世界が注目する関税を巡る米中両大国の熱いケンカ
トランプ関税により、中国の製造業や輸出業者たちはどう変化したのか? そして税率引き下げで今後はどうなるのか? 『ピークアウトする中国「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界』(文春新書)の著者であるジャーナリストの高口康太さんが解説します!
* * *
■関税は払わん! 中国企業の関税回避ハック
「iPhoneが50万円に!? 日本でも値上げか」「米国のスーパーの棚がそろそろ空っぽに」「米国債、暴落か」
4月に発動されたトランプ関税を受けて、怪しげな噂や臆測が飛び交う日々が続いている。関税を巡る米中両大国の熱いケンカは世界中の注目の的だ。
5月10、11日にスイスで行なわれた米中協議によって100%超えというクレージーな関税は大幅引き下げとなった。
米国人が物価高に音を上げてトランプの支持率が急落するのが早いのか、それとも中国の輸出業者がバタバタ潰れるのが早いのか、貿易戦争の勝者は米中どちらになるのだろうか......。だが、この見立ては間違っていると話すのは中国の貿易会社経営者の王氏(30代男性・仮名)。
「『関税が上がった。どうやって払おう』って考えるのは、素直な日本人だけです(笑)。中国の経営者の間でホットなのは、どうやって関税を回避するかのハックです」

中国最大の輸入・輸出見本市「広州交易会」では、米国に代わる客の奪い合いも起こり大盛況

100均の聖地こと、中国浙江省義烏市の市場では関税回避ハックが研究されている
というわけで、トランプ関税vs中国人の裏技を見ていきたい。
そもそも、トランプ関税の狙いはどこにあるのか? それを知るためには2018年にさかのぼる必要がある。第1次トランプ政権でも、米中関税戦争が勃発している。20年に休戦となったが、中国は米国からの輸入を増やすと約束するなど、ほぼ敗北といっていい決着となった。
米国にガンガン輸出すると、また関税戦争が起きるかもしれない。そう考えた中国企業はこの時点ですでに関税回避ハックを発動している。一番簡単なのは製造国の偽装。
また、輸出品の価格過少申告テクもある。1000円の商品に30%の関税がかかると300円の税金を取られるが、これを500円の商品だと虚偽の申告をすれば税金も半分になる。
どちらも立派な違法行為でバレたら処罰されるが、世界一の輸出大国・中国には、怪しげな輸出コンサルがゴロゴロいる。「絶対にバレない方法があります! 米国の税関に知り合いがいまして、みんなやってますから......」と言葉巧みに指南してくれるのだという。

人海戦術でECの主力商品である激安アパレルを量産する衣料品工場。多くの雇用を生む中国の宝だが、トランプ関税で米国向けは壊滅状態に......
もうちょっとまじめな手段だと、東南アジアやメキシコに工場を造り、製造国ラベルの貼り替えだけではなく、ちゃんとした加工をする「迂回輸出」もはやった。その影響を受けて、ベトナムやカンボジア、ラオス、タイなどの国々の対米輸出は一気に伸びた。中国はそれらの国々に原料や重要部品を売って儲ける寸法だ。
米投資銀行ゴールドマン・サックスは、こうしたハックによって中国の対米輸出額は1000億ドル以上も過小評価されていると指摘する。
「トランプ大統領再選が決まって、また関税があるだろうとみんな予測していました。だから、東南アジアにガンガン工場造ろうぜって盛り上がっていたんですが、まさか中国だけじゃなくて、全世界に関税をかけるのは予想外でしたね。
迂回輸出の中継地となっていた国には、中国からの投資が舞い込んできていた。工場を造ってくれて、人も雇ってくれる。いいことだらけと思っていたら、トランプ関税によってそうした国々にも高関税が課されることに。カンボジアには49%、ベトナムには46%など、なんと中国に対する関税よりも高い。
現在は税率の引き下げ交渉が続いているが、米国側は条件として中国企業の排除や迂回輸出の厳しい取り締まりを条件にしているもようだ。中国のハックをきっちり潰そうとする狙いが見て取れる。
ただ、それでもめげないのが中国人だ。「上に政策あらば下に対策あり」とのことわざもあるほど、新たな規制が出れば、すぐに新たなハックの開発が始まる。
「原価を下げての申告はまだ使えるんじゃないかといわれています。1000円の商品を100円だとして税関を通す。ただ、顧客との契約では商品代は100円にして、デザイン料や知財利用料の名目で900円を別請求する。
とはいえ、米国の税関もバカじゃないんで、知財利用料を支払う根拠を出せと詰め寄られることもあると聞きます」(王氏)
ほかにも、中国から部品を輸出して、米国で組み立てて完成品にするハックも話題だ。
この方法は合法だが、問題は最終的に米国で組み立てる必要がある点だ。関税を安く済ませたのはいいが、時給バカ高の米国人労働者を雇う必要があるとなると、最終的にはむしろ損になる可能性もある。
■ステルス値上げで関税ショック緩和
関税を爆上げすれば、商品の値段が上がり、最終的に困るのは米国の消費者となる......との見方が多かったが、そう簡単な話ではない。
例えば、今まで1000円だったシャツが、関税が上がったので500円値上げする。こうなれば、消費者も買い控えて、売れなくなる。結局は製造業者、販売業者が利益を削って関税分を負担するケースが増える。
といっても、素直に関税分を負担すると赤字となる。それを回避するためには商品のコストを下げるしかない。
シャツの例で言えば、布をもっと安いものに変えるとか、縫製の手間を減らすといった手段となる。目に見える形での値上げラッシュではなく、品質を下げたり、内容量を減らしたりのステルス値上げを検討している製造業者も多い。
中国の輸出といっても、中国企業が自社ブランドで販売しているケースよりも、米企業が中国の下請け工場に依頼して商品を作ってもらっているケースのほうが多い。米国人と中国人、双方が知恵を絞って、消費者がショックを受けないようなステルス値上げを考えているという。
米国人も大変だが、実は日本人もこのステルス値上げに巻き込まれる可能性もある。米国限定商品はともかく、iPhoneなどの家電や衣料品などは全世界共通規格であり、最大の市場である米国向けにデザインされていることが多い。関税対策でステルス値上げされた商品が日本でも展開されるケースが出てきそうだ。

スマホ、パソコンはひとまず追加関税免除とされたが、別口での関税追加が取り沙汰されている。そのため、米国で値上げの可能性は高く、ついでに日本も巻き込まれて値上げが濃厚に......
■「内巻」ってなんだ? しんどい中国ビジネス
それにしても、中国人はたくましい。何か規制されてもすぐに抜け穴を見つけ出してしまう。となると、トランプ関税にもそんなに困ってないのではないかと思いきや、SNSを検索すると、「関税で売れなくなった商品が倉庫に山積み。もうやめたい」など、経営者たちの「しんどい、つらい、やめたい」の書き込みが次々出てくる。

「関税で在庫が山積みに。もう無理」という投稿がSNSに多数。一部には「在庫一掃セール」として粗悪品を売る業者も
中国の製造業者にとって輸出は苦しい中国市場から逃げ出すための手段だった。
中国には多くの企業、工場があり、皆が競争している。値下げしなければ客を奪えないが、値下げしすぎると利益が出ない。地獄の争いだ。
中国での競争がしんどすぎる、もっと楽な世界に行きたいと中国企業が向かったのが海外だが、トランプ関税で米国からは相当数が追い出される。中国に戻れば泥沼の競争が待っているが、別の国に輸出しようにも米国ほどの巨大市場はないし、すでにビジネスを構築している企業との競争になる。
中国最大の輸入・輸出見本市「広州交易会」が4月に開催されたが、米国に代わる客を見つけようと出展事業者が殺到、激しい客の奪い合いが展開された。もともと米国向けビジネスを手がけていなかった事業者も、米国を太客としていた事業者の乱入には困ったようだ。
客を奪い合えば結局は値引きすることになり、また利益が削られていく。経営者もしんどいが、ビジネスの不振は雇用の縮小につながる。特に若年失業率は16.5%と高止まりしている。
中国の卒業シーズンは6月なので、もうすぐ新卒生が労働市場に流入してくる。今年の新卒生は1220万人と過去最大だが、その多くが理想の職業に就けなくなる。最近ではフードデリバリーやコンビニバイトなど非正規職の高学歴化が進んでいるとされる。
■米中協議の真実。トランプの計画どおりに
足元のヤバい事態に中国共産党も危機感を覚えている。トランプ関税初期には華々しくケンカをしてみたものの、米中協議に応じることとなった。5月12日に発表された共同声明では、米中双方が関税を115%引き下げることで合意。米国の対中追加関税は30%にまで下がった。
一見すると、関税を引き下げさせた中国が勝ったように見えるかもしれないが、それは間違いだ。この税率は米国の方針そのままだからだ。
3月までにかけた20%に、4月に追加した世界一律の関税10%を足して30%。しかも90日間の交渉期間内に合意ができないと、さらに24%が追加される。これは4月10日時点で米国政府が示していた方針そのままだ。
中国は米国に反発して報復関税で抵抗したわけだが、1ヵ月が過ぎた今、結局は元のもくあみ。日本などの国々と同じく、米国との交渉のテーブルに着かされた。
今後の交渉もハードになりそうだ。中国製船舶の入港料など、トランプ政権は次から次へと新たな中国排除策を打ち出してくる。次の本命が米株式市場からの中国排除だ。多くの中国企業が米国で上場しているが、これが規制されると噂されている。この影響は関税に負けず劣らずの破壊力を持つ。
中国vsトランプの戦いは今後も激しさを増していく。
取材・文・撮影/高口康太 写真/AFP/アフロ VCG/アフロ