セキュリティには物理と情報の二種類がある。日本のセキュリティイベントではこの差は明確だ。
通常、セキュリティイベントやカンファレンスというと、暗黙のうちに情報セキュリティの話になる。防犯カメラ、フラッパーゲートを見たければ物理セキュリティのイベントに行く必要がある。

 また、情報セキュリティはスーツに背広のホワイトカラーで、物理セキュリティはネクタイに作業用ジャケットなど、ブルーカラー寄りのイメージで想像されることが多い。

 だが、隣国、韓国のセキュリティイベントはそうではない。物理も情報も分け隔てなく扱われる。むしろなぜ分けるのかという感じだ。少なくとも「SECON 2025」は、物理とサイバーの融合を前面に打ち出していたセキュリティイベントだった。特徴的だった展示をベースに説明する。

● 江戸川区のグローバルメーカー、30 km 先を視認 望遠レンズ(SWIR)
 まず最初に紹介するのは、SECON 2025 で日本企業としてただ一社ブース出展していたミュートロン社。同社は江戸川区にあるカメラレンズメーカーだ。こういうと脳内には下町の町工場が浮かぶが、高性能レンズや特殊用途の CCTV カメラに突出した技術を持つグローバルメーカーだ。空港や港湾ほか外国のインフラ産業等を顧客に持つ。


 どれくらい突出しているかというと、ニコンなど大手レンズメーカーや精密機器メーカーが手が出せないようなニーズやカスタマイズに応える技術を持っている。用途としては、例えば山火事の監視や、緊張下にある国境の警備、空港や港湾の警備や監視、アンチドローンシステムがあるという。

 同社の SWIR(短波赤外線)レンズは 30 km先(!)の建物の形状をしっかりとらえることができる。通常の可視光カメラでは、30 kmも離れると、大気のゆらぎや水分、微粒子等で対象の輪郭や形状が歪んでしまう。赤外線を利用することで、霧や雨などの悪天候下で 10 km先から侵入してくる航空機の形を捉えることができる。

 いまのご時世なら、前哨基地(アウトポスト)での監視や兵器利用といった用途もありそうだが、同社は、兵器用途には販売しないという明確なポリシーを持つという。

● 「人」とは何か? 哲学的命題を追う AI カメラ
 neowine 社は AI による画像認識技術に強い韓国の会社だ。画像認識の AI はいまやコモディティ化している分野だが、同社は人間の検知技術など保安に関わる AI を追求している。neowine 自体はカメラや AI チップなどのハードウェアを手掛けることはなく、カメラ等から取得された画像の中から、それが人なのか車なのか、人のようなもの(人ではない)なのかを高い精度で検知する AI アルゴリズムとそのチューニングを得意としている。

 韓国も有数の CCTV による監視カメラ社会だ。街の至る所、建物の至る所にネットワークカメラが設置されている。そのようなカメラは、単に画像を記録するだけではなく、カメラ自体に特定の認識機能を実装しているものが多い。
通信負荷が減り処理や運用が効率化するからだ。記録した画像をオペレーションセンターに送信して、センターで分析して人を抽出するのではなく、カメラ自体が人体検知、車両検知、火災検知といった機能を持つ場合がある。

 同社 AI は、形状や動いているかどうかではなく、動き方や画像全体のコンテキストの中から、人かそうでないかを判定する。哲学的な話でたとえるなら、人のように四肢があり、二足歩行をしており、顔には目鼻もある。服も着ており。動いてもいる。しかし、それだけで人間たりえるのか? といった話だ。わかりやすくいえば、人型ロボットが歩行していても「人ではない」と認識できるかどうかが、今後の監視カメラには求められる性能かもしれないのだ。

 なお、同社の技術は、自動車の認識(ナンバープレート読み取り含む)、火災検知などにも適用されている。つまり要件を設定しさえすれば、「バイク」でも「動物」でも、あるいは「道に落ちているタイヤ」でも認識する AI を作ることができる。

● 3,600 台のカメラをリアルタイム監視
 日本の監視カメラ(CCTV)は、スタンドアローンで画像を記録しているものが多い。一方で警備会社の見守りカメラやビルの監視カメラなどはネットワーク化されており、マルチスクリーンですべてのカメラ映像をブラウズできる設備もある。


 そういったところでは、4 分割、8 分割となったカメラ監視画面を見かけることがある。だが、EMSTONE社は、合計で 3,600 台のカメラの監視映像を会場ブースを使って展示していた。60 型と思われるモニターが 100 台、壁面に配置され、それぞれが 6 × 6 で分割されている。さすがに 3,600 台すべてがカメラからの生データではないが、映画の「ゴッサムシティ監視システム」で見たような、既視感のある超マルチスクリーンは圧巻だ。なお、動態展示されている画像ソースには、会場のカメラの他、同社製レコーダーの保存データも利用している。

 EMSTONEは、もともとカメラレコーダーの会社。CCTV の普及にあわせてレコーダーの要件も変わってきた。信号もアナログビデオ信号から IP ストリームになり、スイッチャーはネットワークスイッチになった。同社の製品は CCTV カメラの他、マルチポートのネットワークスイッチや制御ユニットなどだ。どれもリアルタイムストリーミングに対応するスループット性能を持つ。

 3,600 チャネルあったらもはや人力ではチェックできない。だからこれは文字通りのデモンストレーションなのだが、今後 AI がカメラ監視を担うなら、このような構成もあながち荒唐無稽とは言えないかもしれない。
なお、同社のシステムは日本ではパチンコ屋などが導入しているそうだ。

● 政府機関や教育機関が使う熱源センサーの用途は?
 カメラの話が続いたが、モニタリングはカメラだけの仕事ではない。サーモセンサーを使った監視ソリューションもある。GITSN社は、サーモセンサーとその画像を分析する技術を持っている。

 GITSN 自体は、センシングだけでなく監視ソリューション、SOC サービス、監視サービスを提供している会社だ。その中に「熱源監視」のソリューションもある。展示のひとつに、トイレを模した熱源監視製品のモックがあった。これは、トイレの中の隠しカメラを発見したり、個室内や周辺での不審者の検知を行う「Alpha-C」というソリューションだという。

 トイレの熱源検知は、喫煙防止などが一般的だが、GITSN のサーモセンサーは周辺の状況を含めた全体を計測する。たとえば隠しカメラは電子機器を内蔵している。多くは無線通信機能も持っているので、いかに巧妙に仕込んで人間の目をあざむいたとしても必ず一定の熱量を発生するのでサーモセンサーの目はごまかせない。偏光フィルターを使ってスモーク処理したパネルの裏側の隠しカメラのレンズを光学的に検知する方法もあるが、センサーを隠しカメラの方向に向けない限り検知できない欠点がある。
検知に時間もかかる。

 単に熱源の有無を探知するだけではない。継続した監視を行ってデータを集めることで「正常時のデータ」を理解して、隠し撮りカメラ等をアノマリーと判断する。すなわち UEBA と同じ原理で動くのがこのソリューションだ。さらに単にトイレ内の「スマホの置忘れ」なのかも判定できるアルゴリズムも組み込んでいる。

 GITSN は、韓国国内を中心に約 90 か所の政府機関や女子学生の多い教育機関等にこの Alpha-C を提供しているという。アラートを監視して必要な対応を行う SOC サービスがインクルードされて提供される。本来の狙いは広義の不審者検知かもしれないが、 SECON 2025 で紹介されていた機能はまちがいなく性犯罪対策である。こういう訴求をする韓国は、OECD 加盟国内で男女格差ワースト 1 の日本ほどではないにせよ、女性の権利や人権に対する意識が必ずしも高いとはいえないのかもしれない。

● 木製ドローンや対戦車バリケードまで展示
 日本でも小渕優子衆議院議員のドリル事件でかつて話題となったハードディスクやストレージの物理的破壊に関する製品も展示されていた。製品名の「WaZac」(ワチャック)とは韓国語で「むしゃむしゃ」というオノマトペだそうだ。製品自体は珍しいものではないが、WaZac は人力で HDD や SSD を破壊する。
圧壊する治具に HDD や SSD ドライブを挟み込み、レバーを上下させる。HDD には穴が開き、SSD は内部のチップがつぶれて破壊されるようになっている。圧力は 8 トンほどになるという。

 WaZac は電源のないところでも使えるのがセールスポイントだ。電源のない状況とはたとえば、前線、野営地などで韓国軍から引き合いがあるという。あたりまえだが前線にコンセントはない。なんらかの理由で端末が北朝鮮の手に渡る可能性がある場合にそのままにしておいたのでは、小渕衆議院議員同様に重要情報が望まぬ相手、この場合は北朝鮮に渡ってしまう。

● スーツから作業ジャケット、そして軍服へ
 だんだんと物々しくなってくる。木と段ボール製のドローンを展示していた会社もあった。よくあるマルチコプタータイプではなく、翼がついた飛行機タイプでプロペラで飛行する。なぜ木製かというとレーダーに探知されないようにするため。ペイロードは 1 kg ほどだという。秒速 10 メートルほどの速度で 2 時間程度の飛行が可能だ。価格は日本円で 25 万円。思ったより高くない印象だが、じつはこのドローンは帰還させて回収することは想定していないようだ。すでにウクライナで偵察機として実戦投入されているという。こういう展示があるのが SECON 2025 である。

 さらにナショナルセキュリティに近づいていくが、対戦車バリケードが展示されていた。道路に設置するタイプなので野戦用ではなく都市や重要施設防衛のため装置だ。

 海外の駐車場や高速道路の出口などにある逆走防止のバリケードを見たことがあるだろう。形としてはあれに似ているが、普段は道路や施設に埋め込まれており、有事になるとせりあがってくる。スロープ状になっているので、キャタピラなら乗り越えることができるが、適当な間隔で設置して、間に戦車を誘い込めば、動きを止めたり、装甲の薄い上面を斜めに晒すことができたりする。この状態にできれば RPG や対戦車砲を発射した際の効果を高めることができる。

 「北朝鮮トンネル事件」というのが過去実際にあった。韓国に兵士や兵器を送り込むために北朝鮮が地下 70 メートルにトンネルを掘っていたものだが、発覚して停戦協定違反で糾弾された。

 北がせっせとトンネルを掘っていた、こう聞くと何かサングラスをかけたモグラ的な、のどかな風景が目に浮かぶ。しかし実際は「戦車の走行を想定したトンネル」であり、発覚時点で首都ソウルから 52 ㎞ 地点まで掘り進められており、52 ㎞ といえば直線距離で東京駅と平塚駅程度しか離れていない。平塚から東京に向かって戦車群が走行する絵を想像してほしい。韓国にとって隣国による軍事的暴力のリスクはすごく身近なものだ。だからこんなプロダクトが開発され、おそらくは開発と改良を継続する目的、および戦車の最新の性能等の情報収集を顧客のユースケースを通じて行うために、外部に販売されるのだろう。

 ちなみに「北朝鮮トンネル事件」で発見されたトンネルは、埋められるどころかトンネル内に線路を切ってテーマパーク化され、アトラクション的に低速度のコースターを走らせる観光地化がなされている。PR と広報に関して間違いなく韓国は北の一枚上手を行く。

● 戦時下は物理とサイバーの融合は必然
 今回はイベントの特徴をお伝えするため物理セキュリティに寄せたものを取り上げた。だが SECON は、決して物理セキュリティだけのイベントではない。全体の展示としては、ランサムウェア対策やクラウドセキュリティのような一般的なサイバーセキュリティソリューションも会場の半分ほどを占めていた。ただしこれは国産製品がほとんどであり、海外製品で見かけたのは、孫正義のソフトバンクの資本が入っている Cybereason、ほぼほぼこれだけだったというのは以前の記事に書いたとおり。末尾にリンクを置いた最初に出した記事にも書いたが、韓国は国産サイバーセキュリティプロダクトが国家的に育成され超優遇されているから海外勢が売りに来ないのかもしれない。機会があれば来年取材してみたい項目である。

 ここで紹介した展示の他には、「X 線スキャナー」「電子柵(編集部註:センサーがついた柵、触れると電流が流れるような柵は国際法違反なので製造できない)」「非破壊検査機器」「無線機器」「自動ゲート」「各種ドローン」のような設備・機器が混在している。説明員の多くは昭和のお父さんのような雰囲気のある中年の男性技術者が大半だったにも関わらず、会場には独特の緊張感があった。客として来訪している韓国軍人も何名か目にした。

 考えてみれば現在、ウクライナ、ガザ地区、レバノン、南スーダン、ミャンマーなどは戦時下にある。

 日本でも台湾有事の議論がなされているが、日本の庶民にとっては(南西諸島以外には)まだ何も実感はないのが本音だろう。一方で韓国は長年、北朝鮮と戦争状態にある(1953年から休戦しているがまだ終戦を迎えていない)。中国、ロシアとも陸続きである。制御されていたとはいえ、最近でもクーデターが起き、戒厳令が発布された国である。こうした地政学的環境に置かれた国から参考にできることは多いはずだ。

 戦時下において物理セキュリティとサイバーセキュリティが相互連携し融合するのは、抜け漏れのない網羅的対策という点で必然なのだ。

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