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石川県穴水町に密着した、ドキュメンタリー映画『能登デモクラシー』五百旗頭幸男監督

地方議会の取材中に地震が起こり、住民と政治家が予想もしなかった方向に変わっていく......。そんな瞬間をカメラに収めたのが、ドキュメンタリー映画『能登デモクラシー』だ。

本作の公開を記念して、地方から日本の問題を逆照射するような作品を作り続ける五百旗頭幸男(いおきべ・ゆきお)監督にインタビュー! 能登から見えてくる、今の日本の姿とは?

■取材のきっかけは"おかしな"議会

――タイトルに「能登」とあるので、この映画は昨年1月の能登半島地震を契機に撮られたのかと思いきや、実際は2023年から石川県穴水町(あなみずまち)に密着取材をしていたので驚きました。そもそも、なぜ穴水町だったのでしょうか?

五百旗頭幸男監督(以下、五百旗頭) 社会に蔓延する父権的な空気をあぶり出した前作『裸のムラ』に出演してくれた中川生馬(いくま)さんという方が穴水町在住で、「町役場や議会がおかしい。次作はそれを取り上げて」と話してくれたのがきっかけです。

そのとき聞いた話は、穴水町で「多世代交流センター」を建設しようとしていた社会福祉法人の理事長が穴水町長でもあり、その建設費用に国からの補助金を流し込もうとしていたというもの。

さらにそのセンター建設予定地の大半は前町長が所有しており、借地運用していくと。この露骨な利益誘導に驚き、取材を始めたんです。

――五百旗頭監督はこれまでも地方政治を取材してきていますが、穴水町の件は異質だったのでしょうか?

五百旗頭 僕がこれまで取材してきた首長は「政治的レガシーの達成」を主目的にしていました。首長はあくまで自分のやりたい政策を実行するために、議会の最大会派と裏で手を結び、その議員たちの選挙区に重点的に予算を振り分ける。最大会派はその恩返しとして首長を支持するという、ウィンウィンの関係です。

つまり、首長にとって利益誘導はあくまで政策実現という目的のための手段に過ぎなかった。しかし、穴水町の場合は利益誘導が手段ではなく、目的と化していたんです。

ドキュメンタリー映画『能登デモクラシー』五百旗頭幸男監督インタビュー。過疎×政治腐敗×震災『能登』は日本の縮図だった!?
『能登デモクラシー』撮影中の2024年1月1日、能登半島地震が起こり、穴水町も甚大な被害を受けた。これを機に町は大きな変化を遂げ、作品自体も予想外の展開を見せることとなる

『能登デモクラシー』撮影中の2024年1月1日、能登半島地震が起こり、穴水町も甚大な被害を受けた。これを機に町は大きな変化を遂げ、作品自体も予想外の展開を見せることとなる

■沈黙する町で声を上げ続ける男

――映画では、こうした状況下で議会もメディアも住民も機能を果たしていないことが描かれています。議員たちは疑問の声を上げることもなく、追及するメディアも石川テレビしかおらず、肝心の住民もこの件については批判するどころか口ごもる。

この状況にただひとり声を上げていたのが、手書き新聞『紡ぐ』を発行する滝井元之さん(80歳)でした。滝井さんとはどうやって知り合ったのですか?

五百旗頭 当初は町長に密着して役場側の視点から町の問題を描く構想でしたが、役場の警戒心が強く断念。視点を町民側に移すにあたり主人公が必要でした。そこで、中川さんが滝井さんのことを教えてくれました。

滝井さんは『紡ぐ』を毎月発行し(現在、約700部)、それを自分の足で住民に届けるという地道な活動をされています。WEBメディアやSNSの世界から見れば地味ですが、アナログな分、住民と深く強い信頼関係を構築しています。

本来、新聞や雑誌、テレビといったオールドメディアの武器は、こつこつとファクトを集めて突き詰めていくこと。滝井さんの活動には、報道にとって大切なものを再確認させられました。

ドキュメンタリー映画『能登デモクラシー』五百旗頭幸男監督インタビュー。過疎×政治腐敗×震災『能登』は日本の縮図だった!?
『能登デモクラシー』の主人公、滝井さんの手書き新聞『紡ぐ』。テーマは町の歴史から議会批判までさまざま。町の各所へ滝井さんが手渡しで配っている。石川県内をはじめ、全国から制作費のカンパが集まってくる

『能登デモクラシー』の主人公、滝井さんの手書き新聞『紡ぐ』。テーマは町の歴史から議会批判までさまざま。町の各所へ滝井さんが手渡しで配っている。石川県内をはじめ、全国から制作費のカンパが集まってくる

――『紡ぐ』には、観光、町おこし、短歌、イベント情報など地域の情報が満載です。

一方で、審議されるはずの議会改革が進まないことや、議員が「二元代表制」を理解していないことなど、町政への批判も手厳しいですね。

五百旗頭 「町長への批判」を行なうことで、町で攻撃の的になるかもしれないというリスクもあります。でも、滝井さんは発信をやめません。町が変わることを期待しているからです。

――そうした町議会や町長、滝井さんを軸にしたテレビ版『能登デモクラシー』は石川テレビで昨年5月に放映され、大きな話題になりました。町政への批判が映像化されたことで、滝井さんへの誹謗中傷は起きませんでしたか?

五百旗頭 放映前は心配しました。滝井さんには「もし誹謗中傷があれば、その人たちを取材するからすぐ連絡をください」と伝えていたんですが、そんなことはまったく起きず、うれしい誤算でしたね。滝井さんの自宅には、『紡ぐ』発行のためのカンパを届けに町外から訪ねる人たちも現れたほどです。

■突然の地震、変わり始める穴水町

――本作撮影中の1月1日に能登半島地震が起きますが、映画版でも大きなターニングポイントになっていますね。

五百旗頭 震災はまったくの予想外でしたが、それを機に町の変化が見えてきました。それまで町長は、町中心部に機能を集めるコンパクトシティを計画していました。

それは滝井さんらが住む限界集落の切り捨てを意味しますが、今回の震災では穴水町を含む能登そのものが国から切り捨てられる懸念が出てきた。

すると、町長は震災直後にSNSで広がった「過疎地の住民は集団移住すべき」といった暴論について、「効率を過疎地に求めるのは非常にナンセンス」と言い切りました。

そして「どの人も元の場所に住めるようにする。地域コミュニティも維持する」と公言したんです。それまでの彼の言動とはまったく異なるものです。

――同時に、それまで沈黙していた住民も声を出し始めましたね。

五百旗頭 はい。震災後の7月に穴水町は「復興未来づくり会議」に参加する住民を公募します。そこに、滝井さんも含む予想以上の数の住民が応募したため、参加枠を撤廃して町内在住の応募者全員が参加することとなりました。

そこで、穴水町で実現すべきこととして「魅力ある子育てと教育」「産科の常設」「保育士の安定確保」など実に多様な意見が出た。震災を受けて、「今言わなければ」という気持ちが芽生えたのでしょうね。

そして、ほぼすべての会議に同席した町長も、まとめたアイデアを「実現する方向で進める」と発言し、実際に昨年末の穴水町復興計画には「地域コミュニティの維持」や「子育てと仕事の両立支援」などが盛り込まれました。滝井さんも高く評価していますね。

ドキュメンタリー映画『能登デモクラシー』五百旗頭幸男監督インタビュー。過疎×政治腐敗×震災『能登』は日本の縮図だった!?
能登半島地震後に立ち上がった「復興未来づくり会議」の様子。町民の活発な議論を町長は傾聴。以前では想像もつかなかった光景だそうだが、この場で出たアイデアが実現されるか否かはこれからの穴水町次第だ

能登半島地震後に立ち上がった「復興未来づくり会議」の様子。
町民の活発な議論を町長は傾聴。以前では想像もつかなかった光景だそうだが、この場で出たアイデアが実現されるか否かはこれからの穴水町次第だ

――まさにひとつの町が変わり始める過渡期をとらえたわけですね。とはいえ、計画は実施されなければ意味がありませんよね。

五百旗頭 もちろん、一連の動きを町長のパフォーマンスとみることもできます。でも、政治にはパフォーマンスも必要です。重要なのは、滝井さんがこれまでしてきたように、住民が今後も町政と議会を注視し続けることです。

■衝撃のワンシーン、そして撮影は続く

――多世代交流センターが予定どおり着工されるなどの問題はありつつ、映画には町長や議員の人間くささも映っていますね。

五百旗頭 そうですね。僕たちはテレビ放映で多世代交流センターの問題を突いたのに、彼らは取材拒否をしませんでした。呼びかければ、その場で取材に応じてくれます。町長や議員にはまだ今作を見てもらってはいませんが、上映後もきっと同じように対応してくれると思います。

――その人間くささにも絡むのですが、映画冒頭のふとしたシーンで衝撃的なやりとりが映っていましたね。

あれには驚きました。

五百旗頭 撮影していた僕もあんなシーンに出くわすなんて思いもしませんでした。常識的に考えれば、カメラの前でそんなことが行なわれること自体がありえないので。

その問題のシーンは、テレビ版では番組全体の構成にはまらずカットしましたが、映画版では残しました。対になるシーンを撮影できたのが大きいですが、それでも完成の直前まで「本当に扱うべきか、どう描くべきか」と悩み続けました。

最終的には、この映画がとらえた本質により迫るために、地域メディアの僕たちにしかできない取材であり表現であると、思い至りました。

――過疎と政治腐敗と震災......穴水町で起きている問題はある意味、日本の縮図とも言えるかもしれませんね。

五百旗頭 「しょせん、地方のネタだろ」と言われることもありますが、東京を取材したからといって日本すべてが見えるわけでもない。小さな町であっても普遍性があるテーマがあり、それを今後も追い続けていきます。実際に、穴水町での取材は今も続けています。

――『能登デモクラシー 2』もありうるということですね。楽しみにしています!

ドキュメンタリー映画『能登デモクラシー』五百旗頭幸男監督インタビュー。過疎×政治腐敗×震災『能登』は日本の縮図だった!?
ドキュメンタリー映画『能登デモクラシー』は、5月17日(土)からポレポレ東中野(東京)と第七藝術劇場(大阪)で、5月24日(土)からシネモンド(石川)ほかで全国順次公開予定

ドキュメンタリー映画『能登デモクラシー』は、5月17日(土)からポレポレ東中野(東京)と第七藝術劇場(大阪)で、5月24日(土)からシネモンド(石川)ほかで全国順次公開予定

●五百旗頭幸男(いおきべ・ゆきお)

1978年生まれ、兵庫県出身。

同志社大学文学部社会学科卒業。2003年チューリップテレビ(富山県)入社。スポーツ、県警、県政などの担当記者を経て、16年からニュースキャスター。20年3月退社。同年4月石川テレビ入社。代表作に富山市議会の政務活動費不正問題を追った『はりぼて』(20年)、石川県の地方政治を描いた『裸のムラ』(22年)など。これらの作品で、文化庁芸術祭賞、放送文化基金賞、日本民間放送連盟賞など多数の受賞歴を持つ

構成/樫田秀樹 撮影/村上宗一郎 場面写真/石川テレビ放送

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