今年4月、長男の膝附宥太専務取締役兼営業本部長に社長のバトンを渡すひざつき製菓の膝附武男社長は、亀田製菓に窮地を救われた過去を明らかにした。

 膝附社長が入社したのは1988年。
その当時、ひざつき製菓は、「城壁」の大ヒットの反動減で売上が落ち始め倒産の危機に瀕していた。

 一社員だった膝附社長が窓口となって、亀田製菓に会社の身売りをもちかけたところ、亀田製菓からは受託製造を奨められ「約15年間、亀田製菓さまの下請けをさせていただきながら、なんとか息を吹き返すことができた」と振り返る。

 その間、下請け・元請けの関係に留まらず、亀田製菓から米菓づくりや経営の手ほどきを受ける。
 「どのようにしたら精度高く同じ品質のものができるかという米菓づくりの基本や数字の見方といった経営的な管理手法を全て一から教えていただいた。本当に“恩人”。命拾いし再生へと導いて下さった」と感謝の意を表する。

 ひざつき製菓は、草加せんべいをはじめとする職人的な技術の継承に重きを置く関東の米菓メーカー。亀田製菓の指南を受け「科学的根拠をもとに合理的にものづくりをしていく工業的な新潟の米菓メーカーの良さも持ち合わせることができた」という。

 1994年に発売した「えびせんべい」がヒットしたことで、ひざつき製菓は自立への道を歩む。

 「えびせんべい」は、専務時代の膝附社長が旗振り役となり、社員一同がなんとか新たなヒット商品を生み出そうと必死の想いで全国を巡りヒントになる素材を探し回って開発された。

 2023年、創業100周年の節目に掲げた会社指針「生活をかけて、お客様においしく感じていただく」の中の「生活をかけて」の文言には、倒産の危機に瀕して食うに困った歴史が刻まれている。

 売上高は、膝附宥太氏が取締役営業部長に就いた2016年から右肩上がりに推移。
今期(3月期)売上高は前々期比19%増の44億円を見込む。このうち卸売は10年間で3倍に拡大し37億円の見通しとなる。

 次期社長について膝附社長は「そもそも生活が苦しかったので、息子を会社に入れることを前提にしていなかった。必ずこれをやってほしいというのは1つもない。17歳で終戦を迎えた父と私、私と息子とでは置かれた環境や空気感が全く異なるからだ。自ら方向づけをすべき」と語る。

 バトンを渡した後は、会長職としての役割を模索しつつ直営店「武平作(ぶへいさく)」の社長業に専念する。
 「3月28日、宇都宮に新店舗をオープンする。これにより『武平作』の来期売上高は今期着地見込みより2億円増収の9億円を計画する。2030年には15億円を目指していく」と意欲をのぞかせる。

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