中国ヘリが領空侵犯! 「尖閣上陸」秒読みか? 日本の打つべき...の画像はこちら >>

今回、領空侵犯した中国海警局のZ9哨戒ヘリ。小型ながら即応性に優れ、人員降下も可能
中国海警ヘリが尖閣(せんかく)の日本領空を侵犯。
そのきっかけとなった民間機飛行の謎、海保の対応が遅れた理由をひもといていく。中国の武装上陸すら視野に入る今、日本は対応して尖閣を守れるのだろうか?

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■民間機が飛ぶのを中国は知っていた?

5月3日、尖閣諸島付近の日本領海に侵入した中国海警局(海警)の船から、Z9哨戒(しょうかい)ヘリが発艦。これは領海侵犯だけでなく、史上4回目となる領空侵犯でもある。

中国側の言い分としては、尖閣周辺を飛行していた日本の民間機に対して、監視・警告するためにヘリを"スクランブル発進"させたとのこと。

このヘリに対し、航空自衛隊のF15戦闘機2機もスクランブル発進。民間機は石垣島に引き返し、中国のヘリも15分で着艦した。接触はなかったが、尖閣を巡る緊張度は確実に引き上げられた。

翌4日、中国は「民間機が中国領空を侵犯した」として北京の日本大使館次席を呼び出し、さらに首席公使にも「右翼分子による飛行だ」と抗議した。

しかし、どうやら中国側はこの民間機の飛行計画を把握していたというのだ。

5月9日の朝日新聞デジタルによれば、民間機の機長(81歳、男性)は今年1月、那覇市の国土交通省出先機関に「尖閣に飛ぼうと思っている。問題ないか」と相談し、飛行計画を伝えていたという。

この情報は、政府内で危機管理案件の機密として共有され、飛行前日の5月2日には海上保安庁から「尖閣周辺で中国がどう出てくるかわからない。不測の事態が起きる可能性がある」として、飛行中止を要請されていた。

中国ヘリが領空侵犯! 「尖閣上陸」秒読みか? 日本の打つべき手は?
沖縄県石垣市の尖閣諸島は魚釣島(手前)や北小島、南小島などで構成される無人島群

沖縄県石垣市の尖閣諸島は魚釣島(手前)や北小島、南小島などで構成される無人島群
ところが、この情報が中国に漏れていた可能性が高い。中国政府は飛行計画を察知し、日本の外務省に対して「飛行を認めれば、新たな事態になる」と警告を発していたという。逆に、日本の民間機の飛行に合わせて、中国がヘリを飛ばす口実を準備していた可能性も否定できない。

そんな今回の領空侵犯について、東海大学の山田吉彦教授は「普通なら国交断絶モノだ」と強調する。

「そもそも海警船が日本の領海侵犯をしているのに、そこからヘリを発艦させて領空侵犯するなんて前例のないレベルの深刻な事態。

重要なのは、中国が意図的に仕掛けてきていること。今回はヘリを飛ばしただけで済んだが、それが可能だとわかったことで、次はヘリから人を降ろすかもしれない。それはこれまでの船の攻防とは別次元の話なんです。

船で人を上陸させるには、船自体を島に近づける必要がある。海保はそれを防ぐために、船で航路をふさいでいます。

一方、ヘリは空中で接触すればすぐ事故になる。また、船より速いヘリを追い払うには高度な技術と装備が必要ですが、日本にはそこまでの対応力がないのが実情です」

フォトジャーナリストの柿谷哲也氏は、中国側の周到な準備をこう見る。

「尖閣に展開している818型海警船2303は、海軍052型駆逐艦が使う363型対空レーダーを備えています。その探知範囲は最大610㎞。民間機が出発した石垣空港から尖閣までは150㎞ほどなので、すぐに中国の海警船に捕捉されていたはずです」

中国ヘリが領空侵犯! 「尖閣上陸」秒読みか? 日本の打つべき手は?
尖閣諸島は東シナ海に位置し、沖縄本島と台湾の間にある。中国も領有権を主張しており、海底資源や戦略的価値を背景に、日中間の緊張が続いている地域だ。石垣島を離陸した日本人男性(81歳)が操縦する民間機は、尖閣諸島の約20㎞手前まで接近。中国の海警ヘリが領空侵犯対処として発艦する事態に発展した

尖閣諸島は東シナ海に位置し、沖縄本島と台湾の間にある。中国も領有権を主張しており、海底資源や戦略的価値を背景に、日中間の緊張が続いている地域だ。石垣島を離陸した日本人男性(81歳)が操縦する民間機は、尖閣諸島の約20㎞手前まで接近。中国の海警ヘリが領空侵犯対処として発艦する事態に発展した
石垣空港から離陸した民間機はそのまま尖閣の20㎞手前まで飛行。海保から「中国の船からヘリが飛び立った。大変危険なのでこの海域から退避せよ」という警告を複数回受けて、やっと離脱した。

「領空は海岸線から22㎞が範囲。つまり、中国は民間機が飛んできているのをわかりながら、"日本の民間機が領空侵犯した"と主張できるタイミングまで待っていたんだと思います。

ちなみに、海警のZ9ヘリの運用方法が中国海軍と同じであれば、指揮官による命令から10分程度で発艦可能です」

問題は、日本側の態勢だ。柿谷氏が続ける。

「この日、中国海警が対空レーダーを備えた海警船を展開していた一方で、海保では、対空レーダーを備えた唯一の巡視船が昨年退役し、ヘリ搭載巡視船でさえ対空レーダーを装備していません。巡視船に備わる対水上レーダーは船を探知するもので、せいぜい水面近くの低高度しか察知できません」

■尖閣諸島でも旗揚げ合戦か!?

元航空自衛隊那覇基地第302飛行隊隊長で、実際に尖閣上空を飛んだ経験を持つ杉山政樹元空将補は、今回の空自の対応についてこう語る。

「想像ですが、今回の空自の対応は、日本の民間機の行動に対する中国のヘリのリアクションが、危険な状態を生起させる可能性があると判断して、F15を飛ばしたのでしょう。

不幸中の幸いだったのは、日中機が接触事故を起こさず、日本の民間機も、海警のヘリも無事に帰還できたこと。もし事故が起きれば、より複雑な国際問題に発展していましたから。

私は長年、尖閣付近の空域で任務に就いてきましたが、中国の動きは年々激しくなっています。日本政府はずっと"刺激しない"姿勢を貫いてきましたが、そろそろ限界が来ているのかもしれません」

山田教授も、そうした政府を"及び腰"だと感じる民間人が、今回のような自発的行動を起こすことを懸念する。

「政府が何もしないなら自分で動くという人が出始めている。しかし、日本には対応する手段がないんです。結果的に、われわれの公的な学術調査すらも行ないづらい状況になっています」

杉山氏も同意する。

「中国側の海警局や民兵は、国家の方針に従って動いていますが、日本では個人の判断で尖閣に行く人がいる。こうなると、政府の目の届かないところで不測の事態、それこそ、航空機の接触事故などが起きかねない。

日中関係において本当に怖いのは、日本側が"きっかけ"をつくってしまうことなんです」

とはいっても、中国が実際に尖閣へ上陸してくる可能性は本当に高いのか? 実は、その"前例"が南シナ海で起きている。

4月25日、海警がフィリピンと領有権を争うサンディ礁に上陸し、中国国旗を掲げた映像を公開。その2日後、フィリピン側も上陸して旗を立てて応酬。山田教授はこの一連のやりとりを挙げ、「"旗を立てた者勝ち"という実効支配の既成事実化が、すでに南シナ海で起きているのです」と警鐘を鳴らす。

同じような展開は尖閣でも起こりうるという。

「平地でも大きな岩があるのでヘリが着陸することはできませんが、ロープによるラペリング降下は可能です」(柿谷氏)

「特に魚釣島の北側斜面は、ホバリング状態からの降下に適しており、技術的には何も難しくない。一度、人を降ろされ、国旗を掲げられてしまえば、それを排除する手段は今の日本にはありません」(山田教授)

こうした状況を受け、山田教授は「最低限の抑止力」として、人員の常駐を検討すべきだと訴える。

「例えば、沖縄県警の国境離島警備隊です」

2020年に発足した警備隊で、151人の隊員がボディアーマーと自動小銃で武装しており、大型ヘリでの機動展開も可能だ。

中国ヘリが領空侵犯! 「尖閣上陸」秒読みか? 日本の打つべき手は?
陸上自衛隊の水陸機動団は、離島奪還・防衛を主任務とする専門部隊。ヘリやホバークラフトを利用した揚陸艇による機動展開が可能(写真:第11管区海上保安本部)

陸上自衛隊の水陸機動団は、離島奪還・防衛を主任務とする専門部隊。ヘリやホバークラフトを利用した揚陸艇による機動展開が可能(写真:第11管区海上保安本部)
「また、政府が海警を"準軍事組織"と認定すれば、自衛隊投入の根拠になります。そのとき対応の中心となるのは総兵力2400人の水陸機動団。練度が高く、離島防衛にも即応可能です」(山田教授)

そして「今回の一件は中国の典型的な"二面作戦"の一環とも言える」と語るのは、元防衛省分析官で中国が専門だった上田篤盛(あつもり)氏だ。

4月23日、中国はトランプ政権の関税に対抗する形で、日本の石破首相宛てに経済協調を呼びかける親書を出したと報道されましたが、日本政府は返書を出していません。

そうした中で今回の領空侵犯が起きた。これは日本の返事をせかしつつ出方を探る揺さぶりの意図もあるでしょう。友好的な外交戦略と緊張感のある軍事行動を同時に繰り出すのは、中国に昔からある戦術『笑裏蔵刀(しょうりぞうとう)』です。相手を揺さぶって条件付きの妥協を引き出すための手段。日本はぶれない対応軸を持ち続けることが重要です」

緊迫感が増す尖閣情勢に対し、政府にはこれまで以上に冷静かつ迅速な対応が求められている。

「結局、巡視船に対空レーダーがあるかどうかで、対応速度も精度も大きく変わってしまう。海上保安庁は今からでも予算をつけて、一刻も早く装備するべき。"空の目"がない今の状態では、同じことが繰り返されてしまいますから」(柿谷氏)

取材・構成/小峯隆生 写真/時事通信社 第11管区海上保安本部

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