田子坊との出会い
―中国に来たきっかけは?

 マーケティングコンサルティング会社で働いていた時、上海のホテルプロジェクトを担当していたことから、月に1度出張で上海に来ていました。その時、ランチを食べに来ていたりした田子坊をすっかり気に入ってしまって。
ここで自分の店をやりたいと思うようになったんです。

―入社して一年弱で辞めて、上司には何も言われませんでした?

 会社には今でも在籍しているんです。上海に渡って自分で開業したい、でも今の仕事もやりたいと言ったら、上司は「分かった!」と言ってくれて。上海でのプロジェクトは私が担当するという雇用形態に変えてくれました。昨日も会議に出席して来たばかりです。

中国株
―なぜ、うどん屋をやろうと思ったのですか?

 私自身が好きな食べ物で、しかも田子坊に無い業種というのがうどんだったんです。私は、うどんは「日本のヘルシーなファーストフード」だと思っています。

―それにしても若干26歳、開店資金はどうしたのですか?
 
 中国のB株、H株で儲けたお金を資金にしました。全部、自己資金なので、比較的慌てずに経営することができています。

―スゴイですね~。

 親も祖母も株好きなので、自宅に株の本とかがたくさん置いてあったんです。だから自然に株取引に興味を持っていましたね。
今でも経済の本とかよく読みますよ。

ロンドンと転機
―南海大学に留学していた時に、中国経済も勉強をしましたか?

 いえ、中国語の勉強がメインでしたが、その時に彼と知り合い、お互い母国語ではない中国語で話そうということになって、最初の一カ月間は筆談でコミュニケーションを取りました。だから中国語の勉強は頑張りましたね(笑)。その後、彼のロンドン勤務に合わせて、私もロンドン留学に行ったんです。

―そのまま定住しようと思わなかったのですか?

 ロンドンはアジア人に閉鎖的で、就労するのも難しい社会だと感じました。彼はバリバリ仕事しているのに、私はここで何をしているんだろうって、虚しくなってしまって。だから東京に戻って仕事を探しました。

―その後、上海に来るわけですが、短期間に色んな場所に移り住みましたね。

 知人からは、脈絡が無い、行き当たりばったりの人生だと揶揄されるんですけど、私の人生の理想像はハッキリとしていて、今回の開業も理想の状況に近づくための延長線上にあるんです。

理想と現実
―その理想とは?

 興味のあることを仕事にして、収入もしっかり得る、そして周囲にいる人をハッピーにするというのが、私の理想の人生です。それから、自由がある生活をしたい。欲張りだけど、それが出来ればいいなと思っています。


―自由がある生活とは?

 時間的にも経済的にも自由でいられる。そういう点で自営は良いですし、それが実現できるのが上海だったんです。

―目下の悩みは?

 感情の幸せと仕事の幸せのバランスをどうやって取るのかが課題です。彼は、今、研修で上海に来ているんですが、9月には又、別の赴任先に行ってしまうんです。母は彼について行けと言うんですが、私は仕事でやりたいことが、まだまだあるんですよね。自分は、どこでどう折り合いを付けるんだろうって、いつも考えています。
 
―まだ20代、たくさん選択肢があって迷いますね。

 はい。だから、上海で起業している人に、もっと多く会って色々お話を聞きたいと思っています。その中から、答えが見つかるんじゃないかなと思っています。

―今後の目標は?

 仕事では、まずお店の経営を安定させることです。それと平行して、別の仕事も立ち上げたいと考えています。
このうどん屋は1人で始めましたが、私は、人と組むことで状況はガラっと変わると考えています。1人ではできないビジネスも組むことでできるようになる。今後はそういう方法でビジネスを伸ばしていきたいなと思っています。

・このインタビュー記事は、『ウェネバー上海』による提供です。 2008年7月号 BizウーマンInterview。

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