昨今、所構わず出てくる「エロ広告」が問題視されている。以前には広告費が違法サイトの資金源になったり、著名人の写真を悪用した詐欺広告がのさばったり、そもそも消しづらくてめちゃくちゃジャマだったり、問題は枚挙にいとまがない。
ネット広告はなぜカオスな状態が続いているのか? そもそもの構造を解き明かして考える!
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■問題の背景にあるネット広告の仕組み
子供から高齢者まで、あらゆる世代がネットを利用している現在、「ネット広告」を巡る問題が噴出している。
3月18日、国民民主党の伊藤孝恵参院議員が参院予算委員会で、ネット上にあふれる性的な広告、いわゆる「エロ広告」について、「料理サイトやゲーム攻略サイト、学校配布のタブレットにもエロ広告が入っており、『いつまで放置するのか』と心配と怒りの声が上がっている」と切り込んだ。
実際、日本中で子供への悪影響を危惧する保護者は多く、新聞やテレビでもこの問題は取り上げられた。
ほかにも、日本国内では違法なオンラインカジノの利用を促す広告、著名人を偽った投資詐欺の広告、さらには広告まみれで肝心のコンテンツが見えないウェブサイトなど、問題のあるネット広告の事例は枚挙にいとまがない。
ネットにおけるプライバシー問題の専門家で、日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)の客員研究員である寺田眞治氏は、「これは今に始まったものではなく、ネットの黎明期から議論され続けてきた問題」と指摘する。
「ウェブサイトは基本的に閲覧無料であり、無料だから広告で稼がなければなりません。そして、広告で稼ぐためには目を引きやすい扇情的な内容が求められます。それがネット広告に問題が絶えない根本的な理由です。しかも、この問題は技術の進歩とともに複雑化しており、対策が困難になっています」
こうした事情を理解するためには、「ネット広告の仕組みについて知る必要がある」と寺田氏は言う。

ネット広告は媒体で表示されるまでに「広告事業者」「アドエクスチェンジ」「アドネットワーク」といった経路をたどる。アドネットワークとは「複数の媒体にまとめて広告を出せる仕組み」のことで、アドエクスチェンジは「複数のアドネットワークを管理し、それらの広告掲載枠を交換できる仕組み」のこと。こうした複雑な構造も、規制の難しさのひとつだ
「まず、広告主が広告事業者にネット広告の出稿を発注します。広告の制作やメディアへの掲載依頼は広告代理店や制作会社が担います。
ネット広告は直接メディアに掲載されるケースは少なく、大半は『アドエクスチェンジ』と『アドネットワーク』という、メディアの広告枠を販売する仕組みを経由します。
『アドエクスチェンジ』は広告枠をオークション形式で販売するためのプラットフォームで、『アドネットワーク』が複数の広告枠をセットで仲介する仕組みです。
これらは自動で運営されており、広告主は1回の出稿で多くのメディア、それも自社の広告を見てほしいユーザーが集まるメディアに向け、効率的に広告を掲載することができます。これが、ネットの発展を支えた錬金術であり、価格の設定から掲載先の決定まで、膨大な量の広告を迅速にさばくシステムです」
■不適切な広告が表示される理由
ただ、このシステムは決して完全無欠ではない。
「広告枠の売買はプログラムを介して高速かつ自動で行なわれ、しかも複数の事業者が関わっています。そのため、テレビや新聞のような厳格な審査は難しい。広告主でさえ、自社の広告が掲載されるメディアを事前にすべてチェックするのは困難です。
そのため、いくらメディア側が気をつけていても、子供から大人まで見るようなサイトにもエロ広告が出てしまう、というミスマッチが頻発しています」
実際、今年3月には料理雑誌などを手がける出版社「オレンジページ」の公式サイトに性的な内容の広告が掲載され、同社が謝罪する騒動があった。
オレンジページではアドネットワーク側の審査やフィルタリングにより、不適切な広告は自動的に排除される設定にしていたのだが、その審査をすり抜ける広告が登場し、意図せずしてサイトに掲載されてしまったのだという。
「どれだけ広告審査を厳格にしても、悪質な事業者は、それをかいくぐる方法を講じてきます。審査時は問題のない広告であっても、配信直前に不適切な内容に差し替えられたり、アドネットワークがハッキングされ、広告が不正に書き換えられたり、さまざまな被害が生じています」
メディアの対策に限界があるのだとすれば、ユーザー側にできることはないのか。
「現状でもユーザーが『これは見たくない』と判断した広告を非表示にすることはできます。
日本のネット業界には全体でユーザーの意向を共有する仕組みがないため、このような問題が避けられなくなっています」
一方、EUではユーザーのプライバシー保護の観点から、ウェブサービスに個人の閲覧履歴やプロフィールを提供するかどうかの同意を求め、その選択をウェブサービス間で共有する「同意管理プラットフォーム(Consent Management Platform=CMP)」の導入が始まっている。
グーグルなどの広告ツールでもCMPの導入は必須となりつつあり、この仕組みがあれば、広告の表示に関してもユーザーの意向を適切に反映できるようになるという。
また、EUではサイトの閲覧者が未成年の場合、その個人情報を利用した「ターゲティング広告(ユーザーの属性や興味を学習して、その人に最適な広告を追跡表示する仕組み)」の禁止も定め、違反事業者には厳しい罰則もある。
「しかし、こうした取り組みは日本ではまだまだ広がっていません。日本の法律では原則として、個人情報取得の際に本人同意が不要となっているからです。
事業者に利用目的の通知と公表を求めるだけにとどまっており、ユーザーの同意なく個人情報を取得しても罰則がありません。安心安全をウリにするような大手のサービスでもなければ、コストをかけて厳格なプライバシー保護の仕組みを導入する理由がないのです」
■広告料を不正にダマし取る最新手口
行政の対応も後手後手だ。
「例えば、エロ広告に限っても、青少年への被害という点ではこども家庭庁や文部科学省、広告業界への対応は経済産業省や消費者庁、通信プラットフォームへの要請は総務省といったように、官庁ごとに関与できる領域がバラバラです。
日本にはネット広告を包括的に所管する官庁がなく、問題が起こっても業界団体の自主規制に任せているのが現状です」
このように日本でネット広告規制が遅れる中、次々と新たな問題が生じている。
「近年、特に問題視されているのが『アドフラウド』です。ネット広告の成果を偽り、広告料をダマし取る詐欺で、世界の被害額は年間842億ドル(約13兆円)以上とも推定されています」
寺田氏によると、アドフラウドの主な手口のひとつは次のようなもの。
まず、詐欺業者が広告主に広告の出稿を持ちかける。出稿が決まると、あらかじめ詐欺業者が用意したウェブサイトや、それらをまとめたアドネットワークに広告を掲載。実際に閲覧者がいなくとも、ソフトなどでクリック数を不正に増やし、広告効果を過大に報告。多額の広告料をダマし取る。

アドフラウド【adfraud(ad=広告、fraud=詐欺)】とは、広告主から不正な方法で広告費を搾取する行為全般を指す。広告主が意図しないサイトに広告が掲載されたり、視聴やクリック回数が水増しされたり、実際には視聴されていないにもかかわらず掲載料を支払わされたりする
「さらに、最近はより手口が巧妙化した新たな問題も生じています。広告収益を稼ぐためだけに作られた『広告のためのサイト(Made For Advertising=MFA)』が急増しています」
MFAとは、記事などのコンテンツに対して広告の比率が異様に高い、いわゆる「広告だらけのサイト」を指す。思わず誤ってクリックしてしまう位置に広告が配置され、勝手に流れる動画広告であふれていたりするニュースサイトが定番だ。

MFA(Made For Advertising)とは、その名のとおり広告収益を稼ぐことだけを目的に作られたサイトのこと。画面のほとんどを広告が覆っていて、ユーザーが目当てにしているコンテンツはほぼ見えない
「MFAは、独自のコンテンツを用意するのではなく、人気のあるニュースをネット上から集め、刺激的な見出しをつけてユーザーを呼び込みます。ネットの話題を集めた『まとめサイト』の最新版のようなものです」
AI(人工知能)の普及により、誰でもまとめ記事を簡単に作れるようになったことも、MFA急増の背景にある。
「MFAにはコピー記事やAI生成の記事が並んでいるだけなので、広告主が求める優良な顧客はいません。
ネット広告の世界では、ユーザーだけでなく媒体も広告主も翻弄されているのだ。
「ネット広告は個人でも手軽に出稿できるところが利点ですが、その手軽さゆえに参入障壁が低く、詐欺業者も含めた有象無象のプレイヤーがひしめいています。しかも、技術が進歩してネットが便利になるほど、悪質な業者の手法は巧妙になり、被害も大きくなってしまっているのです」
■私たちにできる有効な対策とは?
しかし、いくら対策が困難とはいえ、このままネット広告の問題を放置していいわけではないだろう。
「日本は規制が遅れているからこそ、一般のユーザーが声を上げることが重要です」として、寺田氏が次のように語る。
「特にネット広告の入り口である広告主の責任を問うことが最も効果的です。それは広告主が消費者のクレームに誰よりも敏感だからです。
現在のネット広告の仕組みは複雑すぎて、広告主が代理店などの広告事業者に、配信先の設定も効果測定も〝丸投げ〟してしまっています。だから、悪質な業者がはびこるのです。
消費者のクレームにより、広告主が積極的に関与するようになれば、代理店もメディアもネット広告の運用を見直さざるをえないでしょう」
そして、行政にも圧力をかけていくべきだという。
「結局、ほかの社会問題に比べれば、ネット広告の主な被害とは『誰かが不快に感じる』といった程度で、人の財産や生命が危険にさらされるような喫緊の課題とはとらえられていませんでした。そのため、行政の優先度が低く、長らく後回しにされてきました。
しかし、そうした間に詐欺広告で多額の被害が生じたり、オンラインカジノの広告が堂々と表示されてしまったり、ネット広告の問題は日々深刻さを増しています。
誰でも安心して利用できるインターネットは実現するのか。現在はその分岐点にあると寺田氏は強調する。
「ネット広告の課題は決して小さなものではありません。ネットのユーザー体験が基本的に無料である以上、広告はネットと切っても切り離せない関係にあります。つまり、ネット広告にはネット全体の課題が詰まっています。
ネットの急激な発展を乗り物にたとえれば、近年出てきた電動自転車や電動キックボードのようなもの。技術革新により利便性が高まる一方、トラブルや交通事故も起きやすい状況です。多少の事故は仕方ないとデメリットに目をつむるのか、それともいま一度、安心・安全を目指すのか。選ぶのは私たち自身です」
国会で質疑も行なわれ、新聞やテレビでもネット広告の問題が取り上げられている現在。ここから具体的な規制に進むのか、放置され続けるのか。動向を注視していきたい。
●寺田眞治(てらだ・しんじ)
一般財団法人 日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)客員研究員。
取材・文/小山田裕哉 イラスト/ぱいせん