大切な曲だし、自分の歌だと思いながら唄ってきましたけど。ただ自分で書く歌詞は日本語もあるし、伝えることにより意識的にならなくちゃいけないし、気持ちの込め方自体がやっぱり変わりますよね。
KOZZY:僕としてはその部分を引き出したかったし、気持ちを伝えようと思えば自ずと声が大きくなって、歌もすんなり良くなっていくものだからね。
AKIRA:今までと違って、今回は「そんなに必死に唄わなくていいから」と言われることが多かったですね。前はもっとテクニック的なことも言われたけど、「もっとラクにやりなよ」みたいなことを今回は言われたのでいくらか伸び伸びとやれた気はします。
KOZZY:AKIRAは僕にないものを持ってるし、そこは尊敬してる部分でもあるし、彼女のバックボーン自体が羨ましい。日本で生まれ育って音楽をやる以上、どうしても極端にならざるを得ないというか、マニアックに特化しないとその道を極めることができないみたいな風潮があるじゃない? 大多数と違うことをやるには圧倒的に少数派で偏ったことをやらなきゃいけないっていうか。たとえばギターロックをやるなら下北だとか、ラップをやるなら荒川だとかとかあるよね(笑)。サブカルならサブカルの極限まで振り切らないと目立たなくなって、だから“サブカル女子”みたいにわざわざ説明するような言葉が生まれる。そんなこと別に声を大にして言わなくたっていいじゃんと僕は思うけど、そういうことをあえて言わないとその人が持ってるものやバックボーンが伝わらない。その点、AKIRAは自我を確立する時期に広大なアメリカで生活をして、そこでいいバックボーンを自ら掴んできた。
アルバム制作の流れを変えた「恋のヴァレンタインビート」
──なるほど。ジョン・レノンの「Whatever Gets You Thru the Night」をカバーしたのは、アルバムの発売日が命日と近いからですか。
AKIRA:うん、それもありましたね。ジョン・レノンの曲でこれを取り上げるケースもなかなか少ないとは思いますけど。
──オリジナル曲はわりとミッドテンポで聴かせるものが多くて、ロックンロールの華やかで賑やかな面はカバー曲に担わせているのが本作の特徴と言えますね。
AKIRA:自然とそんな形になりましたね。結果的にいいバランスになったと思います。
KOZZY:僕の好きな過去のレコードもそんな感じなのが多かったし、リンダ・ロンシュタットも自分のオリジナルはバラードがわりと多かったよね。カバーするのはバディ・ホリーやロイ・オービソンといったロックンロールが多かったけど、本質はバラードやミッドの人だったんじゃないかな。ボニー・レイットもブルースやロックンロールがすごく好きなように見えたけど、シングルで出てる曲はけっこう悲しいバラードが多かったりしてさ。
──今回は基本的に作詞:AKIRA、作曲:KOZZY IWAKAWAというクレジットですが、「恋のヴァレンタインビート」だけ作詞・作曲:KOZZY IWAKAWA & AKIRAという表記ですよね(註:「The Night in the Valley」の作曲も“KOZZY IWAKAWA & AKIRA”の表記になっている)。
KOZZY:その表記はたまたまで、根本的な作り方はどの曲も同じだね。「恋のヴァレンタインビート」はバレンタインデーをテーマにした曲を作るぞということで、僕の曲ありきで始まったからそういう表記にしたんじゃないかな。それ以外の曲は、「恋のヴァレンタインビート」ができて手応えを感じてから「歌詞よろしくね」みたいな感じでAKIRAに任せることができたから。
──AKIRAさんが主体となってメロディが生まれるケースもあったんですか。
KOZZY:さっきも言った通り、「The Night in the Valley」はAKIRAの鼻歌から生まれた。僕がギターを爪弾いていたらAKIRAがいきなり英語で唄い出したから。
AKIRA:急にメロディが聴こえてきたんですよ。頭の中で鳴ってた音を口ずさんでみたというか。
KOZZY:しかもAKIRAの場合、Aメロ、Bメロ、サビって感覚がないんだよ。僕らはずっとその形式に縛られて曲を作ってきたけど、彼女は元から自由なんだよね。「The Night in the Valley」もサビらしいサビがないし、Aメロはどこなの? みたいなことにもまるで意を介さない。
AKIRA:もともとすごく短い歌詞で、真夜中に車で走っているとジャンキーが窓を覗き込んできて怖い思いをして…みたいな説明をKOZZYさんにして、そのやり取りの延長で「じゃあサビはこうしようか」とか詰めていった感じですね。
KOZZY:そうやってコードや形式が変わって、サビは最終的に“Driving, Driving...”しか唄ってないんだけどね。
──それでも暗闇の疾走感や不穏な空気は充分に伝わりますよね。
AKIRA:分かりにくいようで分かりやすい歌詞っていうか、やっぱり私には日本語の表現が難しくて。なかなか思い通りの言葉が出てこなくて悩んだけど、でもそこは歌なんだから聴いてくれる人が想像してくれればいいかなと思って。その想像が私の意図することと違くてもいいし、そもそも正解なんてないし。
KOZZY:今や音楽はサブスクで聴かれるのが世界的に主流で、再生回数を稼ぐことに重きが置かれるから曲は比較的短く、フックも早めに来るわけじゃない? そんな時代にイントロ、Aメロ、Bメロ、サビ、大サビ…なんてやっててもね(笑)。日本で連綿と受け継がれてきたロック的なものが若い世代には演歌みたいに映る日も近いだろうし、それでも演歌が好きな人は確実にいるから残ってはいくんだろうけど、ロックというか音楽の在り方が変わっていくのは当然だし、僕もその新しいほうへ行きたい思いはあるね。

──音楽の豊かさとは時代という地層の積み重ねをいつでも気楽に味わえることだと思うし、世代による分断で先人から受け継いできた音楽の古典が失われてしまうのは非常に惜しいことですよね。その意味でも今回のAKIRAさんのアルバムはヤングとオールドをつなぐジョイントのような役割を果たす作品のように感じます。
KOZZY:そうだね。今や若年層と高年層の聴く音楽がまるっきり分かれちゃってるし、古いロックンロールも僕らがやめたらなくなりそうだしね。
自分には歌しかないと感じることが増えた
──でしょうね。ところで『L.U.V』というアルバムタイトルはラヴェンダーズにも通ずる表記ですが、意味としては「分断の時代こそ“愛”を」といったところでしょうか。
AKIRA:自分の中で“L.U.V”がキーワードみたいになってて、“LOVE”だと照れくさくて圧がすごいけど、スラングの“L.U.V”だったら言いやすいみたいな。それって日本語で言うのは照れくさいけど英語だったら言えるっていう私の感覚と一緒なんです。「やっぱり愛だぜ」とか言われると、うわ、さぶ…ってなっちゃうので(笑)。だけど“L.U.V”なら語呂も響きもいいってことで、タイトルにどうですか? と提案されたんです。
──プロデューサーに?
KOZZY:提案したのは川戸(A&Rの川戸良徳)だね。
川戸:「恋のヴァレンタインビート」の歌詞に出てくる言葉だし、もちろん“Luv-Enders”というバンド名にもつながるし、タイトルとしていいなと考えていたんです。それにDISC-2のクリスマスソングも“L.U.V”に通ずる部分があると思ったし、全体のコンセプトからもズレないかなと。
AKIRA:“LOVE”だと「それも分かるんだけど…」みたいな感じでトゥーマッチすぎるし、カリフォルニアの緩い空気も含めて“L.U.V”がぴったりだなと思って。「Remember Me to Myself」に「そのままでいい」という歌詞がありますけど、「変わらなくていいよ」みたいなことを唄うのも実は恥ずかしいんですよ。それで“Stay as the way you want”って英語の歌詞を使ってるんですけど、日本語で言うのがくさければ英語で言えばいいじゃんと思ったし、英語なら自分が本当に言いたいことが言えたのでいいチョイスができましたね。

──“ウィズ・ザ・ロックスヴィル”名義のソロ・ユニットは今後も続いていく予定なんですか。
AKIRA:そのつもりです。ラヴェンダーズで見せていた側面とは違う部分を出せる面白さが“ウィズ・ザ・ロックスヴィル”にはあるので、今後も両立させていきたいですね。
──『L.U.V』に収録された曲はお世辞抜きでどれも良い出来だし、願わくばそれをライブで体感したいものですが、コロナもまだ予断を許さぬ状況ですしね。
KOZZY:AKIRAみたいに若い世代がこのコロナ禍によって失った時間は計り知れないものだし、この2年の世界の流れによってラヴェンダーズとは違う表現になってしまったかもしれないけど、こればかりは誰もが皆変わらざるを得なかったわけだからね。僕らもそうだけど、若い世代は特にそこで上手く順応していくしかないし、音楽をやる人たちはこの先の流れを読みながら行動していくのが大事だよね。
──そういうことをKOZZYさんがAKIRAさんを始めとする後進たちに向けてプロデューサーとして背中で教えている、『L.U.V』はそれを象徴したアルバムなのかもしれませんね。
KOZZY:まあやっぱり、僕もこの歳になると若者たちの救済に奔走しないといけないのかな? って思うし(笑)、じゃないとけっこう大事なものが抜け落ちてしまう気もするしさ。具体的に何ができるかはまだ分からないけどね。
──AKIRAさんはこのコロナ禍を経て、歌と向き合う姿勢に変化はありましたか。たとえば一生唄っていこうという気持ちが定まった…と言うとくさいのかもしれませんが(笑)。
AKIRA:でもその気持ちはありますよ。ラヴェンダーズのセカンドを出してからもう3年、23歳だったのが26歳になっちゃって、このスタジオにずっといながらいろんな作業をする中で唄っていきたいと思うことがすごく増えました。最初は楽しいことばかりじゃなかったし、プロデューサーのしごきもあったけど(笑)。でも今は唄うことに楽しさをやっと感じるようになって、自分にはこれが合ってるんだと素直に思えるようにもなったんです。そういう部分でも良い意味で変われた2年間だったと思います。どれだけ忙しくても唄ってる時間、何か作ってる時間が好きだし、いろんな制約がある中でもその時間はこれからも大切にしていきたいですね。