ひろゆきが睡眠学者・柳沢正史に聞く、眠りについての本当の話⑪...の画像はこちら >>

柳沢正史先生が言うには「理想的な睡眠薬の使い方は、短期間でリズムを整え原因が解消されたらやめること」

ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。睡眠学者の柳沢正史先生を迎えての11回目です。

柳沢先生が発見したオレキシンは、睡眠薬の開発にも役立っているそうです。どんなメカニズムなのか。どのように使うのがいいのかを聞いてみました。そして、誰もが知りたいあのことも......。

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ひろゆき(以下、ひろ) 前回までの対談では、柳沢先生の名前を世界的に有名にした脳内物質「オレキシン」発見の経緯を伺いましたが、オレキシンは今どんな分野で役立っているんですか?

柳沢正史(以下、柳沢) オレキシンは脳内で覚醒を維持する重要な物質です。このオレキシンの働きをブロックすれば人為的に眠気を誘えるわけです。専門用語では「受容体拮抗薬」と呼びますが、すでに薬は実用化されていて、アメリカのメルク社が開発した「ベルソムラ」が10年以上前に不眠症治療薬として登場しました。

ひろ 先生が発見したオレキシンが、睡眠薬になったんですね。

柳沢 現在、日本国内ではメルク社のベルソムラ(第一三共が販売)、エーザイの「デエビゴ」、そして最近出たイドルシア社の「クービビック」(塩野義製薬が販売)という3種類の薬があります。

ひろ デエビゴは以前処方されて飲んだことがあります。僕もすでに先生の研究のお世話になっていたんですね(笑)。

柳沢 そうでしたか。

これらの薬は、従来の睡眠薬とはまったく異なる作用メカニズムを持っているんです。客観的に見ても本当にいい薬だと思いますよ。

ひろ 何がいいんですか?

柳沢 これまで主流として使われてきた睡眠薬は、商品名でいうと「レンドルミン」「ハルシオン」「マイスリー」「ルネスタ」などです。これらはすべて「GABA-A受容体作動薬」と呼ばれるタイプの薬です。GABAというのは、脳内の神経活動を鎮める方向に働く最も代表的な抑制性の神経伝達物質です。ものすごく大ざっぱに言うと、脳全体の活動にブレーキをかける物質です。従来の睡眠薬は、いわば脳の活動を強制的に抑制し、眠気を引き起こすという仕組みなんです。安全な薬なのですが、いくつか大きな欠点がありまして。

ひろ 欠点ですか。

柳沢 最も大きな問題は「耐性」と「依存性」です。飲み続けているうちにだんだん薬が効きにくくなってきて、同じ効果を得るためにより多くの量が必要になってしまうこと。また、薬がないと眠れなくなってしまったり、やめようとするとかえって不眠が悪化する「反跳性不眠(リバウンド不眠)」が起きたりすることがあるんです。

ですから、ある程度服用を続けて「もう大丈夫だろう」と思ってやめると、薬を飲み始める前よりもさらにひどく眠れなくなってしまうことがあります。

ひろ それじゃあ、なんのために飲んでいるのかわからなくなっちゃいますね。

柳沢 理想的な睡眠薬の使い方は、短期間、薬の力を借りて睡眠リズムを整えて、原因が解消されたら薬をやめること。でも、依存性やリバウンド不眠のために、長期間にわたって服用し続けてしまう人が多いのが現状です。さらに、長期間服用すると記憶力の低下や認知症リスクの上昇も指摘されています。

ひろ オレキシンの受容体拮抗薬はそういう問題はないんですか?

柳沢 はい。オレキシンの働きをブロックするタイプの睡眠薬は耐性や依存性はありません。ですから、服用すれば自然な眠気が促されますし、服用しなければしないで、リバウンド不眠が起きたり、強い離脱症状が出たりすることもない。例えば、1週間続けて服用していたとしても、次の日に「今日はなんだか眠れそうだから、薬は飲まなくていいや」と思えば、問題なくそのまま普通に眠れることが多いんです。

ひろ でも、前回までのお話だと、オレキシンを作れなくしたマウスはナルコレプシー(日中に強い眠気に襲われる睡眠障害)の症状が出たりすると教えてもらいましたよね。また、受容体がふさがることで行き場所を失ったオレキシンが脳内で濃度が高くなったりしそうですが?

柳沢 オレキシンの受容体拮抗薬で、そのような顕著な濃度上昇は報告されていません。また、過剰に摂取しても重篤な副作用が起こるリスクは極めて低く、薬だけではナルコレプシーのような症状も出ません。

これは薬で受容体を100%ブロックするのが薬理学的に難しく、わずかでもオレキシンが作用する経路が残っていれば発作が起きにくいためです。

ひろ なるほど。となると、従来の睡眠薬と比べて良さそうですね。ところで、先生の発見したオレキシンが元になって薬が開発されたわけじゃないですか。気になるのは、先生の研究室には収益の一部が特許料として入ってきているのかどうかなんですが。

柳沢 残念ながら、いくら売れても、私個人や研究室や大学には、直接的には一銭も入ってこないんですよ。

ひろ そうなんですか!?

柳沢 私たちはオレキシンというドラッグターゲット、つまり薬が作用する標的となる分子を発見しました。そのターゲットに対する特許は持っていても、実際に開発されたドラッグ(薬)そのものの物質特許や製法特許は、それを作った製薬企業が取得します。ですから、ターゲットを発見した基礎研究者には直接的な薬剤の売り上げに応じたロイヤリティは入らないのが一般的です。

ひろ そういうものなんですか。なんだか、発見した人が報われないような......。

柳沢 まあ、おカネのために研究するわけではないので。

でも「自分たちの基礎研究の成果を元にして、直接的に新薬の開発までつなげたい。そして、その成果が社会に還元されて、研究資金としてもフィードバックされれば......」という夢はまだ持っていますよ。実はオレキシンの場合、そのチャンスはまだあるかもしれない。

ひろ というと?

柳沢 それはオレキシン「受容体作動薬(アゴニスト)」の開発です。

ひろ 作動薬というのは、拮抗薬の逆ですか?

柳沢 はい。作動薬は逆にオレキシンの働きを強める、あるいは模倣する薬です。オレキシン作動薬は、ナルコレプシーの患者さんにとっては、まさに待望の治療薬となる可能性があります。ナルコレプシーは、脳内のオレキシンを作り出す神経細胞が失われてしまうことで、オレキシンが慢性的に欠乏している状態が病態の本質です。ですから「ないものを補う」治療法なので対症療法ではなく、病気の根本原因に直接アプローチする病因治療薬になります。

ひろ すごいですね!

柳沢 現在、武田薬品工業が開発している経口オレキシン作動薬が、世界最先端を走っていて、競争が激化しています。これらの新薬が実用化されれば、ナルコレプシーの患者さんだけでなく、ほかのさまざまな原因によって眠気に悩んでいる人にとっても福音となる可能性があります。

ひろ それは素晴らしいですね。

いやはや、食欲の研究から始まったものが、巡り巡って世界中の眠りに悩む人々を救う薬につながるなんて、本当に何がどう転ぶかわかりませんね。でも、その研究の積み重ねがあったからこそ、こうして多くの患者さんが救われる未来が見えてきたというのは、本当に素晴らしいですし、希望を感じます。

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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA) 
元『2ちゃんねる』管理人。近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など 

■柳沢正史(Masashi YANAGISAWA) 
1960年生まれ、東京都出身。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構機構長・教授。1998年に睡眠・覚醒を制御する物質「オレキシン」を発見。監修した本に『今さら聞けない 睡眠の超基本』(朝日新聞出版)などがある

構成/加藤純平(ミドルマン) 撮影/村上庄吾

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