「終わりのないのが終わり」——これは『ジョジョの奇妙な冒険 第5部』の終盤、主人公に敗れたラスボスが味わう地獄のような体験を表す言葉です。主人公のスタンド能力によって、ラスボスは死ぬ直前の苦しみを永遠に繰り返すという、結末すら訪れない無限のループに囚われてしまいます。


 終わりのないのが終わり。一読して意味をつかみづらいこの言葉は、私の中に不思議なほど強く残りました。読み返すうちに、その含意と重みがだんだんと理解できるようになり、いつしかこのセリフこそが作品全体を象徴しているようにすら思え、何度もこの漫画を読み返すようになりました。

 まさかこの言葉が後になって、私自身の卒業研究の過程を語る上でぴったりの表現になるとは思いもしませんでした。

 私は福岡工業大学 情報工学部 情報工学科に在学しており(編集部註:2025年3月時点)、セキュリティ領域に強い種田 和正(おいだ かずまさ)教授の研究室に所属しています。種田教授は、福岡県警と協力して匿名通信ソフト「Tor」を悪用する犯罪を追跡するなど、非常に先端的なセキュリティ研究に取り組んでいる技術者であり、私がこれまで出会った中でもとりわけ刺激と影響を受けた人物です。

 とはいえ、私がこの研究室を選んだ理由は、最初から高尚な動機によるものなどではありませんでした。近年、サイバー攻撃のニュースが日常的に飛び込んでくるようになった中で「せめて自分の身くらいは守れるようになっておきたい」といった、かなり軽い気持ちがきっかけでした。

 2024年3月頃から私は卒業研究に本格的に取り組み始め、毎週の研究進捗発表では研究の進み具合とともに、サイバーセキュリティに関して自分が気になった最新ニュースを取り上げてコメントを述べる時間が設けられていました。やがて学生たちは、それぞれ自分に合ったニュースソースを自然と持つようになり、私は ScanNetSecurity の記事を頻繁に引用するようになっていきました。

 ScanNetSecurity を定期的に訪れるようになって私が知ったのは、想像を超えるほど高度かつ執拗なサイバー攻撃と、それに対抗する現場の必死な対応の数々でした。対策が打たれても新たな脆弱性が生まれ、イタチごっこのような戦いが無限ループのように続いていく。
このとき「終わりのないのが終わり」という言葉がサイバーセキュリティの世界にぴったりと重なるのを感じ、私は自分が選んだこの研究室が偶然ではなく、どこかで導かれていたかのように思うようになりました。

 私は卒業後、Python を用いてアプリケーション開発を行う企業に就職する予定です。大学では C言語を主に学んでいたこともあり、Python は卒業研究の中でぜひ挑戦しておきたい言語でした。その中で出会ったのが、「Web スクレイピング」という技術です。これは Web サイトから特定の情報を自動的に取得するもので、たとえばニュースサイトの「新着情報」部分だけを抽出することが可能になります。

 進捗発表で ScanNetSecurity の記事を紹介する中で感じていたのは、記事のタイトルが非常に特徴的だということです。たとえば「私用ケータイと社用ケータイ、同期したら顧客情報外部流出の可能性」といった具合に、タイトルだけで記事の要点が理解できるのです。Web スクレイピングによる情報抽出の対象として ScanNetSecurity はとても理想的であることに気づきました。

 私はスクレイピングをテーマとした卒業研究を本格的に構想し始めました。しかし問題は実際にスクレイピングして良いかどうか、対象となるサイトの管理者から許可を得る必要があることでした。私は三つの候補を選定して、各 Web サイトに問い合わせを行い、その返事を待つことにしました。

 最初の一社からは問合せの翌日に返事がありました。
しかし残念ながら「お断り」でした。

 二社目からは反応がなく、恐らく同じ結果だろうと落胆しました。

 そして本命だった三社目、ScanNetSecurity からの返答は一向に届きませんでした。私は焦燥に駆られながら、もし週末までに返事がなければ卒業研究のテーマはスクレイピングではない代替案に移ると決めました。木曜日の朝にメールを確認しても音沙汰はなく、私は重い気持ちで代替テーマのひとつに手をつけ始めました。しかし、どうしても心が乗らず、ただの「作業」に感じられて仕方ありませんでした。

 ところが、その日の夕方、奇跡が起きました。ScanNetSecurity からの返事が届き、なんと「条件付きで許可する」とのこと。その条件とは、「卒業研究の体験を記事として寄稿すること」。まさに、今この文章を書いていることが、その条件の実行なのです。

 当時の私は、「やった! ありがとうございます!」という勢いで「書きます」と即答してしまいました。しかし今、こうして慣れない記事執筆に苦しみながら「なぜ卒業研究後にこんなきつい思いをしているんだ」などと考えてしまう自分もいます。


 卒業研究に取り組んでいた日々は決して順風満帆ではありませんでした。HTML の解析が思うようにできず、抽出対象の設定でつまずき、出力の整形にも時間がかかりました。参考資料を読み込んでも、なぜか自分が知りたいことに限って書かれていないのです。頭を抱え、時に投げ出したくなる瞬間もありました。

 それでも、代替案を嫌々進めていた時に比べればそれは、ずっと楽しく、ずっとやりがいのある時間でした。「寝る間も惜しんで」というより「寝ることを忘れて取り組んでいた」という表現の方が正しいかもしれません。一歩ずつ壁を乗り越えていく過程が何より楽しかったのです。教授のサポートが私の背中を押し続けてもくれました。

 こうして卒業研究をやり遂げることができた私は、本当に幸運だったと思います。ScanNetSecurity の担当者の方、ジョジョの奇妙な冒険という作品、そしてニュースに触れる習慣をつけてくれた種田教授のどれが欠けていてもこの経験は得られなかったはずです。

 記事執筆の経験などこれまで一度もなかった私が、今こうして自分自身の研究体験を文章にまとめている。このプロセス自体が、卒業を目前にした自分への、かけがえのない贈り物になりました。
書き進めるうちに、自分の大学生活の意味や、ここで過ごした四年間の重みを自然と感じ取るようになったのです。

 卒業後、私はセキュリティ分野の企業に進むわけではありませんが、それでもこの分野への興味は、確かに私の中に根づいています。そして「終わりのないのが終わり」そんなセキュリティに関わる人たちのカッコ良さもまた、しっかりと心に刻まれました。これからも、セキュリティに関するニュースに触れる習慣を大切にしていくつもりです。

 そしていつか、友人たちにこう語れる日が来るのを楽しみにしています。

「おい、俺ってさ、卒業前に企業から『記事書いてくれ』って頼まれて、仕方なく寄稿したんだぜ!」

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