持続可能性に支持高まるアイルランド産牛肉 対日輸出10年で11倍増、高品質の牧草牛を安定供給
 赤身肉のおいしさと健康性、そしてサステナブルな生産方法が支持され、日本でも人気の高まるグラスフェッドビーフ(牧草肥育牛)。欧州の西端に位置する島国でありながら、食料の一大生産国として知られるアイルランドでは、日本向けの牛肉輸出拡大に近年力を入れている。
その高品質と優れた味の安定的供給を実現する、同国独自の仕組みとは――。

地理条件生かした生産 独自の「パドック方式」

 アイルランドの牧草飼育牛肉産業は、持続可能な高品質の牛肉を生産するための理想的条件が整った自然の地形により支えられている。

 穏やかな冬と安定した降雨量を誇る同国の温暖な海洋性気候は、一年中牧草を育てることを可能にする。これにより、牛は年間平均233日屋外で放牧され、その食事の約95%は新鮮な牧草と牧草ベースの飼料で構成されている。栄養豊富な牧草を食べて育つので、霜降りのような肉質となるだけでなく、オメガ3含有量の増加など栄養価も向上。輸入飼料への依存が減ることで炭素排出量の削減にも貢献する。

 氷河活動によって形成された豊かで肥沃な土壌は、密で栄養価の高い牧草地を自然に育み、合成肥料の必要性を最小限に抑え、健全な土壌生態系に貢献している。アイルランドの豊富な天然水資源は、集中的な灌漑を必要とせずに持続可能な農業をさらにサポートする。

 また国土がコンパクトなため、サプライチェーンが短く効率的で、輸送関連の排出量が削減され、鮮度とトレーサビリティの向上により肉質が保たれる。

 これらの地理的特徴が相まって、動物福祉、環境管理、優れた品質を優先した方法で牛肉を飼育できる環境が生まれる。

 国土の85%を占める牧草地はパドック方式を採用。牧草地を区画に分け、牛を区画から区画へと移動させる放牧方法だ。
牛が立ち入らずに草が生える期間を確保することで、年間を通じて安定した草を飼料として供給することができる。この効率的なアプローチにより、最適な草の再生が保証され、牧草を食べて育った優れた牛を育てることを可能としている。

 このパドックシステムに欠かせないのが、アイルランドの恵まれた地理的条件だ。

 温暖で湿潤な気候により、放牧シーズン中は草が安定して生育。肥沃な土壌は、すぐに回復する栄養豊富な牧草地を生み出す。さらに豊富な天然水によって、灌漑を大量に行わなくてもパドック全体で確実に水へのアクセスが可能。また土地サイズがコンパクトであるため牛のローテーションが容易で、群れを細かく管理できるのも特徴だ。

 パドックシステムは、環境と牛の福祉の双方に大きな利点をもたらす。

 新鮮な牧草地を定期的にローテーションすることで、このシステムでは牧草の効率が最大化され、輸入飼料の必要性が減る。牛は1年の大部分を開放された自然環境で新鮮な牧草を与えられるためアニマルウェルフェアが向上し、ストレスが軽減される。その結果、肉質、柔らかさ、栄養価、風味が向上する。

 環境面でのメリットも大きい。
パドックシステムは、放牧サイクルの間に牧草地に回復する時間を与えることで土壌の健全性に寄与。また飼料や肥料、水などの外部からの投入の必要性を最小限に抑えることで環境への影響を軽減。システムの資源効率と持続可能性を高める。

 アイルランドの牧場の多くは、家族経営で高品質で持続可能な牛肉を提供する上で重要な役割を果たしている。牛はストレスの少ない開放的な牧草地で飼育されており、動物福祉が向上し、より柔らかく風味豊かな肉になる。

 量より質に重点を置くこれらの農場は、直接的なケアを提供。より健康な動物と一貫した牛肉の品質につながっている。

 農場は牛肉が加工される工場の近くにあるため、動物は遠くまで移動する必要がない。ストレスが少なく、より新鮮な肉になる。何世代にもわたって農業を営んできた家族は、守り続けてきた誠実な牧畜方法で、主に天然の草で牛に餌を与えている。また、将来の農業のために土地を健康に保つよう、土地を注意深く管理している。

「オリジン・グリーン」国を挙げサステナビリティ追求

 彼らの多くは、世界で唯一の国家的食品持続可能性プログラム「オリジングリーン」に参加。
排出量削減、生物多様性の向上、水の保全に関する年間目標を掲げている。

 過去10年間にわたり日本に輸出されているアイルランド産牛肉は、高品質の牧草飼育牛肉を日本市場に安定供給し続けている。

 2024年のアイルランド産牛肉の日本への輸出量は約3477tに達した。

 食品・飲料の国内外での販売を促進するアイルランド政府食糧庁Bord Bia(ボード・ビア)は2019年、日本事務所を開設。アイルランド産牛肉の輸出にとって大きな節目となった。2014年以降、日本への輸出量は約1044%という驚異的な伸びを示し、牛肉の輸出量約3173t増加。この成長は、高い持続可能性と品質基準により生産された牧草飼育牛肉への需要の高まりに支えられ、日本市場における高い評判を浮き彫りにした。

安全性とおいしさ高評価

持続可能性に支持高まるアイルランド産牛肉 対日輸出10年で1...の画像はこちら >>
アイルランド産のグラスフェッドビーフは、ストレスの少ない大自然の中で育てられている 日本に輸出される牛肉には、冷蔵・冷凍の骨付き牛肉、冷蔵・冷凍の骨なしがある。

 冷凍の骨なし牛肉は依然として最も需要の高いカテゴリーであり、日本向けの主力。2024年の輸出実績は約 1487tを占め、市場への総輸出量の42・7%を占めた。約1万5000t。市場への総輸出量の78%を占めた。


 レストラン「ラ・ビスボッチャ」オーナーの井上シェフは「アイルランド産のグラスフェッドビーフは、ストレスの少ない大自然の中で育てられているため、肉質が柔らかく、風味が強い」と高い評価を寄せる。

 ザ・モメンタム・バイ・ポルシェの林シェフも「グラスフェッドビーフは、アイルランドの豊かな草原でストレスなく育てられているため、程よい青臭さと脂のクセがなく、噛むたびに味わい深い味わいが楽しめる」と語る。

 日本への輸出が継続的に増加していることは、強力な貿易関係、高品質の牛肉に対する消費者の嗜好の高まり、そしてアイルランドが日本市場に安定的かつ持続可能な高級牛肉製品を供給できる能力があることを示している。

 その要因としてまず挙げられるのが、生産余力の大きさだ。同国の食料生産量は人口500万人分を大きく上回り、世界180か国以上に牛肉、魚介類、乳製品を供給。なかでも日本への輸出量は年々増加を続ける。

 加えて農家や工場は、効率的な生産のために常に最新技術に投資。農家、加工業者、輸出業者が緊密に連携することで、日本市場の特性や需要を満たす柔軟な製品開発と輸送システムを実現していることも大きな背景だ。

 同国の牛肉輸出業者の多くは、前述のオリジングリーンに参加。環境への影響を減らし、より効果的に地域社会に貢献し、アイルランドが有する豊かな天然資源を保護することを目的としたプログラムだ。日本への輸出企業の中には、ゴールドメンバーシップのステータスを獲得した企業もある。このステータスを獲得するには、原材料の調達、水とエネルギーの効率、廃棄物の削減、パッケージング、社会的持続可能性などの分野で優れた年間実績を示す必要がある。


 持続可能な牛肉と羊肉の保証制度(SBLAS)は、環境に関する実績を農場レベルで記録、する、オリジングリーンの重要な構成要素のひとつ。牛肉と羊肉が持続可能性、動物福祉、トレーサビリティ、品質の高水準で生産されることを保証する認証プログラムであり、環境と動物福祉の基準を順守していることを確認するために18か月ごとに定期的に農場で監査を行うことなどを保証している。

 アイルランドでは、食品の安全性とトレーサビリティは2つの主要な政府機関、すなわちアイルランド食品安全局(FSAI)と農業・食品・海洋省(DAFM)によって監視されている。

トレーサビリティシステムでは、次のことが義務付けられている。

①個体識別=各動物の両耳に耳のマークが付けられる。
②包括的な記録保持=農場や市場を含むすべての施設で登録簿を維持する必要がある。
③牛のパスポート=各個体には、誕生から屠殺までの移動を記録した「パスポート」がある。
④集中データベース=すべてのデータは、国の政府データベースであるAIMS(動物識別および移動システム)に保存される。

 これらの遵守によって、高い食品安全基準と透明性、消費者の信頼が担保されている。

 2022年、アイルランド政府は2030年までに農業排出量を25%削減するという目標を発表した。

 これを受けて、アイルランドの食肉加工・輸出企業の代表機関であるミート・インダストリー・アイルランド(MII)は2023年に初の年次持続可能性進捗報告書と2030年までのロードマップを発表。炭素排出量の削減、水質の改善、生物多様性の促進、地域社会の支援への取り組みをあきらかにした。


 ロードマップの序文で、MIIのフィリップ・キャロル会長は次のように述べている。
 
 「過去7年間、加工業者は持続可能性イニシアチブに約1億5000万ユーロを寄付し、農場レベルの投入コストの削減、農家への経済的利益、排出量削減への大きな貢献というメリットをもたらした。牛肉の平均仕上げ年齢を22~23か月に短縮するという新しい目標は、2030年までの温室効果ガス排出量累積削減に追加される。持続可能な牛肉・羊肉生産を保証する制度(SBLAS)のデータによると、アイルランドの牛肉生産における3年間の移動平均カーボンフットプリントは、2014~2016年と比較して13%減少している。さらに、2021~2023年の牛肉生産による農場レベルの絶対排出量は、2016~2018年と比較して4%減少したと推定されている」。

 安全性とおいしさ、そして国家レベルでのサステナビリティへの取り組みに裏付けられたアイルランド産牛肉。その先進性には、今後も世界から注目が集まりそうだ。
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